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    sabasavasabasav

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    sabasavasabasav

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    腐れ縁(notCP)がグレッグミンスターの城を抜け出すときの話。
    いいねをくれたフォロワさんに小噺書きます、という企画の名残。フリックお好きな方だったのでこういう話が好きかも、と思いながら書いた。

    #幻水小説
    #ビクトール
    viktor.
    #フリック
    flick

        ▽        ▽

     遠くで、何かが倒れる音が聞こえた。硝子が弾け飛ぶような音だ。
     次いで、周囲の空気が熱くなっていくのを感じる。肩で息をしていたフリックの喉を通る異様な空気。
     帝国軍にも解放軍にも、城に火を放つメリットはない。開放的ではない城内という空間で派手に戦闘を繰り広げた結果、照明が落ち絨毯かカーテンに燭台の火が移ってしまったのだろう。
     長くこの場にいては危険だと、本能が警鐘を鳴らしている。移動したいのは山々だが、既にフリックの体は己では自由に制御できない状態となっていた。
     肉を抉る飛び道具。焼け焦げた臭いに混じる、鉄の香。意識しないように努めてはいたものの、それは確実に、フリックの体力を蝕んでいた。
     ──あいつは脱出できただろうか。
     別れる前、らしくもなく取り乱していた解放軍軍主に思いを巡らせているところへ。
    「おやまあ……」
     場違いな間の抜けた声にフリックが顔を上げると、剣を肩に担いだ恰幅の良い男が歩み寄ってきていた。
    「手助けしてやろうと思って来たんだが……一人で全滅か。さすが青雷さん」
    「……んなときに、茶化すな、っての」
    「お前に惚れてる淑女の方々が、そんな姿を見たら泣くぞ?」
     周囲に転がっている兵士は既に事切れている。
     赤月帝国の象徴とも呼べる城からティアを確実に逃がすため、最初から命を潰える目的で剣を振るった。急所を狙った一振りはフリックを容赦なく鮮血で塗らした。それを拭う余裕すらないまま戦い続け、生物の気配が無くなった今、出血の止まない脚部の怪我と、底をついた体力に為す術なくしゃがみ込んでいたところだった。
     ふと視界に映ったビクトールの剣は、付着した血液を拭うことなくこびり付いていた。
     傭兵として場数を踏んでいるこの男が、わざわざ武器を捨てるような所作をするとは。
     ──余計な真似を。
    「でもな、そんなお前を見過ごしたら、お嬢さん方にもっと泣かれちまうんだなこれが」
     吐き捨てた言葉を大笑いで一蹴してきたビクトールに、フリックはため息をついた。
    「おうおう、派手にやられちまってんなぁ」
     一頻り笑ってから、ビクトールは担いでいた剣を床に置き、躊躇いなく己の衣服を裂いた。太腿に刺さった矢の軸を途中で折り、慣れた手つきで布を巻いてそれを固定する。
     弓矢で受けた創傷は剣と比べると殺傷能力が低い分、厄介なものである。鏃には大抵かえしが施され、下手に引き抜くとより深手を負ってしまう。
     深く突き刺さった鏃を取り出す設備も時間も、今は無い。ならば激痛を堪えて、処置を後回しにする他ない。
     フリックがあえて手付かずにしていた太腿の矢の処理を、ビクトールも察している。
    「ビクトール、俺のことは良いから……お前も早く、逃げろ」
     包帯代わりに布切れを結び終えたビクトールの肩を、持ち得る限りの力を込めて突き飛ばした。
     これほど堅牢な造りをしている城だ。崩れることはないだろうが、故に火が回ってしまえば逃げ場がなくなる。
     太腿に矢を受けたのは失態としか言いようがなかった。少なくはない血が流れ、既に下半身に力が入らないフリックは、ビクトールにとって足手纏いにしかならない。
    「だッ!!」
     不意に足を叩かれ、フリックは声を上げた。傷口とは遠い箇所ではあったものの、その振動は患部を刺激するには十分な威力を持っていた。
    「馬鹿野郎、怪我人を叩く奴がいるか!」
    「馬鹿はお前だ!痛いだろう?まだ生きてるんだろう?なんで最後まで抗わない!」
    「────ッ!」
     真っ直ぐにこちらを見、声を荒げたビクトールにフリックは思わず息を呑んだ。
     軍主と軍師の指示を仰ぎながらも、戦争が終われば酒場で浴びるように酒を飲み、いつも飄々と過ごしている。これほどこの男が感情を露わにしたことが、あっただろうか。
     二人を煽るように、上階から熱風が吹き荒ぶ。風が止み、フリックが再び顔を上げると、そこには見慣れた表情のビクトールがいた。
    「なあ、フリック。ここで死んじまうのと、ティアと共に国を作っていくのと、どっちがいい?」
    「どっちも勘弁だ」
     名声や立場が欲しくて解放軍に属していたわけではない。今更言葉にしなくても分かっているだろうに、こうして尋ねてくる底意地の悪い男にフリックは即答してやった。
    「じゃあ、決まりだな」
     未だに固く握りしめていた、愛する人の名を与えた剣を手から取ると、ビクトールは衣服の裾で粗雑に体液を拭ってからフリックの鞘にそれを収めた。
     そのままビクトールは腕を手にし肩に回すと、無理矢理フリックの体を引き摺り上げた。奥の階段からはちらりと炎の片鱗が見える。
    「お前の剣は──」
    「んなこと気にするな」
     床に捨て置かれた血濡れた剣を見下ろしながら言うと、どこぞの野盗から掻っ払った代物だ、とビクトールは笑った。


     絨毯が敷かれた厳かな廊下を進む。出口が近付くにつれ、外部の喧騒が耳についた。
     バルバロッサが最上部から身投げした以上、この戦争は終わったも同然だった。あれよあれよと担ぎ上げられるより先に行方を晦まそうと、敢えて人気のない裏口へと回ることになった。
     怪我こそしていないが、ビクトールも体力を消耗しているのだろう。その歩みは徐々に速度を落としている。それでも、フリックの肩を掴む腕の力は緩まない。
    「一つ、お前の言葉で訂正したいところが、ある」
    「おう、なんだ?」
    「あいつは……国を作らない」
     ティアが国を興すことはない。それは確信に近い予感だった。
     フリックが名声を望んでいないように、ティアもまた、皇帝に成り代わろうなどとは思っていない。他人の心までは計り知れないが、少なくともそんな野望を秘めている子供ではなかった。
     だからこそ、彼の下に多くの仲間が募っていった。フリックもリーダーとして認めたし、ビクトールもまたそれに従っていた。
     この城からティアを真っ先に逃がそうと思ったのは、首魁だからではない。大人が起こした戦争から、自由にしてやりたかったからだ。少なくとも、フリックはそう思っていた。
    「そうだな……そう、だろうな」
     呟いたビクトールの顔は僅かに背けられていて、フリックは表情を覗くことは叶わなかった。

        
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