恋人の日 予定時間より少し早い時間に鳴ったチャイムに、DVDプレイヤーを操作していたヴァッシュは立ち上がった。合鍵を持っているのに必ずチャイムを押してから入ってくる律儀な恋人に笑みがこぼれる。リビングの扉を開けてすぐのところにある玄関がひとりでに開き、恋人であるウルフウッドが入って来た。
「おかえり、ウルフウッド」
「……お邪魔します」
「そこは『ただいま』だろ?」
「いや、おかしいやろ。まだワイの家ちゃうわ」
まだ、という事はいずれは一緒に住んでくれるんだという事実にだらしなく頬が緩む。ウルフウッドが怪訝な表情をしているが、それにはなんでもないと答えた。未だ玄関に立ったままの彼に家に上がるよう促したところで、ウルフウッドが赤い花束を持っている事に気が付いた。いつも黒ばっかりの彼が持っている目立つ赤色に、どうやらヴァッシュは久しぶりに会った愛しい恋人以外は何も見えていなかったらしい。
「それ、薔薇?」
「気付くん遅いで」
最初から隠す事なく持っていたのに、なんで気付かないんだと呆れながら手に持った花束をヴァッシュに突き出した。
「やる」
ぱちり、とヴァッシュが目を瞬かせる。この家に来る前に孤児院に寄るという話をしていたので、てっきり彼を慕う子供達から貰ったものだと思ったのだが、どうやら違うらしい。突き出された花束を見る。真っ赤な薔薇が4本、綺麗にラッピングされている。
突然の事にヴァッシュの脳がフリーズする。別に彼からプレゼントを渡された事はあるが、誕生日や記念日を除くと初めてだ。いつもはヴァッシュが彼にプレゼントを渡しているのが常である。別にその事に不満はなく、ヴァッシュのこれはただの`貢癖なのでお返しが欲しいと望んだ事はない。
「さっ、さっさと受け取らんかい」
一向に受け取らないヴァッシュに業を煮やしたウルフウッドが花束を押し付けてきた。花が潰れてしまいそうな勢いに慌てて受け取ると、それを確認したウルフウッドは靴を脱いで家に上がった。そのままヴァッシュの横を通り抜けてリビングに入っていくのを、玄関の鍵を閉めてからヴァッシュも続く。
一足先にリビングに入ったウルフウッドは勝手知ったる他人の家と、既にソファに座って寛いでいた。ヴァッシュも彼の左隣に座る。ウルフウッドの顔を覗き込もうとしたら体ごとそっぽを向いてしまった。
薔薇は色と本数によって花言葉が変わる。ウルフウッドの事だから、あらかじめ花言葉を調べたか、もしくは知っていてあえて色と本数を選んだに違いない。現に顔を背けているウルフウッドの耳は真っ赤に染まっている。
「ありがとう、ウルフウッド。凄い嬉しいよ」
いつもの煙草の匂いと微かな薔薇の香りがする彼を抱き寄せ、柔らかい黒髪にキスを一つ。真っ赤な耳に口を寄せ、ヴァッシュは低い声で囁いた。
ね、こっち向いて。キスしよう。
赤い薔薇の花言葉は「愛情」「美」「情熱」「恋」。4本の薔薇の花言葉は「一生あなたを愛し続けます」。