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    夏 子

    @cynthia7821

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    A英とまほ晶におねつ

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    夏 子

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    ミス晶♂
    パイレーツオブまほやく②
    フィガロもちょっと出る

    海賊パロ!②(ミス晶♂)その日、ミスラは珍しく体調不良を訴えて、朝からたいへん機嫌が悪かった。とにかく腹が痛いわ、寝返りを打とうとすれば、酷い吐き気に襲われるわで、散々だ。おそらく、昨日の晩飯に食べた海獣が厄介な毒でも持っていたのだろう。確かに、初めて見る種類ではあったので、どんな味がするのかもよく分からないまま適当に焼いてステーキにした。ぎっとりとした脂っこさはあったものの、味としてはそう悪いものではなかったのだが、どうにも今朝方から体調が優れない。
    「……ミスラ、具合はどうですか?」
    船室のドアの外でノックの音が二回。おずおずと顔をのぞかせたのは、最近成り行きでミスラの子分になったばかりの晶だった。心配そうに眉をへにゃりとさせて、ミスラの様子を伺っている。
    「さいあくです」
    「果物とか、食べれますか」
    「いりません。俺のことはいいので、クラーケンに餌でもやってきてください」
    「……でも」
    「いいから、それを持ってさっさと出ていって。これ以上うるさくするなら、海原に放り捨てますよ」
    話すだけで辛い。胃の当たりが引き攣るように痙攣する。くそ。脂汗をたらしながらがたがた震える身体を縮こませた。体温調節もうまくいかず、熱いのと寒いのとをいったりきたりしている。ここまで酷い食当たりは久しぶりだった。
    幼い頃、それこそ友人の女海賊と知り合うまで、ミスラは物心ついた頃からたったひとりで生きてきた。碌な知識もなく、すべてはその身一つで切り抜け、生きるための知恵と力をつけながら、気づけば一匹狼の海賊として名を知られるようになっていた。
    大抵の毒に対してはとっくに耐性が出来ていたし、たとえ影響があったとしてもほんの僅かだ。手負いの獣のように、暗所でしばらく身を潜めていれば自然と回復するはずなのに、今回はどうにも調子が異なる。海獣の毒ごときでこうも大きなダメージを食らった根本的な要因は、深海に住まう魔女によってかけられた呪いが原因に違いなかった。
    眠ることが出来ない呪い。眠れない夜を幾度も越えて、気力も体力も限界を迎えた時に気絶することで、ようやく意識を失うことができる。
    眠れないということはいくら頑丈であるとはいえ、人間であるミスラにとっては慢性的に蓄積していく毒だった。
    「あの、やっぱり俺、薬を探してこようと思います」
    「この船にそんなものはありませんよ。余計なことなどしないで、おとなしくしていたらいいんです。このくらい、少し寝れば治ります」
    「……眠れないのに?」
    生意気に言い返してくる子分に、ミスラの不機嫌は最高潮に達した。ベッドの上から枕代わりにしていたコメの入った麻袋を反射的に投げつけた。晶の体がびくりと震え、怯えを滲ませた瞳でミスラを見つめる。勢いよく壁にぶち当たった麻袋を抱え上げて、ミスラに背を向けた。
    「この船にないなら、薬を買いに行ってきます」
    「俺はいらないと言いましたけど」
    「……ミスラは、じぶんの顔色が見えないからそんな風に言えるんです」
    いつになく反抗的な晶に苛々する。込み上げる吐き気に傍に置いていた木桶に頭を突っ込んだ。背中を擦ろうとする晶の手を跳ね付ける。ばしんと、派手な音が狭い部屋に響いた。
    「心配なんです」
    「だから余計なお世話です。いいから、さっさと出て行ってください」
    晶は、跳ね付けるようなミスラの言葉に、何か言いたげな顔をしたけれど、それ以上何かを口にすることはしなかった。「ごめんなさい」とぽつりとこぼし、そのままミスラに背を向けて部屋を出て行った。そのすぐ直後、じゃぷん、と何かが海面に落ちて波しぶきが立つ音が聞こえ、ミスラは腹を擦りながら窓の外をのぞく。
    「……はぁ」
    思わず溜息が漏れる。晶が、積んでいた小型の救命ボートに乗って船から離れていくのがみえた。ミスラのペットであるクラーケンにロープをくくりつけ、ものすごい速さで船から遠ざかっていく。頭の中がぐらぐらとして、そのまま床に伏せる。
    大人しく、従順そうな雰囲気によらず、晶は変なところで頑固なのだ。
    クラーケンに攫われてきた晶は、元々どこかの海賊船で暮らしていたらしい。海賊にしては、ずいぶんおっとりとしているし、何より銃も剣もからっきしである。むさ苦しいケダモノ達の中で世間知らずの子ウサギのような晶がいったいどうやって無事でいられたのか不思議ではあったが。彼と過ごした短い時間の中で、なんとなく察した。
    きっと、絆されてしまったに違いない。朝から晩まで、あくせくと働く晶の姿に、声を掛けるだけで、馬鹿みたいに向けられる間抜けな笑顏に。ひとりで過ごすことについて、これまで孤独を感じたことなどなかったし、むしろそれを望んですらいたくせに、波音しか聞こえないベッドの上で何となく物足りないような、心臓の辺りがじくじくとするような、妙な感じがして堪らず舌打ちをした。
    閉じた瞼の裏側に、水平線をじっと見つめる晶の横顔が浮かんだ。彼は帰るべき船を探している。それは、こうしてミスラとふたりで航海をするよりも、陸に上がった方が手っ取り早いに決まっていた。

    ミスラのために、薬を買うだとか言っていたが、なんとなく晶はもう帰ってこないだろうな、と思った。

    ***

    その日、フィガロは久しぶりの休暇を満喫するために、フォルモーント島から三時間ほど船を走らせた位置にある小島へとやってきていた。美しい白砂のビーチに透明度の高い桃色の海を目当てに訪れる観光客も多いが、観光シーズン直前の時期ということもあってそこまで混雑している様子はなかった。
    海軍学校の教官として働いているフィガロは、日々大変忙しい。昨日も深夜零時を過ぎた辺りでようやくパソコンの電源を落とすことが出来た。幸い、引継ぎについては信頼するシャイロック教官に頼むことが出来たのでそれについて不安は全くないのだが、いかんせん三十歳を過ぎると連日の夜更かしが辛くなってくる。連休初日であるし、今日は特産のワインと適当な食料でも買って、ホテルの部屋でのんびりしよう。そんなことを考えながら、店の集まるエリアへと足を向けた。

    観光客向けの土産物や、フルーツに香辛料、立ち並ぶ出店を横目にのんびりと歩く。カップルやファミリー達が楽しそうにしている中で、フィガロは「おや」と思わず足を止めた。
    観光地には似つかわしくない酷く焦った表情で何やら店主と話をしている青年がいた。手に持ったスケッチブックを指さしながら必死に説明をしているようだが、店主は明らかに困った様子だ。どうやら、薬草を取り扱う露店のようだった。
    「どうしたの」
    折角の休暇なのだから、面倒事はごめんだ、と思っていたのに、今にも泣き出してしまいそうな青年の横顔に、つい声を掛けてしまった。店主は助かった、という表情を露骨に浮かべてフィガロを見る。
    「ああ、お客さん。すみませんね、実は……」
    「薬が欲しいんです」
    「……薬? 具合が悪いのかい?」
    「はい。多分、あまり良くないものを食べてしまったみたいで」
    「それは大変だ。俺は医者の免許を持っているんだ。もしよければ見てあげられるけど」
    親切心で言ったつもりだったのに、青年は「えぇと」と口籠る。
    「船にいるから、ここには連れてこられないんです。なので、薬だけでも買えればと」
    動揺を隠すように、ぎゅっと手のひらを握りしめる。合わない視線に、何か事情があることを何となく察した。身なりはお世辞にも裕福そうには見えなかった。どちらかといえば、着の身着のまま、薬だけを買いに来たようだ。フィガロは、観察するようにじっと目を細める。もしかすると、この子は海賊の一味、または捕らえられた奴隷かもしれない。日頃から酷使しているような細かな傷がついた手のひら、手首には何の目印か、ツバサの形にも見えるアザが刻まれていた。
    海軍所属の教官とはいえ、正直フィガロにはせっかくの休日まで海賊を一網打尽にしてやろうなんて気力も気概もないのだけれど、さすがに奴隷として捕らえられているのなら海軍に連絡して引き渡すくらいしてやらないと目覚めが悪い。
    「そのスケッチブックに描かれているのは何?」
    「この生き物をステーキにして食べたら、具合が悪くなってしまったんです」
    青年はスケッチブックをフィガロに差し出す。どれどれ、と覗き込んだ瞬間フィガロは反射的に「ぶはっ」と噴き出した。大笑いしながら、堪らず涙を拭うフィガロに、店主と青年はぽかんと口を開ける。
    「お客さんは、こんなおかしな生き物を知っているのかい?」
    「ふふ……あはは、ごめんごめん。そうか、君が心配する人は、これをやっつけてステーキにして、腹痛に苦しんでいるってわけ」
    ニッ、と口角をあげながら青年を見る。
    「いいよ、俺が薬を選んであげる」
    「ほ、本当ですか⁉」
    「ああ。だけど、その代わりに少しだけ俺に付き合ってくれないかい?」
    「でも……早く薬を飲ませてあげないと……」
    「大丈夫さ。そもそも、この海獣の毒は腹痛で済ませられるような簡単なものじゃないんだ。本当にやばければひとくち食べた瞬間に死んでいるよ。よほど、胃袋が頑丈なんだろうね」
    フィガロは、露店に並ぶ薬草からいくつかを選び、ついでにすり鉢を借りてその場でゴリゴリと薬草を挽いた。青臭いような独特な香りが立ち昇る。すりつぶしたそれを丸薬にし、小さな布袋へと入れて青年に手渡した。
    あまりの手際の良さに、ぱちぱちと瞬きをしていた青年だけれど、受け取った瞬間にきらきらとした星をその瞳に浮かべてフィガロを見上げた。
    「ありがとうございます!」
    「どういたしまして」
    大事そうにポケットにしまう青年の肩にそっと手をやる。
    自分は、青年にとって出会ったばかりの男だというのに、こうも簡単に信頼して薬づくりを任せるだなんて、まったくちょろいものだなぁと思う。スクアーマであるフィガロのギフトは、無条件で他者からの信頼を集めるというものだ。初対面でも、必ず自分のことを信頼してしまうその姿は、滑稽でしかない。
    露店で買った果実ソーダを手渡し、ふたりで海岸沿いを歩く。
    「紹介が遅くなったけど、俺の名前はフィガロ。君は?」
    青年は、両手でソーダの入った容器を持ちながら、少しだけ躊躇しながらも、「晶です」と言った。晶、か。フィガロは口の中でその名前を転がす。あまり耳慣れない発音だ。どこか、異国の地から攫われでもしたのだろうか。
    「フィガロは、バカンス中だったんですよね? 本当にすみません。俺、全く知識がなくって、とても助かりました」
    「いいんだよ。しばらく滞在する予定だし、ひとりで時間も有り余ってるから。晶は、その具合が悪くなった人と船旅をしているの? 船医は居なかったんだね」
    ストローを口にしたまま、晶は俯く。こくりと、ソーダを飲み込む喉が動いた。フィガロは、ウエハースのような軽い口調で話を続けた。
    「そうですね。ふたりきりの旅なので」
    「……ふぅん、そっか」
    晶は、明らかに言葉を選んでいるようだった。珍しいな、と思った。これだけの時間を共に過ごせば、殆どの人間がフィガロに絶対の信頼を置いて、聞いてもないことをみずからあれこれ勝手に話し始めると言うのに。予想が正しければ、晶が助けようとしているのは、孤高の海賊であるミスラかオーエンだろう。腹痛で酷く苦しんでいるのは笑えるが、そもそも深海における絶対的な王者として君臨する海獣をたったひとりで討伐し、あまつそれをステーキにして食らうなど、そんなことが出来る奴はこの広い海でもそういるものではない。死の海賊団の存在も一瞬頭を過ったが、あそこは組織としてそれなりの形が作られている。なかなか居場所を掴めず、海軍もやきもきしているようだが、腹痛で死にかけているのなら丁度いい。情報提供でもしてやって、日頃から無理難題を押し付けてくるムル大将に特別ボーナスでもたかってやろう。我ながら仕事熱心なことだ、とほくそ笑んだ。
    そんな考えなどおくびにも出さず、にこりと笑うフィガロに晶はへにゃりと微妙な顔をした。
    「俺、そろそろ行かないと」
    「ああ、引き留めてごめんね。君の船は、どこに停泊してるの?」
    「……それは、その……」
    「できれば、きちんと具合を診てあげたい。君のスケッチブックに描かれた絵がウソじゃなければ、本来致死性の猛毒だからね」
    晶は、泣きそうな顔をした。心の底から心配しているんだろう。少しだけ、申し訳ないなという気持ちを抱きつつ、優しく微笑みかける。
    「フィガロ、ありがとうございます」
    涙の膜が張った大きな瞳が、真っ直ぐにフィガロを映す。ぱちり、と大きく瞬きすると、まるで星屑みたいに涙が散った。まるで上等な宝石が埋め込まれているように見えて、思わず目を奪われてしまう。
    「あなたの親切を無碍にしてしまうみたいで、心から申し訳ないです。それでも、いまは信用を失うわけにはいかなくて」
    晶は、薬が入っているポケットとは反対側の方から小さな皮袋を取り出す。先ほどの薬代のつもりだろう。大した金額ではないし、断ろうとした時だった。ころりと晶の手のひらの上で転がるものに目を見張る。蒼みを帯びたそれは、数多の海を渡ったフィガロでさえ目にしたことがないような上等な真珠だった。
    「なぁに、これ」
    「助けていただいたお礼です」
    その言葉に、さすがに面食らってしまう。この真珠の価値を、まさかこの青年は知らないんじゃないだろうか。もしかしたら、薬代のかわりにミスラの集めた財宝から適当に選んで持ってきたのかもしれないが、金銀財宝の山よりもこの一粒の真珠に価値があるなど、この世間知らずは考えもしなかったのではないか。
    こんな上等な真珠がなくなったと知れば、さすがのミスラも激怒して晶を撃ち殺してしまうかもしれない。それはあまりにも晶が可哀想だと思った。フィガロはやれやれと肩を竦め、首を横に振った。
    「いくらなんでも、多すぎる。もう少し損得勘定を覚えなさい。でなくちゃ、君はこの先いろんな人間に搾取されて、気づけば身ぐるみ剥がされてしまうよ」
    晶は、手元にある真珠に視線を落とし、そのまま押し付けるようにフィガロの掌に捩じ込んだ。案外、強引なところがあるなとフィガロは目を丸くした。光を孕みまるでそれ自体が発光しているかのように淡くきらめく美しさに息を呑む。
    「こんな貴重なものを持ち出して、怒られてしまうんじゃない?」
    「それは、もともと俺のものなので大丈夫ですよ」
    心配してくださったんですね、そう言って晶は嬉しそうにはにかんだ。
    「俺には、あまりわからないんですけど、人にとっては価値のあるものだと、教えてもらったんです。それこそ……賞金首なんて目じゃないほど」
    その言葉に、フィガロの心臓がどきりと大きく高鳴った。
    「晶」
    名前を呼ぶ。
    伸ばした手をすり抜けるように、晶は軽やかに駆ける。振り返って、へにゃりと彼らしい笑顔を浮かべた。岩場に隠すように停められていた小船に飛び乗ったかと思えば、水中から巨大な触手が伸びてヘリに絡んだ。あわや水中に引き込まれてしまうのかと咄嗟にホルスターにさした銃に手をやるが、その触手の持ち主であるクラーケンは「きゅう」とひと鳴きして、晶が乗った小船を引きながらぐんぐんと浜辺を離れていく。
    信じられない気持ちだった。
    呪いのようなギフトのおかげで、フィガロは諦念を抱えながら今日まで生きてきた。差し出された親愛も信用も、己のギフトによってもたらされたものだと思えばなんの感慨も生まなかった。小さな嘘をついて、ギフトに惑わされずに見抜けるか試してみては、あーあ、とがっかりするのを繰り返してきた。それなのに、まさか。
    「〝天使の涙〟」
    それは、美しい真珠につけられた名前だった。
    宝石商の間による言い伝えでは、それは伝説の存在である彗星の天使が幸福に流した涙であるという。まるで白昼夢でも見ていたかのように、あっという間に消え去った晶の姿を思い浮かべた。

    不意に、胸ポケットに入れていた小型の通信機器が震動する。
    「はーい」
    『フィガロちゃん、昔のよしみでちょっと頼みたいことがあるんだけど』
    「嫌ですよ。俺、今バカンス中なんで」
    『……彗星の天使って知ってる?』
    「まったく、人の話なんて聞いちゃいないんだから。いったい何のことですか」

    フィガロは自然と口角が持ち上がる。
    ここ数年忘れかけていた、胸が高鳴るような感情が湧き起こった。天使の涙をかざしながら、ゆっくりと目を細めたのだった。

    ***

    眠る、というのがどういう行為であるかを、既にミスラは忘れかけていたのだけれど、まるで緩やかな波間に漂うような感覚に久しぶりに心を委ねていた。海面から差し込む光に導かれるように、ゆっくりと瞼をひらく。
    不思議なことに、あれほどミスラを苦しめた腹痛はすっかりと消え去り、眠れない呪いをかけられてからいちばんと言って良いほど身体が軽く感じた。ゆっくりと身体を起こした瞬間、ミスラは小さく目を見開いた。手のひらが妙に暖かいと思えば、ひとまわり小さな手のひらが、ぎゅっとミスラの手を握りしめていた。辺りを見渡すと、そこには丸薬とガラス瓶に入った真水が置かれている。
    「あなた、本当に戻ってきたんですか」
    繋がれた手をほどくのは、なんとなくもったいないと思い、もう片方の手でそっと晶の頭を撫でた。ずっとそばでミスラの様子を見守りながら寝落ちてしまったのか、ミスラの腹に顔を押し付けるようにしてぐっすりと眠っている。むずかるような声をあげながら、近くで見ると思いの外長い藍色のまつ毛がふるりと揺れた。
    花が綻ぶように、まだ焦点の合わないアメジストの瞳が現れた。そっとまろやかな頬を指先でなぞる。しばらくぼうっとしていた晶は、突然ハッとした様子で飛び起きた。
    「み、みすらっ」
    「はい、なんですか」
    「具合はどうですか? 薬、ちゃんと効きましたか⁉」
    「おかげさまで。身体もずいぶん軽いです」
    久しぶりに、ずいぶん良く眠れた気がします。ぽつりと独り言のように呟くミスラに、晶は小さく首を傾げる。
    「睡眠効果については、とくに相談していなかったはずなんですけど……」
    繋がれたままの手に、晶はいまだ気づいていない。そっと見下ろした細い腕、そこにツバサの形をしたアザを見つける。まるで天使の羽みたいだ。そんな些細なことに気づいたミスラは、なんだか妙に愉快な気分になった。
    「お手柄ですよ、晶」
    きょとんとした顔をしていた晶だが、ミスラに褒められたことに気づいて破顔する。
    手のなかにあるあたたかな温度を繋ぎとめるようにぎゅっと握りしめた。ずっと眠れなかったのに不思議だ。繋いだ手のひらから、まるで春の海風のようなぬくもりが冷え切ったミスラの心と魂を包み込むような心地がする。
    午睡に微睡むように、くわりと大きな欠伸を零したミスラを前に、小さく笑う声がした。子分のくせに、生意気だ。そんなことを考えながらも、寄せては返す眠りの波に抗うこともできず、結局は身を任せることにした。

    おやすみなさい、ミスラ。
    遠くでやわらかな声がする。目を覚ましたら、彼はなんと自分に声をかけるだろう。そんなことを考える。
    気持ちよさそうな寝息、そして珍しく穏やかな波の音が小さな船室を静かに満たしていた。
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