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    r_i_wri

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    r_i_wri

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    叩き台以上、進捗以下。黒白百合になるはずのものです。
    支部に上げるときはちゃんとまともなものになる、といいな。

     その子供は、生まれ落ちたその時から忌み嫌わていた。
    呪いの黒百合。恐ろしい悪魔。
    一族の者は皆そう言って、その子供と両親を森の奥の館へと閉じ込めた。
     両親は嘆き悲しんだものの、その子を憎むことはなかった。愛しい我が子を、憎めようがなかった。
    二人はその子供を類と名付け、深く愛そうと誓った。
    たとえいつか自分たちが、愛した子に殺されようとも。

    ***

    「では、本日はこれで……失礼いたします」
     俯きがちな女は、類の返事を待つことなく小さな礼をして部屋を出ていった。
    いつものことだ、と類は気に留めることもなく、大きく息を吐いた。
    「はあ……これでまた、来月か」
     月に一度、食料や衣類、その他生活に必要なものが運び込まれるこの日に、いつまでたっても慣れない。おまけに相手はひと時だって類の傍にいたくない、というのを隠そうともしないのだから、尚のこと居心地が悪かった。
    (まあ呪いの黒百合なんかには、近づきたくないのも当然だけれど)
     はあ、とまたため息が零れる。今更だ。今更だけれど、そうあっさりと受け入れられるものでもなかった。



     愛したものに死が訪れる、呪いの黒百合。
     それは、自分たちの一族に時折生まれるという。
    黒百合に愛されたものは死から逃れられない。骨の奥まで毒が這うように蝕まれ、その心の臓を止めてしまうのだと。
     幼いころ、何故自分たちはこの屋敷に縛られているのか、と父に尋ねたことがある。
    父は少し悲しそうに笑って、外は怖いものがたくさんあるからだよ、と答えたが、類はその言葉に納得ができず、一人書庫にこもった。外には何があるのだろう。どうして僕は、ここから出てはいけなのだろう。
    そして見つけたのだ。黒百合とその呪いについての記録を。
     
     僅か五歳にして残酷なまでに優秀だった類の頭脳は、すべてを理解してしまった。
    外の世界が恐ろしいのではない、外の世界が類を恐れているのだと。
    自分たちを、父をこの屋敷に縛っているのは、類であると。
     記憶の中、微かに覚えている暖かい母の温もりを奪ったのは、他ならぬ類の存在である、と。

    全てを知ったその日、類は自死を図った。
    それは自身という存在に恐怖したためであり、母を殺した己への憎しみであり、そしてこのままではきっと母と同じようにその命を奪ってしまう父への贖罪でもあった。
     
    首を吊るか?いいや、この軽い身体では失敗する可能性が高い。
     血管を切るか?いいや、小さな己の弱い力ではきっとこの身深くまで刃が届かない。
     では毒を食むか?いいや、幼い自分では、屋敷の中から出られぬままにこの身を死に至らしめるものを手に入れることは難しい。

     類は一人考えた。寒い書庫で、その柔らかな手足を抱えて、小さな身体を震わせながら考えた。そして。
    「……飛びおりる、のが、かくじつかな」
     ぱたり、と手にした本を閉じた。

     書庫を出たその足は、真っすぐに階段へと進む。

     死ぬってどんな感じだろう。痛いのかな、苦しいのかな。死ぬ。これからぼくは死ぬんだな。こわい、なぁ。

     止まりそうになる足を動かすのは父の笑顔と、記憶に僅か残る母の温もり。
     これ以上、奪うわけにはいかない。
    二階、三階を抜けていく。父の書斎の扉をちらと横目にして少し悩んだが、そのまま背を向けた。熱い目頭が、嗚咽を飲み込む喉元が、やめておけと警告をしていたから。
    三階の廊下の端。埃を被った小さな扉を開ければ、さらに上へと続く細い階段。屋根裏へと続くそれは、類にとっては馴染んだものだ。この屋敷の一番高いところ、その小さな窓から、広い森の向こう、僅かに見える街の灯りを眺めるのが、好きだった。

    「ん、しょ……ふう、これでよし」

     ズルズルと引きずってきた椅子と机を積んで、窓の淵に足をかける。そのまま身体を無理くりに持ち上げれば、不格好ながらどうにかこうにか窓の外、屋敷の屋根の上に出ることができた。
    弾みをつけて蹴った椅子が机の下へ倒れ落ちて大きな音を立てたが、部屋に戻るつもりもないので問題はない。

    ひゅう。

     冷たい風が類の頬を、手足を、鋭く刺して過ぎていく。軽い身体は、風につられるように一歩、踏み出した。
     一歩。また一歩。
     ふらつく足は、傾斜のきつい屋根を不安定に踏みしめる。
    ゆら、と身体が揺れるたび、ひっ、と小さく悲鳴を上げてしゃがみ込む。おかしいな、落ちたっていいのに。そのために、ここにいるのに。

    こわい

    ひたひた。屋根が途切れる縁に爪先がかかる。支えのない足先は、酷く頼りない。

        いやだ

     遥か下に見えるはずの地面は夜の闇に飲み込まれて、どこまでも続いてるようにさえ錯覚する。

      たすけて
     
    すう、と息を吸って、吐いて。最後、遠く遠くで煌めく光に目を向ける。きらきら、きらきら。いいなぁ。いいなぁ。

         死にたく、ないよ

    目を瞑る。これで、いいんだ。
    「ごめんなさい、父さん。母さん」
     生まれてきてしまって、ごめんなさい。

    とん、と軽く屋根を蹴る。
    ふわり、冷たい風が、類の身体をさらった。


    「類っ!!!!!!」


     一瞬の浮遊感。直後、想定していたのとは全く異なる衝撃が走った。
    それはまるで、落ちる身体を、強く引き上げるような。右腕が、痛いほどに掴まれている感覚がする。
    「っと、ぉ……さん……?」
    「類……っお前、なにを……っ!」
     痛みの走る右腕から視線で辿れば、酷く苦しそうに顔を歪ませた父が、屋根の上からその半身を投げ出して類の腕を掴んでいた。
     なんで?どうして?あぶないよ、父さん、はなしてよ。ぼくは、死なないといけないんだ。

    ぐるぐると回る思考、しかし言葉にはできないまま、ゆらゆらと揺れる身体で茫然と父を見上げることしかできない。
    「……類、手を伸ばして。父さんの手を掴むんだ」
    「ぁ、え……」
    「良い子だから言うことを聞いてくれ、類。父さんの、手を、掴んで」
    「……うん」
     ぶらりと身体の横で揺れていた左手を、類の右腕をしっかりと掴む父の手に添える。そして一瞬の逡巡のあと、きゅう、と小さな手のひらで精一杯その手を掴んだ。
    「良い子だね、類。そのままじっとしていて、引き上げるから。いいね?」
     返事はなくとも、こくりと頷いたのは見えたらしい。類の腕を掴む力が一段と強くなる。ふっ、と息を詰める声が、聞こえた。
    普段は書斎で本を読み、いつだって穏やかに微笑んでいる父が、こうも必死な顔をするところなんて初めて見たなぁと、少しずつ引き上げられる感覚の中ぼんやりと考えていた。

    「っふ、う……類、るいっ……よかった、本当に、よかった」
    屋根の上に引っ張り上げられた身体は、体勢を整える前に父に抱きしめられた。
    るい、るい。
     何度も類の名を呼ぶ父の声は、確かな安堵で満ちていて。
    「とうさん」
     暖かな腕の中。ひたりと頬に感じた冷たさに顔を上げれば、父の零す涙がまたひとしずく、類の頬を濡らした。
    「とう、さん……ぅ、あ」
     ひくり、喉が引きつって。もう、駄目だった。
     ほろりと、涙が伝う。
    それは父の零したものではなく、確かに類の揺れる瞳から零れたもの。
    「うああぁああぁぁっ!!」
     怖かった。怖くて怖くて、死にたく、なくて。
    幼い身体に抑え込んだ想いが、涙に溶けて溢れ出す。
     冷たい風が吹き晒す屋根の上で、類は自分を抱きしめる暖かな父に縋りついた。
    もう二度と触れられないと思っていた温もりが、やけに胸の奥を揺さぶった。

    ***

    「……さて、類。話して、くれるかい?」
     あの後。泣きじゃくる類を抱き上げて屋根裏へと戻り、倒れた椅子を一瞥して部屋を後にした。
    あの椅子が倒れていなければ。私がその音に、気が付いていなければ。
    ひやりとしたものが背を伝う。
    ぎゅう、と、腕の中の愛しい子を抱きしめた。まだ泣き止まない類の身体は汗ばむくらいに熱い。ほう、と息を吐いて、その柔らかな髪にそっと口づけた。
    そうして、今は暖かな書斎で、ようやく落ち着いた類と向き合い座っている。
    (あれは、どう考えても……自殺、だ)
     類は、ふいと目を逸らしたまま。その泣き腫らした瞳は悪戯の見つかった子供のように拗ねたものではなく、今にも溢れそうな感情を押し殺したような。幼い子供とは思えないものだった。
     類は聡い子だった。歳の割に、なんてものではない。下手な大人よりも余程思考し、思案し、熟慮する。そんな彼が自死を図ったのなら、なにか、そうまでも類を追い詰める何かがあったということだ。
     合わない目線はそのままに、腰を上げる。そうして類の腰掛ける椅子の前にしゃがみ込んで、小さな手をそっと握った。
    「類。きみは、賢い。でも、まだ小さな子供だ。可愛くて愛しい、私の息子。ねえ、類。きみは少し賢すぎたね。そして、優しすぎる。こんなに小さい身体に、なにを抱えてしまったの」
     教えておくれ、と赤くなってしまった頬を撫でる。ふにふにと柔らかなその頬を食めば、いやいやと首を振りながらけらけらと笑う類の笑顔が、大好きだった。

    「……呪いの、くろゆり」

     すぅ、と、血の気が引いていく。
    今、この子は何て言った?
    「ぼくは、呪いのくろゆり、なんでしょう。父さん」
    「どこ、で、その名を」
    「……しょこ。外はこわいって、父さんは言ったけれど、森のずっとずっとむこうの街は、きらきらしていたから。外がこわいものばかりなんて、きっとうそだって思ったんだ」
     そして、やっぱりうそだった。こわいのは、ぼくなんだ。そうでしょ?
     ようやく合った瞳は、ぐじゅりと絶望に濡れていた。それだけで、すべてを理解した。
     この子は、すべてを知った。
    母親が何故死んだのかも。彼が外の人間にとってどんな存在なのかも。私が、このままだとどうなるのかも。
     すべてを知って、そしてその命を捨てることを選んだのだ。

    「っ類!!」
     ぎゅう、と強く、抱きしめた。
     胸の中にすっぽり収まってしまう幼い身体は、小さく震えていた。
     どれだけの絶望だっただろう。どれだけの恐怖だっただろう。母を呪い殺し、いつか父も同じように殺してしまうと知った彼は、すべての想いを小さな小さな身体の中に閉じ込めて、終わらせようとした。
    「類……本当に、すまない……私たちの、罪だ」
    「っ、やっぱり、ぼく、は、生まれてきちゃ、いけなかった?」
    「違うっ!!」
     びく、と震えた身体が、声が、この子の、類の限界を指し示す。
    ああ、私は何を。これ以上間違えるな。言葉一つ違えれば、類の心は殺されてしまう。
    間違えるな。間違えるな。
    「……違うよ、類。私は、私たちは、きみを愛している。この上なく愛しくて、可愛くて、何よりもきみが大切なんだ」
    私たちの、この命よりも。
    「本当は、きみがもう少し大きくなってからと思っていたけれど。類、きみにすべてを話そう」
     ひゅう、と、小さく息を飲む音がした。けれど、こく、と頷く我が子に、胸が締め付けられる。
    ああ、運命とはなんて、残酷なのだろう。

    「呪いの黒百合についての記述を読んだんだね。きみが知った通り、それは私たちの一族に時折生まれる存在だ。その子は、生まれ落ちた時から近しいもの、愛したものを呪い蝕む存在、とされている。そして、きみは……呪いの黒百合だ」
     類の呼吸が、乱れる。でも、ここで終えるわけにはいかない。彼は、あまりに聡い。ここで幼い子供として扱えば、きっと私を見限り、また一人抱え込んでしまうだろう。
    「きみが生まれた時から、そのことはわかっていた。周りの人間は……きみを、受け入れてはくれなかった」
    『呪いの子だ、殺してしまえ』
    『愚か者め、その子はお前たちを殺す黒百合だぞ!』
     ぎり、と歯噛みする。
    皆、類を殺せと、そう言った。
    殺せ、殺せ、そいつを殺せ!
    「……でも、私たちは、きみがひどく愛しくて」
    生まれ落ちたその瞬間に、類が黒百合であることはわかった。
    しかし、部屋に響いた泣き声が。
    ふにゃりと伸ばされた小さな小さな手が。
    くちゃりと顔を歪ませながら、初めて感じる世界の中で必死に存在を主張する我が子が。
    愛しくて愛しくて、たまらなかった。
     類を一目見た瞬間から、決めていた。
    ふと寝台を見れば、汗と涙で顔を濡らした妻と目が合い、彼女も同じだと知る。

     愛しい子。私たちの命よりも、ずっとずっと大切な子。

    「きみを置いて行ってしまうことになるとわかっていた。きみが、いつかきっと苦しむ日が来ると、わかっていた。それでも、愛しくて、愛しくて。類、私たちの愛しい子、きみを失うことなんて耐えられなかった」
     これは、私たちの罪だ。我が子を呪い、縛りつけた。罪、だ。

    「すまない、すまない類……きみが、愛しいんだ」
     私たちのエゴを、類に科す。この期に及んで、私は、類を縛る。
    「……父さん、は」
     くぐもった声。掠れて聞き取りにくい。抱きしめなおして、そっと耳を傾けた。
    「父さんは、ぼくを、あいしてる?」
    「ああ」
    「母さんも、ぼくをあいしていた?」
    「この世の誰よりも」
    「……ぼくは、母さんを、ころした。きっと、父さんも、ころしてしまう」
    「わかっているよ。それでも、きみを愛したい。私も、母さんも、きみが……生きていてくれることが、何よりの喜びだ」
     幸せに、とは、言えなかった。……言えなかった。
    「……」
     類は、それ以上何も言わなかった。ただ、小さな両腕を精一杯伸ばして、強く強く私を抱きしめた。きっと、私たちが愛してしまった、呪ってしまったこの子の、それが答えだった。

    (どうか)
     私は、いつかこの子を置いていく。一族の血が流れる私は妻よりも呪いに耐えることができているが、きっとそれも長くはない。
     どうか、どうか。
    類が、笑って、幸せに生きていけますように。
     
     そんなこと、類を呪った私が願えることでは、ないけれど。

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