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    タイムリープの後遺症で変わっていくタケミチとそばにいるイヌピーの話
    ・付き合ってるイヌ武
    ・最後の世界線
    ・TLの設定捏造

    #イヌ武
    inuwake

    こぼれた雫のすくい方① ピピピ……ピピピ……。

    「……ん」
     身動ぎし、頭上のヘッドボードに手を伸ばす。携帯電話を手に取り、しつこく鳴り続けるアラームを止めると、再度ベッドに身を沈めた。
     しばらく離れがたいそのあたたかさを堪能すると、よしと思い切って起き上がる。冬の朝は、布団から出るのに気合がいるのだ。隣に愛しい恋人が寝ているならなおさら。
     そっとベッドから抜け出す。
    「おはよう……」
     背後からの声に振り向くと、恋人が寝ぼけ眼でこちらを見ていた。
    「わりぃ、起こしたか」
    「ううん。オレも起きる」
     そう言いながらもまだ眠いのだろう。のっそりとした動作で起き上がるも、目はほとんど閉じている。
     そんな様子がかわいらしく、笑みが零れる。ベッドに乗り上げ、その顔に触れると、額にやさしくキスを落とした。
    「おはよう、タケミチ」

     洗面所で顔を洗い、歯を磨き、そのまま部屋に戻って着替える。仕事に行く身支度を整えると、リビングに向かった。
    「はい」
     武道がコーヒーカップをダイニングテーブルに置く。テーブルの上には、すでにトーストとスクランブルエッグが用意されていた。
    「ありがとな」
     いつもの定位置である席に着き、用意してもらった朝食に手をつけた。
     
     朝食を終え、出掛ける準備をする。
    「今日は遅くなりそう?」
    「いや。でも、遅くなりそうなら連絡する。オマエは?休みだよな」
    「うん。マイキー君とドラケン君が今休みだから会ってくる」
     それを聞いて、少し眉間に皺が寄る。
    「オマエそれ、帰してもらえるのか?」
     マイキーこと佐野万次郎は、プロのオートレーサーだ。チーム専属メカニックの相棒、龍宮寺堅とともに全国を周っている。武道のひとつ上で、武道とは小学生からの幼馴染。マイキーが立ち上げた暴走族チーム東京卍會でも、総長と総長代理という立場で隣に居続けた。
     この幼馴染の二人には、他人に入り込めない特別な絆がある。マイキーの武道への執着は強く、周囲には「オレのタケミっち」と言って憚らないほど。
     そんなマイキーだ。当然俺と武道の交際を良く思っていない。武道に会えば離そうとしないし、隙あらば別れさせようと口出ししてくる。短気な俺はつい手が出そうになるが、〝無敵のマイキー〟と喧嘩にならないよう、いつも慌てた武道が仲裁していた。
    「あっはっは。大丈夫だって!」
    「ホントかよ。アイツ絶対離さねぇだろ」
     自信満々な顔をジト目で見る。
    「大丈夫。オレが一番マイキー君のことわかってるからさ!」
     胸を張って、さらに自信満々に返される。そんなことに自信を持たれるのは正直面白くない。胸の奥がモヤモヤする。
    「オマエのこと一番わかってるのは?」
     胸元の服をキュッと握る。自分でも情けない顔をしているだろうことはわかる。女々しくとも、聞かずにはいられない。
    「青宗君に決まってるだろ」
     安心させるように笑うと、武道はぎゅっと抱きついた。そして、すぐに離れ俺の体を後ろに回す。
    「ほら、そろそろ出ないと遅刻するよ!」
     そう言いながら、俺の背中を押す。その力に逆らわず、俺は玄関へ向けて歩き出した。
    「じゃあ、行ってくる。早く帰るから」
    「うん。オレもちゃんと帰るよ」
     コクリと頷き、扉を開ける。冷たい風が家の中に侵入し、思わず首を竦めた。
    「いってらっしゃい。仕事頑張って!」
    「ああ、いってきます」
     笑顔で手を振る武道に、小さく手を振り返し、家を出た。

     小正月が過ぎ、正月気分も抜けて日常が戻ってきた一月下旬。冬の寒さはピークを迎えようとしている。職場まではそれほど遠くないが、やはりバイクだと風を受けるため、しっかりとした防寒対策が必要だ。
     マンションの下に停めてあった愛車を前に、グローブを嵌め、ヘルメットを被る。不良をやっていた頃は、ノーヘルで乗っていたこともあるが、今は引退した一般人だ。それに、俺に何かあれば悲しむ人がいる。そいつを悲しませないためにも、ずっと守り続けるためにも、簡単に死ぬわけにはいかない。そのため、現在はちゃんとルールに則った乗り方をしている。
     バイクに跨り、エンジンを吹かして、走り出す。急がなければ。すでに時間はギリギリだ。

    「おはようございます。真一郎君」
     裏口から店に入ると、姿の見えない店主に挨拶をする。
    「おう、青宗。ギリギリだぞー」
     奥の部屋から顔を出したくわえタバコの真一郎君が、茶化すようにししっと笑う。
    「すみません。ベッドから出たくなくて」
     正直に答えながら奥の部屋に入る。荷物をロッカーに放り込んで、上着や防寒着も脱いではロッカーに仕舞っていく。
    「はは、わかるぜ。寒いと布団が恋しくなるよなぁ」
     そう笑った真一郎君は、ふと目を伏せる。
    「……ホントなら人肌で温められたいもんだが」
     寂しそうに呟く姿に、何があったかなんて容易に察せる。
    「またフラれたんだ」
     どうやら真一郎君の告白連敗記録がさらに更新されたようだ。といっても、真一郎君にはよくある話なので、大して興味はない。淡々と仕事着であるツナギへの着替えを進める。
    「うるせぇ!このモテ野郎が!美形はいいよなぁ⁉」
     その態度にキレた真一郎君が八つ当たりを始める。
    「別にモテねぇけど。まあでも、人肌なら事足りてる」
     ベッドの中で抱きしめた時の恋人のぬくもりを思い出し、思わずニヤけてしまう。
    「朝っぱらからノロケてんじゃねぇ」
     真一郎君の怒りの回し蹴りが、着替え終わった俺のケツに炸裂した。

     俺は乾青宗。現在バイクショップ「S・S MOTORS」で働いている。店主は俺の憧れ、佐野真一郎。かつて日本一の暴走族チーム初代黒龍ブラックドラゴンを率いた伝説の総長だ。小学生の頃に出会い、真一郎君の店に出入りするうち、その人柄や黒龍というチームに憧れていった。
     中学に入った俺は、真一郎君の義弟である八代目総長黒川イザナの誘いもあり、黒龍に加入した。そして、十代目黒龍特攻隊長として活動していた時、東京卍會で総長代理をしていた花垣武道と出会ったのだ。ボロボロになりながらも立ち向かう武道の姿が真一郎君に重なり、俺は心を奪われた。
     その後、東卍・天竺との戦いで東卍が勝利し、黒龍は東卍の下につくこととなる。配下に入った俺がお前に命を預けると武道に告げると、武道は驚きつつも、よろしくと笑顔で手を差し出した。
     ある時、過去に家で起こった火事から俺を助け出してくれたのが武道だということが判明した。ずっと感謝していた、いつか会いたいと思っていた相手が、自分が惚れ込んだ男だった。敬愛の感情が恋愛感情に変わるのに、そう時間はかからなかった。
     だが、武道は同級生の橘日向に思いを寄せていた。にも関わらず、以前告白してきた橘を振ったらしく、理由を聞くと「今はまだ他にやることがあるから」と語った。〝今はまだ〟と、それはつまり、いずれは橘の思いに応えるということだろう。なら、チャンスはその今しかないと思った。
     黒龍と天竺を吸収した東卍は、実質日本一のチームとなった。残党や小規模対抗勢力との抗争・交渉を重ね、全国制覇まであと一歩。おそらく仲間としていられる時間はそう長くない。限られた時間の中で、ひたすら武道のそばで自分の存在感を高めるよう立ち回り、結果彼の背中を任せられるほどの信頼を勝ち取った。
     東卍が全国制覇を成し遂げ、マイキーが解散を宣言した日、俺は武道に思いを告げた。「しばらく考えさせて」という言葉を快諾し、代わりに俺もそばに居続けることを了承してもらった。考えるということは脈があるはずだ。俺はそれから、何度も愛を伝え続けた。
     そして、およそ二年後の俺の誕生日。武道からの一番嬉しいプレゼントを貰い、ようやく俺の思いは結実した。
     そんな俺ももう二十七歳、付き合いだして今年で十年になる。武道の同級生が就職する時に、俺達も新生活をと始めた同棲もそろそろ三年。不良をしていた頃のような刺激がある日々ではないが、何の変哲もない、ただ武道と一緒にいるだけの日常が、とても愛おしく幸せだった。

     仕事を終え、帰り支度をする。定時で終わったが、一応「今から帰る」と連絡しておく。武道はマイキーから解放されただろうか。
    「なあ、真一郎君。今日マイキーから何か連絡あった?」
     真一郎君とマイキーは実の兄弟だ。マイキーは十歳離れた兄をとても慕っている。俺が真一郎くんに憧れてここで働いていることも、マイキーが俺を気に入らない理由のひとつだ。お互い大切なものが同じなだけに、折り合いが悪いのだ。
    「ああ、なんかエマに飯用意してるから堅と一緒に帰って来いって言われたってさ。あんまりうるせぇから帰ることにしたみてぇだぞ。よかったな」
     真一郎君が俺を見て、お見通しとばかりにニッと笑う。
    「そうか」
     どうやら武道は、マイキーが妹に弱いことを利用して協力を依頼したようだ。となると、エマの夫であるドラケンもグルの可能性が高い。あのマイキーを動かせる数少ない人物のうち、二人の協力を得ているなら、今朝の武道の自信満々な態度にも頷ける。
    「いつも万次郎が悪いな。いつまで経ってもタケミっち離れができねぇんだよなアイツは」
    「ホントにな」
     そうは言っても、あいつ等が離れられない理由も理解はしている。決して他人には理解できない秘密を共有する、唯一無二の存在なのだから。
    「じゃあ、おつかれさまです」
    「おう、おつかれ。気を付けて帰れよ!」
     扉を開けると、キンっと痛いほどの風が肌を刺す。朝も寒いが、やはり日が落ちてからの寒さは格別だ。店の裏手に停めてある愛車を前に、一度携帯電話を開く。特に武道からの返信はない。武道は、俺があいつに対して、かなり心配性なことを知っている。だから、俺が連絡すると仕事中以外は大抵すぐに返事が来る。本当に帰っているのだろうか?胸の奥に小さな棘を残したまま、帰宅の途についた。

     住んでいるマンションの前に着き、一旦バイクを止める。見上げると、自宅からは明かりが漏れていた。どうやら武道は帰っているようだ。ほっと胸を撫で下ろして、駐車場に向かった。
    「ただいま」
     中にいるであろう恋人へ向けて、声を掛けながら靴を脱ぐ。廊下を抜けてリビングに続く扉を開くと、こちらに顔を向けた武道と目が合い、再度笑みを添えて「ただいま」を告げる。
    「え」
     どうしたというのか。呆けた顔で、ただでさえ大きな青い瞳をさらに大きく見開いている。
    「え……?なんでイヌピー君がここに?」
    「は?」
     一瞬思考が止まる。
    「何言ってんだ?」
     ドクリと鼓動が大きくなり、早鐘を打つ。
    「ここって、イヌピー君の家なんですか?」
     急に何を言い出すんだこいつは?
    「一緒に住んでるんだから、オレ達の家だろ?」
    「え一緒にって、オレとイヌピー君が」
    「当たり前だろ!」
     先程残った棘が質量を増して、さらに深く突き刺さっていくようだ。胸がざわざわして、掻きむしりたい衝動に襲われる。言ってる内容はもちろん、もうひとつどうしても気になることがあった。
    「なあ、なんでその呼び方なんだ?」
    「へ?何が?」
     付き合う前に呼ばれていたその愛称は、ここ十年武道の口から直接は聞くことのなかったものだ。
    「イヌピー君はイヌピー君でしょ。ずっとそう呼んでるじゃないスか」
     驚愕に目を見開く。なんだ?どういうことだ?一体何が起こってる?頭の中が混乱して思考がまとまらない。
    「おい、さっきからなんなんだよ。オレが何かやっちまって怒ってんのか?それならはっきり言ってくれ!」
     わからないから、問い詰めるしかできない。
    「いや、別にそういうわけじゃないスけど……」
    「じゃあ、どういうわけだよ」
    「それは……」
     どう話すべきかわからないというように、目を伏せ口籠る武道の様子に嫌な予感が走る。
    「もしかして、別れたいのか?」
     こんな言葉、本来一生口になど出したくなかった。
    「わ、かれる?」
    「それで、そんな何もなかったみてぇな態度で距離置こうとしてんのかどうなんだよ、タケミチ」

    「……イヌピー君、オレのこと名前で呼んだことありましたっけ?」
     
     目を丸くした武道が放った言葉に、俺の理性は霧散した。
     武道の胸ぐらを掴んで、激しく壁に叩きつける。
    「ぐっ、なに」
     何か言おうとするその唇を己の唇で塞ぐ。
    「んむ……ちょ、やめっ!」
     顔を捩らせ逃げようとする武道に苛立ち、指を突っ込んで口を抉じ開けた隙に、無理矢理舌を捩じ込んだ。
    「んっ!」
     なおも逃げようとする舌を追って、強引にすり合わせる。何度も角度を変えて、激しく呼吸を奪うように絡ませると、武道の息があがり抵抗は弱まった。
     胸ぐらを掴んでいた手を離し、両手を武道の頬に添え、今度はゆっくりと舌を差し入れた。快感を引き出すように、舌先でやさしく上顎をくすぐり、丁寧に歯列をなぞっていく。時折漏れる武道の鼻にかかった甘い声と熱い吐息が身体の熱を上げていく。角度をつけ、奥まで侵入させた舌を深く絡ませる。離した唇を再度合わせようとした瞬間、脱力していたはずの武道の手が俺の体を押し止めた。
    「やめ、ろって……言ってんだろ」
     ガッ。
     武道の拳が俺の左頬を打つ。
    「……ってぇ」
     思わずたたらを踏むが、なんとか踏み止まる。体勢が悪かったこともあり、そこまで強い力ではなかったが、油断していたところへの衝撃に、少し口内を切ったようだ。
    「なんでこんなことするんスか」
     涙目の武道がこちらを睨みつけ責め立てる。
    「オレ、イヌピー君のこと信頼してたのに。イヌピー君もオレのこと信頼してくれてるって思ってたのに。なんでこんな嫌がらせするんスか!ひどいっスよ」
    「いや、がらせ……?」
     そんなつもりじゃない。確かに最初は怒りゆえ強引になってしまったが、決して傷付けるつもりはなかった。ただ俺達の今をなかったように振る舞うお前に、俺達がどういう関係だったかを思い知らせたかっただけだ。それとも、やり方ではなくキスそのものが嫌だったというのか。
    「嫌なことだって思うのか?」
    「当たり前じゃないスか!オ、オレ達男同士だし、それにオレにはヒナって彼女が」
     ガンッ。
     俺の放った拳が、武道の顔面スレスレを襲う。
    「ひっ!イヌ」
    「もうしゃべんな」
     聞きたくねぇ。その呼び名も否定の言葉も他の奴の名前も、何もかも。
     
     沈黙が続いて、どれくらい経っただろう。何時間も経ったような、数秒しか経っていないような。時間の感覚がない。
     ようやく気持ちが落ち着いてきた気がする。頭が整理できるようになると、ぶつけたい疑問が湧き出てきた。
     どうしてこんなことになったのだろう。朝までは普通だったはずだ。一体何が起これば、俺達の十年が全てなかったような態度を取れるというんだ。なんでなんでって、そんなの聞きたいのはこっちの方だった。どれだけ頭を巡らせても理解が及ばない。心が追いつかない。
     朝、見送ってくれたタケミチのやさしい笑顔が脳裏に浮かぶ。あれはたった半日前のことだというのに。
     目頭が熱くなり、涙が零れた。
    「どうしてだよ。どうして……」
     一度出てしまうと、次から次に涙が溢れてくる。
    「イヌピー君……」
     武道の腕がそっと俺の頭を包み込む。
    「ごめん。ごめんなさい」
     呼び方は変わらない。どういうつもりで謝っているのかもわからない。だけど、その声がとてもやさしくて悲しそうだったから。そのあたたかい腕の中で俺は、堪えきれず嗚咽を漏らした。

    「わるい……」
     縋るように掴んでいた手を離して、武道から離れる。
    「ダセェなオレ」
    「そんなことないっス」
     俯いたまま自嘲気味に笑う。あまりに情けなくて、武道の顔をまっすぐ見ることができない。でも、泣いたせいか少しすっきりした気がする。
    「あの、イヌピー君」
    「なんだ」
     どういう理由かは知らないが、このまま貫くというなら今は受け入れよう。今日はひどく疲れた。今から問い詰める気力もないし、答えを聞いて理解できる自信もない。
    「ここで一緒に住んでるんですよね?なら、オレ今日はどっか他所行きます」
    「は?」
     武道からの突然の発言に思わず顔を上げる。
    「ちょっと状況を整理したいっていうか。話し合うならそれからの方がいいと思うんスよ」
     それはその通りだと思う。この状況を引き起こしている武道自身が状況を整理したいというのはよくわからないが、整理したいのは俺も同じ。落ち着いたように見せているものの、頭の中はまだ混乱したままだ。
    「それには同意するが、オマエが出てくのは認めらんねぇ」
    「いや、出ていくっていうか一晩だけ考えたいって」
    「わかってる。だから、オレが出ていく」
     こんな底冷えする夜にこいつを放り出すような真似、喧嘩していたってしたくない。それに心配なこともある。
    「えっ!そ、そんなのダメっスよ!」
    「オマエが出てくよりマシだ。どうせオマエ、マイキーか松野んとこにでも行く気だろ。それはオレが嫌だ」
    「う……そうっスか」
     我儘ともいえる俺の理由に、武道の反論が止まる。そうなのだ。武道には頼ろうと思えば頼れる奴等が俺以外にも大勢いるし、頼られて嫌だと言う奴もおそらくいない。特に名前を挙げた二人など、武道に頼られたとなれば大喜びで迎え入れるだろう。そして、この状況を知ればマイキーなど十中八九別れるよう持ちかける。
    「とりあえず、オレも一晩頭を冷やす。明日はオマエも仕事だろ?帰ったら話し合おう」
    「わかりました」
     納得のいかない表情のまま、渋々といった様子で武道は俺の提案を受け入れた。
     先程放り出したバッグを拾って玄関に向かうと、武道は律儀に見送りに付いてきた。
    「じゃあな。……ちゃんと休めよ」
    「あ、はい」
     思い詰めたように俯く武道の様子が気になったが、今はそばにいても悪化するだけだろう。
     ドアを開け、外に出る。閉まる間際、ちらりと武道に視線をやるが、そこには笑顔で手を振る姿はなかった。
    「はぁ。さみぃ……」
     ドアを背に一息つく。吐く息が白い。だが、頬に触れるジンジンと痺れるような冷たさが、火照った頭に心地良かった。
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