ここは大阪の真ん中、とあるカラオケ店。通された部屋は独特の匂いと少し澱んだ空気に満ちているが、一曲目のイントロが流れる頃にはすっかり気にならなくなっているから不思議である。
モニターには曲の歌詞と青空の下で笑い合う男女の映像が映し出されている。光は烏龍茶で喉を湿らせながら手元のパネルで次の曲を吟味しており、一方の謙也は楽しげにポップな曲調のアイドルソングを歌っていた。近頃のお気に入りらしい。
歌い手交代、光が歌うのは軽やかなリズムで、それでいてどこかメロウな響きのポップスだ。音楽通の光は毎回様々な曲を選択してはどれもそつなく歌ってみせるのだが、中でも知名度がお世辞にも高いとは言えない曲を入れるのは謙也と二人で来た時だけで、他に誰か別の人間がいる時はあえてメジャーな曲を選ぶのが決まりであった。所詮カラオケの選曲、空気を読んで他人におもねる必要などないのに、自分の音楽の趣味は光にとってどうしても明らかにしたくない秘所なのである。その点、謙也はどんな曲でもニコニコ聞き流してくれるのが光にはありがたかった。
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