純粋ショタ×強気貴族
エリートのこの私がぽっと出の少年に絆されるわけがない
「ルゥベリル・アシェタートです。よろしくお願いします!」
その少年は私の目を見て元気に自己紹介をした。
ルゥベリル・アシェタート。1ヶ月ほど前の魔法学校中等部大会で起きた魔獣騒ぎを1人で鎮めたという天才児。
学校側は、魔獣騒ぎを公にしたくなかったのか、口止めに彼への報酬を用意したらしい。しかし、あろうことかそれを断り、私への師事を希望したらしい。高等部で優秀な成績を修めているこの私を師とするとは、見る目がある。学校からの報酬を蹴ってまで私の活躍を見たいとは、よっぽど魔法を勉強したいのだろう。
「知っているだろうが、マティアス・トーアコーネだ。付いてくる事は許可したが、私からあれこれ指示するつもりはない。君が成長したいと言うのであれば自分でその方法を見つけろ。」
「はい、わかりました!」
ルゥベリルは嬉しそうに返事をする。まあ、取り巻きと同じような対応でいいだろう。小さい奴が一人増えた所で何も変わらない。
と、思っていたのだ。数ヶ月前の私は。
「マティアス先輩!青雷哮の術式アレンジについて相談があります!」
「マティアス先輩!新しい魔法を作ったので稽古を付けて欲しいのですが!」
「マティアス先輩!甲魔虫ゼルオンの体液を持ってきましたよ!これで先輩の杖に効果付与しましょう!」
ルゥベリルは事あるごとに私の所へ来ては、私に構ってくれと言うようにわざわざ寮や高等部校舎に来てはやんややんやと騒ぎ立てる。
そのうち私を見る他生徒の目が生暖かいものに変わっているのに気づいてしまった。違う違う!私は賛辞を受けたいのであって同情なんて必要ないのだ。
最初こそ私を褒めそやすルゥベリルの声援に気を良くしていたが、段々と面倒くさいと思うようになってしまっていた。
私を見かける度に駆け寄ってきては、大きな瞳を輝かせて、私に詰め寄る。また来たか、と少し嫌そうな表情をしてしまうものの、それを直す気も無かった。
鬱陶しい、と言えば早いのだが、もう他の生徒にも私が子守をしているのが広まってしまっている。ここで突き放してしまえばせっかく積み上げた評価が無に帰してしまう。
ルゥベリルもどうせすぐ飽きるだろう、それまで評価稼ぎしたほうが良い。
ある日の事だった。休日明けの放課後、日が傾いてきてこれから寮に帰ろうという時にそいつはまた現れた。今度は何だと身構えていると、ルゥベリルはいつもとは違うつまらなさそうな顔でこう言った。
「昨日の女の人は止めておいたほうが良いですよ。」
昨日は、親同士の交友から知り合ったエリーゼと街でデートをしていたのだ。邪魔されないようにわざわざルゥベリルにもこの日は用事があるから付いてくるなとも言った。
エリーゼは可愛らしい女だ。小柄で、いつも笑顔を絶やさず、愛想もいい。占いが好きなようで、よく私を占っては喜ばせてくれる。
「エリーゼの何を知っている?私の交友関係に口出しするような仲ではないだろう。」
「僕はあの人の考えを知っています。このままだとマティアス先輩に危険が及びます。それを阻止したいんです。」
「言うに事欠いてそれか?嫉妬は見苦しいぞルゥベリル・アシェタート。」
「違います!僕は本気でマティアス先輩の事を………」
「これ以上エリーゼの事を侮辱する気なら、お前であろうと容赦はしないぞ。」
気を悪くした私はそれだけ言い捨てて寮へと足を進めた。後ろからルゥベリルの声が聞こえてきたが、無視をする。
あんな事があった後では彼も付いて来ることはなかった。元々関係の無い人間だ。彼が私に会おうとしなければ会う事なんて無いのだ。
一週間もすれば、ルゥベリルと出会う前の日常へと戻っていく。ルゥベリルはあの一件以来私に話しかけるようなことはしなかった。これでいい。
高等部では成績優秀者が集められ、実際の魔獣討伐現場へ向かう外部演習が行われる事となった。もちろん私もメンバーに含まれている。
場所はオーリン領の森。過去の演習でもよく使われるらしい、ほどほどに魔物の住む森だ。成績優秀者を集めて行くような場かと問われれば疑問だが、安全を求めつつ家にどんな事をしているのか示す演習となればこの程度の場所が良いのだろう。
全く、学校側も大変だ。
年季のある座席の硬い馬車に揺られながら着くまでの間、私は外を眺めていた。
エリーゼはオーリン領を統治する貴族の娘だ。一応手紙で演習が終わったら顔を出すことは伝えてある。
彼女は今頃何をしているだろうか、できることなら私の活躍を見てほしいが、演習は外部者の観覧を禁じている。流石に会えるのは演習後だろう。
確か討伐するのはホーンラットだったか。ラット、ねずみと言っても大きさは私達のよく知るねずみと違ってかなり大きい。まあ私の手にかかればそんなもの敵ではないが。
演習場所が近づいてくるにつれ、同乗している学生たちの声は大きくなっていく。冷静でいないとホーンラットにさえ遅れをとってしまうというのに、と思った瞬間、建物が倒れたかのような轟音が鳴り響く。
馬車は止まり、生徒たちは悲鳴や困惑の声を上げる。何があったんだ、と私も馬車の外を見るが、この場所からでは何も見えやしなかった。
「タロスだ!生徒は馬車から出るな!」
先生たちの会話が聞こえてきた。タロスだと?討伐数が少なくどの程度の強さかはっきりしていないモンスターのはずだ。実際に見たことはないが、巨躯のモンスターだと学んでいる。先程の轟音が遠くのものだということを祈るしかできなかった。
「きゃあああああ!」
耳をつんざくような女の悲鳴が周囲に響く。同時に木が割れるようなバキバキという音が鳴り響き、ガシャンと馬車が倒れていった。
馬車に乗っていられないと次々に生徒たちが逃げるように出ていく。私も周囲に何も無いほうが動きやすいと飛び出した。
どうやら現れたのはタロスだけではないようで、ホーンラットやブルーリザードが道に出てきてしまっている。これくらいの魔物であれば相手できる。馬車が使い物にならなくなった以上、タロスから逃げるか隠れるかするしかない。
「光雷弾!」
私は得意の雷魔法を操り、生徒に襲いかかる魔物を退ける。
ざわざわと声を上げる生徒の中には腰が抜けた者もいるようだ。
「トーアコーネ先輩……!」
「今は礼はいい!早く逃げろ!」
本来は安全な場所で行うはずの演習だ。まだ実戦経験が少ないだろう彼らにとってこの状況は危険すぎる。
タロスの動きは鈍い。周囲の魔物を蹴散らせば逃げられるだろう。しかし、タロスの対処は誰が?
一瞬頭によぎる。私がタロスに挑めば多少なりともダメージは与えられるだろう。ここには教師もいる。うまく行けば……本当にうまく行けば、の事だが。
恐れる生徒を誘導し、何かを話している先生の元へ向かう。こうしている間にもブルーリザードが生徒を襲っている。早く指示を出してもらうか、私が出すか。
「先生!」
と、声をかけたその時、頭が割れるような音が私の鼓膜に響いた。
「はっ……うっ……」
視界がチカチカと明滅する。咄嗟に耳を塞いだが、鼓膜が破れそうなほどうるさい。もううるさいなんて表現じゃ陳腐すぎてこの惨事はまるで伝わらないだろう。耳元で塔の鐘でも鳴らされたかのようだ。立ち眩みで地面が回るような気さえする。
咆哮が収まり、膝をついた私は何とか頭を横に振って、平衡感覚を戻そうとした。
だいたい、魔物の咆哮というのは魔法のような効果を持っている事が多く、巨大な魔物なら尚更だ。一般的には体力や筋力などの能力低下、体の麻痺や内臓の負傷である。
だから、平衡感覚を失う程度の咆哮ということは、”タロスの咆哮は対処できる程度のものである”と思ったのだ。思ってしまったのだ。
なんとか自分を奮い立たせて、両足で立って先生に話しかけようとした。その時ようやく気がついたのだ。
先程の咆哮で多くの人が倒れてしまったことに。
「ひっ……!」
私が立っていたのはタロスの咆哮の弱さからではない。純粋に私にそういった耐性があったからだ。才能があったからだ。
しかし、そうでない者は?咆哮だけで地に倒れ伏してしまったのだ。
幸い、と言って良いのか、ホーンラットやブルーリザード達も軒並み倒れてしまっており、生徒に大きな外傷はないようだ。しかし、タロスだけは変わらず立ちはだかっている。
聡明な私は分かってしまった。私ではタロスに敵わないと。足が震える。この際他の生徒を見殺しにしてでも私は逃げたほうがいいのではないかとさえ思えてしまう。
しかし、逃げてどうなる?私の評価は?私の命と家柄を天秤にかけて重いものはどっちだ?
この際、タロスのヘイトを一身に受けて生徒や先生のいる方から逆に向けさせれば私一人逃げるだけで多くの命が助かるかもしれない。
はあ。ため息を付く。迷っていればその分タロスはこちらに近づく。滅多に見せない私の本気だ。
私は覚悟を決めて杖を構え、稲妻の如くその身を飛ばした。タロスの目のあたりを高速で移動しつつ、細かい雷弾を撃ってはこちらに注目を向ける。
どうだ煩わしいだろう?お前が私をずっと追いかけていれば皆が逃げる時間が稼ぐことができる。 図体は大きく動きも遅い、避けるだけなら何とかなる。実際に私の動きにタロスはついてこれていないようだ。
私がタロスの周囲を高速で移動しつつ攻撃を加えていると、突然タロスは力を貯め始める。……嫌な予感がする。咆哮に似た攻撃だろうか。動く敵に攻撃が当たらなければ、広範囲攻撃をするのは理にかなっている。
さすがに避けなければいけないと判断し、私は風を起こしてその身を遠くへと飛ばす。先程から本気を出しっぱなしなのでかなり魔力を使っているが、危機を逃れるためなら仕方がない。
空を飛びながらもタロスからは目を背けない。あの貯めている力が一体何の攻撃なのか見極める必要があるからだ。
タロスが大きく口を開いた瞬間に防御壁を張る。一瞬だけ眩しい光が周囲を包み、周りに球状に張った壁は軽い音を立てて割れ、体を揺らされる。宙に浮いているのに?
もう手遅れだということを認識したのは、私が落ちている事を自覚した後だった。魔法もうまく発動せず、そのまま地が近づいていく。
『マティアス先輩!』
こんなときに聞こえる幻聴がよりにもよってルゥベリルの声だなんて笑えてしまう。
地に体を打ちつけられる衝撃に備えていると、ぐっと体が浮き上がっていく感覚がする。なんなんだ急に。誰なんだ、タロスにも怯まず私を助けるような物好きは。
『マティアス先輩!大丈夫ですか!』
魔力の使いすぎと先ほどのダメージで視界がグラグラとしている中、また揺らされてはたまらない。
「う……」
「マティアス先輩!」
「……あ、頭に響く………」
ふわふわとした意識の中、段々とその声が幻聴ではない本物のルゥベリルの声だということが分かった。
では、私を抱えているこの腕も?
どうやら私はまだ夢の中にいるらしい。こんな都合のいい事なんてあるわけがない。
「少しだけ待ってくださいね。すぐ対処しますから。」
ルゥベリルが何かを呟いている。何をするつもりなんだこいつは。いつも騒いで私に迷惑をかけて、こんなときもまだ懲りずに何かやらかすつもりなのか?
なんとか体力を回復させようと呼吸を整える。その間にも彼は高速で飛び続け、ついにはタロスのごく近くにまで接近する。
そのまま肩に着地すると、片手で岩のような体に小さな穴を開けて、やけに豪華な作りの杭を差し込んだ。
「『晶式魔物召喚 術式変更 汝の目的は成された、主エリーゼ・オーリン代行、ルゥベリル・アシェタートの名に置いて即座に肉体の破棄を命ずる』」
ルゥベリルがそう唱えると、穴から魔術紋が広がり、タロスの体が音を立てて崩れ落ちていく。今のは、召喚した魔物を破壊するための呪文のはずだ。このタロスが召喚された魔物?しかし、そうでないとこの森に現れた理由の説明がつかない。
ああしかし、タロスが倒れれば後に残るのは対処しやすい魔物ばかりだ。それなら私がいなくても問題ない、か。と思うと段々と意識が遠のく。
「マティアス先輩!しっかりしてください!」
私の意識は、そんな悲痛なルゥベリルの声を聞きながら闇へと沈んでいった。
*
「……う、ん」
私が目を覚ますとそこは見慣れた寮の自室だった。なんだか体が重たい。そりゃあそうだ、あれだけ無理をしたのだから、体が軽いわけがないのだ。
重い体をなんとか起こしてベッドから起きようとすると、足に重みを感じる。そこにはルゥベリルが頭を乗せて寝ていた。ベッドの隣に置かれた椅子に座って私を見ていたが疲れて眠ってしまった、という具合だろうか。
「……何故ここにいる」
ぼそりと呟いた私の声は思いの外掠れていた。あれは夢ではなかったのだろうか?現実なのかも未だに疑ってしまうほどである。
しかしあの助けがなければ私はここまで帰ってこれなかっただろうし、喧嘩していた彼がこの場にいるはずがない。
「一体、なんなんだね君は……」
柔らかい彼の髪に触れる。こうして彼を撫でるのは初めてだった。むしろ、触れるのさえあのタロスと戦った時が初めてだった気がする。
そうして頭を撫でていると彼は目を覚ました。
「あ、マティアス先輩……良かった……」
目を覚ますなり彼は私を見て泣き出すので少し驚く。どうやらルゥベリルは私が意識を失ったのが余程ショックだったらしい。そんなに私のことが心配だったのか?だから意味のわからないタイミングで助けに来て、あんな悲痛な声を上げていたのか?
「はぁ……あんな力を持っているというのに、こういう所はまだ子供だな。」
私がため息まじりに言うと、ルゥベリルは泣き顔をさらに歪めて口を開く。
「あなたを助けられるなら、子供でもなんでも良いです。」
鼻声で彼はそう言った。意味がわからない。ルゥベリルは中等部の生徒だから高等部の演習に参加するはずがない、あの場にいるはずがないのだ。急に現れてタロスを一人で倒して、本当に何から何まで規格外の男だ。
「……ありがとう、助かった。」
私が絞り出すような声でそう言うと、彼は頬を赤くする。なんだその反応は、私が人に感謝することが少ないからって気持ち悪い反応をするな。さすがに命の恩人にくらい礼はする!
「その、先輩」
ルゥベリルは目線を彷徨わせながら私の手に触れる。子供らしい温かい手をしていた。
そのまま私の手をぎゅっと握ると、ゆっくりと口を開く。
「お慕いしております。」
突然すぎる言葉に私は固まってしまう。慕う?ルゥベリルが私に好意を寄せているだと?一体どういうことなんだ?しかしまず私には父からも勧められているエリーゼという相手がいるのだ。
真剣な彼の目は、その言葉を笑い飛ばそうとした私を躊躇させる。