お題
(無意識)
馬狼にはいくつか癖がある。
暇だったり考え事をしてたり、自分の思い通りにならなかった時に唇を尖らせてムッスリとする。
この癖は俺たちがまだ青い監獄にいた時からあったもので、ツンっと尖った馬狼の唇は案外柔らかいと知ってからは毎回摘んでみたい気持ちを押し留めるのに苦労する。
そして馬狼と同棲するようになってから、最近唇をふにふにとの指で触る癖も追加された。
同棲し始めの頃はしてなかった筈で、いつからなのかは分からないけどふと気づいた時には触るようになってた。
きっと無意識のうちにしているだろうその行動をぼんやりとソファに身体を預けながら眺める。
今もダイニングテーブルに肘を付いて、手のひらに顎をのせむにむにふにふにと自分で自分の唇を触っている馬狼はぼーっと壁にかかった時計を見てる。
手に持っていた携帯のゲーム画面を閉じて検索バーをタップして文字を打つ。
【唇 触る 癖】
打ち込んで出て来た検索結果の文字を目で追えば、"唇は、キスやセックスなどの快感と直接つながっている部分です。そこを触る心理とは、ズバリ性的な欲求不満をアピールしているということ"の文字。
え、まじ?昨日あんなにヤったのに?
携帯画面から馬狼へと視線を向ければ、くわりと大きな欠伸をしていてまるでライオンのようなその様子に、昨日寝るの遅かったもんなぁーなんて思いながらソファから腰を上げて、馬狼の向かい側の椅子を引いて座る。
「ねぇー馬狼、喉乾いた」
「?」
「馬狼の入れたレモンティー飲みたいなー」
ぐでっとダイニングテーブルに身体を預けて手を馬狼へと伸ばせば、眉間に皺を寄せた馬狼の口からドスの効いた声が溢れる。
呆れたような表情を浮かべた馬狼がいつもより眠そうな目で俺のことを見下ろして来て、自分で淹れろと言われる前にと口を開く。
「良いじゃん、どーせお前もおかわりするでしょ」
「……、チッ」
空になっているコップを伸ばした指でちょいちょいとつつけば、きゅっと唇を尖らせた馬狼が舌打ちする。
何やら恨めしそうな目線を向けられて首を傾げながらキッチンに向かう馬狼を見送れば、カウンター越しに目をしばしばとさせながら紅茶を入れる準備をする馬狼を眺める。
暫くしてお湯を沸かす音とレモンティーの匂いがしてきて、ほのぼのとした雰囲気が心地良くてテーブルに頬杖を突きながら目を細めればちょうど馬狼と目が合い、唇を尖らせたままの馬狼がカウンター越しにきゅっと眉を寄せる。
「なに?」
「…、お前、それやめろ」
何か言いたげな不満顔に首を傾げて声を掛ければ少し考えてから馬狼が口を開く。
それ、と言われても分からなくて余計に首を傾げれば小さく舌打ちが聞こえる。
あ、めんどくせぇなとか思ったな今、なんて思いながらもう一度、それって何?と聞けば俺から目を逸らした馬狼が湯気が立つコップを2つ持ってダイニングに戻ってくる。
「目」
「目?」
「こうやって、細めるだろ最近。視力落ちたんじゃねぇか?」
目の前に置かれたお気に入りのマグカップから美味しそうな匂いがして、ありがとと言いながら両手を添えてコップに口をつける。
見本を見せるように目の前に座った馬狼が目をきゅうっと細めてから、小言のようにゲームばっかしてんじゃねぇ。なんてお母さんみたいなことをぶちぶちと言ってくる。
馬狼の言われた行動を思い出して、そんなことしてるかなーなんて心当たりを探りながらいれたてのレモンティーを味わう。うん、美味しい。
「んー…、王様が輝いて見えるからじゃない?」
「はあ?ンだそれ」
一緒に暮らす馬狼を見てるとなんだか嬉しくて幸せで、世間一般的には可愛い訳じゃないけど可愛く思えるし時々心臓が締め付けられる。
さっきだって俺のために紅茶を入れてくれるようになった馬狼を見てるとふわふわと浮つくような擽ったさがあった。
目を細める理由を少し揶揄い混じりに言ってみれば、コップから口を離した馬狼の唇がむっと尖っているのが見える。
その不貞腐れたような反応が俺より一つ上のくせに少し子供っぽくて可愛い。
言ったら殴られるしきっと部屋に引っ込んじゃうから言わないけど。
「馬狼も、あんまりそういうことしてるとキスするけど」
「?そういうことってなんだよ」
「そういうことはそういうこと」
意味わかんねぇと俺を睨み付けてくる馬狼にふふんと笑って教えてなんかやらない。
のらりくらりと馬狼からの言葉を交わしていればまた柔らかい唇がキスしやすそうにふくりと尖ったから、疼く衝動そのままにテーブルに身体を乗り出してキスをする。
「っ!?」
柔らかい感触がしてちろっと舐めてみれば馬狼の身体が後ろへ逃げて唇が離れる。
「ん…」
物足りなくて馬狼の顔を覗き込むように見上げれば、はっと小さく息を吐きながら目を丸める馬狼と目が合う。そうしてじわじわと首元から耳先まで真っ赤になっていく様子を見ながら自然と口端が緩く上がり、舌舐めずりをしてこの先をおねだりするように名前を呼ぶ。
「しょーえい」
「ッー!!」
うろうろと揺れる紅がふっと逸らされたかと思えば手で雑に口元を拭った馬狼に睨まれる。
真っ赤になった顔で、動揺を見せて眉を垂らす馬狼に睨まれたところで興奮するだけだ。
「ね、チューしたい」
「っ、、っ、もうしてんじゃねぇか!!」
「え?あんなのじゃ足りないんだけど」
畳み掛けるように、テーブルに突いてる馬狼の手を掴めば大きな身体がぎくりと固まる。
自分で腹を決めたらびっくりするくらいに積極的な癖に、俺から押せ押せゴーゴーするとびっくりするくらいピュアな反応を見せる馬狼にじわじわと独占欲が満たされる。
俺しか知らない馬狼。俺しか知らない癖、俺しか知らない声。勿論本人には言わない。
無意識のうちに俺をテリトリーに迎え入れ、無意識のうちに甘やかしてくる馬狼が大好きで堪らない。
「誘ってきたのはお前でしょ」
「はあ?!」
全くの無意識で俺の欲を煽ってくる恋人をどうにか寝室へと導こうと攻略ゲーム並みに思考を巡らせる。
攻略出来るかどうかは王様のみぞ知る。
end.