初恋ふとした時に見たあいつの横顔。煙草の煙をはき出して海を見つめるあいつに俺は恋をしていると自覚した。いつの事だったかなんて忘れた。自覚と共にこの想いを伝えることなんて出来ないと諦めた。これは想ってはいけない感情。あいつは俺の仲間であり、女好き。おれの初恋はこうして幕を開いた瞬間に閉じた。
「お頭の初恋っていつですか?」
宴の席で酔っ払ている中、聞かれた言葉を理解するには時間がかかった。初恋。おれの…。
「あー覚えてねェよ」
「えー。おれは小さい頃でしたよ。近所のねぇちゃんに……」
初恋話を聞かせてくれるその言葉に耳を傾けた。
「初恋っていやぁ初恋は適わねぇとも言うそうですよ」
「……そうなのか?」
「らしいです。まぁだいたい…えっ、お頭の初恋は叶えたい相手なんですか?」
ドキリとしながらそんなわけないと笑った。叶えたいとかそんなんじゃねェ。俺はあいつが隣にいるだけで充分なんだ。
「何の話だ」
「副船長。初恋の話ッス。副船長の初恋っていつですか」
「俺か。俺は「おれ酒取ってくる」……ふらふらじゃねぇか。そろそろ飲むのを辞めろ」
ベックの恋の話なんて聞きたくない。すぐに言い訳をしてその場を離れようとしたのにベックは立ち上がったおれがふらつくとすかさず腰を支えてくれた。
「おれは子供じゃねェ」
「はいはい。部屋に行くぞ」
腰に手を添えられたままベックは歩き出す。俺も一緒に歩き出すしか無かった。お頭おやすみなさい。と声を掛けられそれに応えておいた。
「ベックおれ一人で大丈夫だから」
船内に入り腕から抜け出そうともがいたが酔いもあって逃げ出せず、腰は掴まれたままだった。
「なぁお頭…」
「なんだ?」
不意に耳元で囁かれる。
「お頭の初恋は俺か」
「っ!!!ち、ちげェよ」
離せと暴れたが離してくれる気配はない。むしろ、壁に押さえつけられ、足の間にベックの足を入れこまれ逃げることも出来ない。
「なら、いつも俺のことを見ているのはなんでだ」
「み、見てねェ」
恋を自覚してから確かに視線で追うようになっていた。癖みたいに何年も続けていてベックは今まで何も言わなかったのに今更どうして。
「いや、お頭は俺を見ていただろ。視線に気づかないほど俺は無能じゃねぇ」
「っ……見てたけど、それは」
理由なんて思いつかず言葉が詰まった。
「…シャンクス。俺が好きか」
問いかけなんかじゃない。確信した言葉だ。
「おれは……」
「お前の口から聞かせてくれないのか」
顎を持たれ上を向かされた。言っていいのだろうか。言って断られたら、船を下りると言われたら、気持ち悪いって想われたら、それに何より船長命令だと仕方なく頷かれたりしたら。ぐるぐると悪い考えばかりが思い浮かぶ。
「……お、れは…うっ…やだ……うぅっ」
ベックがおれから離れていくなんて嫌だ。もしかしたら、そればかり思い浮かべ涙が出てきた。酒を飲んでいるから思考がまとまらない。
「シャンクス。泣くな」
涙を指で拭ってくれる手は優しくてまた涙が溢れ出る。
「悪かった。意地悪しすぎたな」
「ベックの馬鹿野郎」
「あんたの口から聞いておきたかったんだが泣かせるくらいなら俺から言わせてくれ」
いやだと暴れたが両肩を掴まれ逃げ出せない。耳元に口が近づいてきた。
「シャンクス。好きだ」
「えっ……」
「俺はあんたのことが好きだって言ったんだよ」
「でも、お前女好きで男なんて好きになることなんてなかっただろ」
街に降りた時ベックの隣にはいつだって女しかいなかった。おれにはない柔らかい胸と尻。勝ち目なんてなくてそれに、好きなんて1度も…。
「俺は確かに女は好きだが男で初めて好きになったのはシャンクス。あんただけだ」
「でも、今までそんなこと欠片だって見せてくれなかっただろ。だから、おれこの想いはダメなんだって諦めたんだ。伝えたら船長だからって頷かれるのも嫌で」
「そんなこと思ってやがったのか」
「船の上では船長命令は絶対だからな」
そう出ないと船は傾く。船員全員が同じ方向をめざして進んでない船は傾いていずれ沈む。
「間違えじゃねぇな」
「だから、ベックお前はおれの気持ちなんて答えなくていいんだ」
自分で言ってて辛くなってきた。止まっていた涙がまた溢れ出す。
「シャンクス。あんたの命令だからじゃねぇ。俺はあんたが好きなんだ。あんたの気持ちは聞かせてくれないのか」
「……おれも、おれもベックが好きだ」
ベックの顔が近づいてきて唇と唇が合わさった。
「初恋実っちまったな」
「そりゃよかった」
2人でデコを突合せ笑った。
後日初恋は実らないなんてどこで聞いたのか話していたやつに聞くと
「あの日ちょうど副船長から聞いたんですよ。だから本当かみんなに聞いて回ってまして」
なんて言われた。
「ベックーーーー!!この野郎!!ハメやがったな」
穏やかな海におれの叫び声が響いていた。