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    らいむ

    @lemonandlimejr

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    2012年3月、杜王町。決戦の刻のふたりです。
    ※6部ifの要素があります
    ※死ネタではありません

    仗露道場2025/2/8「ハグ」(2023/5/6お題)「ヘブンズ・ドアー」
     温度の低い指先が頬に触れ、静かな声が宣告する。その途端、世界がパッとよみがえった。
    「露伴ッ! 大丈夫だったか⁉︎」
     メチャクチャになった仕事部屋の中央で片膝ついた露伴は、しかしまったく平然としていた。立ち上がって右手をさしのべ、床にへたり込んでいた仗助を引き起こす。肩をすくめてフンと吐き捨てた。
    「愚問だな。ヤツは天敵に遭ったようなもんさ」
    「何だったんだ、あれ……?」
     探しものをする露伴に付き合って、久しぶりに彼の仕事部屋に入った。午後十一時——ふたりでニューヨークに行った時、露伴がひと目で気に入り買った時計。古い映画をモチーフにしたそれから怪人が次々躍り出てきたのは、重厚な時鐘が鳴りだしたのとほぼ同時だった。
    「キャラクターだよ」
    「?」
    「実在化したキャラクターだ。そいつに魅了された人間の精神を、物語の世界に引きずり込む。つまり」
     サラリと、露伴の指がもう一度仗助の頬をなぞった。
    「何も見えず、何も聞こえなくなれば問題ない。君みたいな想像力の乏しいヤツはなおさらな」
     仗助は肩をすくめた。確かに自分はおよそ散文的な性格で、(露伴以外の)何かに深くハマったことなどない。だがそんなスタンドなら、むしろ露伴天敵になりうるんじゃあないだろうか。
    「確かにぼくの想像力は人一倍だな。だが、ぼくは同時に漫画家だ。他人の物語は楽しむばかりでなく常に分析の対象だし、何より物語をつくることができる」
     ちょうどその時、露伴の背後の破れた窓から何かが入ってきた。ヘブンズ・ドアーとは姿が異なるし、窓枠をくぐり抜けた拍子にガラスの破片がいくつか落ちたから実体がある——スタンドではない。
    「そいつは……?」
    「さっきぼくがつくったキャラクターだ。名は、そうだな、デウス・エクス・マキナとでもするか。実在化したキャラクターを、もとに戻す能力を持っている」
     露伴は時計のほうへ顎をしゃくった。盤面の空白は埋まり、さっきまで部屋で大暴れしていた連中は、本来の居場所でポーズを取っている。
    「家の中はひとまず安全だ。次はこの敵スタンドの射程距離がどのぐらいなのか、本体はどこに隠れてるのか、こいつにそこらを見回らせて」
     露伴がそこまで言った時、ピピ……と電子音が鳴った。
    「おっと」
     仗助は家の中でも肌身離さない携帯電話を取り出す。職場からの招集かと思いきや、耳を打ったのはまったく意外な声だった。


     話し込む仗助を仕事部屋に残して露伴がひとり一階へ下りたのは、虫の知らせめいたものがあったからかもしれない。
     キャニスターから豆を出し、手動のミルをゆっくり回す。呼吸を保ち、落ち着いたペースを意識して——おかげで湯を沸かして注ぎ、丁寧にドリップしたコーヒーが落ちきる頃には、露伴は平常心を取り戻していた。
     カップを鼻先に近づけ、すばらしい香りを肺いっぱいに吸い込む。至福の最初のひと口を味わおうとしたまさにその時、ドアが開いて「なあ」と声がかけられたのは、露伴と彼の「スカタン」との関係性を正しく象徴していた。
    「おれ、行かなきゃなんねェ」
     携帯を手の中でこねくり回し、叱られた子どものようにおずおずしつつ、仗助の声音は不釣り合いにかたくなだった。露伴は最高の一杯を唇の手前にとどめたまま、チラリと視線だけをやる。
    「どこへ?」
    「フロリダ。って、どのへんだか知んねーけど」
    「南東部だよ。メキシコ湾に面してる。それぐらい覚えとけよな」
     露伴はことさらあきれてみせた。
    「問題ねェよ。迎えよこしてくれるっつーし」
     唇を尖らせた仗助も、その意を正しく汲んでいる。フンとひとつ鼻を鳴らして、露伴はコーヒーに口をつけた。
    「承太郎さんに、連絡つかねェんだって。もう四か月も」
    「……」
    「財団に問い合わせても埒が明かねェし、思いあまって念写したら……承太郎さんも、世界も、バラバラになって」
     どこで失敗したんだろうか。ぽつりぽつりと語られるのを聞きながら、露伴はそんなことを考えていた。豆も挽き方も淹れ方も完璧だったはずが、なぜかとげとげしい味が舌を刺す。
    「感じるって、ジジイは言った。『DIOは二十三年前に死んで、朝陽を浴びて塵になった。わしはそれをこの目で見た。なのに』って。でも」
     仗助は右腕を持ち上げると、自分の左肩に掌を置いた。
    、感じてる。たぶんジジイとおんなじヤツを」
     DIO。虹村兄弟や吉良吉影の父親を操り、杜王町に弓と矢を持ち込ませた男。ジョースター家とは百年以上の因縁を持つ——いや。
     承太郎すら言っていた。最後の最後まで、DIOの顔も知ることはなかったと。祖父ジョセフのさらに祖父に執着し、その末裔というだけで自分や母親を害そうとしたDIOは、得体の知れない理不尽でしかなかったと。
     ナア……と言いかけたのを、露伴は苦いコーヒーごと飲み込んだ。
     ——ジョースターの血が、君に何をしてくれた? 十六歳まで存在すら知られなかった。君を君に育てたのは朋子さんと、この杜王町じゃあないか。そんなジョースター家の宿命に、なんで君が巻き込まれなきゃあならない?
    「バラバラに吹っ飛ぶってんなら、おれが
     きっぱりした声に、露伴はチッと舌打ちした。カウンターテーブルにカップを乱暴に置く。
    「ハナから決めてんなら、お伺いなんか立てんなよなァ」
    「立てるよ」
     仗助は間髪入れずに言った。
    「露伴はおれの、たったひとりの、大事なひとなんだから」
     露伴は天を仰いでため息をつく。
    「前に出るなよ」
     顔を戻し、じろりと仗助の白面を睨めつけた。
    「DIOとやらの意志を継ぐなら、そいつはジョースターの血を根絶やしにするつもりだろう。君の存在は知られてないし、どんな重傷だろうと瞬時に治せる。君はそいつの天敵で、ジョースターにとっては切り札だ。いいか、これは私情で言うんじゃあない。絶対前に出るんじゃあないぞ」


     この忠告が聞けないんなら——と、脅すように露伴は言った。
    「行かせねェ?」
     仗助が問うたのを鼻先で笑い飛ばす。
    「いいや。ぼくも行く」
    「はあ⁉︎」
    「ぼくのスタンドはパワーはない。承太郎もバラバラにするようなヤツに、ぼくなんかひとたまりもないだろうな。カッハッハッハーッ!」
     そこで高笑いしてみせるのだから、イカレ漫画家の面目躍如だ。仗助が顔をひきつらせると、露伴はフフンと得意げにそっくり返った。
    「君を力ずくで止めようなんて、無駄なことはするもんか。君の弱点がどこにあるか、ぼくもちょっとは成長して悟ったってことさ」
    「……うん」
     とうとう露伴が認めた。自分がどうしようもなく、仗助に愛されているということを。
     ここに至るまでの長い長い道のりを思い返して、仗助はちょっぴり泣きそうになった。これからどこへ赴くかを考えたら縁起でもないが、生まれてきた目的は果たせたと感じたほどだ。
     そして露伴は両腕を開いた。ン、と誘うように顎をしゃくられ、仗助は魅入られたような足取りでふらふらと近づく。
     最後の一歩を詰めたのは露伴だった。胸に胸が合わさり、しなやかな腕が背中に回る。露伴の匂いと、息づかいと、熱と鼓動と強いまなざし。五感が露伴に圧倒される。
     キスもセックスも知っていた露伴が「これは初めてだ」と頬を染めたのを、昨日のことのように覚えている。他に何も求めることなく、いとしさのままただ抱き合うこと。固く抱擁して、互いを互いに刻みつけること。
     ああ、ここに、おれは必ず。
    「帰ってこいよな……この露伴が待っててやるんだ」
     仗助の誓いの言葉に、コンマ数秒先んじて露伴が口にする。どこまでも波長が合わない自分たちに、仗助は涙を流して笑った。
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