お題
(バレンタイン、洗濯物)
頭がぐらぐらと揺れるせいで、バランスが取れず、何度か壁に肩をぶつけながら溜まった熱を身体から追い出すように深く息を吐く。
気持ちばかりの対策に余り効果を感じられず、頭の先から足の先まで茹だっているように熱くて思考がままならない。
ぼうっとする頭の重さに煩わしさを感じて舌打ちしながら、床に放り投げられた服をわざわざ拾い集めている自分にも腹が立つ。
この時期はいつもイライラとする。
自分がオメガで発情しているという事実も、クサオがかってでる家事の後始末も、落ち着かない身体を何とかしようと巣を作るためクサオの服を掻き集めている事も、クサオが近くにいない事にストレスを感じている事も、思うように動かない身体と理想としている自分の生活が出来ない事も。
そんな発散できないもだもだとした気持ちに唸りながらも本能には抗えず、こうして脱衣所に脱ぎっぱなしになっているクサオの服を選別している現状に溜息しか出てこない。
舌打ちと悪態を吐き出しながら、寝室へと戻り白いオーバーサイズのパーカーと中のインナーシャツ、スウェット素材のパンツを腕に抱えて自己嫌悪に陥る。
布団の上には既にクサオが昼寝で使うブランケットとパジャマとして与えたスウェットの上下が広がっていて、それを見下ろして何度目かの悪態を吐く。
ベッドへと身体を横たえて持ってきたパーカーを見て意を決して顔を埋めれば、クサオの甘い嗅ぎ慣れた匂いとフェロモンを感じてぶわりと多幸感が広がる。
さっきまでのソワソワとした気持ちが落ち着いて、身体から力が抜け、大きく吸い込んだ息をはぁっと吐きだし持ってきた服を落ち着く形へと配置すればパーカーだけは胸に抱きながら完全に脱力する。
きっとこれから徐々に腹の奥に疼きを感じ始め、身体が敏感になり始める。
発情期の初めの症状からピークまでにはまだ少し時間があるなと思いながら、チラリと時計に目をやる。
アイツが帰ってくるまでもう少しある。
巣を作った俺を見て毎度毎度嬉しそうに目を輝かせるクサオの反応は嫌いじゃない。
巣を作るなんて、と思ってはいても喜ぶアイツの顔が浮かんでしまってはどうしてもやめられない…
作ってやったんだからさっさと帰ってきやがれ…なんて思いながらパーカーに埋めた顔をより押しつければ、どこか甘い匂いがしてきて思わず顔を離す。
クサオとは違う甘い匂い。
訝しみながらもう一度匂いを嗅げばそれがチョコレートの匂いだと気付く。まさかなとポケットを探れば小さなサッカーボールが一つ出てきてそこからチョコレートの匂いがする。
そのまま洗濯に出すつもりだったのかとか、誰からとか、何でとか色々と思考は巡ってずくりと痛む心臓に違和感を覚える。
そういえばバレンタインなんてイベントが近かった気がする。妹からも作り方を教えろとメッセージが来ていたはずだ。
ぐるぐるとゴールなく回る思考に嫌気がさして大きく舌打ちをする。
「ばろー、帰ったよー」
もういっそのこと寝てしまおうかと目を閉じれば玄関からドタバタと煩い音が寝室にも響いてきて、近所迷惑だろうがと思いながら寝入った時よりも重くなった体でゆっくりと寝返りを打つ。
巣を見たクサオの反応をこの目でしかと見てやろうと寝室のドアへと身体を向ければ、一応気を使っているのか、さっきまでの騒がしさを消してゆっくりとドアが押し開けられる。
「馬狼?ただいま」
「ン…」
「ヒート来た?」
「さっきな」
ベッドへと近寄ってきたクサオが床に座り込み、ベッドへと頭を預けて俺と目を合わせる。
すんっと鼻を鳴らしたのはフェロモンの確認なのか、俺の言葉にふーんと声をこぼして俺が服に埋もれている様をみてスッと目を細める。
それから持って帰ってきていた荷物をゴソゴソと漁り始め、服やタオルを引っ張り出す。
「練習着はどうする?匂い強すぎて怖いんだっけ?」
「怖くはねぇ…けど、いらねぇ」
「そ?俺は?風呂入ってきた方がいい?」
バッと練習着を広げたクサオの様子に、強すぎるフェロモンに理性を飛ばすのが嫌で匂いから鼻を守るようにパーカーへ顔を押し付ければ、少し不満そうにして直ぐに練習着をカバンへと押し込む。
そのまま忘れて洗濯しねぇんじゃねぇかと心配になりながらも、今度は両手を広げて小首を傾げるクサオを見上げる。
同棲し始めて暫く経った頃、俺が初めて巣を作ったことに感動したのかクサオに無理矢理入り込まれ、崩された巣に堪らず怒鳴って部屋から追い出した経緯がある。それ以降、俺の許可が無いと巣の中には入ってこない。
律儀にベッドの手前で俺の許可を待つクサオをちょいちょいと手招き、握った拳を顔を寄せてきたクサオへと突き付ける。
「ん、やる」
「…なに?これって…、あ」
両手を皿にして、サッカーボールを受け取れば首を傾げた直ぐ後に気付いたのか、やばっと焦った顔に書いてあるのが見える。
「そのまんまだっただろ」
「あー、忘れてた、ゴメンナサイ」
「…気ぃつけろ」
反省している顔を作って見せるクサオにふんと鼻を鳴らして人一人が入れるスペースを作ってやれば、直ぐに嬉しそうにぱっと顔を輝かせ、いそいそとベッドの上に上がり込んでくる。
身体を寄せてくるクサオから漂う匂いにはやっぱりチョコレートの匂いが混じっていて、普段ならあまり気にならないだろう匂いも自分の番が纏っていると気になって仕方ない。
きっとファンから貰ったのだろうこれほど気になると思ってなかったため今更ながら、シャワーに入ってこいと追い出すか?と思い始める。
「馬狼、甘いもの好きだよね?」
「まぁ…嫌いじゃねぇ」
「毎年馬狼が作ってくれてるし、今年は俺も作ってみたんだよね」
「?」
何を…と聞き返そうとしたところで、サッカーボールの柄のついた銀紙を外し、丸いチョコレートを取り出したクサオの手が俺の唇にチョコを押し付けてくる。
「チョコレート、ヒートが終わったら一緒に食べよ」
「……、これでいい」
「うぇー、何でそんなこと言うの、めちゃくちゃ頑張ったんですけどー」
「は…、どーだか。どーせ坊々任せだろ」
ぶーぶーと文句を言ってくるクサオに笑いながら、きっと協力しているだろう御影のことを言えば、煮え切らない反応が帰ってくる。
もう少しいじめてやろうかと思いながら、押し付けられたチョコレートを口腔内へと迎え入れれば甘ったるいチョコレートの味がして直ぐに奥歯で噛み砕く。
包装の安っぽそうな見た目に反して、なかなか美味いチョコレートを味わっていれば、クサオからの視線を感じて目を向ける。
「馬狼からのチョコはこれでいいよ」
「ッ?!ぅ、ンンっ!」
ぐっと引き寄せられた胸倉に驚き身構えればバクリと唇に噛み付かれて、熱いぬるついた感触が唇に這う。
熱を含んだ番の瞳にぶわりと身体が熱を持ち、一気に発情を煽られている状況に慌ててクサオの身体を押し退ける。
「っ〜、、っ、馬鹿、やろぉ」
「あま…」
べろりと舌舐めずりをしたクサオにいつの間にか覆い被さられてしまえば、どきどきと跳ね上がる心臓と敏感にフェロモンを感じ取り誘うように強くなる匂いに呼吸が浅く早くなる。
「王様の巣、すごい綺麗。上手に作れてるじゃん。俺さ、お前が巣に招いてくれるのも嬉しいんだけどさ、今度は俺の前でも作ってよ、ね、いいでしょ?」
「っ、あ…、おまえっ、せこいっ」
「引っ掛かるお前が悪い」
無理矢理にでも発情させようと与えられる強いフェロモンに碌に思考も出来ず眉を寄せて睨み付ければ、クサオが突然に着ていた服を脱ぎ、目に欲情を浮かべ熱い視線で見下ろしてくる。
きゅんっと疼く下腹部の感覚に舌打ちをして、敏感な身体をクサオの手から逃がすように布団の上でのたうち、悪態をつく。
「クソがッ……!」
「俺も好き〜」
俺の身体をベッドへと押さえ付けながら、何をどう聞けばそうなるのか分からない返答を恥ずかしげもなく嬉しそうに伝えてくるクサオに頭痛がした。
end.