100日後にくっつくいちじろ22日目
「兄ちゃん」
甘ったれた声で二郎が自分を呼ぶ。
もう冬も直前の秋だというのに、やけに蒸し暑い。一郎は額に汗をかいていた。気付けばそこは一郎の自室で、でも何故かベッドしかない。デスクもクローゼットも窓すらなくなっていて殺風景だ。ただいつも寝ているベッドがひとつあるだけで、その上に自分は横たわっている。
そういえば声がしたけれど二郎はどこにいるのだろう。ふと、天井に向けていた視線を腹の方に落とすと、一郎の腹の上にうつ伏せて乗り上げてる二郎がいた。重さは感じない。
「暑いね。今日」
目が合うと二郎はリラックスした表情で笑った。
ん、と鼻から抜けるような声で相槌を打ちながら一郎は弟の頭をゆったりと撫でる。ぴょんと跳ねる髪が指の間をくすぐった。
「ねえ兄貴。キスしよう」
二郎が笑って言った。一郎は驚くでもなく、まるで当然であるかのごとく、その要求に「ああ」と短く返事をして、そしたら二郎は嬉しそうに微笑んで、ずるずると体を上の方に上がってくる。
ちゅ、と吸い付くみたいなキスをされて、下唇を啄まれた。湿った唇が心地よくて、夢でも感触って分かるんだなと思った。夢?
「あれ?夢か。これ」
二郎が頷く。
「夢だから好きにしていいんだよ」
そう言って笑うと二郎は兄の頬にキスを落として、目元のほくろを中指で優しくなぞった。それが妙に色っぽくて、そして慣れている感じがしてムカついて、一郎は二郎のうなじに手を回して顔を引き寄せた。しょりしょりと、うなじの髪の毛を指で撫でるとくすぐったそうに二郎が身を捩り、その反動で下半身が擦れ合う。主張した互いのものがごりごりと当たって、それから少し顔を離して目線を合わせた。
「勃っちゃった、どうしよう」
にへら、と恥ずかしそうに笑った二郎に「俺も」と微笑んで、キスをしながら背中に腕を回す。ぐるりと体勢をひっくり返し、二郎に馬乗りになると、首筋に顔を埋めたのだ。
▼
ジャー……ッ
二郎は眠い目を擦りながら冷えた廊下を裸足でリビングへ向かっていた。僅かに聞こえてくる水音。蛇口から水を出している音だ。今日は二郎が朝食当番なのに、もう誰か起きているらしい。
「兄貴か……おはよ」
「おう、はよ」
歯磨きをしながら兄が笑う。
「洗濯係、兄貴だっけ?」
「いや、今日持ってく軍手、洗うの忘れててさ。慌てて回してる」
「え、それ間に合うの?」
「使うの夕方からだし、最悪ドライヤーで乾かすわ」
洗濯当番でないはずの兄が洗濯を回してくれていた。くあ、と欠伸をしながら二郎も顔を洗う。
「朝トーストでいい?」
「おう、ウィンナーとかあったかな」
「うん、まだ開けてないやつあった」
「じゃあ俺サラダ作るわ」
「ええ、いいのに」
そんな会話をしながら歯磨きを終える二人。さて、キッチンに行くかと二郎が洗面所を後にしようとした時。一郎が呼び止めた。ん?と振り返ると、洗濯機にもたれながらエプロンのポケットに両手を突っ込んだ兄が、なんとも言えない、笑っているような、申し訳なさそうな表情でこう言った。
「ごめんな、二郎」
なにが、と聞き返したが兄は静かに頭を左右に振った。
「いや、洗濯機うるさかったかなと思ってさ」
2024.11.13