ポカぐだ♀ / バレンタインナッツ、蜂蜜、黒胡椒にラム酒。抹茶、ホワイトチョコ、コーヒーリキュール。あとは……オレンジピールとか?
チョコのアソートって、どんなものが入っていたっけ?他にもあった気がするなぁ。
キャラメル、ミルク。あとは、うーん……あ!ラズベリー!
浮かんだモノを頭のメモに走り書きする。とりあえず思いつくモノを片っ端から挙げていって、そこからなにを作るか選ぶつもりだ。
なんでって、チョコを渡したいひとは出逢って間もないひとで、まだ好みがわからないから。数撃てば当たる作戦をとることにしたのです。
そのひとの射撃も何回かに一回当たるから、わたしもたくさんある内のどれかひとつは当たるでしょ……って思ったんだけど、これを言うとあのひと、きっと落ち込むから内緒。
そうです。
わたしがチョコを渡したいひとは、アステカの神様でこの前召喚に応じてくれたばかりのテスカトリポカなのです。
さらさらの金の髪を揺らし、そばに立つと煙草のにおいがすこし香るオトナなひと。いつも口元に余裕の笑みを浮かべていて、鋭い眼差しはちょっと怖そうに見えるけど、おにいさんみたいに面倒見がよかったりするひと。めちゃくちゃ強くて頼りになるけど、自分のエイムの下手さに落ち込んでしょんぼりするの。
強くてかっこよくてかわいいって、なんかもう、ずるくない?
そりゃあ気になっちゃってすぐ絆されちゃって頼りにしちゃって。つねに一緒に行動しているうちに、いつの間にか彼の存在がわたしの中でどんどん大きくなっていって。
あ、わたしこのひとのこと好きだなって、ある日気付いてしまったのです。
だったらもう、チョコ渡すしかないじゃない!?
そう。それも、本命チョコ!
あのひと、どんな味が好きなんだろう?やっぱりビターのほうがいいかな?意外と甘いのイケるかも?
厨房の一角で溶かしたチョコを木べらで混ぜながら、ああでもないこうでもないって頭をひねる。甘い香りが漂う中でうんうん唸っていたら変なハイテンションになっちゃって。何が刺さるかわかんないから、たくさん作っちゃえー!って、結局思いついたものぜんぶ作っちゃったんだよね。
厨房の作業台に並べたチョコの多さを見ているうちに我に返って、多すぎても引かれちゃうかな?って、その中から選んで選んで、でもせっかくだしこれは自信作だし……なんて考えて。なんとか16個まで絞ったのです。
その厳選したチョコたちをハート型のケースに詰め込んで、動画を確認しながら四苦八苦してリボンでかわいくラッピングして。
用意しました!バレンタインのチョコアソート!
渡したらどんな顔するかな?喜んでくれるかな?
でも相手は神様だし、貰ってくれないかも……?
彼を探しながら渡した時の反応を想像する。
笑顔を頭に浮かべてどきどき胸が弾んでからだに羽根が生えたみたいに足取りが軽やかになったと思えば、眉間に皺を寄せた顔を浮かべてどんより凍える海底へ沈んでゆくみたいに落ち込んで一歩が重くなる。綺麗にラッピングされた手元の小箱を見下ろし、わたしのテンションはジェットコースターみたいに急上昇と急下降を繰り返すのだ。
いやいや。あのひと、空気読んでくれるから、受け取ってはもらえると思う!
とにかく!戦わないのはらしくないし。度胸だけでも褒めてもらお!
ようやく見つけたテスカトリポカを前に、わたしはにこりと笑みを作った。
バクバクと暴れる心臓をなんとか落ち着かせようと、深呼吸をひとつ。
震える足を叱咤して。頬が引き攣らないよう細心の注意を払って。
決死の思いで差し出した小箱であったけれど、彼は箱をヒョイと取り上げ片眉を上げたと思えば、天気を尋ねるような気楽さで言ったのだった。
「あぁ。バレンタインのチョコね」
「ええっ!バレンタイン、知ってるんだ!?」
彼からバレンタイン、なんて言葉が出てくるとは思ってなくて、ちょっとびっくり。
ええっ?どうしよう。
バレンタインが好きなひとに告白する日って知ってるのかな?それとも知ってるのは名前だけ?どの伝来を知ってるんだろう??
もしも告白する日って知っててこの余裕だったら、好きってバレてるってことにならない?
ええーっ!どっ、どうしよう!?
わたしが脳内でわあわあと大騒ぎしている間に、テスカトリポカはその場でラッピングをバリバリと破きだした。
「貢ぎ物、捧げ物には慣れている。気持ちよく受け取ってやるさ。どれ……」
彼の視線の先には16個のチョコたち。丸かったり四角だったり、どれか刺さりますようにと祈りながら作ったものだ。
わたしはちろりと視線だけで彼の顔を見上げた。彼の瞳はチョコの上をするすると滑る。
水色のまん丸の瞳が何かを捉えたと思ったら、長い指先が真っ赤なハートのかたちのチョコへとまっすぐ伸びていった。
金箔やナッツが載ったチョコでも、まあるいトリュフや弾丸を模したチョコでもなく、真っ赤なソレ!
「あ、」
彼と一緒に箱の中を覗き込んで思わず声を上げてしまった。横目で見下ろされ慌てて口を閉じる。なんでもないよと告げるようにへらりと彼に笑いかけた。彼はそのままチョコへと視線を戻してくれて、ほっとひと安心。
なんてこった。彼が一番に手を伸ばしたチョコはこの中でもいちばん普通の、でもわたしのとっておきだった。
何かほかにも別のフレーバー作りたいな。でもさんざんいろんな種類を作ったもんなぁとチョコ作成中に考えて、長時間に渡って甘い香りの中にいる内にだんだんクラクラしていって、「やっぱいちばんは気持ちじゃない?」と勢いで生み出したブツだった。
心臓は渡せないけど、チョコだったらあげられるし!
本命だって気付いてもらえなくてもいいの。受け取って!わたしの気持ち♡
なあんて、もちろんほかのも気持ちを込めて作ったけれど、これはもう特別どろっどろに気持ちを込めまくったもの。
いっそシンプルに!とカカオの風味が香るだけの、でもかたちはキレイなハート型にできて、エミヤにスプレーガン借りてキレイに食紅をまぶせてつやっつやに仕上がったやつ。
赤いハート型のチョコに黒い爪を持つ指先が触れる。体の中の本物に触れられたように錯覚して、わたしの心臓が大きく跳ねた。
スラリとしたきれいな指先に摘ままれたそれは、そのまままっすぐ彼の口元へと運ばれてゆく。大きな口が開いて、赤い舌の上にころりと落ちる。
ひええぇ!
チョコなんだから当たり前だし、食べて欲しくて作ったものだっていうのに、彼の口の中にそれが消えてゆくのを目の当たりにして動揺してしまう。
なんか、えっちなんですけど!
彼の口からボリボリとかたいものを噛み砕く音がする。
その音はわたしの鼓動と連動しているみたい。どきどきバクバクと心臓がはげしく脈打つものだから、わたしは心臓を押さえるように胸の前で手を組んだ。
ちゃんと美味しくできたかなぁ。喜んでもらえるかな?せめて、不味いと思われなければそれでいいし……。彼の反応を伺うけれど、サングラスが反射して彼の瞳が窺えない。
ハラハラ落ち着かない気持ちでじいっと彼を見つめる。喉仏が上下して、ようやく薄い唇から舌が覗いた。
「甘いな」
ぽつりと呟き指先をぺろりと舐める。余すことなく食べようとしてくれているみたいに見えて胸がざわりとする。
「美味しかった?」
一言だけの感想をどうとっていいかわからなくて、小さく、ためらいがちに尋ねてみた。テスカトリポカの顔を見上げる。彼は少し口元を上げて言った。
「あぁ。悪くない」
彼の言葉にほっと胸をなで下ろす。彼の「悪くない」は、結構いいんじゃない?空気は読んでくれるけど、甘い評価はしないひとだ。
それにいちばんシンプルなチョコで「悪くない」なら、もっと手の込んだ他のチョコのどれかは「お!」って彼の好みに刺さる可能性がありそうだ。
やっぱり数撃てば当たる作戦、よかったかも!
「よかったぁ。
あなたの好みがわからないから、色々作ってみたの。どれか気に入ってもらえたら良いんだけど」
ワンチャンの可能性が出てきて緊張もほどけてきた。ちょっっと余裕が出てきて、これが蜂蜜でこれがコーヒーでねと声を弾ませてチョコの説明をする。
しかしテスカトリポカはわたしの言葉を遮って言った。
「そういうことなら、さっきのヤツがいちばんだな」
「え、まだ他の食べてないのに?」
ひとつだけ食べて断言されてしまった。あと15個もあるのに。
びっくりして彼を見上げる。目が合うと彼は待ってましたと言わんばかりにニヤリと口角を吊り上げた。
「あぁ。気持ちが一番にこもっているだろ?グツグツに煮込んだみたいな、濃厚なヤツ」
きもち。のうこうなやつ。
……うそ。そういうの、わかっちゃうの!?
口元が引き攣らせるわたしを見て彼はケラケラ笑って続けた。
「捧げ物には慣れているって言っただろう?どんな願いが、どんな想いが込められて捧げられたか。察することくらいできるさ。
それに……バレンタイン。色恋沙汰の大市場だろ?別に慌てることも大仰に構えることもない。おまえさんの気持ちは知っているし」
「え!!」
わたしは思わず叫んだ。
あぁバレンタインねってサラッと言っていたのは、わたしの気持ちを知ってたからなの!あいつならチョコ持ってオレのとこ来るだろ?だってオレのこと好きだし。って、最初からお見通しだったってことですか!
かぁっと頬に熱が集まってくる。お祭りだと浮かれた気持ちはどこかへ行ってしまって、どうしよう!バレてた!と心に大恐慌が吹き荒れる。
大混乱のわたしのことなんて気にせず、テスカトリポカは顎に手を当ててにやにやしている。
「オレを想ってこさえた凝ったチョコも、想いの強さも良い。だが及第点だな。
だから、悪くない、だ」
「…………人が神様を好きになるのは、やっぱりダメってこと?」
チョコも想いの強さも良いのに、それで悪くないレベルにしか到達できないなんて、それしか考えられない。だから前からわたしの気持ちを知ってても態度を変えなかったし、そのままにしていたのかな。
……なんだか泣きたくなってくる。
俯くわたしの頭上に、ちがうちがうと呆れ声が降ってきた。
「想いは強いのに願いがない。もらってくれたらそれでいいなんて、望みが低過ぎだろ。
生にしがみつくように強欲になれ。撃ち倒さんと本気で立ち向かって来い」
視界にテスカトリポカのブーツの先が入り込み、そろりと見上げる。思いの外近くにあった彼の顔は、さっきまでのにやにや顔ではなく穏やかな表情を浮かべていた。
彼の指先がわたしの向かって伸びてくる。そのままそれはわたしの心臓のあたりをトンと押した。
「クソ度胸を見せてみろ」
荒っぽい台詞なのに、その声色はやさしくて。まるで、全力で挑んだらその願いは叶うと言っているようで。
彼から目を逸らせないまま、わたしはゴクリと唾を飲み込んだ。
「とはいえ、もらった気持ちのお返しはしないとな。あんなドロドロの濃い気持ちだ。生半可なものでは足りないよなぁ?」
パッと身を引いた彼は、さっきの雰囲気から一転して軽い調子で語り出した。わたしのチョコアソートを片手に、これをモデルにしたチョコを売りまくって慰安所を作るかねぇ。さながらチョコ御殿だと笑う。
背を向ける彼に向かってわたしは慌てて声をかけた。腕をとりなんとか振り向かせる。
「待ってまって!やり直す!やり直したいです!再戦お願いします!!
わたし、あなたのこと、ぐむっ!むーっ、むぐーっ!」
告げようとした言葉は彼の大きな手のひらに阻まれてしまった。わたしの告白は言葉にならず、わたしの中から出ていけない。
煽ってきたのはそっちなのに、言わせてくれないワケ!?
じとりと睨むとテスカトリポカは苦笑いを浮かべた。
「だめだダメだ。ズルはいけねぇよ。
あ。令呪もコンテニューもナシだぜ?またの対戦、お待ちしてます。だ」
弱腰だったわたしも、余裕綽々な彼も、なんだか悔しくてむかむかする!
鼻息を荒くするわたしに、彼は苦笑をひとつ。わたしの耳元に唇を寄せて、低く囁くのだった。
「待ってる♡」
びっくりして見上げた顔は、いたずらが成功したみたいにくしゃくしゃの笑顔を浮かべていて。わたしはかすれた声で「ハイ」と言うだけで精一杯となってしまったのだった。
ナッツ、蜂蜜、黒胡椒にラム酒。抹茶、ホワイトチョコ、コーヒーリキュール。
あれがいいかな?これがいいかな?悩んで悩んで色々用意したけれど。彼にいちばん刺さるものは気持ちだなんて、そんなこと想定外で。
それ以上に、わたしの想いを知っててちゃんと告白してこいと言ってくるなんて、もっともっと想定外で。
クソ度胸、今度こそ見せてやろうじゃないの!
めらめらと闘志を燃やし、わたしは拳を作って天を衝いた。
「来年!来年こそは、勝ってみせるんだから……!」
テスカトリポカさん「は?来年?来年まで待たせるのか?マジかよ…………」