インストラスターとポールダンサー 繁華街の外れにあるフィットネスクラブには深夜だというのに大勢の利用者で賑わっていた。おしゃれなビルの一角にあり、二十四時間営業で昼間には主婦や年配の方、夜には仕事を終えたサラリーマンやOL、深夜の時間には夜の匂いを漂わせた男女が集まる。
都会の流行っているジムらしく、置かれているマシーンは最新式で設備も充実しており、会費もそれなりに高い。
そのおかげで、飲み屋街が近い割に客層も悪くなかった。
「ヴァッシュさん、聞いてる?」
会員の若い女性が、眉を寄せてヴァッシュの名を呼ぶ。ヒップアップをしたいと相談を受けて、トレーニングメニューを見直しをしている最中だった。
「も、もちろん聞いてる聞いてる。えっと、それじゃマシンの負荷を少し増やしてみようか。あと、食事メニューも」
「えぇ、食事も……、我慢したくない」
「無理は良くないけど、少しタンパク質を増やした方が効果がわかりやすくて、モチベ上がると思うよ」
慌てて取り繕って女性会員に向き直るとすぐに機嫌を直したようで、おすすめのプロテインを尋ねられた。ジムで取扱のある商品を勧めれば、ヴァッシュの売り上げにもなる。甘い物が好きだと言っていた女性の好みを思い出しながら、背後の商品棚からいくつか商品を提案すると嬉しそうに勧めた商品を全て購入した。
ヴァッシュはこのジムで一番人気のインストラクターだ。有している資格の多さはもちろん、気さくで話しやすく指導も的確でわかりやすい。老若男女問わずに指名が後を絶たなかった。
事務室に戻ると、ヴァッシュは先ほどの顧客の指導内容と購入品をカルテに記載する。万が一、ヴァッシュ以外のインストラクターが担当になったときに、指導内容に齟齬が出ないようにするためだ。
細々した作業をしていると、耐えがたい睡魔にヴァッシュは襲われる。大きく伸びをしながらあくびをした。
「ふぁぁぁ……、眠い」
「めずらしいな、ヴァッシュ」
エアロビクスのクラスを終えた同僚が、額と首元に汗を垂らしながら事務室へ戻ってくる。グレーのシャツに汗がにじんで濃いシミを作っていた。
「いやぁ、ちょっとハマってることがあって、夜更かししちゃって」
「仕事が趣味ってぐらい、無趣味のお前が? 珍しいな、でも程ほどにしとけよ」
そう言うと、従業員用のロッカーから着替えとタオルを取りシャワールームへと消えた。
最近ヴァッシュは、毎日のように通っている場所があった。
ストリップバーだ。
久々に友人に飲みに誘われ、面白いところがあると無理矢理連れて行かれたのが始まりだった。
「えぇ、興味ないよ僕」
「それがさ、すっごいダンスするダンサーがいるんだよ」
「でも、ストリップって」
「ポールダンス? 棒に身体をまとわりつかせてさ、こうエッチに踊る」
「ほらやっぱり、エッチなんじゃん」
「確かにすごくエッチなんだけど、すっごいんだよ。体幹とか身体のしなりとか、身のこなしとか」
「ふぅん」
「インストラクターのお前が見たら、絶対驚くって」
と半ば強引に居酒屋で酒を酌み交わした後にヴァッシュはストリップバーに連れて行かれた。
少々古めかしい建物の入り口で、入場料を払うと半円のステージが置かれた小さな劇場内に通される。席は自由でヴァッシュと友人はステージが見やすい中央辺りに席を取った。
同じ街で働いているのに、ヴァッシュはこんな場所があることを知らなかった。意外にもヴァッシュ達の年齢に近い若い者も多く、数は少ないが女性客の姿も見えた。
開演の時間が迫ると狭い劇場はあっという間に満員になった。
ショーが始まるが、正直なところヴァッシュの期待に答えてくれるほどのダンサーは出てこない。エンターテイメントとして見る分には、それなりに楽しめるがそれだけだ。
ヴァッシュが不満そうな顔をしているのに気がついた友人が、もったいぶった様子で唇の端を持ち上げた。
「そんなつまらなそうな顔するなって、俺が言ってたすっごいダンサーは最後だから。いつもトリなんだよ」
どうだろうなと、反論しようとしたところでステージに一本のポールが用意された。観客達が、そのポールを見た瞬間にざわざわと騒がしくなる。
皆落ち着かない様子で、ステージへ注目している。つられてヴァッシュも視線をステージへ送った。
クラブのような照明と音楽が流れ、ステージにひとりの人物が登場する。薄明かりの下、レザーの衣装が光を反射して艶めかしい。
「……男?」
ヴァッシュが驚くと、友人は声を潜めて囁く。
「このストリッパーWっていうんだけど、すっごいエロいから」
まさか、男が? 友人の新たな一面にヴァッシュが驚いていると、ステージ上の男性が動く。
しなやかな四肢は鍛えられており、がっちりしているのに筋肉は柔らかに動く。こんなに美しく整った身体を見たのは初めてでヴァッシュは生唾を飲んだ。
ライトが煌々と照らされると、男性はエナメル制のショートパンツに同じ素材の短いジャケットを羽織っていた。ストリップバーらしく肌の露出は高めだ。
腕を伸ばせば、鍛えられた腹筋と形の良い臍がチラリと見え、ヴァッシュは思わず唇を舐めた。
今まで女性ストリッパーのショーを見ても少しもそそられなかったのに、この男性に対してはどうだ。気を抜くと下肢が反応しそうでヴァッシュは腹に力を込めた。
男性ストリッパーが、ポールに足を絡める。ぐっと持ち上がった体と大きく開いた脚に太ももギリギリの内側までが見えそうで、ヴァッシュは思わず前のめりになった。
こんな所を見られてはと、横目でチラリと友人を見ると友人も同じようにステージ上の男に夢中の様子で、ヴァッシュには目もくれない。
ピンと伸びた足はつま先までがまっすぐで、ふくらはぎから太ももまで美しいラインを描く。足先には、十センチ以上はあろうかというピンヒールが履かれており、ヴァッシュはぞくりと背筋を震わせる。
あんなに美しい足とヒールを見たことが無い。あの足に触れられたら、どんな手触りなのだろう。膝の上に置かれた手を知らずにぎゅっと握り込む。
ヒールを履いたまま、ポールを掴んで男がジャンプするとまるで黒猫のような跳躍力でポールの高い位置まで飛び上がり、腕の力だけで天井近くまで身体を持ち上げる。
右足の膝と太ももでポールを挟むと、その一点で身体を反転させる。綺麗な黒髪がさらりと揺れ、美しい切れ長の瞳が覗いた。
鳶色に光る瞳がライトに照らされている。高い位置で身体はキープされているが曲が転調した瞬間に、一気に身体が床に向かって落ちる。
客席から悲鳴が上がるが、地面に髪が触れるかどうかのギリギリの所で落下はピタリと止まり、ゆったりと足を開いて男は地面に降りた。
それからも、ポールに後ろ手で捕まると客席に向かって足を大きく開く。鍛えられた体幹で男性ダンサーの身体は少しも不安定にならない。
真っ白で傷一つない美しい太ももが惜しげもなく晒される。組み替えたり、焦らすように妖艶に身体を動かし続けた。
男性の顔はダンスの激しさも相まって、赤らみ息もわずかに上がっているようで、息をのむほど性的だった。身体を大きく揺らす度に、首に付けられた革製のチョーカーに付けられたチャームが怪しく光った。
こんなに性的なショーをしているのに、身につけているのが十字架モチーフで背徳的でエロさを増しているように思えた。
最後のショーはあっという間に終わってしまった。正直もっと彼のダンスと身体を見ていたかった。
たった一度のショーでヴァッシュはこのダンサーの虜になりこのストリップバーの常連になったのだ。
というわけで、ヴァッシュはここのところ寝不足だった。
身体を動かす仕事をフルタイムでこなして、そのままストリップバーへ通う。
少々仕事が押して到着が遅れたとしても、お目当ての男性ストリッパーはトリなので問題はない。
何度彼のダンスを見ても飽きることはなかったし、一度として同じ演目はなかった。
あまりに官能的なショーに、時折体が誤作動を起こし反応してしまうこともあるが、ヴァッシュは通うのをやめられなかった。
特別なショーの際にはダンサーにチップを直接手渡すことが出来ることを常連になって初めて知った。女性でも履きこなすことが難しそうな、高いピンヒールを履いたままダンサーの男は観客席に降臨する。
ファンも多いようで、あっという間にその男は身体の至る所に、チップを挟み込まれていた。ヴァッシュが狙っていた胸の谷間も、ズボンの隙間も万札で埋め尽くされ、ヴァッシュの所に着たときにはもう余白がないほどだった。
「えっとあの、……僕も君にチップを……」
「ん、おおきに」
「どこに入れたら……」
綺麗に折りたたんだ数枚の万札を手に、ヴァッシュがおろおろしているとそれを見て男が目の前で笑う。
「せやな、ココあいとるで」
そう言って、男は自分の唇をとんとんと叩いて見せた。
にぃと笑った唇の端に、犬歯が見えてヴァッシュはぞくりと震えた。
「わ、わかった」
そういって、ヴァッシュが震えそうな手で折りたたんだ札を男の唇まで運ぼうとして、わざとらしく男は肩を落とす。
「あかんで、そないな野暮は。わいが教えたるわ」
そう言うと、ヴァッシュの指から流れる仕草で札を取りヴァッシュの唇に挟ませる。そのままヴァッシュの後頭部に手を置くとまるで唇を奪うように顔を寄せて、ヴァッシュの唇に挟まった札を奪い取った。
客席から歓声と悲鳴が上がる。
「うわ、……Wがあのサービスしてるの初めて見た」
「えっろ、羨ましい」
騒ぎの中に聞こえる声も、舞い上がったヴァッシュの耳には届かない。
男がゆっくりと離れると、確かにその唇にはヴァッシュが握っていた万札があった。微笑みながら目の前でその札を手に取る。
「おおきに、おにーさん」
良い香りと余韻を残して、Wと呼ばれるダンサーは舞台裏へ消えた。
会員が使用した後のドレッドミルを一台一台丁寧に清拭しながら、ヴァッシュがうっとりとため息をつく。
「はぁはぁ……綺麗だったな」
今日のヴァッシュは、まるで使い物にならない。何か一つ行動をしては夢見るような表情で固まる。同僚がどんなにせっついても、会員に名前を呼ばれてもヴァッシュには届かない。
寝ても醒めても、例のWとのやり取りが頭から離れず、まるで恋でもしているようだった。
「だめだな、あいつ」
「今日の新規会員のカウンセリングとマンツーマンのレクチャー、担当ヴァッシュだろ?」
インストラクター達が噂をしているうちに、受付スタッフがその新規会員を連れてジム内へ現れた。
「本日は、こちらのインストラクターがご希望を確認した上で施設の使い方などをご案内いたします。どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って受付のスタッフは定位置へと戻っていった。
「初めまして、よろしくお願いします。お兄さん、何かスポーツしてます? すごく良い体してますね」
ヴァッシュが使い物にならないと判断したひとりのインストラクターが、仕方ないと仕事請け負う。
「ちいと、仕事で身体使うんで」
「なるほど、それにしても綺麗な身体ですね」
「商売道具やからな、きっちりメンテせなあかんのや」
特徴のあるイントネーションと聞き慣れた声音に、ヴァッシュがはっとして顔を上げる。
いつもストリップバーの薄暗い照明とギラつく照明の下でしかその姿を見たことが無かったが、それがストリッパーWだと一目で解った。
「ままままままま、まって! その会員様は僕が対応するからっ!」
ヴァッシュがふたりの間に割って入る。
「ん? あぁ、おにーさんや」
会員がどうやらヴァッシュの知り合いだとわかると、インストラクターもあっさりと引き下がり二人きりになる。
新規会員の個人情報が書かれたカルテを手にしたヴァッシュは、同様を隠せず吃りながら名前を呼んだ。
「あ、あの……えっと、お名前はウルフウッド……さん」
「Wでもええで」
そう囁くウルフウッドの表情が、ステージ上で見せる妖艶な顔そのままでヴァッシュは思わずしゃがみ込んだ。
「ぐっ……、うぅ」
「なんや、勃ってもうた?」
「な、なんでそれをっ」
「おにーさん、いつもわいのショー見て固とうしとるやろ? ステージからバレバレや」
「えぇ、そうなの?」
「でもな、その目で見られるとごっつ燃えんねん。これからも頼むで」
と、色気たっぷりに囁かれヴァッシュの劇場通いはまだまだ続くのだった。
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フィットネス用の薄く伸縮性に富んだ上下黒色のスポーツウェアに身を包んだ男が、運動の前の柔軟体操をしている。
手足はすらりと長く均整の取れた四肢に、筋肉がバランス良くついている。前屈をすると、身体が綺麗に半分に折れ顔が太ももにくっつく。
大きく伸びをして、足を開きアキレス腱を伸ばす。
スパッツをはいた太ももがぐっと伸びて、大腿筋がしなやかに伸びる。内ももには、筋肉の上に薄く脂肪が乗っていて男性の身体なのに、柔らかそうに見えて官能的だった。
床に座って大きく足を開くと、長い足はほとんど真横に開く。しっかりと股関節を解しながら、上半身をぺたりと床に倒す。
美しくしなやかな身体は、黒豹のようでヴァッシュは仕事中にも関わらずその様子に釘付けになった。他の会員も同じようでいつの間にかストレッチルームには遠巻きにギャラリーまで出来ている。
ヴァッシュも慌てて首を振って、観客と化していた会員達へ声をかけた。
「み、皆さんも準備運動しっかりして下さいね、怪我しちゃいますから」
わざと明るい声を張り上げると、はっとしたように会員達はそれぞれ目的の場所へ散った。
ストレッチルームでは、ヴァッシュが自分を見ていた事に気がついていたらしい、ウルフウッドが床に大きく開脚したまま視線を向ける。
ふたりの目線がかち合い、ヴァッシュは思わず息をのむ。ウルフウッドは、開脚した両足をまっすぐ伸ばしたまま持ち上げて、ゆっくり閉じてクロスさせた。
まるでショーのワンシーンのようで、ヴァッシュは生唾を飲む。慌てて周囲を見渡すが、観客は自分だけのようでほっとしてストレッチをしているウルフウッドへ駆け寄った。
「ちょ、ちょっと……ここで、あの、ステージみたいなことしちゃ駄目ですよ」
「あん? 普通に準備体操しとっただけや。ちゃんと服も着とる」
「そ、そうですけど……なんかこう、……だなって」
「なんや、聞こえへん」
「え、えっちだなって」
「こんな場所でそんな風にわいのこと見とるん? にいちゃんすけべやなぁ」
座り込んでいたのに、猫のようにしなやかにジャンプして立ち上がる。大きく手を伸ばし伸びをすると、薄手のシャツが胸筋のラインをくっきりと浮かび上がらせ、ヴァッシュはまた目のやり場に困る。
顔を赤くして視線を泳がせるヴァッシュにウルフウッドは笑いながら目の前肩をぽんと叩いて、マシーンルームへ消えた。
あれから、ウルフウッドはこのジムがすっかり気に入り常連になった。美しくかっこいい会員が入会したと、利用者の中でも噂になっているのはヴァッシュの耳にも届いている。
ウルフウッドが動くと、フィットネス内の視線が動く。
高めの会費が影響しているせいか、あまりにもストレートで不躾な視線を向ける者は少ない。
しかし、立地と二十四時間営業の影響もあってか、夜の仕事をしている客も多い。仕事柄か、自分の容姿に自信があり行動力もある。
中には当然ウルフウッドに興味を持つ者もいる。あれだけ魅力的なのだから、仕方が無いと思いつつもヴァッシュはそれが気になって仕方が無い。
フィットネス内でのナンパが禁止されているわではないが、他の会員に迷惑になるような行為であれば止めなければならない。
もちろん、相手がウルフウッドに限らずだ。
利用者の相談に乗りつつも、ヴァッシュの意識はずっとマシーンルームへ向けられている。ガラス張りで、向こうはよく見えるが声は聞こえない。
黙々とウルフウッドは、マシーンで身体を鍛えていた。
ポールダーンサーらしく、美しくしなやかな身体をキープするために負荷は軽めで回数をこなす。
ヴァッシュとふたりで相談して決めた方針を、ウルフウッドは継続しているようだ。インストラクターとしての自分を信頼してくれているようで少しヴァッシュは嬉しくなったが、それ以上にウルフウッドは身体を鍛えるための知識も十分に備えていた。
自己流であの美しい身体を作り上げるのは、至難の業だ。きっとかなり専門的に学び努力をしてきたのだろう。
「ヴァッシュさん?」
名前を呼ばれて、ヴァッシュは慌てて会員へ視線を戻す。目の前に居るのに、その向こうのウルフウッドにすっかり釘付けになっていた。
名前を呼ばれ、びくっとした情けない瞬間をウルフウッドに見られていたような気がして、ヴァッシュは再度耳がかぁっと熱くなる。
「あぁ、ごめんね。えっと今日は、有酸素運動をがんばってみるかい?」
カルテを慌ててめくり、仕事に集中した。
時刻は、夜の二十時を迎える。
そろそろ会社帰りのサラリーマンやOL達がジムを訪れる時間で、受付やマシンは混み始める。
これからが仕事の時間になるウルフウッドは今日のノルマをしっかりこなして、シャワールームにいた。
ワークルームと反して、この時間のシャワールームには人がほとんどいない。
シャワールームも清掃業者が毎日、朝昼晩と隅から隅まで綺麗に掃除を行っているため、清潔で明るい。このジムが人気である一つの理由でもあった。
アメニティグッズも各種取りそろえられている。
館内を見回ることも、インストラクターの大切な仕事の一つだ。運動後、急な体調不良に見舞われる事もある。
疲労、怪我、無理な運動、理由は様々だが誰にでも起こりうることだ。
だから、ヴァッシュが今ここに居るのも、仕事の一環だと自分に強く言い聞かせシャワールームの扉を開いた。
扉の奥には、個室のシャワールームが左右に分かれて並んでいる。ジム館内に比べると、湿度が高く湿った空気がヴァッシュの頬に当たる。
空調がしっかりと動いているため、不快感は少ない。
倒れたり、具合が悪そうにしている人や困った会員はいないかをさっと目視して回る。
客層が良いため、あまり大きな問題が起きたことはないがトラブルや犯罪防止のパトロールの意味合いも、この見回りには含まれていた。
さっと見て回ったところで、大きな鏡の前で髪を乾かすウルフウッドをヴァッシュは見かけて足が止まる。
さっきまで運動していたときに着ていたスポーツウェアとは違い、ラフなゆったりとした黒いズボンを履いている。上半身はまだ何も身につけておらず、タオルが肩からかけられているだけだ。
バスタオルにはやや小さく、ハンドタオルには大きい。いわゆる、スポーツタオルと呼ばれるサイズのタオルは肩からウルフウッドの胸元を隠すがきゅっと引きしまた腰は露わにしていた。
細い腰に対して、ゆるめにはかれた黒いズボンがずり落ちそうに見えて、ヴァッシュはその後ろ姿から視線を動かせない。
漆黒の艶やかな髪に、ドライヤーを当てるため手を伸ばすとタオルの下で背中の筋肉がしなやかに動くのが見える。
いつものストリップバーの薄暗い照明とは違い、シャワールームは煌々と明るい。そんな中でも、ウルフウッドの背中にはシミ一つさえなく、白くなめらかでヴァッシュの喉が鳴る。
左手は後頭部に当てられ、項からかき混ぜる様に髪を持ち上げ風を当てる。身体がしっかりと鍛えられている分、首筋は随分と細く見え扇情的だった。
たっぷりと、ウルフウッドが髪を乾かす十分近くの間ヴァッシュはその背中を堪能してしまった。
慌てて周囲を確認するが、他の会員はいない。ほっと胸をなで下ろして、最後にもう一度彼の背中を目に焼き付けようと顔を上げたところで、鏡越しにウルフウッドの視線とかちあってしまう。
にっとウルフウッドが、綺麗で薄い唇を持ち上げて笑う。犬歯がちらりと見えて、背筋にぞくぞくと痺れが走る。
その表情に、ヴァッシュは自分がずっと彼の背中を見つめていたことを知られてたのだと悟り、顔を真っ赤にした。
鏡越しに、視線を合わせたままウルフウッドが、黒いズボンの腰に手を当てる。
人差し指をくっとウエストのゴムの部分に当てると、くいと後ろに下げる。周りに人が居ないとはいえ、ヴァッシュは上がりそうになった声に、思わず口元に手を当てた。
ウルフウッドの尻が半分ほど見えたところで、彼の履いている下着がジョブストラップタイプだとわかり、ヴァッシュはその場にうずくまる。
素直な下半身が、反応してしまったからだ。
その様子見たウルフウッドが、ズボンを引き上げてくるりと振り返り、楽しそうに声上げて笑う。
「にーちゃん、ほんまおもろいやっちゃな。今晩、新しいプログラムお披露目やねん。気に入る思うから、時間あったら来いや」
そう言いながら、手を振りながらウルフウッドはロッカーへ消えた。
ヴァッシュは、うずくまったまま声も出せずに何度もウルフウッドへ向かい頷いた。
今日は何がなんでも定時で上がらなくては。その前に、何とかコレを落ち着けなければ。
と、ますます元気になる下肢にまゆを寄せるが、ヴァッシュの脳裏に焼き付いた白くなだらかな双丘は消えてくれそうになく時間がかかりそうだった。