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    nagi

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    nagi

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    季節外れのクリスマス本頒布中なので、サンプルです。
    バルバトス×ネームレスMC♀
    →[BOOTH] https://pyonty.booth.pm/items/3973129

    悪魔とメリークリスマス◆1◆
     
     魔王城でのお茶会の帰り道。私は相変わらず暗い空を見上げつつ、白い息を吐きだした。
    「はぁ~……寒くなったなぁ」
    「そうですね、本当に」
    「魔界にも普通に温度変化はあるんだね」
    「それはもう。人間界のように四季はないものの、常に陽が差さないので少しの気温差が大きな変化を引き起こすのですよ」
     寒さで少し赤くなった私の頬を指で擦りながら、バルバトスはどこから取り出したのか私の首にマフラーをくるっと巻きつけた。
    「そういえば今日、大きな荷物が魔王城に運ばれてきてたけど……」
    「ああ、お気づきになられましたか? あれは魔界樹ですよ」
    「魔界樹……って木? それをお城の中に植えるの? 面白いね」
    「ええ。あなたなら何をするのかわかるのではないでしょうか」
    「え?」
    「人間界はこの時期とてもにぎやかになるでしょう?」
    「この時期……あっ! まさか!」
     カレンダーを思い浮かべて、それから数秒。五文字のカタカナが私の頭に並んだ。
    「クリスマス!?」
    「そうです、クリスマスですよ」
    「えっ、でもここ魔界……」
    「坊ちゃまの意向ですよ。三界の交流を活発にしたい……その想いから、どの世界の文化にも触れる機会を作ろうと画策した、と、そういうことです」
    「な、なるほど……?」
     確かに一つの文化交流のなのだろうけれど、正直なところクリスマスを受け入れられる魔界って凄すぎるのではと少し不安になる。こちらに来てすぐのときも、留学制度には魔界に住む者全員が賛同しているわけではないから気をつけるようにと釘を刺されたこともあったから。
     その空気を感じ取ったのか、バルバトスは今度は私の手に手袋を被せながらこう言った。それにしても一体どこからこの防寒具たちは出てきているのだろうか。
    「確かに坊ちゃまのお考えは全ての方に受け入れられているわけではありません。ただ、魔界の者は皆数千年単位で生きているので、基本的に楽しいことには目がないのです。なのでパーティーを盛り上げるスパイス的な位置付けで取り組めば良いと、まずはその程度からです」
    「はー……殿下、さすがだね。いろんなこと考えて、最善を尽くして……すごい」
    「ふふ、ですのであなたも思う存分に楽しんでいただければと。それと、坊ちゃまに人間界のクリスマスの雰囲気をぜひともお伝えしてあげてください。実際にそれを味わってきたあなたの所感はきっと役立つでしょうから」
    「そのくらいお安い御用だよ! 興味を持ってもらったり知ってもらえるのは嬉しいことだし。一緒に飾り付けとかできたら私も嬉しい!」
    「そう言っていただけて良かったです。ありがとうございます」
     結構な距離も二人で歩けばなんのその。すぐに嘆きの館に着いてしまった。名残惜しくとも忙しいバルバトスを引き止めるわけにはいかないと、館の門の前で別れの挨拶を済ませる。
    「今日もありがとう、ばいばいバルバトス」
    「はい、それではまた明日」
     しかし、いつも通り門を開けようと伸ばした私の手の上に、バルバトスの手が重ねられたのはいつもと違う一コマだった。
    「!? ……っあ、あの、バルバトス、どうしたの……?」
     覆い被さるように私を背中から抱きしめて数秒の沈黙。高鳴る鼓動に私があわわとしている間に重ねられた手はもう一度キュッと握られて、それから耳に囁かれた。
    「プレゼント、楽しみにしていますよ」
    「ふぁ!?」
    「もちろんわたくしからもご用意しますから」
     そのままこめかみあたりにチュッと一つ口付けを贈られて離れた身体。バッとそこに手をあてて振り返った私を、ふふっと笑いながら見つめるバルバトスの瞳はどこか悪戯っ子のような色を湛えており、大層楽しそうだった。
    「本気なのか揶揄われてるのかわかんないっ……」
     精一杯の抵抗に対して返ってきたのは頭を撫でる優しい掌。
     生粋の悪魔は、クリスマスに何をしてくれるのだろう。
     クリスマス当日までは、あと一ヶ月を切っている。
     ワクワクドキドキなイベントはすぐそこに迫っていた。


    ◆2◆

     魔王城に運ばれてきた魔界樹に早速飾り付けをしよう! ということでお呼ばれした私は今、せっせせっせと色とりどりのオーナメントをセッティングしている。
     本来ならば次期魔王である殿下の手を煩わせる必要はない気もするのだが、せっかくの機会なので手伝うと言って聞かなかったために、広間には私、殿下、バルバトスがおり、三人で作業をすすめているおかげで雑談もはかどっている。
    「でね、こっちの真っ赤なのはりんごを表してるんだよ」
    「なるほど! 君は博識だなぁ!」
    「へへ……! こういうお話を眺めるの好きだったから」
     アダムとイヴがかじってしまった禁断の果実は一般的にはりんごと言われているのだと話しながらツリーにまた一つオーナメントを飾りつけた。
    「それにしても、なぜ生き物は『してはいけない』と言われたことに限ってしたくなってしまうのでしょうか」
    「バルバトス、ロマンがわかっていないねぇ! してはいけない、そう言われたからこそ試したくなるというものじゃないか!」
    「なるほど。仕事に向き合うべきときに逃げ出そうとする坊ちゃまにそっくりと、そういうことでしょうか?」
    「聞いたかい!?」
    「聞こえたよ、殿下、逃げられないねっふふ……! あ……これはもうちょっと上のところに飾りたいんだけど……」
    「ああ、貸してごらん」
     今度は金色のオーナメントを取り出して、自分では届きそうにない位置を指さすと、それをひょいと摘まんだ殿下はなんなく木に結わえた。
    「いいなぁ~。私も殿下みたいに背が高かったらなぁ」
    「バルバトスに頼めばいいじゃないか」
    「へ?」
    「ねぇバルバトス」
    「ええそうですね。あなたが望むなら空の旅にでもお連れしますよ」
     その台詞に瞳が真ん丸になった。自分がバルバトスと二人で魔界の空を舞う姿を想像してしまったらもうダメで、ポンっと顔から火を出してきっと私は真っ赤だ。そんな私の様子を見て快活に笑う殿下と、ふふふと口元を抑えて微笑むバルバトス。
    「も、か、からかわないで!」
    「からかってなどいないよ。バルバトスならそのくらい簡単にできるだろうからね」
    「っ、でも、その時は殿下も一緒にっ、」
    「そんなわけないじゃないか! 愛する二人の邪魔など、私はしないよ」
     我が子を見守るような優しい表情で私を見つめる殿下に「魔界の王」などという名は相応しくないと思いつつ、ついに恥ずかしさで下を向く。
    「殿下はそういう話に疎そうに見えて、敏感なんだから……もぉ……」
    「愛というものは美しい! いくら魔王と言われようとも、そのあたりは三界同じ認識だと思っているよ」
     それに対してはバルバトスが言い返してくれるかと思ったが、姿が見えない。紅茶を淹れにでも行ったのだろうか。
    「バルバトスはああ見えてとても愛情深い男だよ」
    「?」
    「実はね、私が幼い時、バルバトスが近くに居てくれないと嫌だと駄々をこねて執事になってもらったんだが、」
    「えっそうなの!? てっきり家系的なものだとばかり!」
    「ははは! そうなんだよ。だからバルバトスは私よりも遥かに長い時を生きているのに、その時からずっと私の傍にいてくれているんだ」
    「はぇえ……知らなかった……」
    「お互い知らないことはたくさんあるだろう。でもそんな中、一線引くことなくバルバトスに猛アタックしてきた君のことを、バルバトスは心から好いていると思うんだ。なんて言ったってここ数千年暇を取ることもなかった彼が何度も私にそういった相談にくるんだからね!」
    「ええっ!?」
     それは殿下に対しても悪いことをしているのではと、おずおずそちらに視線を向けた私だったが、私の心配を他所に殿下は心底嬉しそうだ。
    「バルバトスを縛り付けてしまった張本人がこのようなことを言うのも烏滸がましいかもしれないが、私よりも大切なものができた彼のこと、よろしく頼むよ」
    「坊ちゃま、お喋りはその辺にしてそろそろ本当に仕事にお戻り下さい」
    「おや、バルバトス。もう紅茶が入ったのかい?」
    「ええ。執務室の方へはこのあと持って参りますので」
    「残念だ、今日の準備はここまでだよ」
     今の話は秘密だよ。と、小声でそう言って笑うと、殿下は潔く執務室へ戻っていった。
    「行っちゃった」
    「全く」
     溜め息混じりではあるが、何処か優しい言葉尻で殿下の行動を諌めるバルバトス。そんな二人の関係にヤキモチを焼いてこなかったか、と言われたらそんなことはなかったので、私は殿下の心遣いに人知れず感謝を述べた。バルバトスは独り言のように語り始める。
    「……食べてはいけないと言われた『禁断の果実』……これは『善悪の知識の実』や『知恵の実』とも言われているそうですね」
     突然何を、と思わなくもなかったが、こういう話は得意分野だったので話題に上がった理由は深追いせずに話を繋ぐ。
    「うん。知恵の実がりんごっていうのもなかなか面白いよね、身近も身近で。そういえば、りんごの木は冬に落葉しちゃうから、人間界ではツリーの木には落葉しない常緑樹を用いてるんだよ」
    「よくご存じですね。少しだけ加えると、モミの木は冬でも葉を落とさないために、永遠の命の象徴とされていたりもするんだそうです」
    「……! バルバトスこそ。よく知ってるね」
    「あなたほどではありませんよ。魔界樹もほぼ永遠に生きる樹木ですし……同じようなもの、でしょうか?」
     同じか違うかと聞かれたら、魔界と人間界で合致するものなど一つもないのだろうが、私はなんとなく『わたくしとあなたは同じようで違う生き物です』と告げられている気持ちになって寂しさを覚える。
    「……永遠って言ったら、」
    「はい」
    「ルシファーたちは五千年は生きてるって言ってたけど、殿下やバルバトスもそうなの?」
     純粋に気になったことが口をついて出てしまったが、言ってしまってから「生まれとか聞いたらまずかったかな」と不安になり、『言いたくなかったらいいんだけど』と言葉を付け足した。が、きょとんとした表情でそれに応えたバルバトスは、そうですね、と呟くように言って瞳を閉じる。
    「悪魔は、悠久、と言えるほどには、長い時間を生きていますから」
    「私には到底想像もできそうにないや……」
    「そうかもしれません。ですが、わかろうとしていただけることを、わたくしは嬉しいと思います」
    「!」
    「あなたとなら、長い時間を共に過ごしたいと考えるほどには、すでに離れがたく思っておりますので」
     恭しく私の手を取ると、手の甲に触れるだけの口付けを落とし、バルバトスはふふっと微笑んだ。一瞬言葉の意味が呑み込めずに呆然としたが、じわじわとそれを理解するとともに首から額にかけて肌を赤く染め上げるのにそう時間はかからない。
     悠久の時。
     永遠に近いもの。
     そんなものは人間には手に入らない。
     けれど、短い命だからこそ、その姿を近くで見ていたいと思ったのは本当だから。
    「私も、バルバトスとできるだけ長く一緒にいれたら嬉しいな」
    「ぜひ。これからも傍にいてくださいね」


    ◆3◆

     RADからの帰り道、私は、はーっと息を吐きながら商店街のウィンドウを眺めていた。
    「……バルバトスへのプレゼントって、一体何がいいんだろう……」
     もっぱら頭を悩ませるその課題は、正直RADの試験よりも難題だ。
     ぴゅうっと商店街を吹き抜ける冷たい風に思わず目を細める。肩をすくめてこの間成り行きでもらってしまったマフラーで口元を隠せば、ふわりと香ったのはバルバトスのコロン。もうだいぶ嗅ぎ慣れたものだけれど、やっぱり恥ずかしさがあって頬が熱くなる。
     恋をしたことはこれまでなかったわけではないが、両思い、お付き合い、といった言葉からは程遠い場所で生きてきたので、男性へのプレゼントとして思い浮かぶものは皆無だった。
    「冬……って言っても人間界みたいにめちゃくちゃ寒いわけでもないから、防寒具もらっても困るよね……」
     鉄板は紅茶なんだろうけど、バルバトスの方がよく知っているジャンルのプレゼントをするというのは気が引ける。バルバトスにはバルバトスの趣味があるだろうと思うと渡しづらい。お菓子を作って渡してもいいが、日常的にやっていることに特別感を持たせるのは難しいだろう。というかバルバトスは私に何をくれるつもりなのかも気になりすぎて、それを考えるだけでドキドキしてしまう。
    「あ〜〜も〜〜!こんなんじゃ当日に間に合わないよぉ!」
     遠いようですぐにやってくるあと約二十日後のクリスマス。
     魔界では初めてのクリスマスになるのかもしれないが、街はそれなりにクリスマスの雰囲気を醸し出していて、赤や緑を基調とした飾り付けが目を引く。今覗いているウィンドウの中には、可愛らしいピンキーリングがたくさん並べられていて、わぁっと目が輝いてしまったのだけれど、見つめていたら店の中でワイワイしていたサキュバスたちと視線がかち合って、怖くなってそさくさとその店から離れることにした。いざこざを起こしてはまず勝ち目がないのがただの一留学生の私だ。辛い。
    「でもなんだかんだ言って、魔界もイベントごとになると浮き足立つんだな〜」
     三界の間に隔てがあれど、心持ちは似たようなものだと口元が緩むが、また振り出しに戻ってしまったなぁとがくりと項垂れた、その時だった。澄んだ音色が私の鼓膜を震わせたのは。
     音の出どころに瞳を向けると、古びた看板には魔界文字が記されておりすぐに理解することはできなかった。ゆっくり、一文字ずつ読み進めて、それからD.D.D.にその文字を入力して理解した、その店に売っているもの。それは。
    「オルゴール?」
     近づくにつれて、オルゴール独特のポロン、ポロンという音が懐かしく耳に届いてなんだか興味が惹かれた。神……いや、魔王の導きかもしれない。私は迷いなくその扉を引く。
     からんと乾いた音が鳴り、見た目よりも軽く扉が開いた。店内は薄暗く、とても狭かった。オルゴール店かと思ったけれど、その他小さな置物や雑貨、それから石なんかも売っているようだ。アンティーク調のそれらは私の心を躍らせる。それでも、その中で一際私の目を引いたのは、小さな小さなオルゴールだった。
     オルゴールの箱は開くようには見えない。そして普通のオルゴールのようにゼンマイもついていない。それでも手を近づけると音が鳴るのだ。
    「不思議……」
     顔を近づけてそれらを見つめて暫く。誰もいないと思っていた店の奥から、静かな、それでいて無視することができない重みを持った声がした。
    「いらっしゃい」
    「!」
     店なのだから、店主がいないわけがない。そんな当たり前のことが脳内から抜け落ちるほどには不思議な空間だったから大袈裟でなく飛び跳ねるほど驚いてしまってバツが悪い。しかしそんな私にお構いなしで、店主らしきその人物はカウンターの向こうから話を続ける。
    「それが気になるのか」
    「っ……! あっ、は、はい!」
     まさか話かけられると思っていなくてちょっと吃ってしまった。目深に被ったフードの下にあるその表情は見ることができない。それでも視線は感じるので、私は、見られているのだろう。じっと、さらなる言葉を待った。
    「……それが音を奏でたのは、何百年振りだろうかね」
    「え、」
    「君になら、売ってやっても良い」
    「……!」
    「五千グリムだ。どうするかね」
    「っ、か、買います!」
    「くくっ……毎度……。お代はそのあたりに置いておいてくれ」
    「わ、わかりましたっ」
     なんだか怖くなってきて、さっとグリムをそこに置くと、そのオルゴールを持って外に飛び出した。外は当たり前のように真っ暗で、それでも店の中にいるよりも暖かく感じて何か変な感じだ。手の中にあるオルゴールは今は鳴り止んでいる。
    「なんだったんだろ……えっ!?」
     煙に巻かれたような気分で後ろを振り返ると、そこにあったのは壁、だった。ぽかん、とそこを見つめても、先程目にしたはずの看板も、扉も、なくなっている。うそぉ……と呟いた私の声に応えたものはいない。

     ポケットの中で震えたD.D.D.にはメッセージが一件。
    【マモン】おまえまだ帰ってこれねーのか? てかまた魔王城にいるのかよ。ルシファーが心配してっぞ
     とあり、どうやら私は何かに惑わされていたのかもしれないことを悟ったのだった。


    ◆4◆

     あの後嘆きの館に戻るとルシファーから連絡を受けたバルバトスからも心配で連絡した旨のメッセージが入っており、一言だけ「心配かけてごめんね」とメッセージを返したら、電話がかかってきて大変だった。それに対して、バルバトスも過保護だな、なんて苦笑したという事実は私だけの秘密。
     そして本日。
     今日は飾り付けは良いので少しわたくしに付き合ってくださいとバルバトスに頼まれてやってきたのは魔界のマーケット……と言っても連れてこられたのはいつも来るマーケットとは別の、大きな倉庫のような建物だった。意味ありげな笑みに背中を押されて扉を開け、足を踏み入れるとそこにあったのは所狭しと並んだお店の数々。輝いたのは私の瞳で、緩んだのはバルバトスの目尻。
    「うわぁ……すごい! 屋内にこんなマーケットがあるなんて!」
    「ふふっ、あなたならきっと喜んで下さると思っていましたが、その反応を見られてほっとしました」
    「えっ、あっ、」
    「なかなか二人きりの時間も取れませんから、たまには、ですよ」
     悪戯に笑ったその顔に、私は釘付け。ボンっと火が出てしまって何を言い返すこともできない。そんな言葉が出てくるということは、もしかしなくてもこれは。
    「業務ついでで申し訳ないのですが、わたくしとデートしていただけますか?」
    「っ、も、もちろん……! よろしくお願いしますっ」
    「ありがとうございます。それではお手をどうぞ」
    「ふぁ!?」
     絡められた指先は暖かく、隣を歩くバルバトスをそっと見つめればいつも以上にご機嫌の様子。それが自分と一緒にいるからなのだと思うと、今日という日が終わらなければいいのに、と願わずにはいられなかった。
     まさかそれが、本当にかなってしまうなんて、考えもよらなかったから。

     マーケットには野菜や果物のような食品のみならず、小物や衣類を扱うお店や、ジャムや燻製といった加工食品、茶葉などを売るお店もあって大繁盛していた。
     大半が魔界文字で書かれていたから咄嗟に読めるものは少なかったけれど、見た目から、これはこういうものっぽい、この食べ物の中にはこれが入ってるような気がする、なんてバルバトスとクイズ形式の会話が弾むのが逆に楽しい。
     あらかたの買い物を終えた頃にはおやつの時間を回っており、時間も忘れて楽しんでいたねとブランチを摂ることにする。が、違和感を覚え始めたのは、出てきたスープをいただいていたときだった。
    「……?」
    「どうかしましたか」
    「あ、ううん……その、なんていうか……ここにくるのは初めてなのに、この味どこかで…」
    「……なかなか鋭くなりましたね」
    「へ?」
     そう言って、ちょいちょいと私を呼んだバルバトス。そちらの方に少し乗り出すと、内緒話でもするように耳に手をあて、こしょこしょとウィスパーボイスが奏でられた。
    「わたくしたち、この数時間を何度か繰り返しているようです」
    「え!? ほんとに?」
    「ええ、わたくしは時を操る悪魔なので、一般の悪魔よりそのような事態に敏感です。間違い無いかと」
    「な、なんでそんなことに……」
    「原因、ですか……それは……いえ、それは一旦傍に置きましょう。それよりも先に、ループから抜け出した方が良いかと」
    「あっ、それもそうだよね!?」
     私の耳の辺りからバルバトスが離れていくと、キョロ、と視線を泳がせた彼はとあるものに目をつけた。
    「あなたはもうブランチを食べ終えましたか?」
    「うん、もう食べ終わるよ」
    「わかりました。では食べ終わったら、次はあの店に寄らせていただいても?」
    「あの店……」
     バルバトスが指したのは、魔界では珍しい人間界のクリスマス用品を専門に扱うテナントだった。
    「うわぁ! 可愛いっ! 行こう行こう! ツリーだけじゃなくってリースとか他にもいろいろ作りたいものがあったんだよね!」
    「そうでしょう? それで、」
    「なぁに?」
    「あの店の縁に、円形のオーナメントが飾られているのが見えますか?」
    「えっと……ああ、うん、見える、けど」
     視線で促された先には、小さな二つのレコード盤を合わせたようなオーナメントがあった。それは風も吹いていないのに無造作にクルクルと回転し、絶妙な虹色を醸し出している。
    「そう、それをじっと見つめて」
    「ん……わか、った…………」
     言われた通りにそれを見つめた私だったけれど、だんだんとそのオーナメントから目が離せなくなって……ふっと意識が途絶えると、次に目を開けた瞬間には、私はバルバトスにお姫様抱っこされた状態でマーケットの外にいて驚く。
    「あれ……?」
    「気が付きましたか。よかったです」
     バルバトスと視線がバチっと合わさったことで我に返り、ぽかんと開けたままだった口をキュッと結んだ私。阿保面を晒してしまって恥ずかしい。
    「わ、わわわわたしっ、ごめんなさい! お、おろしてっ、あの、」
    「それほど焦らずとも。あなた一人を抱えるくらいなんてことないので気にされなくていいのですよ。これも役得というものです」
    「っ、も、もぅ! バルバトス!」
    「ふふっ、すみません、あまりにも可愛らしかったもので」
     チュッと額に一つ可愛らしいキスが落とされてから地面に降ろされても、くらくらしてしまうのは避けられない。腰を支えてもらいながらも、はい、と掌の上に乗せられたのは、先日手に入れたオルゴールだった。
    「え……これ、どうしてバルバトスが、」
    「どうやらこれが原因のようでした」
    「? なにが?」
    「ここから出られなくなった原因です」
    「え!?」
    「あなた、もしかしなくとも『今日という日が終わらなければいいのに』と願ったのでは?」
     自分の思考を振り返るとたしかにその記憶があり、どうしてわかるのとバルバトスを見返せば、曰く、その願いをこのオルゴールが聞き入れたのではないかということだった。
    「そ、そんな……私のせいだったなんて……」
    「あなたが悪いわけではありません。たまたま悪魔の悪戯に遊ばれただけですよ。ただ、この類の呪いを解くには、呪いの発動者自身が時の流れに逆らっていると気づくこと、一種の催眠状態から抜け出すことが第一条件になることが多いので、ある店のオーナメントを利用して催眠の上書きを行わせていただきました」
    「な、なるほど……」
    「それから呪いを解除しようとしたのですが、わたくしの力でどうにかなるものではなかったので緊急事態と判断し、過去に戻ってループから抜け出した、というわけです」
    「あ、ありがとう……バルバトスに迷惑ばかりかけて、ごめんね」
    「何を仰いますか。わたくしはあなたの彼氏、ですから。どんどん手をかけさせてもらえたらと思います」
    「っ!?」
    にこっと微笑むと、腰を引き寄せられてまた一つキスが降ってくる。
    「さて……過去に戻ったので、実はまだ買い物をする前なのですが……もう一度デートしていただけますか?」
    「もちろん! 嬉しい!」
    「それはよかった。そうですね、ではこことは別のマーケットに参りましょうか。いつもの場所ならさほど危険もないでしょうから」
     ね、とウインクを一つもらって、きゅっと手を繋ぐ。
     ガチガチに硬直した私は、寒空の下であるにもかかわらず身体をほてらせた。


    ◆5◆

     授業終わりにいつものように魔王城にやってくると、出迎えてくれたバルバトスはもこもこの私を見てクスリと笑った。
    「随分と着込んでいらっしゃる。魔界は寒いですか?」
    「うむぅ。魔界が、っていうか、最近、寒い……デス」
    「早く自らを暖める呪文をマスターできると良いですね」
    「魔力なんかなくても媒介があれば簡単にできるって言われたけど、全然難しくて参っちゃうよ」
     招き入れられた魔王城の中はとても暖かく、知らず強張っていた身体から力が抜けた。流れるように先日バルバトスからもらったマフラーを脱がされても、もう寒さは感じない。ふるっと頭を振ると髪の間からも冷気が抜けていった。
    「今日はリースを作るんだっけ」
    「はい。ご教示いただけたらと思います」
     いつもクリスマスの準備をしている部屋に通されると、もうだいぶ慣れたからか、紅茶を淹れて参りますので少々お待ちを、と私を一人残してバルバトスは部屋から出ていった。聞いたところによると、今日は殿下は執行部の仕事があってこちらまで手が回らないらしい。リース作りにも興味津々だったようだから一緒にできたら良かったのに、と思いつつ、それでもやっぱりバルバトスと二人きりであることに浮き足立つ感は否めない。
     机の上にはついこの間手に入れたリース用の材料が並べられている。人間界と完全に同じ素材が手に入ったわけではないが、似たようなものが手に入って良かった。
     そんなことを考えながら席に着こうとして、何気なく視線を移した先。広い部屋から繋がった、そのまた向こうの部屋。今、そこには明かりが灯っておらず暗がりではあるものの、先日装飾を終えたツリーが静かに鎮座している。こちらから漏れた光を反射して、心なしかきらきら輝いて見えるオーナメントを溜め息まじりに見つめた。
    「綺麗……」
     魔界、人間界、天界。全ての世界が仲良くできるようになるまでは途方もない時間と住人たちの理解・努力が必要なのだろうけど、美しいものを美しいと思う気持ちに差異はないと思いたい。自分が手伝っているから、というわけではないが、この計画の成功を願わずにはいられないと改めて感じる。
    「素敵な聖夜になりますように」
     そう呟いたその時。パチンと小さな音がして、部屋が真っ暗になったと思ったら、次の瞬間ツリーの電飾がピカピカと輝き始めた。小さくクリスマスミュージックも響いてくる。
    「えっ!?」
     突然のことに驚いたものの、それよりも目の前に広がる幻想的にワクワクが勝って、わぁ、と感嘆の声が漏れたところで、そっと私の肩に触れたのはもちろん。
    「楽しんでもらえましたか?」
    「バルバトス!」
    「そんな目をしてくださっているということは、サプライズは成功のようですね」
    「じゃあ、これ、バルバトスが?」
    「ええ。簡単な呪文を唱えるだけですが」
     そう告げると同時にパチンとまた音がして、パッと元のように明かり点いた。それでもまだシャンシャンシャンとこの時期だけの特別な音色は聞こえている。
    「さぁ、紅茶も入りましたし、まずはお茶をいただきながら材料の確認をいたしましょう」
    「うん!」
     ちょっとしたことでも私を楽しませてくれようとするバルバトスの優しさを感じて、なんだかんだ言って懐に入れた者に対してはとても甘いんだなと再確認。近くに置いてもらえる喜びを噛み締める。

     けれどそんなバルバトスに対して何を贈ろうかはやっぱり決まっていなくって、内心焦り始めていたのは秘密だったりする。
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    😇😇😇💖👏
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