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    夏 子

    @cynthia7821

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    A英とまほ晶におねつ

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    夏 子

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    ミス晶♂
    不安なミミちゃん(認めない)

    別に怖くない(ミス晶♂)ゆっくりと重たい瞼を持ち上げれば、見慣れた天井が目に飛び込んで来た。北の精霊たちの濃密な気配に身体が満たされるような感覚。ここは、最近ミスラが死の湖の畔に建てたログハウス風の棲み処だった。オフホワイトのカーテンからは、薄ぼんやりとした淡い光が漏れさしている。正確な時間は分からないが、すでに太陽は地平から顔を出しているようだ。キンと冷えた空気に身体を小さく震わせて、となりにあるはずの体温を抱きしめようと腕を伸ばした。
    「……晶?」
    指に触れたのは、空っぽのシーツ。昨晩、散々熱を分け合った後、そのままミスラを置いてきぼりにして、気絶するように眠りに落ちた恋人の姿は、忽然と消えていた。のそりと身体を起こし、口の中で呪文を唱える。体液に濡れたままだった身体を清め、ベッドの下に落ちた衣服を身に着けたミスラは、はだしのまま部屋を出た。
    降り積もる真っ白な雪によって、この世界に存在する音すべてが飲み込まれてしまったかのように静かだ。ミスラの名前を呼ぶ声も、与えられる快楽に喘ぐ声も、羽のようにふわりとした笑い声も。まるで夢のように搔き消えてしまいそうで、心臓の奥がざわざわとする。何をそんなに気にしている? らしくもない。けれど、晶が悪い。今朝は一等寒いのに、自分を置いてどこにいってしまったのだろう。
    思い返せば、いつだって同じベッドで眠れば先に目を覚ますのは晶の方だ。存外体力のある彼は、どれだけミスラに抱き潰されても、一晩眠ればけろりとして(多少腰を痛そうにはしているけれど)朝ごはんをつくるためにキッチンに立つ。香ばしいベーコンのにおいにつられて顔を出すミスラに、嬉しそうに笑いながら「おはようございます」と言う。脳裏を過る晶の表情に、目を細める。早く、彼の顔が見たい。それなのに、リヴィングは寝室と同じようにシンと静まり返ったまま、暖炉にも火は燃えていなかった。夜明けの光が、丸太の隙間から差し込み薄ぼんやりと空間を浮かび上がらせている。
    暖炉前に置かれた、晶のお気に入りの座椅子。飲みかけのコーヒーが半分入ったマグに、無造作に床に落ちたブランケット。いつもせわしなく行ったり来たりしているキッチン。ミスラは、部屋に残る晶の気配の痕跡をひとつひとつなぞりながら、ゆっくりと足を進める。
    「晶」
    確認するように、はっきりと彼の名前を口にした。
    晶、晶、晶。心の中で反芻しながら、晶の姿を探す。どきりと跳ねた心臓に、ミスラはちいさく目を見開いた。じぶんの冷え切った指先を見つめ、ぎゅっと握りしめる。世界の理、どうしようもない運命の力、じぶんのあずかり知らぬ何かに怯える晶の顔が脳裏を過った。怖がる必要なんてない、何しろミスラは強い魔法使いで、晶はそんなミスラの恋人だ。
    『あなたひとり、この世界に繋ぎとめることくらい、俺にとっては簡単なことですよ』
    厄災を退けて、役目を終えた晶と初めて身体を繋げた夜。そう言ってやったときの晶の顔を、忘れっぽいはずのミスラは今でもはっきりと思い出すことができる。もしも、運命に攫われたのなら、その時は奪い返しにいけばいいだけだ。ミスラは、自分にならそれが出来ると信じている。
    心を覆いつくそうと忍び寄る闇を振り払うように、ミスラは口を開いた。
    「アルシ――」
    バタン、呪文を遮るように木製のドアが開いた。びゅう、とひえきった冷気がミスラの白い頬を撫でる。ハッとして顔を向ければ、そこには驚きに目を見開いた晶が両腕にカゴを抱えて立っていた。
    「……は?」
    「あれ、ミスラ! 早いですね。おはようございます」
    さわやかに笑う晶を前に、ミスラはぴたりと身体が固まってしまう。ミスラの呪文に反応した精霊たちの気配が、一瞬の沈黙ののち静かに霧散していくのを感じながら、晶を凝視する。
    「何をしていたんですか。こんな朝早くから」
    「食糧庫にお肉と野菜をとりに行ってました。きのう、夕飯のときに全部使っちゃったの忘れてて」
    「……ふぅん」
    「すみません……起こしちゃいましたか」
    両手に抱えていたカゴに視線を落としていた晶が、ミスラの機嫌を伺うように顔を上げる。そして、驚いたように目を丸くした。夜色の瞳に浮かぶ小さな星が揺らめいた。カゴをその場に置き、ミスラに向かって両手を伸ばす。まるで死体みたいに冷えた晶の指先がミスラの輪郭を包んだ。
    「ミ……ミスラ、大丈夫ですか⁉」
    「何がです」
    「顔色が、すごく悪いです。熱は……」
    「俺は、北の魔法使いのミスラです。熱なんて、そんなもの出るわけないでしょう」
    「でも」
    ミスラの強さも頑丈さも知っているはずの晶なのに、それでも心配そうにへにゃりと眉を下げる晶に溜め息が漏れる。まだ彼を知らない頃であれば、侮られたと怒りを覚えたのかもしれないが、今となってはそんな気持ちなど欠片も生まれない。ずいぶん昔に、湖に飛び込んだ自分を助けるために、晶は大して泳ぎも出来ないくせに後を追ってきて、案の定溺れかけていた。
    あの時に、ミスラは思った。
    チレッタもいないこの世界で、彼はきっと唯一自分のことを心配する人なのだろうな、と。オズに腕を吹き飛ばされても、厄災戦で腹に大きな穴をあけられても、石になることもなかったミスラを見ているはずなのに。熱だなんて、そんな些細なことで表情を歪ませるほど、晶はずっと心配性なのだ。
    「あなたのせいですよ」
    「俺?」
    頬に触れていた華奢な手を取り、ミスラはきつく握りしめる。ぐいぐいと引っ張りながら、すっかり冷え切ってしまったベッドの上に転がした。
    「朝目が覚めた時には、絶対の絶対に、俺の隣にいてください」
    存外、拗ねたような声音になってしまった。むすりとして口を引き結ぶミスラにぱちくりと目を瞬かせた晶は、何を思ったのかくつりと小さな笑い声を漏らした。
    「ふたりで寝ぼすけちゃんになっちゃいますよ」
    「何か問題でも?」
    晶は、紫紺の瞳いっぱいにミスラを映しながら、小さく首を横に振った。ふわりと、甘やかな眠気が込み上げて、再び瞼が重くなる。
    「もう少し、眠りましょう。晶」
    「でも、朝ごはんをつくらなくちゃ。ミスラ、お腹は空かないですか?」
    「……もう、いいから。そんなに言うなら、あとで外に食べに行きましょうよ。あなた、こないだネロの飯が食いたいって言ってたじゃないですか」
    ミスラの思い付きに嬉しそうな声を上げようとした晶の声を塞ぐように、唇をかぷりと噛みついて、そのままぺろりと分厚い舌で舐めてやる。
    魔法で床に落ちた毛布でふたりぶんの身体を包むようにかけた。「ふわぁ」と眠たそうな欠伸を漏らす晶につられて、ミスラも大きな欠伸を漏らす。腕の中に閉じ込めた華奢な身体は外気に触れて冷え切っていたけれど、少しずつミスラの温度に馴染み始めた。
    「あたたかいです、ミスラ」
    「外に出るときはちゃんと俺に言ってください。あなた、寒いとすぐに死にかけるじゃないですか」
    「あはは。さすがに、ちょっと外に出るくらいなら大丈夫ですよ」
    「ダメです。絶対に、許しませんよ」
    「わかりました、ミスラの言う通りにします。だから、そんな顏しないでください」
    ガラス窓の外では、しんしんと雪が降り積もり、世界の音を奪っていく。互いの規則正しい心音と、身じろぐ音、それだけがこの小さな部屋にある。
    厄災の傷などとうに癒え、眠る為の意味として晶の手のひらは必要がなくなったけれど。
    先ほどの、晶がいなくなった空虚な部屋を思い出し、堪らずその首筋に顔を埋めた。言葉に出来ない感情に見て見ぬふりをするように、そっと手を繋げば、ぴくりと晶の身体が跳ねる。薄い瞼を閉じたまま、まるでミスラの心に答えるように柔く握り返すのだった。
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