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    kusamochi_uma

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    アミット君の書いた本を読む第三者視点の話

    空白を撫ぜるアミット・タッカー著のその本は、かつて私を最悪の冒険へ連れ出してくれた友人に捧ぐ、の一文から始まる。
    彼の学生時代の軌跡を中心に記したその本は、彼の愛した星空や天体への憧れが中心に書かれている。その中でも特に描写に力が入っていると読者から言われているのは、著者がかの有名な魔法魔術学校の五年生だったとき。五年次からの転入生という異例の存在が話に登場してからだ。

    『幸運といってよいのかわからないが、その転入生は私と同じ寮に配属されることになった。』

    後にこの転入生が冒頭で著者があげていた友人だということがわかった。タッカー氏が話をどれだけ盛っているのか、果たしてすべてが真実なのか今現在知ることは叶わないが、その転入生があまりにも規格外だったことが窺える一文がある。

    『転入生は、何人もの敵を相手に独りで立ち回ることができる。むしろそのような状況こそ、あの人の力を存分に発揮できるのだろう。あの最悪の冒険の中で、私に自分の身を守ることを優先するよう伝えると、ローブを翻して敵に突っ込んでいったあの背中を私は忘れることができない。』

    本分最初で書いていた通り著者が最悪の冒険と記しているのは、おそらく当時あった小鬼との戦いに関わるものだと推測できる。著者自身も書いていたが、現場で経験するよりも図書館で本を読んでいた方が自分には合っているとのことなので、不可抗力で攻撃魔法を使わざるを得ない状況に陥ったのだと考えられる。しかし独学していたゴブリディグック語が初めて活かせたという著者の喜びようは、無機質なはずの文章からもその感情が顕著に伝わってきた。
    本の向こう側の彼に思わずよかったねと声を掛けてしまいたくなるような、そんな不思議な感覚があるのだ。

    それから何度も転入生という呼び名は出てきたが、最後まで本人の名前が出ることはなかった。他の人は名前が出ている人もいるというのに、この『転入生』だけはどこを探してもない。

    『記憶の中のあの人はいつまでもあのときの輝きをまとっていて、いまはもう見えないのにその記憶の蓋を開くとまるであの日に戻ったかのように鮮明に思い出せる。あれは自分の中でも最初で最後の冒険だった。あの人は私の前に彗星のごとく現れ、そして消えていったのだ。』

    その最後の一文を、そっと指先で撫ぜた。

    + + +


    彼の出身寮を思い出させる深い青のハードカバーは少しだけ汚れていた。きっと、大切に読まれてきたのだ。これに出会ったのはきっと運命だったのだろう。
    昨日の夜、美しい星空をみて彼のことを思い出していたから、たまたま入った店にこの本が並んでいるのを見つけて気づいたら手に取っていた。

    「ちゃんと読んだよ、アミット。」

    そう呟いて、彼の名前を指先でたどった。
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