ポカぐだ♀ / ほのぼのイチャイチャラップランドの森で過ごすクリスマスももうすぐおしまい。トントゥたちやクリスマスマーケットともお別れだ。
レイシフトの準備が整うまでは好きに過ごしなさいと新所長からお許しが出たので、マシュやロウヒ、アビーたちと食べ歩きしたり、ツリー用のオーナメントを買ったりして残りの時間を過ごしていた。
きらきらきれいなツリーを眺めて、美味しい屋台を回って。トントゥたちと歌ったり踊ったりして。
みんなではしゃいで笑い合って、広場で過ごすひとときはまるでひとときの夢のよう。
すっごい楽しかったから、つい考えてしまったのだ。
あのひとと一緒に同じ時を過ごせたらいいのにな……って。
誰って? もちろんあのひとです。
子供受けがいいからってオセロトルの戦士の装束姿になったり、せっかくのクリスマスなのにやっぱり商売のことばっかり考えてるひと。
テスカトリポカとも一緒にクリスマスマーケットを回りたいなぁって、ふと願ってしまったのだ。
一度考えてしまってからはみんなと遊んでいる最中にもずうっと頭の片隅にそれがあって。
テスカトリポカならどういう反応するかな? コレ美味しいって言いそう! とか考えちゃって。
こうなったらもう絶対、一緒に過ごすっきゃないじゃない!?
彼もこの特異点に来ているのに、一緒に過ごせないのはやっぱり淋しい。
みんなとワイワイ過ごすのももちろん楽しいけど、年に一度のイベントだもん。大好きな人とふたりだけで過ごしたいもの。
なので寒さに慣れないと言って工房から出てこないテスカトリポカの腕を引っ張って、「一緒に回ろ?」「お願いお願い!」と、無理矢理広場へと連れ出したのです。
……連れてくることはできたんだけど……。
「あー……クッソ寒ぃ……」
きらきら輝くツリーの下。そこに佇むテスカトリポカは、いつものお腹が見えるインナーにロングジャケットではなくて、羽毛がいっぱい詰まってそうなダウンジャケットを着込んでいる。インナーはもこもこのセーターだし、ボリュームしっかりめのマフラーまで巻いている。
さらには手をダウンジャケットのポケットに突っ込んでいるんだけど、顔を歪めて歯をカタカタと鳴らしていた。
完全防備スタイルなんだけど、それでもテスカトリポカはとっても寒そう。
ポケットにぎゅうぎゅうと手を押し込んでるけど、たしか分厚い手袋もしてたんだけどなぁ。
顔もマフラーに半分を埋め、露出している眉間には深い皺が刻まれすごい顔だ。
鬼の形相ってやつ。神様だけど。
寒いの慣れてないって言ってたけど、慣れないと言うよりも好きじゃないんだろうな。やっぱり中南米の神様だから北欧の寒は堪えるのかもしれない。
ちょっと申し訳なくなって少しでもはやくあたたかく過ごしてほしくて、ホットワイン買いに行こうよと誘ってみた。
でも「動きたくない」ってつっけんどんに言われてしまう。
じゃあ買ってくるからちょっと待っててと言うと、「無理矢理ここまで連れてきておいて、オレを置いて行くのか?」って恨みがましい目で見てくるし。
うぅーん。どうしたものか……寒がってるテスカトリポカ、意固地で困る。
トントゥかここを通りかかった人にあったかいものを持ってもらおうかと考えていたんだけど、あっといいことを思いついた。
震えるテスカトリポカを見上げ、にっこりと笑いかけた。
「ね、耳。こうやって引っ張ってみて?
血行が良くなって、からだがポカポカしてくるんだよ」
わたしは彼を見上げ、自分の耳を二度、三度と引っ張って見せた。
ほら、こう、ぐいーっと。そこそこの力加減で引っ張るの。
耳にはツボが多くて刺激するといいんだよね。寒い時は耳たぶを揉んだり耳を引っ張ったりすると、体の芯からホカホカあったかくなるのだ。
それに耳って結構冷えるから、あったかい手で揉むとホッとするし。
わたしも冬の日の通学の時とか、じっと立って電車待ってるの寒いから、耳引っ張ったりしたものだ。
テスカトリポカが耳を引っ張るわたしを見下ろしてくる。
目を眇めてじっと見てくるけど、あまり興味なさそう。「ふーん」って感じ。
サングラス越しだってわかる。これはきっと、あんまり信じてないなぁ。
「イヤだね」
テスカトリポカは心底イヤそうな顔で言った。ずぶずぶとさらにマフラーに顔を埋めてゆく。
すでに鼻下までマフラーに埋まっていたけれど、今は鼻筋の真ん中くらいまでがマフラーの中だ。
うーん、亀みたい。
「手を外に出さなきゃいけないじゃないか。絶対にイヤだね」
「えぇ……手袋もしてるよねぇ……?」
そう言ってもテスカトリポカはまったく折れない。どことなくいつもより子供っぽい。
これはたしかに外に出て行くの渋るよねぇと思ってしまった。
寒さに震えるテスカトリポカは、神様の威厳、あんまり感じないもん。
「うーん。しょうがないなぁ」
自分でするのがイヤならわたしがしてもいいんじゃない? そう考えてテスカトリポカの耳に手を伸ばした。伸び上がって顎を上げる。
わたしがなにをするつもりなのかわかったみたいで、彼は少し腰を屈めてくれた。さらりと金の髪が垂れる。
おっ。これは、ということは、わたしが耳を引っ張ってることを許してくれるってことだよね?
わたしはさらさらの髪をかき分け彼の耳に触れた。
「うわっ! つめた!」
テスカトリポカの耳はもうビックリするくらいに冷えていた。ダウンジャケットを着込んでマフラーも巻いているし耳は髪に隠れていたけど、それだけでは寒さは防げていなかったのだ。
髪の間から耳を探す。ようやく少し見えた耳は真っ赤になっていた。これはしもやけも心配だ。
まず彼の耳たぶを摘まんでゆっくりと弱い力で押した。何度か押して、血の巡りが良くなるように促す。しもやけ対策だ。
氷みたいに冷たくなっていた耳たぶが少しマシになる。揉んだ感触がふにふにやわらかくなったところで、続いて耳の裏に指先を這わせた。
耳全体を包み込んで、一時的に冷気から遠ざける。
数秒そのままにして、それから髪をかき分け指で梳いていった。
耳を引っ張るとして髪も一緒に引っ張っちゃったら絶対に痛いから、丁寧に髪を払う。なんとか耳の縁だけを摘まんだ。
テスカトリポカみたいに筋肉質で戦闘能力高いひとでも、耳はやわらかくてわたしでも簡単に摘まめるくらいにうすい。あらたな発見だ。
わたしと一緒なんだなぁって、ちょっとうれしくなる。
胸を弾ませて耳を引っ張ろうとしたところで、あっと気が付いた。
そういえばわたし、人の耳なんて引っ張ったことがない。
えぇっと。どれくらいの力で引っ張ればいいんだろう?
とりあえず痛くないように。痛いって言われたらすぐに止められるように。
ゆーっくりと耳を外側へと引っ張った。
髪の間から耳の様子を凝視して、大丈夫かなって確認も忘れない。
ゆっくり引っ張って、もう引っ張れないかな? というところで止めて、三秒キープ。引っ張るの力を緩める。
ぎゅーっと引っ張って、いち、に、さん。ホッと一息。
ぎゅーっと引っ張って、いち、に、さん。ホッと一息。
あれっ? そういえば、テスカトリポカなにも言ってこないなぁ……?
三回くらい繰り返したところではたと気が付いた。
集中が途切れるようなリアクションもないし、ずっとなにも言い出さないこともあって、耳を引っ張ることに集中していた。
今、どんな顔してるかな? イヤがってたりする?
一度気になると止まらない。テスカトリポカの反応を見たくて、ずっと耳に向かっていた視線を顔の方へとスライドさせていった。
「どうかな? あったかくなってき……」
問いかけは途中までで止まってしまって、それきり言葉を発することができなくなってしまった。思っていたよりも近く、息がかかりそうな距離にテスカトリポカの顔が迫っていたからだ。
彼は笑うでもなくイヤがっている様子もなく、わたしのことをじいっと見下ろしていた。
サングラスの奥のガラス玉みたいな瞳がわたしをまっすぐに見つめている。
屈んでくれたことでマフラーに埋もれていた顔が露出していて、瞳に次いでスラリとまっすぐに伸びた美しい鼻梁が目に飛び込んでくる。それを辿ってゆくと、薄くてかたちのいいくちびるに到達した。
寒くて噛みしめていたせいか、くちびるはいつもより赤く色づいている。それはうっすらと開き、わずかに白い歯覗いていた。
「あ……」
この視線、そしてこの距離感。視界いっぱいに広がる彼の顔。
それはまるで、キスされる時みたいで……
うわぁぁぁぁ! なに考えてるのわたしっ!?
ぼぼぼっと顔が急激に熱くなった。耳も首も、なんなら全身汗かきそうな勢いだ。
テスカトリポカは顔を赤らめわたしを見下ろす目を一瞬見開き、それからにんまりと愉快そうに目を細めた。
もこもこダウンジャケットの両腕が持ち上がる。あ、やっぱり手袋してるじゃん、と横目で盗み見ている間に、全身がもこもこで包まれた。
頬に触れるふんわり感……これ、カシミアとかアルパカとか、絶対高いやつだ。
って! てことは、これ、アレだ。テスカトリポカに抱き締められてるってことじゃんか!
「えっ? ちょ、なん……っ?」
耳を摘まんでいた腕は挙がったまま行き場をなくして冷えた空気を掴むしかない。腕どうしようとか、なんで急に? とか、ハグうれしい恥ずかしいとか、いろいろな感情がない交ぜになって落ち着かない。
分厚いからだに包まれて、心臓がトクトクと早鐘を打つ。ますますからだが熱くなっていった。
「腕、首に回せよ」
「あっ、はいっ!」
テスカトリポカに求めに応じ、挙げたままだった腕を慌てて彼の首に巻き付けた。
わたしのからだとテスカトリポカのもこもこあたたかいからだがますます密着する。これで終わりじゃなくて、わたしの背中に回っていた彼の腕がぎゅううっと強く巻き付いて、もっともっとくっついた。空気の通る隙間なんてないくらいだ。
わたしの視界が映す世界はテスカトリポカのダウンジャケットのフードが半分と、さらさらの金の髪、その向こうにきらきら光るクリスマスツリーが見えるだけ。世界がわたしとテスカトリポカだけみたいに感じてドキドキする。
「あ、の……ほんと、突然、どうしたの……?」
テスカトリポカの耳元に囁くように尋ねた。
こぼれた声はわたしの想定以上に甘えたな声で、なんだか恥ずかしい。
テンパるわたしをよそに、テスカトリポカがしみじみと呟いた。
「あー……、ぬくいな……」
「……はいぃ?」
え、なに、そんなもしかして。
わたしを湯たんぽ代わりにしてるってことですかぁ!?
「このほうが効率的だろう?」
「そうかもしれないけどさぁ!」
なんか、ひどい! 乙女の純情をこんなふうに利用するなんて、ひどくない!?
きっ……キスされるかもって思ったのに!
ときめきを返せっ!
むかむかしてきてテスカトリポカから離れようと試みるけれど、腕の拘束が強くて全然抜け出せない。肩を押してもびくともしないし、一歩も後ろに下がれないのだ。
テスカトリポカはもがくわたしを抱き込んで、おかしそうに喉を震わせるばかりだ。
きぃーくやしい!
「まあ落ち着けよ」
テスカトリポカは含み笑いでわたしの背中を軽く叩いた。おかしくてしかたないって声。
顔を見なくてもわかる。絶対悪い顔してる!
彼はその推定悪い顔をわたしの耳に寄せてきた。ドキリと胸が跳ねる。
くちびるが触れるか、触れないか。その至近距離で、彼は低い声で囁いた。
「キスはじゅうぶんあったまったあとで……な?」
「なっ…………」
なっ……なん……………はぁーー???
えええぇぇっ! 考えてたこと、バレてたワケーーっ!?
二の句が継げずわなわなと震えるばかりのわたしのことをご機嫌なテスカトリポカがぎゅっと抱き締める。
「やっぱりおまえさんの熱をふたりで分かつのが一番効率がいいな」
なんかいやらしい言い方するし。
なんだか汗ばむくらいにからだが熱い。そりゃあ効率いいっていわれちゃうワケだ。
くやしいし、恥ずかしいけど。心がふわふわして舞い上がってしまう。
だってやっぱりうれしいのだ。うれしくなっちゃうのだ。キスしてくれるって言われたら。
浮かれてるのを誤魔化すようにテスカトリポカの首めがけて再び腕を伸ばした。巻き付けて、ぎゅうっと抱き締める。
テスカトリポカが笑った気配がした。
あー、うー、これ、バレてるなぁ……。
視界にはテスカトリポカのダウンジャケットのフードが半分と、さらさらの金の髪、その向こうにきらきら光るクリスマスツリー。
クリスマスマーケットを回っても、それもきっと楽しいと思うけど。
世界がわたしとテスカトリポカだけみたいなこの視界はきっと、いつまでも特別で大切な記憶になるんだろうな。
それに、このあとくれるキスも。
トクトク騒ぎ出すこの胸のときめきも。
絶対ぜったい、全部覚えておこう。
心の中で決意を固め、テスカトリポカにより一層強く抱きついた。
uploaded on 2025/05/21