100日後にくっつくいちじろ74日目
「次男坊ー、また身長伸びたか?」
荷物運搬の依頼で兄と共に依頼主のラーメン店を訪れた二郎。
兄が清算をしている間に、最後の荷物を二郎が店の中へ運び込むと、店主が二郎の背中を叩いた。いて!と声を上げつつ、二郎もこの気さくな店主が好きだったので笑って答える。
「え、マジで?伸びたかな?」
「おい二郎、敬語、お客さん」
「いいって!もう親戚のガキみたいなもんだと思ってるしな」
「ガキじゃねえし……」
苦笑いしながら領収書を書く一郎。仕事を終えた二郎はカウンターに肘をついて店主と話しはじめた。
「おっちゃんまたサッカーのあとダチと食いに来るわ。この前すっげえ好評だったよ」
「だろ?どんどん連れてきてくれよ」
「最初はおっちゃんが怖えってみんなビビってたけど、話してみると面白いとも言ってた」
「失礼なガキ共だな」
どうやら二郎は友達を連れてここのラーメンを食べに来ているらしい。自然と交流の幅を広げている二郎の人懐っこさに一郎は内心で鼻を高くした。
「つかお前、男とばっかつるんでるが、彼女とかいねえのかよ?」
「い、いねえよ……」
「あー?何でだよ。お前モテるだろ?」
なあ、一郎。店主は何故かここで一郎へと話を振った。どうしてそこで兄貴に振るんだよ!二郎は内心で一瞬、焦ったが、一郎は笑いながら顔を上げて答えた。
「ですね、こいつモテるんですけど、初心なんですよ」
「ああー、思春期か」
「ダー!もう!茶化すなって!」
領収書とお釣りです、と一郎は店主にそれらを手渡した。店主はそれを受け取ると、代わりに割引券を三枚、一郎に渡す。
「替え玉無料券……いいんすか?」
「おう、また三人で食べに来いよ」
今日はありがとな、と店主は二人に礼を告げた。
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徒歩での帰り道、ラーメンの話をしながら二人は夕暮れの町を進んでいた。
「あそこラーメンも美味いけどチャーハンも美味いんだよな」
「分かる、替え玉にしようかチャーハンにしようか迷うもん」
「両方いけるだろ」
「いや、ホラ。予算的に」
「なるほどな」
ラーメントークをしながら二郎はぼんやりと、“兄貴は俺と付き合ったとして、将来、ずっと隠していくことになるのは嫌じゃないんだろうか”と、そんなことを考えていた。
それこそ、三郎以外のご近所さんにも、お得意さんにも、友達にも誰にも言えない話だろうと思う。近所の人もお得意さんも、みんないい人だけど、お節介好きが多いから兄のような二枚目がいつまでも独り身で燻っていたら色々言ってくるだろう。その度に「何もない」と嘘をつくことになる。そういうのも全部踏まえて、嫌じゃないんだろうか。ああ、いや、そもそも俺とどうにかなる気はないんだっけ。振ってほしいとか言ってたな。
二郎はなんだか考えれば考えるほど、妙に悲しく、そしてムカついた。
なんだよ、少しは俺の返事も期待しろよ。何で断る前提なんだ。
「……ん?」
はて、今、何に腹を立てているのだろう。二郎はハッと我にかえる。
「どうした?」
不思議そうに兄が小首を傾げる。二郎はブンブンと頭を左右に振った。
「なんでもない、腹減ってきたってだけだよ」
2025.1.5