silver youth 暖かい風に吹かれる髪を一房、手にとっては落とし、また一房手にとっては落としていく。
「左馬刻くん、腕疲れないかい?」
「……おー」
集中しているのか、どこか空返事のような声がゴォォ…と吹き出す風の音に乗って聞こえた。
「このくらいで大丈夫だよ。後でまた自分でやるから。それより君の髪、まだ濡れてるよ」
「……ン」
二人で浸かっていた湯船から上がると、気まぐれのように寂雷の髪を乾かしたいと言った左馬刻は、ドライヤー開始から十五分ほど経っても未だ飽きる事なく、長い長い寂雷の髪を乾かし続けている。当の本人はというと、寂雷に比べ自分のはすぐ乾くと言って、洗い立ての犬の様に風呂場でぶるぶると頭を振った後、置いてあったタオルで乱暴に拭いただけであった。左馬刻が腕を動かすと、ふいにタオルに吸収されなかったままの雫が肩に跳ねて、寂雷は少しくすぐったく思う。
熱しやすく冷め易いとよく言われるが、左馬刻はある面にて中々に凝り性であった。ソファの下に鎮座する寂雷を足で挟むように腰掛けると、黙々と頭皮が熱くなりすぎないようドライヤーの位置を変えながら、水分を含みぺたりとする髪を優しく束に分けて、丁寧に温風を当てていく。徐々にサラサラと手のひらを滑り落ちていく寂雷の髪を、左馬刻は赤い目をチロチロ動かしては眺めていた。
優しく、頭皮に触れるか触れないかのような手つきですうっと指を滑らせる。分けた片方の一束を持ち上げると、髪の内側にも風が当たるように角度を付けながら、撫でるようにゆっくりとドライヤーを動かした。手櫛で髪を解くたびに、穏やかな花の香りがふんわりと左馬刻に届いてくる。右手で風を当てながら、左手で寂雷の髪をすいたり、そっと耳にかけたりしていると、気持ちよさそうに目を伏せる寂雷が見えた。
ふと、かき分けた淡藤色の奥がきらめいた。寂雷の髪色は二層に分かれていて、外側は落ち着いた藤色が、内側はさらに淡く紅を帯びたような色が流れるように頭部を包み込んでいる。思い当たることがあり、気付かれないようにドライヤーを動かしたままでそっと覗き込む。薄く色付く周りの髪たちに紛れてはいるが、色素が抜けて半透明になった髪の毛が一本。それは少し短くはあるが、ほかの髪の毛のように寂雷の背をつたっていた。
ふ〜んと心の中で呟くと、かき分けた髪はそのままに手の止まりかけていたドライヤーを持ち直す。
「お〜、センセイもいい歳なんだな」
「えっ何だい?」
「んー?いや何でも」
「……いえ、分かりました。私もそれなりに歳をとっているのでね。ですが、若い頃の方がたくさんあったかと思います」
ちょっぴり恥ずかしかったのだろうか。敬語に戻っている。
「若い頃……ねぇ。お、もう一本。いやこれは違うか……」
待って、見失ったと、パラパラと髪を摘み出す左馬刻に、先程までの丁寧さはどこへ行ったんだと、寂雷は顔を顰める。
「いたた……ちょっと引っ張らないで。あと、白髪なんてどうでもいいから、先に自分の髪を乾かしなさい」
ああ、ほら雫が垂れているよと寂雷は振り向いて足の間から抜け出そうとするが、両脇にある長い足が身体に絡んで、引き寄せられる。
カチリと風の音が止む。左馬刻はドライヤーをソファの隅にぽいと放ると、にやにやと楽しそうに両手で白髪を探し始めた。にやついているのは……振り向かなくてもわかる。
「ハァ……、引っこ抜かないでね」
「あ?抜かねェよ、大事な髪だろ」
「いや……自然に抜けるからって意味だよ」
抜くなんて選択肢は左馬刻に無かった。なにせこの人が己と同じものを纏うことなんて無いのだ。ただの髪ひとつ自分と同じ色というだけで、この上なくかけがえの無いものだと感じる。左馬刻はもう一度見つけた白い髪を見つめ、そっと周りの髪束で覆い隠す。それが束の間の幸せだったとしても、大切なものは大切にしたい。
諦めて身を預けていたと思っていた寂雷が急にソファからぱっと立ち上がった。スルリと背後に回るとソファに投げられたドライヤーを手に取り、さて、とにっこり笑う。
「綺麗に乾かしてくれてありがとう。次は君の番です。さあソファに座って」
ハイハイ、と観念して床に腰を下ろすと、抜けそうな延長コードを挿し直して寂雷はソファへと戻ってくる。やっと左馬刻の髪を乾かせることに満足そうな寂雷は、水分が飛んで少ししなびた白の毛先に優しく触れた。
風の吹く音が再開して温かい空気が頬を撫でる。わざと何かを探すように戯れる指が、左馬刻の心をくすぐっては跳ねていった。