100日後にくっつくいちじろ97日目
「事務所の電話は俺のスマホに転送設定になってるから、連絡入ることはないと思うが、何かあったらすぐ連絡してくれ」
「うん、分かったよ」
「それから、もし留守中に回覧板回ってきたら内容だけ写真撮っておいてくれるか?できれば画像送ってくれ」
「はい、分かりました」
「あー、それと、冷蔵庫に明日までのドラストのクーポン貼ってあるから、あれでティッシュと歯ブラシと……えー、と」
「あと洗濯洗剤ですよね。一兄、大丈夫です!」
「ハハ、そうだよな、悪い悪い」
玄関先で行ってきますの挨拶をしようとしていたのだが、次から次へと言伝を思い出す一郎。弟達は苦笑いで「大丈夫だ」と頷く。
「とにかく何かあれば連絡くれよ。仕事中はちと出れないかもしれないが、すぐ折り返すから」
「うん、兄貴も運転気をつけてね」
「寒いから風邪も気をつけてくださいね」
「おう、お前らもちゃんと宿題やれよ」
「大丈夫です、一兄。僕が監視しとくので」
漸く靴を履いた一郎が向き直る。荷物を抱えてドアを開けた。
「じゃあ、行ってくるわ。留守番よろしくな」
「いってらっしゃい!」
「いってらっしゃい!」
バタン、と閉まるドア。一郎は、弟達の「いってらっしゃい」が一番パワーになる、とひとり頷き納得した。
車庫を開けて車に乗り込む。昨日買ってきた必要な資材は後部座席に積んである。助手席に荷物を置いてエンジンをかけ、ミラーを調整して……音楽をかけて……と準備をしていたとき。
「兄貴」
コンコン、と窓をノックされた。ぱっ、と顔を上げると窓の外から先程、別れたばかりの二郎が顔を覗かせていた。ウィン、と窓を開ける。
「どうした?俺、何か忘れてたか?」
「いや、俺が忘れてたんだ」
「え?」
何か渡すものでもあったのだろうか。小首を傾げると二郎は妙に真剣な顔で、意を結したように一郎を見据えると口を開いた。
「兄貴が帰ってきたら、話したいことがある」
きっぱり言った。ぴたりと固まる一郎。
「……それって、前に俺が言ったことか?」
「うん、多分、そう」
一郎が二郎のことを好きだとバレた、例の件だ。主語がなくても、なんとなく雰囲気で察した一郎。ごくりと唾を飲む。
「そっ……か。分かった」
「うん、それだけ。ごめんよ、引き留めて」
「いや、うん」
すっ、と車体から離れる二郎。そんな姿を見つめて、一郎は全ての準備を整えるとアクセルを踏んだ。
「いってらっしゃい」
手を振る二郎。その表情から、話とやらが良い内容なのか、悪い内容なのかは読み取れなかった。
2025.2.2