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    yuribaradise

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    yuribaradise

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    これも過去作 初めて書いた晶蛍でした

    ##ダンキラ

    今日もいつも通り。授業を受けて、練習をして、手の掛かる幼馴染みの世話をして。物好きな彼主催のお茶会に駆り出されれば、大勢が求めているであろう笑顔を振りまく。特に代わり映えのしない日常だ。まったく晶は、どうしていつもそんなに心から楽しそうに笑っていられるのだろう。
    「蛍、大丈夫かい?」
    「何が?」
    「最近浮かない顔をしていると思ってね、もしかして疲れているんじゃないかい?」
    「……くくっ、何かと思えば……心配には及ばないよ」
     一瞬、息が止まってしまうかのような思いがした。晶は妙に鋭いところがある。感情を抑えることなんて僕にとって容易いはずなのに、彼の前では隠し事ができないのではないかと時々考えてしまう。だが僕は疲れてなんかいない、いないはずだ。清々しい気分かと問われればそれは否定してしまうけれど。自分でもこの心の中にある一点の曇りのようなものが何なのか、わからずに落ち着かないでいる。
    「何かあったらいつでも言ってくれよ。大親友の俺がいつでも相談に乗ろう!」
    「はいはい。それよりも早く練習に行こう、また君の天使様の機嫌を損ねてしまわないうちにね」
     その日も練習は卒なくこなして、何事もなく一日を終えようとしていた。誰かが来る前に一番乗りで大浴場での入浴を済ませ、部屋に戻る。ベッドに寝転んでからも、なんとなく心の隅に引っかかったように今日のやり取りが思い出される。いつでも笑顔を絶やさない彼がふと見せた心配そうな顔、それは紛れもなく僕のためのもので。僕は君にそんな顔をしてほしいわけじゃない。けれど君が誰にでも笑いかける姿を喜んで見たいわけでもない。我ながら支離滅裂だ。何ともおかしな話だ。──まるで僕が、晶のことばかり見ているみたいじゃないか。
    「はぁ…………」
     らしくない、ちょっと大げさな溜め息なんて吐いてしまった。幸いルームメイトの蛇ノ目君はデザインに没頭しているようで、こちらの発した蚊の鳴くような声程度の音に気を留める様子は感じられなかった。
    翌日も、いつも通り。そんな時間が流れるものだと思っていた。なんだか今日は寝覚めが悪い。少し頭が重いのも気のせいだと思いたい。沈みかけた気持ちとは裏腹にいつもと変わりない様子で視界に飛び込んでくる、やたら存在感の強い彼の姿。
    「おはよう、蛍!」
    「あぁ……おはよう」
     そんなありふれた挨拶も普段と同じ、けれど何故かその目を見ることができなかった。おかしいと思われただろうか。そんな懸念をするも、晶は何か問い詰めてくるようなことはしなかった。君っていつもそうだ。なんでそういう時だけ、やたらと空気を読めるのかな。こうして胸の内で理不尽に腹を立てているかのような僕の方がよっぽど子供みたいだ。嗚呼、調子が狂う。いつもみたいにうるさいくらいに、ペラペラとその口を動かしてよ。
    「蛍」
    「な、なに?」
     その願い通りか、ふいに晶が口を開く。静かに語りかけるような優しげな声は“うるさい”とは程遠くて。僕の返事には少し動揺が漏れ出てしまったかもしれない。
    「放課後、蛍の時間を少し俺にくれないかい?」
    「え? まあ、いいけど……何かあるの?」
    「それは後でのお楽しみさ!」
     予想外の展開に今度は思わず間の抜けた声を出してしまった。晶はというとそれはもう楽しそうな表情で、子供のように無邪気に笑って見せるのだった。その笑顔が脳裏にこびりついて、授業中も上の空……なんて事はさすがにないけれど、気にならないと言ったら嘘になった。まったくもって冷静じゃない。こんなモヤモヤした思いをしているのは僕だけなのかと思うとなんだか癪だ。行き場のない気持ちを脳裏の端から端へ、ただ巡らせ続けるだけ。早くこんな渦から抜け出したいのに。
     そうしてやってきた放課後。今日は練習も軽めのメニューで幾分か早めに終わった。晶が少しばかりそわそわしていた様子をノエルも見抜いていたようだが、特にそれについて言及することはなかった。もっとも、僕が落ち着かない心持ちでいるのもきっと見透かされていたのだろうけれど。それでも何も問われることはなく、さっさと行けと促される。なんだか今日は、彼が本当に天使に見えるようだよ。なんてね。
     僕は晶に連れられてキッチンへ足を運んでいた。晶が料理? 嫌な予感がする……そんな僕の予想を裏切って彼が手にしていたのは茶葉とティーセットだった。
    「蛍の好きなアールグレイだよ。とっておきのが手に入ったから、ぜひ君に飲んでほしくてね!」
    「へぇ……」
     僕は驚いていたのだが、それに反して出てきた声はやけに落ち着き払ったもので、つまらなそうにも聞こえてしまったかもしれない。けれど晶はそんなことは全く気にしないようで、何とも楽しそうに紅茶を淹れる準備を進めていた。
    「ティーセットもちゃんと清潔なものを用意したからね、安心して楽しんでくれ!」
    「ご丁寧にどうも……それで、どういう風の吹き回しなの?」
    「大親友の喜ぶ顔が見たかっただけさ、蛍には笑っていてほしいからね」
     屈託なく笑うその姿はあまりにも純粋で、鮮烈に映る。
    「……ほんと、バカなことを言うよね晶は……くくくっ」
    「おお! 蛍、やっと笑ってくれたね!」
     僕の憎まれ口を受けても、君は全くもって一点の曇りも見せることがない。反論するのも馬鹿らしくて、言わせたままにしておいた。だって君がそんなに嬉しそうな顔をするから。今、僕だけに向けられているその笑顔をきっと僕は何度も見てきた。幾度となく当たり前のように見てきたのに、今更それを独り占めしたくなってしまうなんて……馬鹿なのは僕の方じゃないか。そんなことを考えているうちに思いのほか時間が経っていたのか、もう紅茶の注がれる音が聞こえてきた。差し出されたカップを手に取る。僕の好きな香りが広がる。そっと口を付けて、ゆっくりと味わう最初の一口。
    「うん、すごく……美味しいよ」
     いつになく素直に出てきた言葉は、ティーカップに吸い込まれるようにその水面を揺らした。見上げたら、君の眩しさに耐えられそうになかった。片手で持てるほど小さな空間の中に映る自分と目が合う。それもなんだか、いたたまれない。弱さも覆い隠せないようなこんな自分、向き合いたくない。『僕が認めたくない僕』が、波打つ水面に消えてゆく。一口、また一口。喉を潤す度に、渇きは癒されるはずなのに心臓がうるさくなる。嗚呼、もう尽きてしまう。
    「そんなに美味しかったかい? 喜んでもらえて俺も嬉しいよ!」
     飲み干して空になったカップを置いて、ごちそうさまと一言だけ告げる。こんな風にもてなされて僕だって悪い気はしないはずなのに、これ以上言葉が出てこない。紅茶を飲んだからなのか、なんだか身体がやけに熱い気がした。
     片付けを終えてキッチンを後にし、寮内の廊下を歩きながら僕は重たい口を開いていた。
    「……ねぇ、晶」
    「なんだい?」
    「晶はさ……毎日ほんとによく笑うよね」
     いきなり何を言い出すのだろう、と自分でも思った。気づいたら考え無しに口走っていた言葉。それでも君は何も気にせずに、また笑うのだろう。
    「毎日が楽しいからね! ゴールド生のみんな、レディたち、マイ・エンジェルに、そしてもちろん……蛍、君と過ごす日々がね」
     きゅっと胸が締め付けられる思いがした。何故かって、自分でもわからない。いや、わかりたくないだけなのかもしれない。君が誰かに笑顔を振りまく度に、嫉妬してしまっていたかもしれないなんて。ずっと知らんぷりし続けるはずだった正体不明の苛立ちに気づいてしまった。己を恥じる思いだ。
    「はぁ、晶らしいね……」
     力無く絞り出された自分の小さな笑い声がなんだか情けない。彼へ向けていた目線を前方に戻して、また歩き出そうとした時だった。
    「蛍」
    「何……わっ!」
     不意に腕を引かれ、僕の体は晶の方へ引き寄せられる。気づけば僕らは廊下の曲がり角、死角になるような所に立っていた。
    「ちょっと、どうしたっていうの……」
    「俺は蛍のことを特別に思っているよ」
     いつものような笑顔ではなく、穏やかな、落ち着きのある微笑みがそこにはあった。静かな声でゆっくりと語りかけられて、また調子を狂わされてしまう。
    「……そうだね。『大親友』だしね」
     彼が普段しきりに口にする言葉をわざとらしく強調して僕は返す。
    「それはもちろんさ、だけどそれだけじゃない」
     そこで思わせぶりに言葉を区切り、ゆっくりと顔を近づけられる。ちょっと異様とも言えそうな空気だ。やめてよ、そんな。変に期待を持たせるようなこと──
    「君のことが好きだ」
    「それってどういう…………ちょっと⁉」
     再び力の込められた手に引っ張られ、よろけた僕は抱き留められる。そんなことに驚くのも束の間、僕の前髪は掻き上げられて、額に柔らかなものが触れた。目の前には間近に迫った見飽きるほどに見慣れた顔。ほんと、黙っていればこんなに綺麗なのに。心の中で悪態なんて吐くも、脈打つ鼓動は動揺を全く抑え込めていない。
    「あき、ら」
    「……驚かせてしまってごめんよ。だけど俺の気持ちを知ってほしかった」
     人目に付きにくい位置とはいえ、誰が来るかもわからない場所でこんなに密着しているのは不自然だ。けれどそんな真剣な声で、そんな真っすぐな瞳で見つめられたら、動けないじゃないか。晶は僅かに乱れた僕の前髪を整えながら、少し切なげな表情を見せる。僕は思わず、君の温もりの残る自分の額を押さえた。なんで、どうしてそんな顔をするんだよ。僕は君に、そんな顔させたいわけじゃない!
    「いきなりすまなかったね。さぁ、シャワーで洗い流してくるといい……っ⁉」
     反射的に、体が動いていた。僕もおかしくなってしまったのかな。考えるより先に行動してしまうなんて。今度は晶の動揺する反応もありありと見て取れる。『完全に想定外だ』って顔をしていた。そりゃあそうだよね、僕はこんなこと、誰にもしたことがないのだから。重なり合ったくちびるが、ふるえる。一瞬なのに永遠にも思えるような静かで密やかな触れ合いは、僕らの間に流れる空気をも熱くさせたかのようだった。
    「まったく、変な気を遣いすぎだよ……」
    「蛍……!」
     愛らしい子犬のように輝かせられた瞳に見つめられて、耐え切れず視線を逸らす。晶はお構いなしに力強く僕を抱きしめた。
    「ちょっと! 離れてよ、こんな所で……」
     こんな所で、そう言うなら僕自身の方がよっぽど大胆なことをしてしまったはずなのにどの口が言うのだろうと自嘲する。それなのに晶はそんなことには触れずに、喜びの色を前面に押し出している純粋さを見せるのだった。ああ、このままじゃ、うるさい鼓動が伝わってしまう。
    「離れるなんてできないよ、君も俺と同じ気持ちだったなんて! やっぱり俺たちは通じ合っていたんだね!」
    「ああもう、暑苦しいってば……! …………でも、ありがとう」
     一緒に飲んだ紅茶の味が、この触れ合いによって再び思い起こされた。僕のためにしてくれたことが嬉しかったはずなのに、さっきはちゃんとお礼が言えなかったから、今日くらいはきちんと伝えておこう。今日くらいは素直に。
    「僕も、好きだよ」
     誰にでも優しくて、分け隔てなく笑顔を向けている君のこともちゃんと、ね。
    「もう一度、もう一度聞かせてくれないかい!」
    「はぁ、ちょっと浮かれすぎじゃないの?」
     早鐘を打つ心臓と火照り始める身体が、自分も平静ではない様を自覚させた。……浮かれているのは僕もか。
    「蛍、無理をしていないかい? さっきのキス、とても嬉しかったけどこんな風に触れることは君にとっては……」
     僕の潔癖症の事を言っているのだろう。さっきのティーセットの事だってそうだ、何も深く考えていないように見えて君はしっかりと、誰よりもそんなことを気にかけている。そんな君だから、僕は──
    「あのね晶、僕が嫌いな相手にあんなことをすると思う? ……君じゃなかったらしないから」
    「ああ、蛍! 俺は嬉しいよ、こんなにも君に想ってもらえるなんて!」
     向けられた熱い視線と共に、大きな手のひらが僕の頬を包み込んだ。それが温かくて心地よかったけれど、この頬の熱さも伝わってしまうだろうか。そう思ったら急に気恥ずかしくなってしまう。
    「だからってベタベタ触ってほしいとは言ってないんだけど?」
    「そうだね、俺たちの仲睦まじさを皆に見てもらえないのは残念だが……こうして二人きりで愛を深めていくのもまた良いものだな!」
    「はぁ……まったく、その超が付くほど前向きな思考回路が羨ましいよ」
     今度の溜め息はなんて清々しいものなのだろう。自然と口元も緩んでしまっていた。
    「蛍、星を見に行かないかい?」
     晶のその一言と共に優しく手を引かれる。随分と急だなと思ったけれど晶が突飛でもないことをするのはいつもの事だった。今日は雲も無く、星空がよく見えそうだと話す彼は子供のようにはしゃいで嬉しそうで、その横に並び僕も外へと踏み出していた。
     一面に広がる星々は空を彩り、眩い輝きを放っていた。きっと少し前までの僕なら、この美しい輝きすら眩しすぎると目を背けてしまっていたのだろう。でも今は、まっすぐに受け止められそうだ。とても気分が良いんだ、自分でも驚くくらい。思わず綺麗だと口にしてしまっていた。そうだろう、と得意げに返す声が傍らで聞こえた。綺麗なものを見て心動かされ、素直に感動する。そんな簡単なことすら僕は難しく考えすぎていたのか、否、目を逸らし続けていつしか忘れてしまっていたのか。本当にシンプルで飾り気のない、そんな純粋で呆れてしまうくらいにまっすぐで愛おしい気持ちを僕は思い出していた。近付きすぎて見えなくなっていた眩い光は、ずっとすぐ傍に、共にあったのだと。時には鬱陶しいほどに眩しいけれど、今はちゃんとその光が見えるよ。
    「ほんと、名は体を表すっていうよね」
     いつのまにか懐かしむように思い出していた、幼い頃に話した『晶』の名前の由来。それは今のこの景色と本当によく馴染む。
    「それはこの俺の美しさが満天の星空よりも輝いているということだね!」
    「くくっ……まあそういうことにしておくよ」
     明るく眩しいだけじゃなくて、静かに仄かに照らすような穏やかな瞬きも兼ね備えているなんて、本当に星みたいだ。晶のくせにね。これは口にはしないでおこう、今日くらいは。彼の僕への思慮深さに免じて。
     代わり映えのしない一日だろうと思ったのに今日は一気に色んなことがありすぎて、頭の中の回路が急速に熱せられたように忙しなく休まず働いていた。星を見に来て良かった。火照った身体を夜風が少しずつ冷ましてくれたから。これなら触れることも、僕自身許すことができそうだ。言葉は無しに、瞳には星々を映したまま、そっと指先を絡ませる。少し驚いたように僅かにその手を震わせた君も何も言わず、ただ僕の手を柔らかに包むように握り返した。
    君の愛は大きくて、温かくて、眩しくて。僕にはまだその全部を受け止めきれそうにないから、少しずつ、少しずつ応えさせてほしい。今はまだ、影に紛れて。秘めやかに、密やかに。
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