どんぐりの背比べ「あ、シトラスさんだ、おはよう!」
「ん、ああトクサおはよう」
シルバーのベリーショートヘアにきれいなグリーンアイをもつ彼女はシトラス。涼やかな目元を細めたすらりとした体躯の彼女は、時々男性に間違われることもあるらしい。聞いた話によると同性のファンも多いとか。
そんな彼女の近くによって見つかって良かったと微笑みかける。それから今日も変わらず同じ目線の彼女に少しだけ安心した。
僕とそんなに背も変わらないし、むしろシトラスのほうが少し、ほんの少しだけ大きいのがちょっとだけ不満だったりする。まだ完全に追い抜かされているわけじゃないから大丈夫だと思うんだけど。フィグ先生にそのことをこぼしたらどんぐりの背比べじゃないか、なんて笑っていたけど僕にとっては結構重要なことなんだよ先生。
「朝から声かけてくるなんて珍しいね、何かあったの?」
「あ、そうそう、あのね」
小首をかしげる彼女を呼んで、顔を寄せてくれた彼女に耳打ちをする。
「エフの会、次は三日後ね」
「! 了解。用事入ってないからよかった。あったとしてもそっち優先するけどさ」
「シトラスさんならそう言うと思った」
「トクサもでしょ」
「まあ、そうなんだけどね」
エフの会、なんていいつつそれはただフィグ先生のよさについて語り合う会のことだ。僕と彼女、それから何人かの生徒でできているその会は、別に明確な行動原理があるわけじゃない。まあいわゆるファンクラブに近いだろう。
フィグ先生のことが大好きな生徒たちの集まり。エフの会。しかも、なんの因果か会員たちのほとんどが古代魔術を感じ取ることができるらしい。絵画の守護者たちも同じ時代に生まれたりしていたようだし、こういうこともないわけではないのだろう。なんにせよ、ひとりきりの守護者よりいい。
「トクサ、もしかして楽しそうなこと考えてる?」
廊下の手すりに肘をついたシトラスはそのまま頬杖をついて、にやりと笑った。こういう仕草が似合うところがきっと人気の理由なんだろうなと思いながら、ついさっきまで考えていたことを思い出す。それこそ、次のエフの会で話し合おうと思っていたことだ。
「楽しいかどうかといわれたら……」
僕も、シトラスの真似をしてにやりとわらってみせた。
「目玉が飛び出るほど楽しい話だよ」
その言葉にぱっと顔を輝かせたシトラス。周りからはミステリアスだとかクールだとか言われている彼女だけれど、フィグ先生が絡むと途端に表情豊かになるのだ。まあそれについては人のことを言えないかも。そう思いながら声を潜め、続きを話そうと口を開いた時だった。
「随分楽しそうじゃないか、何を話していたのかな」
「フィグ先生!」
「!?」
今ちょうど話そうとしていたその人が突然現れて、僕は飛び跳ねた心臓を慌てて抑えつけた。隣に立つシトラスは先ほどよりも瞳を輝かせて、僕の後ろから現れたフィグ先生に近づいて行った。
にこやかに微笑みながらシトラスと話すフィグ先生を見ながら、少しずつ落ち着いてきた心臓をひとなでして僕もフィグ先生に近寄った。
「もーびっくりしたじゃないですか先生」
「すまんすまん、仲良く話す二人をみたらつい、な」
そういって片目をつむって見せる先生にため息をつく。本当にいいタイミングで声をかけられて驚いてしまった。でも、まだ内容を話す前だったから先生には聞かれていなくてよかったと思う。
「先生、今日は忙しくないんですか」
シトラスのその問いに苦笑いを浮かべた先生は、それ以上聞いてくれるなというようにひらひらと片手を振って見せた。どうやら一休みがてら部屋から出てきたらしい。少しばかり疲れた様子のフィグ先生をみて、僕たちはそっとアイコンタクトをかわした。
私たちに何かできることはないかな。
シトラスの視線がそういっている気がして、小さくうなずく。
「それより、君たちは何の話をしていたのかね。とても楽しそうにみえたが」
目を細めてそう聞いてきた先生に、一瞬答えに迷った僕は思わずシトラスと顔を見合わせた。そして思わず目を見開く。シトラスがあまりにも強張った笑みを浮かべていたからだ。
いやちょっとシトラスさん、何か隠し事がありますって全部顔に書いてあるんだけど。
先生に素直なのはいいことだけど、これはさすがに素直過ぎないかな。シトラスの反応をみて素直に笑うこともできず、僕の笑みも思わずひきつってしまった。
そんな僕らの様子をみて笑みを深めるフィグ先生。きっと先生に言えないことを話していたとばれてしまっているけど、でもきっとフィグ先生は勘違いをしているはずだ。
「ふふ、悪だくみもほどほどにな。怪我だけはしないように」
「へへ、はーい」
「気を付けます」
僕たちが悪戯の相談をしていたと考えたのだろう。それはそれで好都合なのであえてなにも言わずに素直に返事をしておく。
それからシトラスが誤魔化すように小さく咳払いをしてから、口を開いた。
「フィグ先生、なにかお手伝いできることはありますか?」
「丁度僕たち時間が空いているんです」
「おや、それなら少しだけ手伝ってもらおうか」
その言葉をきいてぜひ、と二人で声を揃えて返事をする。それを聞いておかしそうに笑った先生は、部屋までついてくるようにと言って僕たちの前を歩き出した。
その背を二人並んで追いかける。先生の上着の裾がひらひらとなびく様子をみるのが好きだった。
「シトラスさん」
「うん?」
「また今度話すね」
「わかった」
隣に並ぶ彼女にそれだけ伝えて、少し前で後ろを振り返ったフィグ先生の元へ駆け寄る。後ろからずるい、なんて声が聞こえたけれどすぐ追い付くでしょ。
「こら、走るんじゃない」
全然困ってない声で僕らを注意するフィグ先生に謝りながら、今度はフィグ先生を真ん中にして三人で歩き始めた。