100日後にくっつくいちじろ99日目
「お疲れ様でした!明日もよろしくお願いします!」
仕事先で元気よく挨拶をして一郎はバンに乗り込んだ。現場であるリノベーション作業中の古民家を離れ、車で15分の距離にある連泊中のビジネスホテルへと向かう。
「くあーっ、流石に疲れたな……」
ハンドルを握り、街灯の少ない田舎の夜道を走る。少し怖くて一郎は明るい曲をかけていた。
ぐう、と腹の虫が唸る。時刻は20:30。今日の夕飯は昼間に一緒に仕事をしている人達と車で行った大型スーパーで買ったカップ麺。2日連続だが仕方がない。
「アイツら、ちゃんと食ってるかな」
脳裏に最愛の弟ふたりの顔が浮かぶ。いつもはどんなにヘトヘトで帰宅しても、家に帰れば弟達の顔を見るだけで元気になれるのだが。まあ、明日には帰れるのだけれど。これじゃあ弟離れできていないと馬鹿にされちまう。一郎は苦笑いしながらハンドルを切った。
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「ふーっ……」
漸くホテルに到着。暗く人気のない道中だったので、フロントに人のいるホテルはホッとできてありがたい。決して広くはない部屋のシングルベッドに倒れ込む。
「湯、沸かすか」
とにかく腹が減った。備え付けのポットに水を入れて沸騰ボタンを押すと一郎は再びベッドへ大の字で倒れ込む。
ヴー、ヴー、ヴー
ふと、スマホが唸り出した。依頼人からだろうか?体を起こしてスマホを尻ポケットから取り出すと、画面の表示を見て一郎の心はフワッと持ち上がった。
「もしもし?」
緩んだ口角のまま電話に出る。きっと締まりのない声をしていたと思う。しかし電話をくれたことが嬉しくて、気にしていられなかった。
『もしもし、兄貴?』
二郎だった。どこか遠慮気味な声色。案の定「今、大丈夫だった?」ときかれた。
「おう、今ちょうどホテル戻ってきたところ」
『疲れてるのにごめん』
「気にすんな。何かあったか?」
『あ、え、えと、あ、そうだ。兄貴が探してたイヤホンの片方、見つけたよ」
「え、マジ?どこにあった?」
『脱衣所に落ちてた』
「あー、じゃあ服脱いだ時だな」
『多分そうだね』
「サンキュー、俺の部屋の机にでも乗せといてくれ」
『うん、了解』
……それだけ?一郎は小首を傾げた。二郎は「えーと」と何やら話題を探しているような声を漏らす。もしかして。一郎は思ったことを口にした。
「なあ、もしかして特に用事ないけど電話くれた?」
『うっ……!』
図星、という声を漏らすので思わず笑ってしまう。
『ごめん……兄貴、仕事で疲れてるのに暇電なんて』
「いや、全然いいぜ。むしろ疲れが飛んだわ」
素直にそう口にすると、電話口から嬉しそうに笑う二郎の声がした。
「三郎は?」
『今、風呂』
「そっか」
『抜け駆けでかけちゃった」
出発前に言われた「帰ってきたら話がある」という言葉を思い出す。仕事中は出来る限り考えないようにしていたのだが、やはりどうしても気になって落ち着かない。どんな、話なのだろうか。十中八九、ハッキリお断りされるのか。はたまた……いや、期待はしないほうがいい。そもそも無理な話なのだ。
『兄貴?どうかした……?』
「ああ、いや、悪い。なんでもない」
『……本当はさ、三郎が風呂から上がったら二人で電話しようと思ってたんだ』
「おう」
『でも一人でリビングいたらさ、急に、兄貴の声、どうしても聞きたくなって』
“だから待てなくてかけた”
そう言った二郎に、一郎はすぐに言葉を返すことができず、止まる。妙な沈黙が流れ、漸く一郎が答える。
「お前の話……ってやつ、帰ったらちゃんと聞くから」
『あ、うん……』
「俺も、二郎の声、聞けて嬉しい」
そう言えば、嬉しそうに二郎が笑った。
2025.1.4