運命的、絶対的 運命を信じるか。夢見る乙女よりも占い師よりも宗教勧誘が口にしてこそ相応しいフレーズを投げかけられたならば、私はイエスと答えるだろう。
前世でほんのひと時、一日どころか一時間にも満たない、累計千年を生きたことを思えば一瞬――されど、鮮烈。正しく運命の出逢いと別れを得た人間と、新たな生でもう一度、幼馴染としてめぐり逢えたのだから。私が記憶を思い出せたのは、ああ、本当に幸いだった。
運動会の練習中だった。競技に使う太い支柱が、私の目の前でグラついた。凶器が振り下ろされる、それはスローモーションを見ているようだった。
玉入れ用の玉をせっせと一人集めていた、真面目と言うべきか馬鹿と言うべきか、気にも留めていなかった同級生その一、
「たか、ば」
赤い体操服に『髙羽』と刺繍をされた、私の運命だった――思い出したのはふと顔を上げた髙羽が怯えた顔をした瞬間で――私はと言えば、小学三年生にして己が器量の良さに気付き鼻に掛け、私に靡かない髙羽を疎ましく思っていた。幼稚園の頃は頻繁に遊んでいたのに、疎遠になっていたことが拍車を掛けた。
今思えば、年齢相応の浅い考えだ。「怪我ぐらいすればいいんだ」と危機を静観しようと、だから私の行動はワンテンポ遅れ、またも運命と出逢った瞬間に別れることに、――なって堪るか!
「…………うわあっ!?え、あ、……羂、索、」
と、諦め悪く全力で走り、寸でに髙羽を突き飛ばした私は、当然無事で済まなかった。
「羂索くんっ!羂索くんっ、ぁッ、せ、せんせぇ、羂索くんがっ、お、おれ、ドンッて、血が…血が、いっぱい出て、うっ、うぁ、あ」
まぁ、簡単に言うと、脳天をカチ割られた。
泣き声を聞きながら私は意識をフェードアウトさせ、目を覚ませば運動会はとっくに終わっていた。額には前世同様の派手な傷が出来上がり、抜糸する際にツボに入って笑ってしまったせいで脳味噌に異常がないかまで疑われてしまった。正直、不可抗力だと思う。
とはいえ、入院生活を送る私はピンピンしていた。傷は痛むがメンタルは晴れやかそのもの。だって運命に逢えたのだ。意識が戻るなり「髙羽くんは?」と催促した甲斐あってか、見舞いに飛んで来た髙羽はぽろぽろと涙を流して縋り付いてきた。
「ひっく、け、ムコ入り前のお子さんにご、ごめんさい、けんじゃ、っくん」
太めの眉、くりっとした目、よく変わる表情。間違いなく、私の知る髙羽だった。前髪が下りていると幼く見えるな、いや実際幼いんだったか。笑ってしまったのを覚えている。
「……羂索くん、ね」
泣きじゃくる髙羽は、親の受け売りをそのまま口にしていた。それは記憶が戻っていないことを意味していた。羂索『くん』と遠い呼び方をするのも、疎遠になった友達への態度と思えば自然なことだ。
「羂索、って呼んでよ」
「……はへ?」
「私は君の命の恩人だ。そう他人行儀にしなくてもよくない?」
「う、うん!羂索、……恩人なら『さま』とかじゃねぇの?」
「魅力的なこと言うね。でも、呼び捨てでいいよ。呼び捨てがいいな」
だが、私にとっては不自然でしかない。即座に直させたとき、髙羽は目を白黒させていたが最後には「変なの」と笑っていた。
私と髙羽は取り留めもない話をした。今までを取り戻すように、面会時間が終わるまで。帰り際にまた明日を約束して、それを何度も重ねて、……退院する頃には無事に気の合う友人のポジションを得ることに成功した。
運命は在る。小学三年生にして、私は実感した。
「羂索っ!」
背負ったランドセルを揺らしながら駆け寄り、嬉しそうに楽しそうに幸福そうに笑いながら、髙羽が私の隣を歩く。一瞬の邂逅だったはずの相方が隣にいる。毎日の通学路、ありふれた日常としてだ。
「昨日の見た?見ただろっコント特番…あっ!おはよ!」
「おはよう、髙羽。途中で思い出したんだね。あいさつできて偉い偉い」
「うぐっ……ホ、ホメてねぇ……絶対バカにされてる……」
幼い髙羽もお笑いが大好きなようだった。頭の七割はお笑いのお笑いバカで、なのに大人の規律に真面目で口うるさい。ちぐはぐな内面は子供の社会では浮いていて、あの日一人でいたのもそれが一因のようだった。
だが、私にとっては心地良かった。記憶がなくとも髙羽は髙羽だと実感できたからだ。芸人を志すかもわからない、未知の幼子の言動に爆発的な面白さはない。それでも、どうあっても、共に生きたい。強く思った。
「だよなっ俺もそう思う!やっぱあのコンビが一番面白…あっ!せんせー!おはようございます!」
「おはよう。史ちゃん、羂索くん」
そう、……どうあってもだ。
「……もう!ぼうっとしてねぇで羂索も挨拶しろよな、あいさつ週間だぞ」
頬を膨らませる髙羽が背負ったランドセルの色がかつての御法度でも、呼び名がかつてより少し短くなっていても、口調や格好は男っぽくとも今世では女だと――共に通学するようになって、やっと気付いたのだとしても、だ。