お題
(ヘアアレンジ、ダズンローズデー)
未来捏造、同棲済み
「ん…、あげる」
「?」
同棲し始めて改めて思ったことはこいつ何考えてるか分からねぇ、だった。
突然ずいっと目の前に差し出された花は真っ赤な一本のバラで、多少なりとも気恥ずかしいのか、首の辺りを片手で擦りながらもバラの花を差し出す手は下ろさない。
受け取らなければずっと差し出していそうな様子に意味も分からず仕方なく手を伸ばせば、クサオは満足そうにさっさと離れていく。
似合わない男から似合わないものを渡されて、唖然としながらも手の中にある綺麗に咲いたバラをみれば茎にタグが巻いてあることに気付く。
小さく"感謝"と書いてあって、日頃の感謝を込めて、なんてまるで母の日のようで、とうにすぎたイベントを今更?なんて思いながら仕方なく使っていなかったコップを引っ張り出して一輪だけのバラを生ける。
御影か潔あたりにまた変な知識でも教えられたんだろうと気にもしていなかったのに、次の日も、その次の日も、言葉少なく差し出されるバラにはタグが付いていて"誠実""幸福"ときて今日渡されたバラには"信頼"の文字。
飽きるまで付き合ってやるかと細身の花瓶を買ってきたのは昨日の事で、コップに一輪だけだったそれがさまになってきてしまった。
「ばろー、今日の分」
「ん…」
するりとクサオの体が寄ってきて今日の分だというバラ一輪を差し出されて、受け取る。
慣れたように今日のタグを確認すれば"希望"の文字が見えて、タグをつけたまま花瓶へと移せば小さな花束のように五本のバラが綺麗に花瓶へと収まる。
こいつは後、七回も同じことをしようとしてんのかと思うと面倒くさがりのこいつに続けられるのか不思議に思う。
突然始まったクサオの奇妙な行動が気になって調べてみればダズンローズという習慣がある事を知り、わざわざまどろっこしいことしてんな、なんて思いながらも黙ってバラを受け取り花瓶まで買って付き合っている俺も俺だ…。
結局毎日毎日飽きもせず、バラ一輪を差し出してくるクサオの手からバラを受け取って12日目
今日が最後だろうなとあたりをつけて、最後まで飽きなかったクサオを意外に思う。
「ただいま〜」
休暇が重なった今日、珍しく朝早くから起きて外出して行ったクサオの帰宅した音が玄関から聞こえてくる。
きちんと言い付け通りに手を洗っているのか洗面所から水の音が聞こえてきて、リビングに繋がるドアがゆっくりと開く。
「ただいま」
ソファに座って目を落としていた雑誌から声の聞こえた方へと目を向ければ、驚きで思わずびくりと身体が跳ねて掛けようとしていた声すら引っ込んでしまう。
「あ、なにその反応、やっぱり変?」
「っ、いや…、、別に」
視界の先には、いつも垂らしている前髪をセンターで分けてふわふわとした緩さを残した髪型をしたクサオがいて、気恥ずかしそうに前髪をじりじりと指先で遊んでいるのが見える。
驚きで詰まった言葉が口から漏れて、まじまじと見てしまう俺の視線にクサオの唇がむっと少しだけ尖る。朝着て出て行った服はどこへやったのか、いつも緩い服装を好むクサオが珍しくピッタリと身体にあったサイズの落ち着いた服を着ているのも違和感でしかない。
「馬狼も準備して」
「はぁ?!」
「出かけるから」
そう言って近寄ってきたクサオの手が伸びてきたかと思えば肩にかかる髪の毛をスッと掬い上げられる。
びくりと固まった身体で顔を上げてクサオを見上げれば、何を考えているのか分からないような表情でぽそりと言葉を落とす。
「俺、お前のハーフアップ好き」
言われた言葉に何度か瞬きをして、ああ、おねだりってやつか。なんて思いながらクサオの手を払う。
「……チッ、待ってろ準備してくる」
恥じらいも無く、じっと見つめられて言われた言葉に知らず知らずのうちに熱を感じる顔を隠すよう伏せて慌てて立ち上がれば、逃げるようにリビングを後にする。ちくしょう…、あちぃ。
「お前、こういうところ苦手だろ」
目の前で身体を固くしフォークとナイフを持つクサオを呆れて眺めながら言えば、ぎくりと肩を揺らした男は小さく唸りながらフォークでパセリをつつく。
かしこまったような雰囲気のレストランはきっと予約しないと取れないような窓際の席で、洒落た場所に見合ったウェイターが手際よくスマートに給仕していく。
普段からだらけきった男が格好付けて背筋を伸ばしている姿はなかなかに面白い。
「格好付けすぎたな」
子供っぽい仕草にハッと笑って揶揄ってやりながら、出された料理を口に含めば値段相応に口腔内に旨みが広がる。
「良いじゃん、たまには格好付けさせてよ」
「ふーん?」
照れ隠しなのか不貞腐れたように言うクサオに目を細める。時々にこいつの方が一つ下なんだよな、と思わせられる少し幼さの残る行動を見るたびに擽ったく感じる。
場所や料理、服装は特別なはずなのに結局会話だけはいつも通りサッカーの事ばかりでタイミング良く出されてくる料理を一通り堪能して、席を立つ。
てっきりこの場で最後のバラを渡されるものだと思っていたので少し拍子抜けしながらも、レストランを出た直後に風船が萎むみたいに息を大きく吹きながら猫背になるクサオに情けねぇなぁなんて言いながら家に帰れば、さっさと上着を脱いで楽な格好を取り始めるクサオを横目に、食後の紅茶でも飲もうとキッチンに足を進める。
「おい、クサオ、紅茶」
「飲むー」
端的に寝室に聞こえるように声を掛ければ伸びきった返事が返ってきて、気分も良いのであいつの好きなレモンティーを入れてやる。
ダイニングテーブルに座れば目の前には花瓶とそこに広がるバラの束が置いてあって、なんと無しに眺めながら紅茶をゆっくりと飲む。
「あ、レモンティーだ、ありがとばろ」
「ん」
堅苦しい服から着替えてきたのかいつものダボっとした部屋着で戻ってきたクサオがバラ一輪を片手に目の前の椅子を引いて座る。
「あとこれで最後ね」
「…だろうな」
まるで休憩の合間に水分の入ったボトルを渡してくるような気軽さで渡されたバラのタグをみれば"永遠"
と書かれてあり、受け取ったバラをそのまま花瓶へとさす。
小さな花束みたいなそれを眺めていれば、クサオに名前を呼ばれる。
「馬狼」
「?ンだよ、畏まって」
レモンティーのカップを両手で包み込みながら、口を付けちらりと見上げてくるクサオに促すように目を向ければ少しだけ逡巡したように目を彷徨かせてからゆっくりと口を開く。
「今度のリーグ優勝はあげられないけど、それ以外なら全部お前にあげる、馬狼はどれ選ぶ?」
十二本のバラの中から一本選ぶ。
それがダズンローズの習わしの流れで、クサオの言葉と共に向けられた視線は机の上のバラに向けられる。
同じようにバラに目を向けれて、それぞれタグに書いてあった文字を思い出しながら、どれもこれも一つだけなんてらしくねぇなと考え直す。
「あ?選ばせんのかよ…けちぃな。お前の全部、俺によこせ。この俺様が、貰ってやる」
何を尻込みしているのか、弱気な態度を見せるクサオを挑発するように片眉を上げて不敵に笑って見せれば、目をぱちくりと丸めて瞬きをするクサオの瞳がゆらりと揺れる。
「えー、何それ、カッコいいじゃん」
微か悔しそうにぼやいたクサオが目を細めたかと思えば次の瞬間には俺を挑発するように見つめられる。
「俺の全部、お前にあげるから、お前の全部も俺にちょうだい」
いいでしょ?と、まるで俺が断ることなんて無いだろうと決め付けたような反応に舌打ちをしながら、無言でいれば突然立ち上がったクサオの手がグッとテーブル越しに伸びてきて、胸倉を掴まれ引き寄せられる。
あ、っと思った時には齧り付くようにキスをされて、俺が押し返す前にパッとクサオの体が離れていく。
「っ!!…おまっ、ぇ」
「ごちそうさまでした」
俺の反応にヘラっと笑って見せたクサオが揶揄うように唇を舐めダイニングから逃げるように、お風呂入ってくる!なんて言いながら部屋を出ていく。
「ッ〜!くそっ」
意識して舐めた唇からレモンティーの甘さを感じて、文句を言う相手もおらず、やるせない気持ちに小さく悪態を吐いてどかりと椅子に座り直す。
ー戻ってきたらどうやり返してやろうかと考えを巡らせながら。
end.