台葬「どうしたの?」
喧騒を極める酒場から少し離れた夜半。外の空気を吸っていたヴァッシュは人の気配を感じて目を移した。そこにはさっきまで楽しそうに飲んでいたウルフウッドがぼんやりといた。あんなに楽しそうにはしゃいでいたのに。今はまるで逆で、夜に溶けそうなくらい静かだった。
「ウルフウッド?」
返事のない彼に声をかけ直しても何も返ってこない。ウルフウッドは黙りこくったままヴァッシュの前を通り過ぎようとする。その足の重いこと、呼吸の荒いこと。ヴァッシュは思わず肩を掴んで止めた。
「君なんか変だよ」
暗闇の中、よくよく見ると荒い呼吸に熱が混じっている。今日はそんなに暑い夜ではないのにじわりと汗をかいて苦しそうだ。
「ウルフウッド?」
「うっさい……ッ、宿帰る」
「帰るったって……」
掴んだ肩を離したら倒れ込みそうなほど不安定な彼を放ってはおけない。体調が悪いのかと聞くと首を横に振る。
「じゃあ一緒に宿まで行こう」
歩き出そうとしたヴァッシュをウルフウッドが止めた。
「……りや」
「え?」
「無理や…………体、あつい」
「は」
「変な感じするから、動かれへん」
サングラスで分からなかったが、これだけ近づけばウルフウッドの頬が生々しく上気していることに気づく。急に甘ったるい匂いがし始めた気がして、ヴァッシュは慌ててウルフウッドを路地裏に引き摺り込んだ壁に押し付ける。
「ぅ……あ、なんや、急に」
「ウルフウッド、変な感じし始めたの何か食べたり飲んだりした後じゃない?」
しおらしく頷くウルフウッドにいつもの威勢はない。さっきよりも呼吸が荒い。ヴァッシュは深く息をついた。
「トンガリ……?」
「ウルフウッド、それたぶん媚薬だよ」
「びやく?」
「うん」
「なんなんそれ」
「あー、性欲を高める薬」
「ぅ、はぁ……どうやったら、治るん」
熱く荒い呼吸を繰り返すウルフウッドは、とにかく解放されたいようで縋るようにヴァッシュの袖を握りしめる。
「……性行為したら、かな」
「せーこうい?」
「簡単に言ったらエッチなこと」
「えっち……」
気怠げに首を傾けたウルフウッドの首筋にはたらりと汗が流れる。ヴァッシュはウルフウッドの回答を息を潜めて待った。
「それ、どうやるん?」
「どうって……抜けばいいだろ」
てっきり抜くからあっち行ってろとか、女を抱きにいくとか、言うかと思っていた。じわりじわりと違和感の気配が寄ってくる。
「抜く……?なにをや」
「なにって……」
ウルフウッドの熱が移ったのか、ヴァッシュの頭にサッと血がのぼる。
「まさか君、したことないの!?」
思わず大きな声が出て、ウルフウッドが肩を揺らす。小さく謝ってどうしたものかと考える。これまでも要所要所で彼の幼い部分を見てきたが、まさかここもか。宿まではまだ距離がある。誰か呼ぶ?いや、それは悪手だ。彼を1人放っては置けないし、なにより……
「うー……あつぅてかなわん」
「ちょ!ウルフウッド!」
熱に浮かされた子供のように上着を脱いで、ワイシャツのボタンをいくつか外しはじめた彼を慌てて止める。ここで何をしようと言うのか。
「とにかく宿まで行こう!」
「いやや、あつい……」
もう限界らしい彼は、大事そうに鼻にかかっていたサングラスも地面に落として囁く。
「とんがり……」
ヴァッシュを呼ぶ声は舌足らずで甘ったるい。今までサングラスで隠れていた目はこれでもかというくらい熱に冒されている。
「もお、むり。どうにかしてや、なあ……」