「恭二!海だよ!」
そう言って楽しそうに俺の手を引く恋人に、誘ってよかった、と思う。
俺たちは今、撮影のため、この近くのホテルに泊まっている。数ヶ月後に流れるCMだから、季節外れの海で撮影をするのだ。人のいない海辺は寒いし、少し寂しくもある。おまけに日も暮れ始めている。それでもなんとなく、撮影の終わった後、ピエールを誘ってしまった。みのりさんも誘ったけれど、「デートの邪魔するほど野暮じゃないよ」とからかうように断られてしまった。デートのつもりはなかったけれど、ピエールはそのみのりさんの言葉に嬉しそうにしていたから、訂正もしなかった。
そんなことを考えていたから、ピエールが海の向こうを見つめ、黙っているのに気がつくのが遅れた。その顔を見ただけで、何を考えているのかわかってしまった。きっと、ピエールは国を離れたくて離れたわけじゃないと、止むに止まれぬ事情があったのだと、直接聞いたことはないけど、思っていた。それは、ピエールの言葉の端々から、母国を恋しく思う気持ちが伝わってきたからだ。きっと、Beitとして活動していて、315プロのにぎやかな仲間に囲まれていて、寂しいわけではないのだろう。でも、それとは別の感情であることは、俺にはわからなくても、察することはできた。
同時に、元気のない恋人を元気づけたい気持ちが膨れ上がる。ここが外でなければ、抱きしめていたと思う。せめてこれくらいは、と、その細い指に俺の指を絡ませ、強く握る。ピエールは俺が隣にいることを思い出したようで、俺の肩に頭をもたれかけてきた。
「ボク、幸せだよ……」
「知ってる」
俺を安心させるように言われた言葉に、そう返す。その言葉にもきっと嘘はない。でも、無理にそんなことを言わせたいわけじゃなかった。
「……別に、いつでも無理に、元気に明るそうに振る舞わなきゃいけないわけじゃない」
そう伝えると、ピエールが続きを待つように俺の顔を覗き込む。
「……どんなピエールでも、隣に、いたいと思うんだ」
柄にもないことを言っている。恥ずかしさに顔が熱くなってきた。
「ここじゃなければ、ボク、恭二に、キスしたかった」
さっきまでの俺の考えと似たようなことを言うピエールに、思わず微笑む。
「……部屋に戻るか。手も冷えてきた」
「うん……恭二、ありがとう」
その礼が何に対してかはわからなかったけど、今度は俺が、ピエールの手を引く。ホテルの方へと。きっと部屋に戻れば、みのりさんが待っている。少しのからかいも、まあ、我慢しよう。プロデューサーだっている。そして、温かい夕食でも食べれば、ピエールの感傷もどこかに吹き飛んでしまうだろう。