ワドルディがバーを開く話(1) ひとりのワドルディが、デデデ城の城壁にせっせとポスターを貼っている。小さな丸い手を精いっぱいに動かして、自分のからだほどもあるポスターに苦戦中だ。丸めて持ち運んだせいでついたくせで何度か戻りそうになるのをどうにか制し、やっとのことで作業を終える。一歩後ろにぴょんと跳ね、踏み台から降りた。
ポスターには、「OPEN」の文字が大きく書かれ、シックな色でまとめられている。背景にはとっておきのワインを並べた写真。我ながら完璧な出来だ、とワドルディは満足そうに頷いた。
昔から、彼はお酒を飲むのが好きだった。少し酔ったときのぽかぽかする感じだとか、透き通った色だとか色々な理由があるだろう。ただ、彼は人と飲むのがいっとう好きだった。というのも、ひとの本性の垣間見えるのがなんとも面白いのである。これが、一番大きな理由だ。小さなからだ――自分とおなじワドルディにすらそう言われる――からはなかなか想像しにくいと言われるが、このワドルディはお酒に強い方だ。誰かと一緒に飲みに行くと、酔った相手を介抱することもしばしばである。翌朝、『きみ、お酒強かったんだね』なんて言葉を感謝とともに告げられるのが常だ。
そんなことを思いながら、ワドルディは今しがた自分の貼ったポスターをもう一度眺める。――これなら、お客さんもたくさん来てくれるに違いない――ふたたび、ワドルディは大きく頷こうとして……ふと、動きを止めた。何かが足りない。
ゆっくり、注意深く、そのポスターをはしからはしまで読んでみる。よく目立つように、店名は大きな文字で書いているし、なんのお店か分かるように、ワインの写真を背景にしている。開店時間も書いてあるから、お客さんもすぐ来てくれるはず。……と、そこまで考えてついに、お店のある場所が書かれていないことに気がついた。
「わにゃっ!? ど、どうしよう……」
開店は明日から。いまさら新しいポスターを作る時間などない。それに、頑張って考えた最高の一枚だ。文字を小さくしたり、レイアウトを変えたりしたらバランスが崩れてしまう。ワドルディは途方に暮れた。
それから考えに考えて、思いついたアイデアはごくシンプルな物だ。予備として持ってきていたもう一枚のポスターの裏紙。そこにペンで簡単な地図を書く。ああ、どうしてペン一本きりしか持ってこなかったんだろう!
定規も何もないところで、己のまるい手に任せて地図を書くというのは、ワドルディには少しばかり難しかった。
完成した地図を見てひとつため息をつく。かろうじてどこを示しているかは分かるけれど、なんだかふにゃふにゃで頼りない。
せっかく作った素敵なポスターも、こんな地図が近くにあっては魅力がだだ下がりするに違いない。
「はぁ……」
どんなにため息をついたところで地図入りのポスターがぽんと出てくるはずもなく。さっき貼ったポスターのすぐ下に、渋々それを貼る。さっきよりも低い位置だから踏み台はいらなかった。それにいくらか慣れた手つきでスムーズに貼れてしまって、なんだか悔しかった。
どんなに納得が行かなくても、地図を入れ忘れた自分が悪いのには変わりない。場所が分かりさえすればいいんだからもう諦めよう。今度は気をつければいいんだ。
そうしてちょっとだけ地図を見つめて、ワドルディはふるふるとからだを震わせた。開店の日はすぐそこまで迫っているのだ。こんなふうに落胆している場合ではない。帰って掃除をしよう。
くるりと後ろを振り向いて、ワドルディは駆け出した。広い草原に伸びる一本道を進んでいく。きっと大変なことはいっぱいあるけれど、ここまで頑張ってきたんだからきっと上手くいく。上手くいかなくたって今日みたいになんとか対処する術だってあるだろう。
「ただいまー!」
まだお店の中にお客さんは居ないけれど、いつかは笑い声であふれるバーになればいいな。モップを床に滑らせながらワドルディはそう思う。
「あっ、カーテン買わなきゃ」
カーテンのない窓の先には、どこまでも青い空が広がっていた。