仗露道場2024/12/5「たまご」(2023/3/3お題) シンプルな白粥に、梅干しひとつ。みんな仕事があって忙しいから、米から炊くんじゃあなく炊飯器の飯を煮込む。そいつがウチの病人食だった。
こーいうのは身内以外に食わせることはねェし、特段話題に上ることもない。だから、目の当たりにするまで気づかなかった。
「……ほえ」
「なんだよ、どうかしたか?」
一人用のオシャレな土鍋の蓋を取ったら、中身はおれの予想と違ってた。味噌仕立てで、卵とじになっている。
「粥ぐらいなら食えるって言ったけど、いざ出されたら気持ち悪くなったのか? だったら無理するな。ぼくの心はそんなに狭くない」
あさってな誤解をしてとっとと鍋を下げようとする露伴を、スタンドを出してなんとか押しとどめる。熱で頭が回ってねーし喉も痛ェんで、長ェ話はあとだ、あと。
おれはレンゲを取ると粥をすくって口に入れた。うん、うめェ。それに味覚が鈍くなってるから、むしろ味噌とかで味でついてるほうが食いやすいかもしんねーな。
順調に粥を平らげていくおれをしばし観察するように眺めてから、露伴は部屋を出ていった。
おれの仕事は週休二日じゃあないが、定期的に連休が入る。ま、職場絡みの何だかんだで駆り出されることもままあるが、そうでない時はだいたい露伴の屋敷に入りびたりだった。露伴は最初渋い顔をしていたが、おふくろが「イエイエ、せーせーのびのびさせてもらってます♡」と言い放ったのと、ときどきはちゃんと(?)家で過ごしてるってことで、めでたく合意の上の半同棲状態だ。おれのシャツをクッとつかんで「ぼくだって、一緒にいたくないってわけじゃあないんだぜ……?」なんて、ああ、思い出すだけで熱がさらに上がっちまうぜ。
そんなわけで今回も、勤務明けのその足で露伴の家に直行し、幸せな休日を過ごすはずだった。夕方ごろから心なし寒気がしていたが、若い恋人たちがふたりっきりの夜にヤることなんかただひとつ。ここんとこ野暮用が重なって欲求不満気味だったおれは、ここぞとハッスルしちまった。朝になってみると枕から頭を上げんのもひと苦労で、露伴の車で医者に連れてってもらって、あえなくひどい風邪っぴきの診断と安静の指示をくらった。
バラ色の予定が狂ってしょんぼり落ち込んでたおれは、帰りの車がおれんちじゃあなく露伴の家に着いたことに、停車するまで気づかなかった。
——え……なんで?
——なんでじゃあないよ。元気な時は遊び回って寄りつきもしないくせに、病気になったら世話してもらおうってのかい。とんだ親不孝者だな、君は。
——でも、露伴は迷惑じゃあねーの……?
——迷惑に決まってるだろ。そんなもんを朋子さんに押しつけるわけにいくか。
——……。
——言っとくが君が寝てる間、ぼくは漫画を描くからな。非常時以外は呼ぶんじゃあないぜ。
露伴は二階の客間をテキパキ整え、おれをとっととパジャマ(置きっぱにしてるジャージ)に着替えさせて、あっという間におれはひとり取り残された。露伴はマジに仕事に没頭してるらしくそれきり顔も見せなかったが、昼下がりには当たり前みてェに土鍋を持って現れたのだった。
あったけェメシで腹が満たされ、薬を飲んだら急に眠気が来て、ふと目を覚ました時にはとっぷり陽が暮れていた。枕元には露伴がいて、おれを覗き込むようにしている。
「起きたか。どうだ、具合は?」
ベッドに身体を起こしてみた。うん、だいぶ楽になった気がする。
「薬が効いたかな」
「露伴の愛の力だろ♡」
「アホか」
つれなく肩をすくめてから、露伴は思い出したというように向き直った。
「晩メシどうするかと思ってさ。粥ばっかりだと飽きるだろ。その調子なら食べられそうだし、鍋焼きうどんにでもするか」
ありがたくうなずくと同時に思い出し、おれは「そう、それ」と話題を変えた。
「露伴ちの粥ってああなんだな。昼ン時は口きく元気なかったけど」
露伴は一瞬不思議そうな顔をして、けどすぐに「なるほど」とつぶやいた。
「ぼくの家っていうか、ぼくのだな。子どもの頃は白粥が嫌いだったんだよ。それで、味噌味にしてもらってた」
「へえ」
「白粥って、これといった味がないだろう? だから食べにくかったんだ。今はそんなことないけどさ」
ま、確かにガキの口には合わねーかもな。おれんちじゃあ、出されたモンに口のほうを合わせるのが掟だったが。
父親がなく、ばあちゃんもわりと早くに死んじまったおれは、普通よりチコッと厳しく育てられたかもしんねェ。逆に露伴は昭和の時代のひとりっ子っつーか、坊っちゃん育ちってほどじゃあねーけど、おれからすると「こいつ甘やかされてんなー」と感じることがときどきあった。
しかも言うと怒るから、あんまり自覚がねーんだと思う。そんな育ちのわりに家事はちゃんとできるから(とか言ったらめちゃくちゃ逆ギレされるだろう)、あくまでもかわいげの範囲内ではあるが。
「うどんありがとな。できたら呼んでくれよ、下まで行くから」
「なんでだよ? ここで食えたほうが楽でいいだろ」
いかにも意外そうに首をひねるのが、ほんと上げ膳据え膳が当たり前のお育ちって感じだよなァ。
「動けんのに、そこまでしてもらうこたねーよ。露伴と一緒に食いてェし」
「ま……君がいいなら、いいけど」
それきりあっさり出ていった露伴の、階段をコツコツ下りていく靴音を聞きながら、おれはこーいうのも悪くないなァなんて考えていた。