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    夏 子

    @cynthia7821

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    A英とまほ晶におねつ

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    夏 子

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    ミス晶♂
    厄災を倒した後、ミが晶くんを北の国に連れ去るおはなし。恋人同士です。

    あなたとふたり(ミス晶♂) ついに、厄災をこの世界から消し去ることに成功した賢者と、二十一人の賢者の魔法使い達は、救世主として世界中から大きな賞賛を浴びた。連日連夜、中央を始めとした各国に招かれては盛大なパーティと祝福のパレードに参加し、ようやく元の魔法舎に戻って来た時には既に一ヶ月が過ぎ去ろうとしていた。
    「晶」
     魔法舎の裏庭にある、白い木製のベンチに腰かけて、月の姿を失った満点の夜空を見上げる元賢者の名前を呼んだ。ぴくりと身体が揺れて、ゆっくりと振り返った晶の大きな瞳いっぱいに、ミスラが映った。じっと奥底を覗き込むようにすれば、星の光を孕んで揺れるアメジスト色がぱちりと瞬きをした。
    ほんの一瞬、ぽとり、目の縁から透明な雫が落ちるのが見えた。慌てた様子で、晶はこしこしと袖口で目元を拭う。彼は、泣いていたのだ。それに気が付いたミスラは、腹の底がぐつぐつと煮立つような、妙な心地に自然と眉を寄せた。
    晶が涙を落とすその理由については、大方検討がついていた。厄災を消し去ったというのに、彼の世界は無情にも賢者を連れ戻そうとしなかった。
     月が砕け散ったその瞬間、目も眩むような大きな光の中、確かに開いた異世界へ戻るための扉は、あろうことか手を伸ばした賢者である晶の存在を拒んだ。伸ばした指は、激しい雷に弾かれたように跳ね付けられ、一瞬肉が焼き焦げたようなにおいが鼻先を擽った。咄嗟にミスラが魔法を唱えなければ、晶の細い腕など吹き飛んでしまっていたかもしれない。息を呑む晶の声。賢者の魔法使いであり、賢者の恋人でもあるミスラは、晶の慟哭をおさめるように、咄嗟に唇で塞いでやったのだった。

    「ミスラ」
     自分の名前を呼ぶ晶の小さな口に、指先からつくりだした美しい形をした薄紫色のシュガーをいくつか押し込む。むぐぐ、と喉を鳴らしながら、もぐもぐと苦しそうに咀嚼する晶に、「あはは」と声を上げて笑った。
    「美味しいですか」
    「……はい。昔は、頼んでもくれなかったのに。大盤振る舞いですよね」
    「はぁ、まあ。あなたは、俺の恋人ですからね。それなりに特別です」
     そう言って、ミスラは晶の隣に腰を下ろした。
    「魔法舎は、解体になるそうです」
    「まぁ、そうでしょうね。役目は果たしましたから」
    「ミスラは、北の国に帰るんですか?」
     晶の問いかけに、ミスラは「はい」と頷いた。どこであろうと生きてはいけるが、肌に合う北の国に戻ることはとても自然なことだ。彼には珍しいくらいのきっぱりとした返事に、晶の口から小さな笑い声が漏れた。
    「あなたも一緒です。晶」
    「……ムリですよ。俺なんて、ただの人間で……」
     無意識に、晶は自分の左腕をそろりそろりと撫でた。異世界への扉に激しく拒まれ、酷い火傷を負った彼の腕には、走るような傷跡が残ってしまったものの、すでにフィガロの手によって治癒が施され痛みはない。けれど、役目を終えたらおそらく自分は元の世界に戻るのだろうと漠然とした道標のもと、日々を積み重ねてきた晶にとって、今この状況で、自分がこの先どう生きて行けば良いのか、迷子にでもなってしまったみたいに途方に暮れてしまっていた。
    「俺がいるのに?」
    「……ミスラ」
    「死の湖の畔に、小さな家を建てましょうか。寒がりなあなたでも暮らせるように、暖炉を入れても良いです。湖には魚もいるから食べ物にも困りませんし、夜はあなたが好きな虹色のカーテン? とやらも、良く見えます」
     ぽつり、ぽつり、まるで小さな子供が必死に言い募るように、言葉を重ねるミスラの顔をじっと見つめる。厄災の傷など、とうに癒えたはずなのに。その筋張った大きな手のひらが、すがるように晶の手のひらをぎゅっと握りしめていた。目の奥が、じわりと熱くなる。ぽろりと零れ落ちそうになった涙を、ミスラの薄い舌がぺろりと舐めた。
    「こんなことを言ったら、晶は怒るかもしれませんけど」
    「はい」
    「俺は、晶がこのままずっと俺の隣にいてくれたらいいのにって思います」
    「さすがに千年はムリですよ。俺は人間なので」
     せいぜい、長くてたったの五十年ぽっち。ぽつりと呟く晶の肩をミスラがぎゅっと抱き寄せる。ふわりと、彼の扱う薬草の香りが立ち昇る。
    「イヤです。ずっとがいい」
    「ふふふ。駄々をこねるミスラ、可愛いです」
     込み上げる涙を誤魔化すように、晶は顔をミスラの胸元に埋めた。とくとくと規則正しく鳴るミスラの鼓動は、それまで真っ白な雪原にぽんと放り出されたような心細さに怯えていた晶の気持ちを宥めてくれる。
    「あぁ……ミスラ、なのかもしれないですね」
     晶の声に、ぴくりとミスラの身体が揺れる。すりすりと、猫がするみたいに濡れた頬をミスラの身体に擦り付ける。
    「賢者の役目を終えた俺が、この世界で生きる理由です」
     そう呟いた瞬間、ぐっとミスラが晶の身体を掴んだ。驚いて顔を上げれば、そこには先ほどまでのどこかぼんやりとしたミスラではなく、その美しいエメラルドグリーンの瞳に、ゆらりと揺らめく重たい炎を宿した北の魔法使いがいた。
    「……晶は、あなたの世界じゃなくて、俺を選ぶんですか?」
     目を反らすことなど許さない。目の前に晶を捕えたミスラが、真っ直ぐに見据える。どくり、心臓がひとつ、大きな鼓動をたてる。喉がからからに乾いて、言葉がうまく吐き出せない。異様な雰囲気に満ちたこの空間に、不思議と足が竦む。出会った頃ならまだしも、恋人となったミスラを怖いと思うことなど、ありえないというのに。晶は、こくりと頷いた。向こうの世界にいる家族も、友だちも、歩んできた人生も。捨て去る覚悟なんて、まだちっとも出来ていなかった。けれど、世界に拒まれた悲しみに、寄り添ってくれたミスラ。ただ、今この瞬間。彼の気持ちに答えたいと確かに思った。
    「はい」
     キン、と心臓の奥底で、何か小さな音が聞こえた気がした。手を引くようにして、ミスラがベンチから立ち上がる。晶も、慌ててそれに続いた。

    「≪アルシム≫」

     聞き慣れたミスラの呪文が唱えられると、目の前に大きな扉が現れた。それが開いた瞬間、びゅっと真っ白な吹雪が視界を覆う。肌を刺すような寒さも、ミスラのおかげで一瞬のうちに消え去った。いきましょうか、とまるで近所に買い物にでも行くような、彼らしいいつもの口調になんとなく拍子抜けしてしまう。
    「待ってください。部屋に、荷物が置きっぱなしです」
    「そんなのは後でいくらだってとりに戻れますよ」
    「皆に挨拶もしなくちゃ……」
    「あぁ、もう。落ち着いたらまた会いにくればいいでしょう」
     いいから、早く、と急かされて、身体を抱き込むようにしてミスラと共に扉をくぐれば、そこは一面銀色の世界が広がっている。ゆっくりとミスラを見上げれば、満足気にミスラが笑った。
     大きな扉は、いつの間にか跡形もなく消え去っていた。

     ふわりと、大きな欠伸をした。
     今何時だろう、身体を起こそうとすると、隣から長い腕がにょきりと伸びて、逃すまいとでも言うように晶を抱き留めた。外に出れば一秒で骨まで凍りつく極寒の地であれど、ミスラと暮らすこの小さな部屋の中であれば、裸で抱き合い、だらだらと明け方近くまでセックスして、そのまま眠ってしまっても風邪をひくこともない。
     殊の外愛の重たいミスラによって、頭のてっぺんからつま先までを食べられて、もしも知り合いの魔法使いたちに会ったとしたら、〝ミスラ臭い〟だとかなんとか、揶揄い混じりに言われるんだろうなぁ。と晶は頬をかく。まだ眠たいと愚図るミスラを宥めすかして、そばにあったモコモコのローブを素肌に直接かける。身体の奥からとろりと零れ落ちた昨夜の名残に頬を染めながら、そばにあったティッシュペーパーで素早く拭ってゴミ箱に捨てた。
     シャワーを浴びて、洋服を着替えて、「よし!」と気合を入れる。今日は、久しぶりに(というか、この場所に来て初めて!)来客があるのだ。スノウとホワイトが、ミスラと晶に会いにやってくる。賢者として魔法舎で暮らしていた中で、ふたりにはいつも助けられてばかりいた。ろくに挨拶もせず、ミスラと共に北の国へとやってきてしまった。たくさんの感謝を込めて、今日は彼らの好きな料理をつくって出迎えたい。うきうきとしながら台所に立つ晶の後ろ姿を、ミスラはブランケットにくるまりながら、じっと見つめていた。

     しょっぱめのエッグベネディクト、優しい甘さのふんわりオムレツ、山羊肉の直火焼き、しっとりと酒をきかせたサヴァランにつやつやのレモンパイ。あとはミスラのために消し炭を少し。しばらくたってようやくのそのそと起き出したミスラにも手伝ってもらい、恩人達のための料理を完成させた晶は、少しだけ休憩、とそのまま暖炉の前にあるソファに腰かけて目を瞑った。

     うとうととしている晶の身体にブランケットをかけてやったミスラは、「〈アルシム〉」と小さな声で呪文を唱える。あらわれた空間の扉が、ぎぃ、と鈍い音を立てて開けば、そこには別れた時から一寸変わらぬ姿をした双子の魔法使いが現れた。

    「「久しぶりじゃのう、ミスラちゃん!」」

     久方ぶりに肌で感じる双子の魔力に眉を寄せながら、「どうも」と短い挨拶を口にしたミスラに、スノウが小さく笑う。
    「殺されずに、よく生きておったな」
    「……はあ、まぁ、結界は十分に張ってありますし。オズに本気で探されていたら、ちょっと不味いかな、とは思っていましたけど。あの人、忙しいんですか? 役目を終えて姿を消した賢者のことなんて、もう忘れてくれたんですかね。だったら好都合なんだけどな」
    「探しておったぞ」
    「うむ、血眼で探しておった。オズだけじゃない、賢者の魔法使い二十人で、必死に探しておったのじゃ。ある夜、突然消えた賢者のことを」

    〝五十年間ずっとじゃ。けれど、この世界のどこにも気配の欠片は落ちていなかった〟

     四つの金色の瞳が、射貫くようにミスラを見上げる。ぞくりと身体の芯を痺れさせるような魔力の渦に、本能的な笑みが零れる。スノウの細い指先が、晶の頬をするりと撫でる。突然消えたあの夜から、五十年経った今も、皺ひとつ増えない変わらぬ容姿で眠る元賢者の青年に、哀憐の情が沸き起こる。
    「賢者を眷属にしたか、ミスラよ」
     かつて春の陽だまりのようだった晶の気配は消え失せ、いくつもの死を重ね合わせたような、まるで呪いにも似た匂いが肉体の中を渦巻く。脆く柔い身体を傷つけぬよう、ミスラの魔力で何重にも包まれたそれが、晶の器に詰められている。
     魔法使いは、異界の扉をくぐれない。人間でなくなった賢者も、また同様に。ミスラは、伏せていた瞳をゆっくりと持ち上げる。嬉しそうに笑うその顔には、一ミリの後悔も罪悪も浮かばない。
    「いつからじゃ? 身体を作り変えるなどという禁呪、一日二日で出来る芸当ではないじゃろう」
     晶の身体を形作る細胞ひとつひとつに、魔力を丹念に染み込ませ、本人も知らぬ間に人としての生を奪うなど決して許されることではない。大きすぎる魔力を持ち、手加減の苦手なミスラだ。晶が、形を保ってこうして存在すること自体が奇跡のようなものだった。
    「俺を殺せば、晶も死にますよ」
    「……そうじゃろうな」
    「一応言っておきますけど、俺は禁呪なんて使ってません」
     ミスラは、愛おしいものを見るような目で、眠る晶を見下ろす。大きな手のひらで、慈しむように艶やかな濃紺の髪を撫でた。
    「ただ、願っただけです。異世界になんて帰らないで、ずっと俺の傍にいたらいいのにって、そう思いながら賢者様の身体を抱きはしましたが」
     願いって、結構叶うものなんですね。
     嬉しそうに笑いながら呟くミスラに、双子は小さな溜め息をついた。魔法使いは、心で魔法を使うのだ。心が強ければ強いほど、その力は比例して大きく育つ。つまりは、そういうことだった。
    「んん……」
    「晶」
    「みすら? ああ、しまった。俺、寝ちゃいましたね」
    「ちょうど、スノウとホワイトが来たところですよ」
     その言葉に、晶は勢いよく身体を起こす。
     双子の姿を目にした瞬間、嬉しそうに顔を綻ばせた。会いたかったです、そう言って二人の身体を抱きしめる。匂いや気配は違っても、そこにいたのは確かに魔法舎で短い時間ではあるが、共に過ごした賢者だ。
    「皆は、元気ですか? 急に引っ越しをして、心配をかけてしまいました」
    「賢者ちゃんは何も気にするでない」
    「そうじゃ。ミスラちゃんが強引なのは、いつものことじゃ」
     懐かしいやり取りに、自然と笑みが浮かぶ。会いに来てくれて、嬉しい。懐かしくてたまらなくなった。他の魔法使い達や、お世話になった人たち……ドラモンドやクックロビン、カナリア達は元気だろうか。
    「久しぶりに、みんなに会いに行きたいです」
     無邪気に笑う晶の声は、約束を交わされぬまま、肌に落ちて溶ける雪粒のようにじわりと消えた。窓の外は白銀、北の魔法使いによって賢者が連れ去られたあの日から、五十年という月日が過ぎ去った後の世界だ。
     彼らが何か余計なことを言わないか、ミスラは静かに二人を見据えた。スノウとホワイトは、にこりと笑みを貼り付けたまま沈黙する。

    時計も、カレンダーもない、湖畔にある小さな家で、今日も二人の鼓動だけが時間を刻み続けていた。
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