君と食べる料理はトクベツ 目が覚めると最近、やっと見慣れてきた白い天井が見えた。パチパチと瞬きをすると、額にかかった焦茶色の髪をかき上げると、レオナ・キングスカラーはゆっくりと上体を起こした。どうやら、ソファで寝てしまっていたらしい。
「あー……」
ローテーブルの下に敷かれた柔らかいラグの上に転がっていたスマホがブーブー、と音を立てていることにようやく気が付いたらしい男は、少し面倒そうにそれを拾い上げると、通話ボタンと合わせてスピーカーのボタンをタップした。
『……やっと出た! もう、何回かけたと思ってるの?』
通話が開始されると同時に聞こえた、不機嫌そうな声に自然と笑みが零れる。これがビデオ通話であったなら、激怒されていたに違いない。きれいな眉を吊り上げながら不機嫌そうにこちらをにらみつけるバイオレットの瞳が、今は少しだけ懐かしくなる。顔を突き合わせていない時間などほんの一週間も満たないというのに。
そんなことを考えているうちに、喉がからからに渇いていることに気が付いた。この会話を円滑に進めるためにもこの渇きは潤しておいた方がいいだろう。
「……ふ、ぁ」
ようやくソファから立ち上がると、スマホを握ってキッチンまでゆっくりと歩く。途中で大きく欠伸をすると、やっぱり寝てたのね、とあきれたような声が聞こえてくる。アイランドキッチンのテーブルに、スマホを置くと冷蔵庫の扉を開けた。扉の棚に立っていたペットボトルの蓋を開け、口に含んだ。
『ちょっと、聞いてるの? レオナ』
「あー……聞いてる聞いてる。」
『だったら、ちゃんと返事をしなさいよね』
ペットボトルの蓋を占めると再び、冷蔵庫に戻すとレオナは冷蔵庫に背中を預けるように腕を組んで寄り掛かる。
「ヴィル」
電話の相手は、ヴィル・シェーンハイト。今はこの部屋のルームメイトであり、そしてレオナの恋人であった。
『なによ』
「いや? テメェがそんなに俺の声が聞きたがるなんて、どうした、ホームシックか?」
からかいを込めてそう言うと彼は呆れたようにため息をついた。
『そんなわけないでしょ。 大きなライオンさんの世話をしなくてよくなってむしろ快適だわ。あと一か月は研究室に引きこもってもいいくらいよ』
インターンシップの一環として、大手化粧品会社の研究室(ラボ)にヴィルが行くことになったのは、ほんの数日前だ。後、正味一週間もしないうちに現在レオナと二人で使っている部屋に戻ってくるだろう。そもそも通える距離であればここから通ったのだが、交通の便があまりにも悪かったため、企業内の社宅の一室に寝泊まりをさせてもらっているようだ。
「へぇ、楽しそうでなにより」
『ええ。おかげさまで。そういうアンタはどうなの?』
「……なにが?」
『一人暮らしよ』
「あ? インターンシップの方じゃねぇのかよ」
『そんなの、誰が心配するのよ。むしろ、アンタの教育係の職員さんの胃の方がよっぽど気がかりだわ』
「そりゃ、お互い様だろうが」
電話口の彼こそ、世界的スーパーモデルなのだから、彼が教育係に及ぼす影響もかなりのものがある気がするが。
『そう? でも、ま……それは仕方ないことでしょ。あーあ、美しいって罪ね』
「はいはい。勝手にほざいてろ」
本人が言う通り、ヴィルが美しいことは誰の目にも明らかだし、レオナもそれを好ましく思っている人間の一人だ。
『それで、ちゃんとご飯食べてるの? まさかアンタ、ソファでなんか寝たりしてないわよね?』
正直、起きたばっかりで空腹な状態であったし、その睡眠はソファでとったものだ。まるで見ていたかのようなヴィルの発言にレオナは押し黙った。
「…………」
『あらあら、大当たりだったようね。これ以上ガミガミ言われたくなかったら、アタシが戻る前に改善しておくことね……あ、そうだ。作り置き――……』
「ああ、あれか。小分けにしてあった食いもんだろ。全部食った」
『え? あの作り置きの山を? もう、食べたですって? 五日分はあると思ってたのに……レオナの胃袋を舐めていたわ』
驚きが隠せないとばかりにそう口にしたヴィルは、確かに冷蔵庫にかなりの量の食事を作っていってくれていた。
「まぁまぁ、だったな」
二人で過ごす時間が増えたせいか、すっかりヴィルの料理に胃袋を掴まれたレオナにとって間違いなく美味しい食事であったのは間違いないが。
『は? 信じらんない』
まぁまぁ、と表現したレオナに言葉に、電話を掛けてきた時と同様に不機嫌そうな声をあげたヴィルに、レオナはふっと口元を歪めて笑った。
「テメェと食べたほうが美味いに決まってるだろうが」
レオナの答えにヴィルは一瞬言葉を失ったあと、たまには離れてみるのもいいものね、と声をあげて笑った。