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    nostalgie_22

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    nostalgie_22

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    10月の新刊の冒頭(まだ叩きの状態だよ)

    じゃくらむ10月新刊🐰「乱数、今日はいい天気ですね」
     目が焼けそうなくらいに、眩い朝だ。返事が返ってこないことを嫌というほど知っているというのに、それでも声をかけてしまう。穢れのない白の箱の中で静かに眠る彼の頬を、そっと一撫でする。ひんやりとした感触が、指先を伝う。ただそれだけで意味もなく鼻の奥がつんと痛くなった。らむだ。息を吐くようにその名前が口から零れ落ちる。一度口にすると、もう駄目だった。らむだ、らむだ、らむだ。繰り返し彼の名を呼ぶ小生を、帝統がなんとも言えない表情を浮かべて見上げた。
    「なんつーか……わかってても、きついわ」
    「えぇ、そうですね……ほら、触ってみてください。こんなにも……」
    「……今にも起きそうなのにな」
    「えぇ、本当によく眠っている」
     ずず、と濁った音を立てたのはどちらだろうか。二人して同時に顔を見合わせて、そしてまた同時に眉を下げた。情けない、顔。乱数が見たら怒るだろう。
    「ハンカチ、貸してあげますよ」
    「……今日は持ってる」
    「おや、珍しいこともあるもので」
    「……乱数が、こないだくれたやつ」
    「……ハンカチ取り出してさらに泣くのやめてくれません?伝染しそうです」
    「わりぃ」
     帝統の手のひらの中で、ハンカチがぐしゃぐしゃに畳まれる。結局それで涙をぬぐうことも鼻を拭くこともなく、帝統はそれをポケットへと捻じ込んだ。雲一つない青空を見上げて、ゆっくりと息を吸う。空を見ていれば、涙は零れないから。そんなことを考えながらしばらく遠くを見つめて、瞳が乾いた頃合いを見計らって、隣のこの男にだけ聞こえるような声で囁く。
    「……来ると思いますか、あの男」
    「絶対来んだろ」
     即答だった。迷いのない返事。いつの間にか落ち着いたらしい帝統は小生をまっすぐ見つめて、射抜いて、そう断言した。……なんだかそれに、微かに腹が立った。もちろん帝統にではない。あの傲慢な男にだ。乱数の、悲しそうな、さみしそうな、そんな笑顔が脳裏に浮かんでは消える。そんな顔をさせたあの男を、俺が許すことはきっとない。
    「……そうでしょうか。あの後一度も乱数の見舞いにも来なかった男ですよ。神だの仏だの……聞いてあきれますね……」
    「俺は《来る》に全財産BETしてもかまわねぇ。あの医者は絶対来る」
    「はぁ……貴方の全財産など高が知れていますので結構ですよ」
     神宮寺寂雷は、今日ここに来るのか、最後まで逃げ続けるのか。その答えはきっと、神のみぞ知る。そう思うと今こうして小生がうじうじ悩んでいても意味がないのだろう。深く息を吐いて、そっと膝を折る。ほぼ同時にどこぞのギャンブラーもしゃがみこんで花に埋もれる乱数の顔を覗き込んだ。どれだけ美しく咲き誇る花であっても、今日は乱数を引き立てることしかできない。首元に繊細なレースをあしらったシンプルで、でもどこか可愛らしくて、懐古的なブラウスを身にまとった乱数は、目を閉じたままだ。もう一度、その頬を撫でる。慣れたくもないこの冷たさが、心の柔いところを抉る。
    「乱数」
    「貴方の願いは、必ず小生たちが叶えてみせる」
     今日は飴村乱数が、静かに眠る日だ。


     そうしてその時は唐突に訪れた。彼の待ち人は唐突に姿を現した。かつてともに戦ったーー見覚えのある人々が一通り訪れて、彼に花を手向けて。お別れの言葉を並べて。碧棺左馬刻がするりと、乱数の頬を撫でた。ここまでは言葉は届かない。けれども彼は乱数に語りかけて、それから口元に弧を描いた。何だろう。何を言ったのだろうか。反射的に腰を上げてーー一瞬であたりがざわめく。入口の方から、ざわめきが広がった。その瞬間、小生は思ったのです。あぁ、あの人が来たのだろうと、思ったのです。そちらの方を一瞥することもなく、確信した。だからこそ、ひとつ。息を大きく吸って、吐いて。心を落ち着けた。いやだって、こんなところで取り乱してはいけないでしょう。こんな、場所で。あの時乱数を傷つけたこの男を、ぶん殴ることができればどれだけよかっただろうか。自然と、拳に力が入る。でも駄目だ。ここで怒りに身を任せたところで、何もいいことはない。そう、乱数にとっていいことはない。
    「ご無沙汰しております、神宮寺先生」
    「……この度は、その……」
    「どうぞ顔をみてあげてください。ほら」
    「……私は」
    「ほら、ほら。眠っているみたいでしょう……今にも起きてきそうだというのに……あぁ、どうして」
    「……」
     ゆるり、とそちらへと誘えば彼は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべつつ小生の後ろをついてくる。それを帝統はただ黙って見ていた。その心の中に渦巻く感情までは見えない。淡い色の花を無言で差し出す。意図くらい、言わなくてもわかるだろう。震える手でそれを受け取った彼は、冷たくなってしまった乱数のそばに、そっと、膝をついた。
    「……あめむら、くん」
     弱弱しい声。かつてディビジョンバトルを制した男の声だと、にわかにも信じがたいくらい弱弱しい声。後ろで一つに束ねられた髪の毛先が床についた。それがどうしようもないくらいに鬱陶しかった。つい先日偶々目にしてしまった、乱数が楽しそうにこの男の髪を結っていた写真が今も瞼の裏に焼き付いている。それにも無性に腹が立った。
    「俺は一生、お前を許さない」
     零れ落ちた声は、どうしようもないくらいに低い。でもそんなことでひるむような男ではなかった。くるり、と音もなくこちらを振り向いて。今の今まで手に持っていたーー今の服装に全く合っていない大きな荷物を胸の高さまで持ち上げて、それをそっとこちらに差し出してくる。本日初めて目が合ったアイスブルーの瞳は、爛爛と輝いている。ぞわりと、得体のしれない恐怖が背中を駆け上がった。何故だろうか。どうしようもなく、嫌な予感がする。そんな私の心を知ってか、知らずか。彼はうっすらとほほ笑んだ。獣のように鋭い目をしているというのに、仏のようなその微笑みがなんともアンバランスで。冷たい汗が頬を伝う。けれどもそんなことはどうでもいいと言わんばかりに彼は私に、その大きな荷物を差し出した。反射的に受けとれば信じられないような重みが腕に伝わる。
    「……何か」
    「これからの無礼を、先に詫びておこうかと思いまして。これを、君たちに」
    「は……?」
    「これで代わりになるとは思いません。こんなものは結局は紙切れでしかないのだから……でも生憎、私に用意できるものなどこれくらいしかないものでね」
     一体何を、と微かにかばんを開けてーー反射的に閉じた。どくどくと心臓が騒ぎ出す。いつのまにか小生の真後ろに立っていた帝統にも中身は見えたのだろう。でも帝統は大きなため息をついて、小生の代わりにかばんを彼へと突き返した。いらねぇよ、こんなもん。吐き出された言葉は、刺々しかった。でも目の前の彼は小さく首を振って荷物の受け取りを拒むだけだ。
    「私にはもう必要のないものですので」
    「で、アンタはこの金で何の行為を詫びるってんだよ」
    「彼を」
    「乱数、ですか?」
    「……あめむらくんを、ね」
     不意に言葉が途切れた。急に小生たちに興味をなくした彼はくるりと踵を返して、乱数のそばに膝を着く。先ほど渡した鼻を彼の髪に飾って、それから優しく。ひどく、優しく。乱数の頬を撫でた。
    「……こんなに、つめたくなって……」
    「……」
    「おい、まだ話は終わってねぇだろうがよ」
    「飴村くん、きれいな花に囲まれて眠る君は美しいけれども」
     一瞬だった。本当に一瞬だった。頬を撫でていた手がするりと乱数の体の下にもぐりこんで、そのまま一気に乱数を抱き上げた。手向けられた花が落ちる。たった一本、お腹の上に花を残した乱数は、まるで甘えるかのようにその頬を彼の胸に押し当てた。それに、ひどく嬉しそうに、彼が笑う。らむだくん。そんな声が、聞こえたような気がした。
    「待ってください、いったい何をするつもりですか」
    「こんなところは君にふさわしくない」
     こちらの声がまるで届いていないかのように、彼は乱数に言葉をかけた。時が止まる。この場にいる全員が、目の前のこの男の奇行に目を奪われている。でも、だれも何も言えなかった。どうしてだろうか。咎める言葉がうまく出てこない。ここにいる全員が現実に置いてけぼりにされているのに、神だの仏だの謳われるこの男だけがしっかりと現実に足をつけていた。
    「……乱数に別れを言いに来たのではないのですか」
     口の中が乾いて、掠れた声になった。文句でも非難でもなく、ただの疑問を口にすることしかできなかった。でも体が動く。右手が、乱数へと伸びる。けれども私の手が乱数に触れるよりも前に、彼は明確な意思を持って一歩うしろへと下がった。
    「まさか。私はそんなことを言った覚えはありませんよ」
    「では一体何をしに」
    「人攫いをしにきました」
    「は?」
    「彼を……乱数くんを、攫いに来ただけです」
    「……そんなことを小生が許すとでも?」
    「君の許可の有無は関係ありません」
     平然とそう言ってもう一度、乱数を抱えなおした。そっと顔を寄せて、鼻先を合わせる。そうして何かを囁いた。でもそれは一音も聞き取れない。乱数にだけ向けられた、言葉。閉じられた瞳に、優しくキスをして。それからようやく、目の前の男はこちらを見た。
    「すまないね。いい年をした大人が、我がままを言っているだけだという自覚は、あるんだ……でもそれでも、私は」
     乱数を抱く腕に、力がこもる。あぁ、そんなに力を籠めたら、乱数が痛がってしまうではありませんか。どうしてだろう、脳がそんなことを冷静に考えている。わかっている。わかっているのだ。乱数はここから、連れていかれてしまう。この男に攫われてしまう。でもそれを止める術がないことを、小生は、否、この場にいる全員が、理解していた。水をうったように静まり返った空間に、低く、掠れた声が、反響する。
    「刹那でも構わないから、乱数くんとともに在りたいんです。私は彼を一人で、逝かせたくない」
     そう、言葉を残して。神宮寺寂雷は飴村乱数を攫って、消えた。
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