無題そろそろ夕餉の支度をしようとサスケは台所に立った。
今日も一人だから適当に済ませても良いが、汁物だけはしておくべきかと鍋に水を入れる。
ボコボコと湯だった鍋に削り節を入れ、火を消す。削り節が沈みきってから、それらをこし取れば味噌汁用のだし汁の完成。
こっちの方が手軽だからと、顆粒だしをカカシに勧められて使ってはみたものの、慣れない味がなんだか嫌に思えて結局この方法で出汁を取り続けている。
うちはでは煮干しを使う家庭が多かったらしいが、オレが削り節の出汁の方が好きだというものだから、オレが物心ついた時からずっとこの削り節で取り続けているのだと母さんから教えられた。お陰様で煮干しより下準備が少なくて楽よ、なんて母さんは笑っていたけれど、それでも世間一般からしたら手間暇をかけているのだと、カカシと暮らし始めてから気がついたことのひとつであった。
当のカカシは上忍任務が入り、2週間ほど不在にしている。
諜報任務なのか暗殺任務なのか、詳しい話は守秘義務というやつだろう、いつも教えてはくれなかった。
任務へ旅立つカカシを見送る度に、父さんと似たようなやりとりをしたな、と家族が健在だったあの頃を思い出しては、胸がむず痒くなるような切なくなるような不思議な気分になった。忍と暮らしている人間の誰もが、おおよその任務期間という曖昧な情報だけをアテにして帰りを待つ日々を送っているのだろう。
カカシがいない間は実家に戻っても良かったが、独りきりの生活音が広々とした空間に響くだけの空虚さに耐えきれず、カカシの部屋に寝泊まりしている。うちはの屋敷と比べたら狭くカカシの生活の新鮮な痕跡が残っているこの部屋の方が自分の身の置きようがあるように感じられた。一人暮らしをしていた頃と同じはずなのに、カカシとの関係は一時の気の紛らわしのはずなのに、随分と孤独に弱くなってしまった。復讐者たるべき者がその体たらくなのか、と自分を遠くで客観視している自分の嘲笑が聞こえたようで唇を少し噛み締める。
味噌が入っている棚を開けようとした時に玄関の方からカタン、と物音が聞こえてきて、物音の発生源に気が向く瞬間に背後から誰かに抱きしめられていた。心臓がどきりと跳ねる。
真っ先に視界に入ってきたのは黒いシャツを通した腕だったが、手にはめられた見慣れた指ぬきグローブや、顔にかかってくる銀糸やその者のにおいで、自分を抱きしめている人物がカカシだと分かった。突然のことで驚きはしたが相手がカカシだと分かって警戒から強ばった身体を緩めた。
「おい、帰ってくる時くらい気配を消すのはやめろ」
薄く笑っていつもの憎まれ口を叩いてみたが、返答がない。黙りこくっているカカシは何か嫌な重い空気を身に纏っている。その表情をうかがおうと顔を見上げた時に、カカシの体臭にまじって土と血と火薬のかおりがしていることに気づいて、何か言わなくてはと思考を巡らすものの、所詮下忍の子供がかけてやれる言葉など見つかりようがない。何か言いたげに口を薄く開くことしかできなかった。
カカシは沈黙したまま、オレの胴をまさぐるような動きをし出して、息を飲んだ。
脂肪の少ない薄い皮に包まれた肋骨の感触を一本一本確かめるように服越しにゆっくりと撫ぜられて、行為を求められているのかと皮膚が粟立つ。
その腕はオレの予想していた、いわゆる性感帯と呼ばれる部位には触れずに、ただただオレの身体の輪郭を確かめるように掻き抱くだけで、スキンシップというよりは盲人が何かを探しているような印象があった。
「サスケ」
カカシがぽつりと言う。
「おれ、今回の任務でお前くらいの子を殺しちゃった」
オレはようやくカカシの顔を見た。
懺悔するように告白をしたカカシの表情はくたびれてはいるものの、懇願するような瞳だけがやたら爛々とこちらを見つめている。
別にアンタがオレを殺したわけでもないのに、何故アンタはオレに許されたがっているのか。勝手に罪の意識を抱えて無関係なオレに許しを乞うている身勝手さに少し腹が立ったが、カカシの表情があまりに哀れに見えて、欲しているであろう言葉をくれてやった。
「別に任務だったんだから仕方ねぇだろ。そいつも殺される覚悟でアンタを殺しにかかったんだ、返り討ちに合ったって文句は言えねぇよ」
カカシの腕の中でくるりと向き合うように身体を回して、抱き締め返す。
カカシの胸に顔を埋めるような形になり、より血のにおいが濃くなったように感じる。
血と土とカカシの汗のにおい。
オレにしがみついたままズルズルと崩れ落ちるようにカカシは座り込む。それは置いてかれそうになった幼子が母親に縋り付いてる光景を思い出させた。カカシは大人でオレが子供だから立場が逆転するような形だが。
カカシに対してはもっと大人だと思っていた。オレをどこか遠く知らない所まで連れて行ってくれるような期待感すら抱いていたが、こいつもオレと同じように何かが欠落した人間なのだろう。
落胆する気持ちも少なからずあるが、自分と同じ仄暗い何かを抱えていることに親近感と安心感を覚える。
むしろ同じ欠落したもの同士のかおりを嗅ぎ取ったからこそ、カカシに惹かれたのもかもしれない。
その歪さをオレに対してだけ見せるのも、なんだかカカシを独占しているようで悪い気はしなかった。
自分よりもひと周りふた周りも大きいはずのカカシが小さく見えて、座り込んだままのカカシの首に手を回して抱き締める。その銀髪に口付けをひとつ落として、肺の空気をカカシで満たした。
哀れな、愛しいオレの男。