100日後にくっつくいちじろ87日目
「じろちゃーん、帰るよー」
放課後、掃除当番を終えた二郎は既に帰り支度を済ませていた友人に急かされていた。別に特段、何か遊びの用事があるわけでもないが、くだらない話をしながら買い食いなんかをしてダラダラと下校するのがお決まりだ。今日はコロッケでも食おうかな。そう思いながら二郎も鞄を片手に教室を出ようとした。そのとき。
「山田君」
振り返ると、他には誰もない教室にひとり、クラスメイトの女子。
「ちょっとだけ時間もらってもいい?」
廊下に一歩踏み出していた二郎はその足を止めたまま固まった。廊下の先では不思議そうに二郎を待っている友人達。体ごと彼女を振り返ると、緊張した真剣な表情で二郎をじっと見ている。二郎は廊下の先にいる友人達へ向かって大きく声を出した。
「わり!今日は先帰って!」
▼
「一年の頃からずっと好きでした」
それは告白だった。誰もいない教室で、顔を真っ赤にした彼女が拳を震わせながら真剣に気持ちを二郎に吐露する。二郎はゴクリと唾を飲み込む。彼女は一呼吸置くと続けて言った。
「それで、よかったら、付き合ってください」
彼女はどちらかと言うと非常に真面目なタイプだ。委員会も部活も真面目にやっているし、発言するのが苦手ながらも何かを相談する場ではしっかり自分の意見も言うような、凄くしっかりした子だ。可愛いし、いい子だ。二郎もそれは知っていた。
二郎は息を深く吸うと、答えた。
「ごめん。気持ちはすげぇ嬉しいけど付き合えない」
彼女がどうこうという問題ではなく、自分も問題だから。二郎はそんなようなことを言い訳のように口にしたと思う。彼女はどこか分かっていたように笑って「聞いてくれてありがとう」と言い残すと鞄を持って去って行った。
「時間ずらそ……」
向こうも気まずかろう。そんな思いで二郎は少し教室に残ることにした。
窓からグラウンドを眺めて、部活に励んでいる生徒たちを眺めた。
▼
「ただいまー」
午後5時。夕飯の買い出しを済ませて帰宅した二郎。
寒い寒いと独り言を言いながら開けたリビングには、一郎の姿があった。エプロンをつけて夕飯の準備をしている。
「おう、二郎おかえり。白滝とちくわ買えたか?」
「うん、安くなってた」
二郎は優しく笑う兄の姿を見てハッと気付く。
告白され返事を考えたとき、この兄の顔が脳裏に浮かんでいたこと。それに気付いた。自分が告白を断る理由として、兄の存在が確かに二郎の中にあったのだ。
「?どうした、二郎」
視線を感じたのか一郎が不思議そうに小首を傾げる。
兄からの告白にはまだ答えていない。考えて考えて、考え抜いている。兄のことは、こんなにも考えている。
「……ううん、腹減ったなと思って」
2025.1.20