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    supisupinemuri

    割りたもの作品置き場

    ・密接 (new!)
    ・現世の夜花
    ・silver youth
    ・Lupin in love

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    supisupinemuri

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    人魚💉を浴室に住まわせている🐴のお話

    密接 ガチャリとセキュリティの高い玄関の扉を開ける。
     少し警戒をしながら部屋の中へ滑り込むと、左馬刻は靴を脱いで暗い廊下に漏れる明かりの部屋へと進んだ。

    「寂雷、ただいま」

    「おかえりなさい、左馬刻くん。今日は遅かったね」

     低く、穏やかな声が耳に届いた。

     ここ数ヶ月、左馬刻が帰宅して最初に向かうのは浴室だっだ。

     スモーク硝子の扉を開けて中を見やると、浴槽の水だまりに浸かった髪の長い男が、パシャリと水面を打つ音と共に顔を上げる。浴槽にゆったりと身を委ねたその男の上半身は裸であった。しかし下半身はおよそ自分と同じ人間の姿形では無かった。

     鱗だ。

     普通のサイズじゃくつろげないと特注で作らせた浴槽を埋めつくすように、無数の魚の鱗が彼の下半身を艶めかしく色を変えては揺れている。

     いつだったか。

     よく始末の際に使う港で、見覚えのない人の頭が浮かんでいるのを見て、声を落とした。背後には仄白い月が浮かんでいる。
     その月明かりだけを頼りに海面を覗き込むと、その人物は顔の半分を海水につけたまま、細く猫のような瞳孔でこちらを見上げた。
     問いかけに答えない相手に仕方なくしゃがみこんで再び声を掛ける。するとそれを待っていたかの様にその人物はこちらへと近づき、生白く光る長い手を伸ばしたのだった。

     何者かはわからないが、もしこの場所の事情を知っているのであれば対処しなくてはならない。
     左馬刻がその手を掴み引き上げようとすれば、男と見られる人物は大人しく左馬刻にその身を預ける。
     濡れた身体を一気に抱え上げようとしたその時、背中の中ほどから腰へと何かが伸びているのが目に入った。
     いよいよまともでは無い雰囲気を感じながら、ずるりとコンクリート上に引き摺り上げた男の下半身が、幼い頃妹に読み聞かせた童話のそれと同じで、左馬刻の思考はそこで停止したのだった。

     そうして思いもしない動揺の中、咄嗟に車へと運び入れて自宅まで連れ帰ってしまった左馬刻は、その後も誰に告げることなく、この人魚を浴室に住まわせている。


     浴槽で本を読みながら寛ぐ寂雷の無事を確認して少し肩の力が抜けた左馬刻は、汚れたシャツのボタンを外しながら一旦キッチンに向かった。

     冷蔵庫に入っていた水のボトルを飲みほして息をつくと、溜まっていた気怠い疲労が全身を襲う。一刻も早く全て洗い流してしまいたかった。

    「悪い、先風呂入るわ!脱いでる間に本とか片しといてくれや!」

     寂雷に聞こえるように浴室に向かって叫ぶと、分かったよと、彼の声が聞こえた。

     ガチャガチャとやや乱暴にベルトを外しながら脱衣所へ戻って、砂埃のついたジーンズをクリーニング行きのランドリーに放り入れる。愛用の白いシャツも同様だ。そうして振り向いた先の扉をゆっくりと開けた。

    「左馬刻くん、ありがとう。今日は全部読み終えることができたよ」

     寂雷のそばに置かれた低いカウンターテーブルには、様々なカテゴリの本が積み重ねられている。微笑む寂雷におう、と小さく返事を返して、左馬刻はテーブルごと本の山を浴室の外に出した。
     そして最後の下着を脱いで洗濯機に放り込むと、今日の疲れを落とすために寂雷のいる浴室へと入っていった。

     浴室に入る際、寂雷はこちらをじっと見上げてくる。

     少し居た堪れない気持ちになるが、人間の身体、それも裸の姿は珍しいのだろう。毎度飽きることなく見つめてくるのだった。

     その視線を浴びながらシャワーのコックを捻ると、求めていた熱い水流が左馬刻の身体を包んだ。

     アァ…とつい地に響くような声を漏らすと、見つめる寂雷が今日はお疲れだねと声を掛けてくる。

    「……思ったより仕事が長引いてよ。それが始末の悪いもんで、……ったく、中々引き上げられなかったんだわ」

    「そうだったんだ。それは大変だったね」

    「あぁ……いやそうだ、飯とか大丈夫だったか?悪い、先聞けば良かったわ」

    「心配ないよ。出て行くときにちゃんと作って置いてくれるし…それに私は水もあまり飲まないから排泄の回数も少ないしね」

     だから大丈夫だよ。

     そう言う寂雷は相変わらず左馬刻から視線を外さないまま、ぱちゃぱちゃと長い尾ひれを揺らしている。体調に問題がないのならそれでいい。

     シャワーのお湯からどんどん広がって行く湯気を換気扇が吸いこんでいる内に、手早く身体を洗い終える。親指と人差し指の付け根に切り傷があったようで、泡が少しだけじくりと滲みた。

     冷たいシャワーに切り替えて血の滲む傷口と身体を冷やし、顔を拭う。浴室に残る暖かい湯気が人魚の寂雷のほうへ行かない様にと、浴室の扉を椅子で固定して閉まらないように開け放った。

    「…狭いけど入っていいか?」

    「もちろん」

     ちゃぷちゃぷと身を捻りながら浴槽のスペースを空けた寂雷と向き合う形で、揺れる長い尾ひれに包まれるように身を沈める。
     淡いオレンジ色の照明が、ぼんやりとふたりを照らした。

    「ちょっとぬるくねえか。設定いじったりはしてねえよな?」

     寂雷の背中越しにコントロールディスプレイを確認する。

     シャワーの温度は43℃で問題ない。肝心の浴槽の温度は17℃の筈だが……18℃に表示が変わっていた。

    「おい、1℃上がってるぞ、大丈夫なのか」

    「大丈夫。私が変えたんだ。面白いね、水の温度がこんなに簡単に変わるなんて」

     触らないように言っておいたはずだが。
     この賢すぎる人魚は時に予期せぬ行動をする。人魚なのだからあまり水温が上がると生命に関わることは本人が一番分かってるだろうが。

     それ以上触るんじゃねえぞと釘を刺すと、目の前の人魚は特に気にもせずそうだね、と曖昧な返事をした。

    「ふふ、そんなに心配しなくても良いよ。だんだん身体も慣れてきたし、ここではほとんど動かないから体温も上がらないしね。
     それに……今も左馬刻くんの身体がとても温かくて、心地良く思っているよ」

     濡れた髪を機嫌よく梳きながら話す寂雷は、左馬刻の身体に尾びれをやわらかく巻き付ける。水面を蠢めく鱗は滑らかな感触で、優しく素肌を撫でていった。
     寂雷の身体に微かに残る潮の香りを感じながら、その肢体に触れようと手を伸ばすと、先程の傷がぴり、と引き攣った。

    「おや、切り傷をそのままにしてはいけないよ」

     寂雷は少し考える素振りを見せた後、左馬刻が伸ばした手を掴み口元へと持っていった。ちゅるりと初めて見る寂雷の舌が、左馬刻の指の付け根を舐めた。突然の生温かい感触に驚く左馬刻をよそに、丁寧にゆっくりと人魚の舌は滲む血を舐め取っていく。

     ぞわりと、どこか背徳感を感じる行為だった。

     その濡れた感触に少しの間意識を奪われていた左馬刻が、しばらくして我に帰る。

    「……っ消毒もしてねえし、汚ねえぞ」

    「嫌だったかな。この前読んだ絵本に出てきた男の子が、転んで擦りむいた膝に唾をつけていたんだ。人間はこうやって傷口を唾液で癒すのかと……興味深くてね」

     眉を下げる寂雷に、声を荒げてしまったことへの罪悪感を覚える。

    「イヤって訳じゃねぇよ。
     ……そろそろ上がるわ、絆創膏持ってくるからそれで治してくれや」

     あんたは器用だからと言うと、寂雷は嬉しそうに頷いた。

     脱衣所に置いてある救急箱から消毒液と絆創膏を取り出して戻ると、寂雷は左馬刻の傷に優しく触れて処置を施す。彼にとってここ一番の興味は、生傷の絶えない左馬刻を癒すことであった。

    「ん、あんがとな。
     さてと、俺も飯はもういいか…………今日はどうする?」

     部屋のベッドで寝るか、と念のため振り向きざまに聞いた。

     毎日同じ浴室で過ごす寂雷に退屈だろうと、何度か部屋まで運んだことがあった。ソファに横たわる人魚というものもなかなか珍しいものであったが、人間の生活にあまり触れたことの無い寂雷にとっては全てが興味の対象のようで、しきりに身体を動かしては色々なものに触っていた。
     そして密かに寂雷を想い始めていた左馬刻はつい、一緒に寝てみないかと提案したことがあった。その際はやはりうまく眠りにつけず小一時間ほどで浴槽に帰すことになったが、左馬刻の内ではいつか自分の部屋で一緒に眠ることに慣れてくれればという、淡い期待があった。

    「うん、そうだね……」

     しばらく返答に思案していたが「今日は疲れていると思うから」と左馬刻を気遣うようにして寂雷は断った。

     まあ、そうだろうなと思い「そうか」とだけ告げて完全に浴室から出る。簡単に身体を拭いてテーブルの本を退けると、必要な物だけを置いて浴室に戻し、寂雷におやすみと言った。
     返事を返した寂雷を見届けてから、左馬刻は浴室の扉をゆっくりと閉めた。

     ————

     昔はもう少しいたんだよ、人魚も。

     左馬刻の部屋に来て少し経った頃、寂雷はそう話した。家族はと問うと、幼い頃の記憶はあるがいつの間にか会うこともなくなり、やがてひとりになったと。

     それを聞いた時、左馬刻はあるひとつの可能性を思った。

     その事について左馬刻の耳に直接入ったことはなかったが、人魚が存在する以上、充分有り得ることだった。だからこそあの場所に寂雷が現れた理由も。

     今では使われなくなった自身の拳銃が、寝室の引き出しから消えていることを左馬刻は知っていた。それをそのままにしているのは、単なる己の欲望と、少しの情に過ぎないことも。


     ————


     ジュウッと音を立ててフライパンに乗せられた白身魚が香ばしい匂いを立てる。

     強引に仕事を一段落させ、道すがら知り合いの漁師から貰った舌平目を片手に左馬刻は早めの帰路についていた。
     食事について寂雷に聞いた際、海にいた頃は貝や海藻を食べていたと言ったので魚はどうかと聞くと、陸上の動物や植物と同様に食べたことはないが、大丈夫だろうとの事だった。
     いわゆる人魚が魚と仲良くお喋りするなんて事は現実には無いようで、この世界ではそれこそただのおとぎ話に過ぎないのかもしれない。

     熱せられた白身から溢れる脂。それをソースに変えるために片手でフライパンを操り、棚の調味料をピックアップしていく。
     寂雷の分は既に出来ていて、コンロ横の皿に盛り付けられたソテーが、ソースに覆われて綺麗な光沢を放っていた。
     薄い味付けにほのかな温かさだけを残し、左馬刻の分の食事が並ぶのを待っている。

     手際よく自身の分のソース作りまで終えた左馬刻は、手に跳ねたソースをぺろりと舐めた。

     ——ピロリン、ピロリン!

     急な呼び出し音が部屋中に鳴り響く。

     ——♪ お風呂で呼んでいます——♪

    「……っと、寂雷か。どうした!」

     コンロの火を止めて、バタバタと慌てて浴室に駆けつける。

    「ッ何かあったか?」

    「ああ、左馬刻くん。ちょっと押してみたくて」

    「ああ……!?
     変に追い焚きになったらどうするんだ!火傷しちまうぞ……!」

    「大丈夫、大丈夫……音が大きくて少し驚いたね」

     コントロールパネルをぺたぺたと触る好奇心旺盛な人魚は、あお向けの姿勢でいつもの様にヒラヒラと尾びれを振っていた。よく見ればパネルの温度もまた1℃上がっている。本当に反省の色が無い。

     だからそういたずらに触るなと言っているのに。左馬刻はエプロン姿で大きくため息をついた。いっそのこと温度調整のボタンだけ破壊しておくべきだったか。

    「ハァ……ホント触るなよ、色々」

     しゃかみこんだ左馬刻に、ようやくかなりの心配を掛けていたことに気がついた寂雷は、珍しく叱られた子供のような困った顔で左馬刻のほうへと身体を向き直した。

    「分かった、もう触らないよ。……そうだ、話したいことがあるんだ」

    「そうか、ちょうど夕飯ができたから、一緒に食べる時でもいいか?今持ってくるからよ」

    「うん、良いよ。ありがとう」

     左馬刻が戻る前に寂雷はテーブルに積まれた本を脱衣所に敷かれた綺麗なタオルの上に戻す。その中には人魚のイラストが描かれた本が二冊あった。
     古い装丁の小説と鮮やかに彩色された絵本。

     寂雷は絵本のほうを一冊、手に取った。そして左馬刻が来るまで眺めていた。


    「遅くなった。今日は白身のソテーだ。食べれるか?平目に火を通したもんだ。少しだけ塩とハーブで味付けしてある」

     テーブルに置かれた二つの皿から食欲を誘う香りが浴室に広がる。

    「とても美味しそうだ」

     嬉しそうな寂雷に、左馬刻も浴室の椅子に座ってカトラリーを手渡す。

     いただきますと、寂雷の美しい手が左馬刻の作った魚のソテーへと伸びる。器用にナイフとフォークを使い白身を切り分けた寂雷は、それを美味そうに眺め、口へと頬張った。

     ふと左馬刻が寂雷のそばを見やると、浴槽の縁に有名な人魚の絵本が立て掛けてあった。

    「……また読んでたのか」

    「ああ……興味深くてね。
     人間の世界では、私達はこうも脆く、儚いものなのだと」

     だが、当たっているよ。

     カチャリと、寂雷がナイフとフォークを置いた。

    「そろそろ泡になるか……君を殺してしまうか、決めないといけないね」

     落ち着いた声で寂雷は告げた。

     左馬刻は表情を変えなかった。

    「でも、君を殺してしまったら海に帰ることもできない。この浴槽で、泡にもなれない哀れなミイラになるだけだ」

    「それで……どうするんだ?」

    「温かい水にも慣れてしまってね……もう海には戻れないな。海の水では冷たくて……凍えてしまう」

     徐に掬い上げた浴槽の水を、寂雷はゆっくりと落とした。

     左馬刻はそれを静かに見つめる。

    「それに海で食べる貝や海藻も、もう味気なくなってしまうしね。
     君が作ってくれる食事は刺激的で……とても美味しいから」

     寂雷は穏やかな顔で微笑んだ。

     返すよ。

     寂雷は手から落ちる水滴を見つめて言った。

    「本当に……本当に念のために持っていただけなんだ。なぜだか分かるかい?
     君は優し過ぎたんだ。使う必要がなかった。いつかそのせいで命を落とすのでは無いかと、考えてしまうほどにね」

     何がとは聞かなかった。
     狂ってるとはよく言われる、とだけ返すと、それは見る目がないと寂雷が笑った。

    「……泡になるか、俺を殺すかだったか。他の選択肢はねぇのか?
     例えば……その本の結末なんてのは」

     ハハハ!

     寂雷が初めて大きな声で笑った。

    「君のやさしさにつけ込んでしまいたいよ」

     寂雷の低く美しい声。本音なのだろう。
     その言葉に薄く笑みが浮かぶ。
     
     下心にも、だろ? 
     そう言って手を伸ばし、寂雷の髪を梳くようにして頭を引き寄せる。

    「お互い様だな、人魚サマ」

     鼻先を掠めて、唇を頬に寄せた。

    「人間の世界に人身売買なんてモンがある以上、人魚も同じだろうよ。そしてその獲物が希少であればあるほど秘密裏に隠され……二度と表に出ることはない」

     だからあの日、あの港にいたのか?
     売人を海へ引き摺り込むために。

     寂雷の瞳孔が、あの夜の様に細く光った。

    「あの港に来たのはあの日が初めてだ。
     ……今までも、ただ知りたかっただけだった。けれど、そのまま帰すこともできなかった……」

     寂雷の薄く開いた唇を、すくうように左馬刻は口付ける。

    「ン……じゃあ俺を殺さなかったのは何でだ?」

    「君は……人魚を知らないようだったから」

     それだけ?

     左馬刻は自嘲するかのように少し笑う。

    「左馬刻くんは、優しいから。手をとった時に分かった。あの時も私の身体が外堀に当たって傷つかないように引き上げてくれたね……」
     
     だから。
     
     寂雷が言葉を切る。

     濡れた唇がほどけた隙に、左馬刻はするりと舌を滑り込ませる。低い温度の口内をゆるく掻き混ぜた。寂雷の長い舌を包み込むように自分のものと絡ませては、溢れる互いの唾液ごと呑み込む。

     寂雷の舌に残る、僅かなソースの味さえも煩わしい。
     今は寂雷のものだけを感じたかった。
     
     君の手を引くより、引かれたくなった。
     それだけだよ。
     
     少し色づいた頬が誘うように告げた。
     
     温度が上がる。どうしようもない欲情が左馬刻を支配した。いますぐその濡れた身体を奪いたい衝動を抑えて、熱い息を吐きながら耳元でうめいた。

    「……アンタが望むなら、売人全員探し出してぶち殺してやんよ」

    「……っはは、それも良いかもね。でも今は、君の傷を治すことの方がひどく楽しいかもしれない……」
     
    「ふ……そりゃぁいいな……っ」

     唇を優しく喰みながら歯列をなぞろうとすると、寂雷の鋭利なそれに唇が裂かれる。職業柄慣れたその味をそのまま彼の口内へと流し込んだ。寂雷は顔を顰めるが、構わない。この傷も治してくれるというのなら。
     
     ちろりと寂雷のものが舌の裏筋を掠めるたびに左馬刻の性感が高まっていく。激しくなっていく口付けの、卑猥な水音だけが鼓膜をなぞった。

     ——そういえば拳銃の在処だけは聞かなくてはならない。この人魚が未だ物騒なモノを隠していることは左馬刻を興奮させたが、同時に心配もさせた。

     何処にあるかを聞くと、浴槽の側面、配水管の蓋の中にあると言った。浴槽の側面をちらりと見る。そこには配管業者が使用するための開閉部があった。

    「そうか……他の道具も使ったな?あれだけ危ねぇから触るなって言ったのによ……良く取ってきたもんだ」

     主のいない寝室の床に、その身を勝手に押し付けてまで。

     がぶりと噛みついた口元から薄紅に染まった液体がこぼれた。それは乗り上げた重みで軋むテーブルの冷めたソテーに落ちていった。

    「なァ寂雷……アンタと同じ部屋で眠りたい……朝まで隣にいて欲しい……ッ」

    「っ……そう、だね……私も、君といつか地上の外へ出たいよ……」

     最早邪魔でしかないテーブルを食事ごと薙ぎ払う。ひどい音が響いた。頭上で嗜める声がしたが、知ったことか。もう充分だった。

     バスタブ越しの距離が堪らなくなって、ジーンズを濡らしながら浴槽の中の寂雷に覆い被さる。
    口付けと愛撫。止まらない。早くこの熱をその鱗に擦りつけたい。

     身体を押し付けられ、せまい浴槽に磔になった寂雷が、まるで魚に戻ったように酸素を求めて唇を空に向ける。

    「ハァッ、左馬刻くん、熱いよ、本当に帰れない!」

    「……帰りたきゃ、俺様を殺していけや……ッ!……ァアッ!」

     帰れない、なんて当たり前だ。
     その身を引き摺り上げたのは俺のほうだ。

     徐々に下へ滑り落ちるキスに身を捻った身体の、浮かんだ肋骨へと指を滑らせる。浮かぶ線にそってなぞると、悲鳴のような甘い吐息が漏れた。

     濡れたブルーの瞳が、期待と恐れをはらんでいる。

     左馬刻の指先が薄い胸もとへ触れた。
     その瞳が小さく熟れた蕾を捉えると、まだ知らない彼の嬌声を聴くために心臓に近い方を容赦なく吸い上げた。































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