ポカぐだ♀ / ほのぼのイチャイチャ / 8周年記念今年も一年がんばったねって労をねぎらいみんなでお祝いするお祭り。ダ・ヴィンチちゃんの発案で場所は遊園地に決まった。
『遊園地でパーティしようよ! おめかしして、めいっぱい楽しむんだ!』
にっこりと、弾けんばかりの笑顔で告げるダ・ヴィンチちゃんはすっごいかわいい。
もちろんシミュレーションルームに投影させるんだけど、遊園地の貸し切りパーティだよ!
カルデアに来る前だって庶民のわたしにはまったく縁のないことだ。レストランにもアトラクションにも並ばなくてもいいし、人混みで窮屈な思いをすることもないんじゃないかな?
浮世離れした空間でひとときの夢みたいな一日を過ごすのは、毎日神経も命もすり減らして戦うわたしたちにとっていいリフレッシュになりそうだ。
職員のみんなもサーヴァントのみんなも。カルデア中うきうきそわそわと浮き足立っていて、みんなも楽しみなのがうれしくてわたしも胸が弾んでしまう。
このワクワクをわたしもみんなと共有したくてお手伝いするよと言ったんだけど。
『出し物も着るものもこっちで準備するから。キミは任務以外はゆっくり休むんだよ?』
と、やんわり笑顔で制されてしまった。
モルガンも『当日まで秘密です』って目元をやわらかく緩ませて言うものだから。レアな微笑みにどぎまぎしちゃって、じゃあお言葉に甘えて……と、お祭りのことには一切関与せずに過ごすことになった。
遊園地って、絶叫系はあるのかなぁ。ありそうだなぁ。食事はぜったい美味しいよね。
一緒に準備できない分、想像して胸を膨らませる。
着るものも用意してくれるらしいけど、どんなのだろう? アトラクションに乗るだろうし、たくさん歩くだろうし? そう考えて予想した「おめかし」は、かわいいワンピースとか、甘めのトップスにショートパンツとか、動きやすいものだったんだけど。
お祭りの当日の朝に向かったミス・クレーンのアトリエで待っていたのは、にこにこ笑顔のミス・クレーンとハベニャンふたりと、美しいドレスだったのだった。
「おめかし」は最上級の「おめかし」で、想像していたものとぜんぜん違うものだったのだ。
アクティブで、わちゃわちゃ楽しい系だと思うじゃない?
ほんと、予想外! ビックリしたよー!
くるりとターンするたびに長い裾がゆっくりと翻る。
たっぷりの生地が描くドレープはとってもきれいで、光を反射しきらきらと輝いている。
ふたりが用意してくれたドレスは本当に素敵で、まるで舞踏会のお姫様のよう。
全然詳しくないけど見ただけでわかる。すっごい高価な素材をふんだんに使った、縫製も緻密ですっごい時間がかかっている作品だ。
そりゃあわたしだって小さい頃はお姫様に憧れてましたよ?
でもさ、わたしももう夢見る少女じゃなくて、からだは傷だらけで、髪もボサボサで。
こんなに素敵なドレスを着るなんて、わたしにはふさわしくないんじゃないかな? もったいなくない? って思ってしまう。
わたしが気後れするのがわかっていたのかふたりは準備万端で。顕わになった背中に細かいラメの入ったボディクリームを塗ってくれて傷を目立たなくしてくれたし、髪はいいにおいのオイルを付けてきれいに編み込んで、花飾りを付けてくれた。
きれいにお化粧もしてくれたし。いいよ恥ずかしいし! って遠慮しようと思ったんだけど、こういう装いの時は深い色のアイラインを長く引いて、口紅も塗ったほうがいいんだって。
ミス・クレーンがブラシを滑らせるたびにお肌がきらきらと輝いて。リップクリームを塗るくらいしかしたことがないわたしからしたら魔法にかけられたみたいだ。
鏡に映ったわたしの頬は薔薇色、くちびるは落ち着いたピンク色で、睫毛が上がっていつもより目が大きく見える。お姫様は無理でもお嬢様ならいけるんじゃない? と、ちょっと調子に乗ってしまった。
わたしってばチョロい。
いや、だってさ。女の子だもん。きれいなドレスって、やっぱりときめいちゃうじゃない?
ふたりのサプライズはまだまだ続く。ドレスを着てふたりに披露しているわたしの背後にテスカトリポカが現れたのだ。
目を大きく開けて「へぇ!」と笑みを浮かべるテスカトリポカと鏡越しに目が合って、突然長いものを見つけた猫みたいに飛び上がらんばかりに驚いてしまった。
慣れない高いヒールでバランスを崩してしまったわたしを難なく支えてくれたのはやっぱりテスカトリポカで。
こうやってわたしがすっ転ぶのを防ぐために、ふたりがエスコートを頼んでくれてたんだって。
彼もいつもと違って着飾っていて。どこかの貴公子……え? もう一声? お、王子様とか、王様? みたいな。
たしか人前に現れる時はテスカトリポカだってわかるように着飾ってるんだよね。慣れてるからか、着せられてる感がなくて堂々としている。
……うん。すごい、かっこいい。
チャコールグレーのスーツにワインレッドのシャツに髪を結う赤いリボン……その色合いは、もしかしてわたしに合わせてくれてるんですかね……? と、都合のよい解釈をしてしまう装いで。しかも胸にポケットを飾っているお花はわたしの髪飾りと同じに見えちゃう。
え、同じ? やっぱり同じなの??
いやいや、落ち着け、わたし。思い込み・勘違い、ダメぜったい! あとで現実を見て落ち込むんだから。
ふんすと息を吐き、浮き足立つ心を落ち着かせるわたしにクレーンとハベニャンの弾んだ声が届いた。
「おふたり並ぶと、対のようですね!」
「やっぱり合わせて作ってよかったよね~!」
ぴゃんっ!!
勘違いじゃなかった!!
わたしはうれしさが突き抜けて、3ターン行動不能のスタンにかかってしまったのだった。
エスコートって言ったら、やっぱり手を預けるワケじゃない?
ドキドキしすぎていっぱいいっぱいになっちゃって、ふたりで歩くとか緊張でどうにかなっちゃうそうだし、変に汗かいちゃいそう。手汗かいてるのバレるのって、超恥ずかしいじゃない。
そう考えてエスコートは全力で遠慮して、ひとりで大丈夫だから! と一歩踏み出したワケなんだけど。
踏み出した足でドレスの裾を踏んでつんのめってしまって。
「やっぱりお願いしましょう?」
「ボクじゃあエスコートできないしさ」
ミス・クレーンとハベニャンに説得されて、やっぱりテスカトリポカにエスコートをお願いすることになった。
これなら最初からお願いしたらよかったなぁ。一回遠慮しちゃって、申し訳ないし、恥ずかしい……。
裾の長いドレスって初めて着たけど、……ミモレ丈のワンピースは着たことあるけど、地面に裾が付くくらい長いドレスは初めてで。
いつもみたいに大股で歩こうとすると前の裾を踏んでしまうって初めて知った。ゆっくり、静々と歩かないといけないのだ。
パニエがあるから安心? イヤイヤ、ぜんっぜん! そんなことない!
つい背中を丸めちゃうから、前を見る! 胸を張る! と常に意識していないといけないし。
アナスタシアは難なく優雅に歩いていて、すごいなぁと尊敬しちゃう。
そもそもわたしは高いヒールで歩くのが難しくて、大股でのしのし歩いた時には、裾を踏むのが先かひっくり返るのが先かって感じ。
そう、高いヒールっていうのも歩くのほんとうに難しくて。
重心の位置がいつもより前の方にあって、前に倒れてしまうような錯覚に陥ってヒヤヒヤしちゃう。しかもピンヒールだからかかと部分が地面と接するのは点だけで、すっごくこわい。バランスをとるのが大変で脚がぷるぷるする。
生まれたての仔鹿みたいになってしまう。
カルデアには高いヒールで戦うサーヴァントがけっこういる。みんなすごい。尊敬しちゃう。
一歩一歩、慎重に。裾を踏まないように。背中をしゃんと伸ばして。
もう正直、テスカトリポカと手を繋いでいるってドキドキよりも、転ばないように、脚を捻らないようにっていうドキドキで頭がいっぱいだ。
わたしとテスカトリポカの脚の長さは違うし、履いてる靴は違うし、しょうがないのはわかるんだけど。歩いている間に重なった手と手に隙間ができるだけで不安になってしまって。
そうなるたびにぎゅっと手を握り込んで、前を向いたまま叫んだ。
「手! ぜったい、離さないでね!? ぜったいだよ!?」
テスカトリポカは「ハイハイ」と、含み笑いで答える。雰囲気がなんだか楽しそう。
ううぅ、滑稽に見える? 呆れてるのかなぁ。こっちは必死なんだけどなぁ!
ちなみに振り向かないのは顔を動かしただけでフラついてしまいそうだから。振り向かないんじゃない。振り向けないのだ。
歩みはカタツムリですか? ってくらい、ほんとうにゆっくり。会場となっているシミュレーションルームまでの道のりが遠い遠い。
わたしに付き合わされるハメになっちゃって、テスカトリポカさん、面倒に思ってない? 焦れってぇなぁとか、ダル……って思ってない?
このままおいてかれたらどうしよう……。
イヤなことばかり考えちゃって不安になる。
えーん泣きそう……。
「ぜったい絶対、おいてかないでね? 手、離しちゃイヤだからね?」
必死になってお願いする。ちょっと涙声になっちゃって、はたからみたら重い女に見られそう。申し訳ないし恥ずかしいけど、そんなこと言ってられない。わたしにとっては重要で重大な問題なのだから。
冷静になって考えればイラつかせちゃいそうな言動だったけど。彼は怒りもせずに「相変わらずクソ度胸だなぁ」と笑った。
「おいていくかよ。前にも言っただろう?」
問いかけられて足が止まる。
前? なんだろう? こういう状況って前にもあったっけ?
手を繋いでっていうと、メシ行くぞって言って手を引かれたことは何度もある。その時、他になにか言ってたっけ?
天井を見上げてううむと考えてみたけれど該当するものが思い当たらない。
考え込むわたしの顔を覗き込んだテスカトリポカが吹き出した。どうやら口をぽかんと開けていたらしい。
「なに、思いつかないワケ?」
「ご、ごめん……」
目を眇めるテスカトリポカに慌てて謝る。彼はわたしの隣から前に立ち位置を移し、繋いだ手にもう一方の手を置きわたしの手を包み込んだ。
王子様みたいにサマになる動作に魅入ってしまう。
テスカトリポカはわたしの顔を覗き込み、口の端を吊り上げた。
「言っただろう? おまえさんの元に来た時から、最後まで付き合うって決めてたんだって」
「ほあ」
びっくりしすぎて目を見開いて、変な鳴き声が口から出てしまった。
いや、重い。重いですよテスカトリポカさんっ!
こんな、パーティに向かう一時だけのことまでそう決めてたからって付き合っていただかなくてもいいのに……なんて律儀な!
いやうれしいんだけど! めちゃくちゃうれしくてときめいちゃいましたけどもっ!?
不安なんてどっか飛んで行ってしまって、顔に一気に熱が集まってきた。
あっつ!
わたしの様子に満足したのか彼は一つ頷いて、わたしの隣へと居所を移した。
「余計な恐れ、不安は失敗をもたらす。バランスどりのサポートはオレに任せろ。
おまえさんは前を見据え、一歩一歩進むがいい」
喋ったら声がひっくり返っちゃいそうで、コクリと頷きで返す。
手を繋いでいない方の手で胸を押さえ、深呼吸。ドキドキしている心臓を落ち着かせて、小さな一歩を踏み出した。
なんとか無事シミュレーションルームへと到達できて、ホッと一安心。
出迎えてくれたマシュもかわいいワンピースを着てほんとうにかわいくて可憐だし、モルガンはオトナっぽくセクシーで素敵だ。
みんなそれぞれおめかしして、ライトアップした遊園地は舞踏会の会場のよう。
テンションは急上昇だ。
ようし、めいっぱい楽しむぞ!
そう意気込んだのだけれど、予期せぬトラブルに見舞われることになってしまった。
テスカトリポカがわたしの手を離さずずっと隣に居座ったのだ。
「目に涙を浮かべて『絶対離さないで』って、熱烈にオネガイされちまったからなぁ」
約束を反故にはできないよな? と、テスカトリポカが肩をすくめて困ったように笑う。
い、言いましたよ!? 言いましたけど!!
みんなの前でなに言ってくれちゃってるのー!?
わざわざ波風を立てちゃってサーヴァントのみんなが色めき立っちゃって。腕の引っ張り合いとかわたしの隣の取り合いが始まっちゃうし、口笛を吹いて冷やかすひとも出てくるし。
それでもテスカトリポカはわたしの手を離そうとはしないから。
こんなのさぁ、困る。もっと好きになっちゃうじゃん。
シミュレーションルームへ向かう道すがら、テンパっていつもだったら言わないお願い事をたくさんしてしまったし、今日はお祭りって特別な日だし。
もう一個お願いしたって変わらないんじゃない? 許してくれそうな気がするし!
気が大きくなっていたわたしは都合よく考えて、ふんすと気合いを入れる。
繋いだ大きな手をに握る手に力を込めた。バランス崩したのか? って思ったのか、テスカトリポカが「ん?」とわたしを見下ろしくる。
ヒールを履いていつもより近くなったその顔に、つま先立ちして更に近付いて。
みんなに聞こえない、でもテスカトリポカにだけ聞こえるくらいの小さな声で囁いた。
「ずうっとずうううっと、一緒にいてね」
「最後まで付き合う」をさらに拘束・束縛するお願いだ。神様に対してなんてクソ度胸。
言ってからやっぱりしくじったかなぁと少し後悔。
さすがに怒るかな? と彼の表情を窺う。意見とは違うから、殺されないとは思うんだけど……。
テスカトリポカは目をまんまるにしていた。ぽかんと口を半開きにして、レアな表情。
それからぱちぱち瞬いて、ゆっくりと口角を上げ、にんまりと笑みを浮かべた。
あ、笑った。そう思ったのも束の間。
気付いた時にはその顔が、わたしの眼前に迫っていたのだった。
uploaded on 2025/05/06