Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    夏 子

    @cynthia7821

    たまに文字を書く
    A英とまほ晶におねつ

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 10

    夏 子

    ☆quiet follow

    ミス晶♂
    厄災を押し返した後の世界。新しい賢者とそりが合わないみすらは、不眠を拗らせていた。そんなとき、中央の国で魔法使いに人気のマッサージ屋の話を聞く!(新賢者がいるので苦手な方注意)

    サロン・ミミへようこそ!(ミス晶♂) コンコン、コンコン――
     規則正しく叩かれる扉の音に、返事をしてやるのも面倒だった。ごろりと寝返りをうち、知らんぷりを決め込もうとしたがノックの主も諦めることをしない。コンコン、コンコン、返事を貰えるまで叩き続けるつもりなのか、ただでさえ厄災の傷で思うように眠ることが出来ず苛々としているのに、これ以上鬱陶しいのもごめんだ。はぁ、と小さく溜息を吐いたミスラは「どうぞ」と扉に向かって投げやりな返事をした。
    「悪いな、寝てたか?」
     大してそんなことも思ってなさそうな口振りで、からりと笑いながら入ってきたのは中央の国の魔法使いであるカインだった。なんですか、と起きあがることもせずに視線だけで尋ねれば、相変わらず遠慮や恐れを知らぬ騎士様は、ベッドサイドに立ってミスラの顔をまじまじと見つめた。
    「ルチル達が任務帰りに、土産でサヴァランをたんまり買ってきてくれたんだ。よかったら一緒に食わないか? オーエンたちもみんな食堂に集まってるんだ」
    「サヴァラン」
    「ああ。しっとりとして、酒がしみてて上手いんだぜ」
     脳髄まで浸食するような不眠による気だるさと、ぐうと鳴る空腹とを天秤にかけ、数秒の思案の後に「行きます」と短く答えた。のそりとベッドから起き上がりカインと共に食堂に顔を出せば、そこにはサヴァランにつられた賢者と賢者の魔法使いの面々が顔を揃えていた。二人が現れたことに気がついたルチルがにこりと笑いながらミスラに向かって手を振り、自分の横のイスを引く。首筋を撫でながら、促されるまま席に座れば、一瞬びくりと空気が震えた。慣れ親しんだ己に対する恐れを含んだ気配に顔を上げる。ミスラの斜め前の席に座っていたのは、当代の賢者だった。青白い肌に、ウェーブがかかったオレンジ色の髪、そして薄いブルーの瞳を持つ彼女は、いつものように異界から召還された賢者様であったが、困ったことになかなかこの世界に馴染むことが出来ないようだった。賢者の世界で科学者という職についていたらしい彼女は、科学で解明出来ない有象無象を受け入れることが非常に難しく、この世界の根幹から逃げるように拒絶してしまうらしい。
     召還されて二週間は、殆ど部屋に閉じこもりきりだったが、気の良い魔法使い達が言葉と誠意を尽くし、ようやく扉を開けてお茶会に参加するまでに距離を縮めることに成功した。けれど、北の魔法使い、主にミスラとオーエンにしてみれば、自ら歩み寄って賢者のご機嫌をとるなど馬鹿らしく、また賢者自身も北の矜持に心を寄せることもなく、関係は未だ膠着状態が続いていた。
     「嫌う人には、嫌わせておけばいいじゃないですか」というスタンスのミスラだが、唯一の困りごとである厄災の傷は賢者でないと癒せない。けれど、当代賢者の北の魔法使いに対する苦手意識は相当なもので、手を貸して寝かしつけするなど最早不可能に近かった。
    「……ごちそうさまです。ルチル、おみやげありがとうございました」
    「どういたしまして、賢者様」
     にこりと柔らかな笑顔を向けたルチルに対し、少しだけ口元を和らげたものの、自分を見つめるミスラを目にした瞬間怯えた様子で身を翻し席を立ってしまった。華奢な背を見送りながら、ルチルが小さく溜息を落とす。
    「もう、ミスラさん。賢者様を怖がらせるようなことでもしたんですか?」
    「はあ? 何もしてませんよ。あの人がここに来てから、話したこともないですし。そもそも、怖いのと寒いのが苦手だなんて言って北の国への同行だって拒否するんですからね」
    「……それは何というか」
    「おかげさまで、俺はかれこれ三年もまともに眠れていませんよ」
     ルチルはミスラの目元にくっきりと刻まれたクマを見て、悲しそうに眉を寄せる。眠れないからといって、魔法使いであるミスラが死ぬことはないが、つらいものはつらい。心で魔法を使う魔法使いにとって、心の疲弊は魔力の制御にも大きな影響がつきまとう。ものは試しと、時折こっそりと魔法で眠らせては賢者の手を借りてみるものの、やはり彼女の意識がないと賢者の力は発揮されないようで、結局いつだって眠ることは叶わなかった。
    「……もしも、あの方がいてくれれば……」
    「ルチル」
     遮るように名前を呼んだのは、フィガロだった。その声にハッとしたルチルが、「すみません」と反射的に謝罪の言葉を口にして、無意識にミスラを見る。手づかみでサヴァランをかじるミスラは、何の反応もせず時折辛そうに目元をごしごしと擦るだけだった。それまで自由に会話を楽しんでいた面々の間に、シンと重苦しい沈黙が降りる。慌てた様子で、それを打ち破ったのはカインだった。
    「なあ、ミスラ。良ければこれ、使ってみないか」
    「なんですか?」
    「今、中央の魔法使いの間で流行ってる、マッサージサロンのチケット」
    「そんなものはいりません。興味ないです」
    「そういうなって。あんまりにも人気で、予約もなかなかとれないんだぜ? リラックスして気分転換になるかもしれないし、ものは試しでさ」
     無理矢理握りしめられたオーロラ色のチケットを、ルチルが横からのぞき込む。ぱっと目を輝かせてカインを見上げた。
    「わぁ、とても良さそう!」
    「本当はアーサーから労いに貰ったんだけどさ。ミスラの方が俺なんかよりもよっぽど辛そうだ」
    「良かったですね、ミスラさん! 身体を解してもらって、少しでも気持ちよく眠れたら良いのですが」
    「まあ、こんなもので眠れたら苦労はしないんですけど。とりあえず、試せるものはなんでも試してみます」
     残りのサヴァランを口に放りこみ、もぐもぐと咀嚼しながら乾いた喉を紅茶で潤す。お喋りに興じる魔法使い達に背を向け、ミスラはそのまま食堂を後にした。ポケットに先ほどカインにもらったチケットをつっこみ、空間転移魔法を使うために呪文を唱える。

    「<<アルシム>>」

     溢れた魔力によって形成された扉のノブを意気揚々とまわす。足を踏み入れたその先は、中央の国の城下町にあるマーケットだった。まだ真っ昼間ということもあり、人通りは多い。突如現れた扉に周囲はどよめき、そこから現れた赤髪を見た瞬間に恐怖に染まる悲鳴が響きわたった。人間達で溢れかえったその場所に、まるでモーゼの海割りの如く人の群れに道が生まれ、ミスラは悠々とした足取りで歩く。
    「ああ、そうだ」
     くるりと振り返り、近くにいた商人に声をかければ、「は、はいっ」とまるでひっくり返ったような声音で返事がされる。ずい、と目の前にカインからもらったチケットを突きつける。目を白黒とさせた商人が、ごくりと大きく息を呑んだ。
    「いま流行りのマッサージ屋だと聞いたんですが」
    「……はい」
    「これを譲り受けたのはいいものの。俺としたことが、場所を聞くのを忘れてしまったんですよね」
    「ああ、……はあ」
    「あなた、弱いけど魔法使いでしょう。店の場所をを教えてください。おそらく、人間には見つけられない入り口があるはずです」
    「ちょ、ちょっと……そんな大きな声で……」
     可哀想なほどにぶるぶると震える商人はチケットとミスラを交互に見遣り、ごくりと大きく喉を鳴らした。よほど恐ろしいのか、がちがちと歯を鳴らしながら、声を振り絞る。
    「このマーケットをこのまま真っすぐ行くと、細い路地が左手にあります。壁づたいに赤レンガをよくよく観察してください。そこに、まるで子供の落書きのような猫の顔が彫られているんです」
    「……猫、ですか」
    「そうです。その猫に、魔法使いのシュガーを与えてやるんだそうですよ。人伝てに聞いた話ではありますが」
    「はぁ、そうですか。ありがとうございます」
     人間が迷い込むことを阻止する目的なのか、なんだか面倒だな……と思いながら首筋をかく。けれど、せっかく中央の国までやって何もせず帰るのも癪だ。慢性的な不眠で、瞼の奥に感じる鈍痛も思考を鈍らせるような酷い眠気も煩わしいったらない。態々出向くほどの価値がない店であったならば、不機嫌のままに更地にでもしてしまえば少しは気も紛れるだろうか。不穏なことを考えながら、ミスラは店へと足を向ける。マーケットの賑わいは一切届かず、どこか薄暗い路地裏の壁を手で撫でる。足を進めながら僅かな魔力の残り香を辿り、ゆっくりと腰を落とす。古ぼけたレンガに彫られた、お世辞にも上手いとは言えない猫の顔を見つける。
    「北の魔法使いミスラのシュガーを食べれるなんて、あなたずいぶんと贅沢者ですね」
     ご機嫌な猫の口元に、手のひらの中で生み出した美しいスミレ色のシュガーを差し出せば、猫の絵がぱちりと瞬きをする。そして、くんくんと小さな鼻を鳴らしたかと思えば、ぱくりとミスラの指先からシュガーを食べた。
    「にゃーん」
     声高に鳴き、落書きだった赤毛の猫が壁から飛び出る。空間に僅かな歪みが生じるのを見て、ミスラは少しだけ驚いた。なかなか、面白い仕掛けが施されている。己が普段使う空間移動魔法の簡易版のようなものだろう。現れたアンティーク調の木製の扉が案内役の猫とミスラを迎え入れるために、ギギ、と鈍い音を立てながらゆっくりと開いた。
     ふわりと、花の匂いが満ちており、ガラスで出来たランプには柔らかな橙色の炎が灯り、部屋までの道筋を薄ぼんやりと照らしている。赤毛の猫は、時折ミスラがきちんとついてきているかを確認するように、くるりと後ろを振り返った。ミスラの姿をその濃いグリーンの瞳に映す度、また足取り軽く前を行く。
    「にゃおん」
     扉の前で、帰りを知らせるように猫が鳴いた。それに合わせて、開いた扉の奥には落ち着いた雰囲気のサロンルームがあった。ミスラは、ぐるりと辺りを見渡す。白をベースとした空間に、木製の家具や観葉植物が置かれ、灯されたいくつかのアロマキャンドルの光がゆらゆらと揺れている。
    「いらっしゃいませ」
     不意に声を掛けられた方に顔を向ければ、いつの間にか目の前に現れた年若い青年がにこりと笑った。おそらく、この店の従業員だろう。魔法使い専門のマッサージ屋と銘打つくらいだから、てっきり魔法使いが営んでいるものだと思っていたが、目の前の青年からは少しの魔力も感じない。「お客様の案内をありがとう、ミミ」そう微笑みながら赤毛の猫の喉下あたりをぐるぐると撫でれば、ミミと呼ばれた猫はしゅるりとその姿を消してしまった。
    「ようこそ、いらっしゃいました」
    「どうも」
    「初めてのお客様ですよね。どなたからかご紹介を?」
     ミスラは、ポケットから取り出したチケットを青年に手渡す。青年は、受け取ったチケットを見て少しだけ驚いたように目を見開いた。
    「……もしかして、賢者の魔法使い様、ですか?」
    「ああ、はい。俺のこと、知ってます?」
    「いいえ、あの……すみません。実は、このオーロラ色のチケットはアーサーに頼まれたものでして。賢者の魔法使いの仲間にあげるんだ、と言っていたから。あなたのことだったのかなぁ、と」
    「まあ、似たようなものですね。で? 俺はどうしたらいいんです?」
    「す、すみません……立ち話しちゃいました。どうぞこちらへ」
     案内されたベッドサイドで、案内をされるまま光沢のあるシルクのガウンに着替えを済ます。ミスラが準備を整えるまで席を外していた青年が、頃合いを見計らってバインダーを片手に戻ってきた。ベッドに腰かけるミスラの前に籐で出来た丸イスに座る。バインダーを開き、羽ペンを右手に持ちながら、ゆっくりと顔を上げた。

     不意に、どきり、とミスラの左胸辺りが大きく鼓動する。
     なんだ? 自分自身のことなのに、理由が分からず思わず首を傾げる。
     ただ、目の前の青年の、濃い紫色の瞳に自分の姿が映りこんだのを見た瞬間、どうしようもなく心が騒めいた。こんなこと、滅多に起こりえない。宿敵オズを前にしたあの高揚とも違う、もっと別の、何か。
    「改めて、今日はご来店ありがとうございます。担当させていただく、晶です」
    「……あきら」
    「はい。お名前、伺ってもいいですか?」
    「俺は、ミスラです」
    「ミスラさま、ですね」
    「……ミスラでいいですよ。そういう敬称は、なんだか慣れていないのでムズムズします」
    「ふふ、そうですか? それじゃ、お言葉に甘えて。では、ミスラ。マッサージを受ける上で、どこか気になることとか、ありますか。例えば、背中が凝ってるとか、肩が痛い、とか」
     晶が、じっとミスラの顔を覗き込む。ミスラは、どことなく座りが悪いような、ふわふわとしたような、ざわざわとしたような、よく分からないものが、まるでリスのように腹の内側を走り回っている心地に眉を寄せる。逃げるように口を開いた。
    「眠れないんです、もうずっと」
    「え?」
     飛び出した言葉に思わず、首を傾げる。リラックスさせてもらうだけで良いのに、余計なことを口走ってしまったことが不思議だった。気まずそうに視線を横にそらすミスラに、晶はひどく心配そうな顔をする。
    「それは、とても辛いです。今日は、少しでもミスラの身体が休まるようにマッサージしますね」
    「はぁ、お願いします」
     言われるがまま、ふわふわとしたタオルが敷かれたベッドへと横になる。リラックス効果を高めるアロマの香りが柔らかく漂うその空間で、晶が手慣れた手つきでミスラが身に纏っていたガウンを降ろした。
    「施術中、気になることがあれば、言ってください」
     うつ伏せになったミスラの背中に、そっとオイルに濡れた手のひらがかざされる。ゆっくりと、滑るように、大きく縫い目の入った広い背中にマッサージを施していく。不思議だった。何の力もないはずの、ただの人間による施術だ。それなのに、この店は魔法使いに人気だという。けれど、その理由が何となくわかる気もした。
     晶の手は、とてもあたたかい。
     冷たい氷を溶かすような、不思議な力が溢れている。それは、何かに似ている。いつか、臆することなく自分のそばにいて、手を握ってくれたもうこの世界にいない‶あの人〟に。
    「大丈夫ですか? ミスラ」
    「……いい感じです」
    「なら、良かったです」
    「晶……何か話をしてください。あなたの声、何だか落ち着きます。変ですけど」
    「ええ? どうしよう。賢者の魔法使い様に聞かせられるような、特別なお話なんて」
     顔は見えないが、ひどく焦った様子の晶に、ミスラの口角があがる。
     固く強張った身体をやわらかくほぐすように、晶の手が均整のとれた体躯をゆっくりとマッサージしていく。身体の表面を撫でられているはずなのに、不思議と奥底から温められているような心地がする。慢性的な眠気に引きずられるように、自然と瞼が下がった。
    「……いつから、このお店を?」
     眠たげな声で、晶に問いかける。少しずつ、意識が微睡みの中に沈んでいく。ずる、とベッドの端から力なく落ちた手のひらを、晶はそっと握りしめて元の位置へと戻してやる。冷え切っていた身体が、少しずつ温度を取り戻していくのを手のひらの下で感じながら、晶は子守歌のように言葉を紡ぐ。
    「三年前にこの街にやってきました。ちょうど、大きな満月がやってきた夜に。最近、ようやく独り立ちをしたんですよ」
    「……あなた、何者ですか……? 俺は、眠れないんです。本当に、もうずっと……」
    「辛かったですね、ミスラ」
    「ええ、辛いんです。死ぬほど長い退屈な夜も、なにか得体のしれない喪失を持て余すのも」
    「何かを、失くしてしまったんですか?」
    「……そうですよ。でも……何を失くしたのか、」
     返事がなくなったことに気が付いて、そっと顔を覗き込めば、ミスラの瞼はいつの間にか閉じられていた。規則正しい寝息が聞こえ始めたのを確認して、晶はにこりと微笑んだ。起こさないようにガウンを整え、分厚いタオルケットをミスラの身体にかけた。そっと、はみ出た手のひらを握ってやる。それは、今の晶にとって特別なことじゃない。
     魔法使いの顧客は皆、晶の手のひらは特別だと口を揃えて言う。マッサージの腕はまだまだ修行が必要だが、その掌で撫でられると自然と気持ち良くなってしまうんだ、と。晶は人間で、魔力もないのに。どうして、そのような力があるのか晶自身にも分からない。何しろ、この店で雇われる以前の記憶が、今の晶にはないのだから。
    「何はともあれ、ミスラにも、効果があってよかったな」
     白皙の肌にくっきりと刻まれた濃いクマに、先ほどミスラがぼやいていた不眠の辛さが垣間見える。少しでも、心地良い眠りがあなたに訪れますように。組んだ手のひらを静かに額に押し当てて、晶は小さくお祈りをするのだった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💗💗💗💗
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works