ポカぐだ♀ / ほのぼのイチャイチャテスカトリポカはわたしのことを好きって言ってくれたけど、その好きはわたしのそれとは違うんだろうなと思う。
いや、一回ね? わたしのこと好きかも……なんて思っちゃったんだけど。うぬぼれちゃったんだけど。
でもほら、相手は神様だし? アステカの全能神って、すっごい神様だし。
好きは好きでも、猫かわいい好き〜とか、いちごおいしい大好き〜とか、そういう感じの好きなんだと思うんだよね。
だってほら、好きになってくれる要素ないでしょ。
戦士とは認めないって言われたし。生きることに執着するとこキライって言われたし。……最後は認めてくれたけど。
たぶんきっと、マスターであるわたしに合わせて「コイビト」してくれてるんだと思う。
けれどもわたしの告白に応えてコイビトになってくれたわたしの神様はとっても律儀なひとで、こんなよわよわな人間相手でもちゃんとコイビトらしいことをしてくれます。
朝は起こしに来てくれるし、ご飯を一緒に食べてくれます。訓練やレイシフトの合間の休憩時間に、わたしのお話にも付き合ってくれるのです。
やさしい……やさしすぎる。
しかもマシュとご飯食べたいなーとか、女子会したいなーって時は、にやりと笑って「楽しんでこい」と送り出してくれるの。
彼を最優先しないと怒るかも……もっとオレ様な感じだと思ってたんだけど、わたしのことをちゃんと尊重してくれるんだよね。
すごっ! これがスパダリってやつですかっ!?
それだけじゃなくて。えぇーっと。その……。
彼は、わたしにキスをしてくれるようになりました。
それも毎日! 毎日ですよ!?
朝は「おはようさん」ってほっぺたに。夜寝る前は「おやすみ」っておでこに。日中も不意にちゅっとしてくるのです。不意のキスは場所に決まりはなくて、いろんなところに。頬もあるし頭のてっぺんとか指先とか……もちろんくちびるにも。
顔を洗って歯を磨いてご飯を食べて、シャワーを浴びてよく眠って。
そういう毎日することの中のひとつに、コイビトとのキ……キスが増えたのです。
これまで事故ちゅーしかしたことなかったこのわたしがですよ!
わぁぁぁ! ここがベッドだったらごろごろジタバタするのに!
好きなひととのキスってほんと素敵で。ぽわーっと夢見心地になっちゃう。
やわらかい、ふにってした感触が。肌に、くちびるに触れて。ちゅっというリップ音とともに離れていく。
くちびるが触れ合う感触だけじゃなくて、きれいな顔が近付いてくるのも、顔にさらさらの髪が触れてくすぐったいのも。近づいて香ってくる煙草のにおいも、顔にかかる吐息の熱さも。くちびるが離れる時のぷるんと震える感覚も。
全部がトクベツで、今まで感じたことのない高揚感と幸せな気持ちをもたらしてくれるの。
うれしいって気持ちがほわーっとからだの奥から溢れてきて。心臓はバクバクとうるさいくらい暴れて。
心もからだも浮足だっちゃって、ふわふわと空の上まで飛んでいってしまいそうになる。
くちびるが触れた感覚がその箇所にいつまでも残っていて、ずっと意識しちゃう。
不意に彼と目が合うと無意識にくちびるを目で追ってしまって。あ、あのくちびるがここに触れんだって、やわらかい感触がリアルに呼び起こされてまたドキドキしちゃうの。
心臓が早鐘を打って、指先までからだが熱くなる。血が巡ってからだ中に活力がみなぎって、世界が輝いて見える。
生きてる! って実感するんだ。
それで、あっ! て気が付いたんだよね。
アステカの全能神であるテスカトリポカは自分を倒した戦士には無上なる支援をするらしいんだけど、やっぱりコレは支援のひとつなんだろうなって。
戦いに手を貸してくれるだけじゃなくて、生きてやるんだって戦うわたしのやる気をめいっぱい高めてくれるんだなって。
だって、そうじゃなきゃわたしにキスする理由が見当たらないもの。
うーん。この神様、サポートが手厚すぎる。
気持ちの種類は違うんだろうなと思いながらも、彼がそうやってわたしを甘やかしてくれるから。ずるいわたしは彼のやさしさに全力で乗っかって、カレシがいる生活を満喫させてもらっているのです。
(***)
発見された歪みの原因を探るために降り立った地は鬱蒼とした森の中だった。スキャンの結果、周囲に敵がいないことはすぐに確認できた。とはいえマッピングはまだだし罠の有無もわからないため、森のエキスパートであるウィリアム・テルが斥候に出てくれることになった。
彼の足音はすぐに消え、あたりは枝葉が揺れる音だけがたまに起きるだけだ。昼間であるにもかかわらず背の高い木々に囲まれ、森の中は薄暗い。
ダ・ヴィンチちゃんは原因はたいしたことないハズだよと笑っていたけれど、本当にラクに解決する時もあれば過去には凶悪な魔術師が潜んでいた時もあった。
ダ・ヴィンチちゃんの予想どおりだといいんだけど……。
雰囲気がおどろおどろしいせいでつい悪い方へと考えが向かってしまう。
「ん」
「えっ?」
一緒に待機していたテスカトリポカの声が耳に入り隣を見上げる。彼はわたしを見下ろしくちびるを突き出していた。
「ええっ!? あっ、うん。ハイ……」
驚きの声を上げたところ眉間に深い皺が走ってしまったので、促されるまま顔を近付ける。
腰を倒してくれてはいるけれど、彼とわたしの身長差では届かなくてつま先立ちしなくちゃならない。伸び上がってから思っていたよりも距離があることに気がついた。
そろりと目の前の肩に手を置いた。
おぉ……わたしのとは全然違う。
わたしとは全然違う骨太さがコート越しからでも伝わってきてどきりとする。
バランスが安定したのを確認して、あごをずいっと上げる。ぷるぷるする足下に力を入れて、やっとの思いでうすいくちびるに触れた。
ふに。
かかとを地面につけたらキスはおしまい。くちびるが重なったのはたった一瞬だけ。たったそれだけなんだけど、わたしの心臓は壊れそうなくらい暴れて顔は火を噴きそうなくらい熱い。
たぶんほんとに一瞬なんだけど、わたしにとっては永遠にも感じる触れ合いなのです。
恥ずかしすぎて彼の顔を見られず前を向く。あれだけぽっちのキスだったけれど、彼は満足したようで。わたしの肩を抱いてリズミカルに指先で肩を叩いてくる。
鼻歌が聞こえてきそうな勢いだ。
と、思っていたら端末のスピーカーから口笛が聞こえてきた。
わぁぁ。コレ、戻ったら絶対にダ・ヴィンチちゃんにからかわれるヤツ……。
テルさん、はやく戻ってきてーっ!
ますます顔を上げられなくなってしまって、視線がずるずると足下まで下がっていった。
そうなんです。テスカトリポカはわたしのコイビトになったのを機にわたしにもキスを要求するようになったのです。
あっハイ。こっちからのキスもそう、毎日です。
おはようのキスにもおやすみのキスにもお返しして、日中の不意のキスにもお返しを求められた時はお返しをします。
お返しとか関係なくても、今みたいに求められたら、キス、してます。
場所とか状況とか、全然お構いなしで。
されるのもだけど、するのもめちゃくちゃ緊張しちゃう。告白の日から毎日しているっていうのに未だに慣れない。
緊張はするけど、でもやっぱりうれしくて。キスしちゃったー! って、天にも昇る心地になっちゃうんだけど。
日本人だしこれまで誰かと付き合ったことないし。もっと言うと大好き愛しいって好きはテスカトリポカがはじめてだし。キスってどうしてもハードルが高いんだけど、神様に要求されたらしなくちゃいけないよねって思うとできちゃうんだよね。
たぶんコレも、テスカトリポカの支援なんだろうなと思っている。
だって今のもきっと、不安で固くなってるわたしをドキドキさせて緊張を解きほぐそうとしたんだと思うの。
どうしよう。急にとんでもない強敵出てこないといいな、でも特異点は解決しないと……ってぐるぐる考えていたけれど、肩に感じるテスカトリポカの腕の重みと包容力で、きっと大丈夫って肩の力が抜けたもの。
うーん。ほんとこの神様、サポートが手厚すぎる。
テスカトリポカにとっては戦士へのサポートだったとしても、わたしからしてみたらやっぱりコレは好きなひととのキスなので。
任務に支障がでないようにと意識しつつも浮かれてしまうのです。
「あん? なんだよ」
ちらりとコイビトを見上げてみたのをめざとく見つけられてしまった。
やっば。わたし、顔めっちゃにやにやしてなかった?
口元に力を入れてくちびるを噛みしめる。
……あ、このくちびるとあのくちびるがさっき……じゃなくって!
「いやぁ、ありがたいなぁと思って」
「はぁ?」
肩を抱いたまま腰を折って、さっきキスしたくちびるが近付いてくる。
うっ……元に戻りつつあった顔がまたあつくなってきた。
「さっ……さっきの。緊張、解そうとしてくれたんでしょ? ありがとう。ちょっと不安だったんだけど、おかげで余計な力が抜けたよ」
どもりながらもへらりと笑ってお礼を言った。なんでもないよ? わかってるよ? といった空気を出してみる。
「はぁ?」
わたしの言葉にテスカトリポカは盛大に顔を顰めた。
あれ? 間違えた?
力抜いてんなよって??
「朝の分だよ」
「え?」
え? 朝?? 朝ってなに???
要領を得ないわたしを見下ろし、テスカトリポカは眉根を寄せ口を歪めた。あわわ、不機嫌な顔だ。
「今朝、キスしてないだろ」
はぁ。朝。キス……
そっ……それかーーー!!
そうだ。今日は鳴り響く警報音に飛び起きて、すぐさま着替えて管制室に急行したから。テスカトリポカとは通路で会って、手を引いてそのまま一緒にレイシフトしたから……。
た……たしかにおはようのキスはしてないですけどーっ!?
え? いやちょっと待って。
おはようのキスするって決まりはないし、そこまでコイビトごっこしなくても……いやわたしはうれしいけど。キス。
なんでそこまで? と目を眇めじいっとテスカトリポカを見つめる。彼は眉間の皺をさらに深くした。
「なんだよ。ヒマなんだからいちゃついたって別にいいだろ?」
えぇっと……?
どうやら、任務中ですけど?って、非難の目だと思ったみたい? もしかして不機嫌っていうより不貞腐れてるのかな??
え? この神様、もしかしてわたしのことほんとに好きなの???
雷に打たれたみたいに衝撃を受けているわたしの耳に含み笑いのダ・ヴィンチちゃんの声が聞こえてきた。
「カレ、拗ねちゃったじゃないか。これはリツカちゃんのあつーいキッスが必要なんじゃない?」
うわぁ、コレ、ぜったい楽しんでる。戻ったらぜったいからかわれるヤツじゃん……。
モニターはないけどダ・ヴィンチちゃんが今どんな顔してるかよぅくわかるよ。絶対にんまりしてるでしょ。
テスカトリポカは腕を組んでうんうん頷いてるし、テルさんは戻って来ないし。
コレ、ほんとにまたキスしないといけない流れになってない!?
よ、よぉーーし! やってやるかぁぁ!!
もうどうにでもなれーっの精神だ。
彼もキス、イヤじゃなかったのかも? むしろうれしかったのかも? なんて考えて、うれしいとか困惑とかいろんな感情が巻き起こってテンションがおかしい。
わたしはふんすと気合いを入れてテスカトリポカの両肩を掴んだ。
彼はおっと目を丸くして、それから少し腰を落としてくれた。
踵を上げて爪先だけで立つ。弧を描くうすいくちびるを見つめているだけでドッドッと心臓が痛いくらい跳ねてしまって、足下が震えてしまう。慌てて目を閉じてめいっぱいあごを上げた。
くちびるを重ねた直後、端末のスピーカーから再び口笛が響いた。
=====================
たぶんテルさんは戻ってきてるけど空気を読んで隠れている。