陽炎の向こう側① 遠くで誰かの声が聞こえる。
(ここはどこだ……)
つぶやいたつもりだったが、それは音にならなかった。
周りを見渡そうとしても、身体が言うことをきかない。諦めて見える範囲から状況を判断しようとするも、元々薄暗いのだろう部屋は、全体に靄がかかったようで数センチ先ですらよく見えない。
感じるのは座る床の冷たさと、預けた背に触れるガラスの感触、カビた空気に混ざるオイルの臭い。そして、顔や体中に走る軋むような痛みと口内に広がる鉄の味。
何から何まで不快な要素だらけのはずが、妙に懐かしく心地良い。
声が聞こえる。
「――……すか?」
何を言っているかはわからない。ただ、自分の鼓動がドクリと大きく打つのを感じた。
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