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    ru_alkv

    @ru_alkv

    アルカヴェ/カプ完全固定/攻めは受けと初体験するまで童貞/受けは童貞処女/拗らせインターネットユニコーン

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    ru_alkv

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    ※🏛が先天性女体化です。
    エロシーンの手前まで書いたので進捗載せます。この後めちゃくちゃセックスします。
    記憶喪失で童貞に戻った🌱×恋人と充実した性生活を送っている🏛♀という設定です。

    ※ネタバレ
    🏛♀が他の男と付き合ってるような事を言って🌱の脳を破壊しますが、🏛♀の恋人は🌱です。この二人は過去現在未来ずっとお互い以外と交際も性行為も致しません。

    #アルカヴェ
    haikaveh

    秘境から持ち帰られた怪しい箱の効果で🌱が🏛♀の記憶を失う話『どうしてこんなことに…』
     カーヴェはこめかみに指先を添え、よろりと上体を傾けながら呟く。寝台としても使える大きなカウチソファーの隅に、彼女は浅く腰掛けていた。その傍らには、小ぶりな旅行鞄が置かれている。
     今や住処を持たぬ身であるにも関わらず、カーヴェの持ち物はそれほど多くなかった。仕事道具や貴重品など、どこかに預けている分もあるのだろうが、生活必需品と衣類だけだとしても手荷物の量は随分と心許ない。
    『肩肘張らずくつろぐといい。君は今日からここで生活するのだから』
    『くつろぐと言ったって……』
     アルハイゼンが無愛想に勧めるも、カーヴェは華奢な身体を縮こませるばかりだった。
     眉間に皺を寄せる彼女の耳元で、大振りな耳飾りが揺れる。酒場からずっと胸に抱えるように持っていた鞄は床に下ろしたものの、未だ身に纏った装飾の一つさえ外そうとしない。アーカーシャ端末も着けたままだ。

     ——これは夢だ。
     既視感のある光景に、アルハイゼンは自分が今見ているものは夢だと気付いた。これは〝あの夜〟の出来事だ。実際に目の前で起きているかのように鮮明だが、脳が過去の記憶を精巧に再現しているだけに過ぎない。
     数年ぶりに酒場で再会したカーヴェを自宅へ連れ帰ったのは、つい最近のこと。アルハイゼンの真意を計りかね、胡乱な目を向ける彼女の表情や細かな仕草までよく覚えている。

    『いきなり〝今日からここが君の家だ〟なんて言われて我が物顔でくつろげるほど僕の神経は太くない。……いくら相手が君だろうとね』
    『ほう。半月もの間酒場の一角を私物化することは出来るが、後輩の自宅では萎縮する神経とは如何ほどのものだろうか』
    『あげつらうな! というか、本気なのか? 僕をこの家に住まわせるって……』
    『俺がそんなつまらない冗談を言うために酒場から酔客を連れ出したと?』
    『それは……しかし、未婚の男女が一つ屋根の下だなんて……!』
     サッと頬に朱を走らせ、無闇に手をバタつかせるカーヴェ。アルハイゼンが異性であるという認識はしっかりと持ってくれているようで何よりだ。
    『何か問題があるか?』
    『あるに決まってるだろう⁉︎ 君だって、交際しているわけでもない女性を家に置いているなんて知られたら教令院の連中にどんな噂をされるか分からないぞ!』
    『他人の噂話に興味は無い』
    『君ねぇ……』
     カーヴェは口端を震わせて呆れ顔を浮かべた。〝そういえばこういう奴だったな〟という声が聞こえてくるような表情だ。
    『でも君は男だからまだいいかもしれないけど、僕はいわゆる適齢期の女なわけで……異性の家に転がり込んだなんて噂が流れたら、色々と弊害が……』
    『弊害? 例えば?』
    『えっと、だから、その……お、お嫁に行けなくなってしまう、みたいな……』
    『……』
     カーヴェはもじもじと指先を擦り合わせながら目を逸らした。華美な見てくれと華々しい経歴にそぐわず、溢した台詞は初心な少女のようだ。
     アルハイゼンはそれを眉一つ動かすことなく見下ろしていた。その胸中が砂漠の砂嵐のように乱されていることなど、傍目には決して分かるまい。もちろん、目の前のカーヴェにも。
    『嫁に貰ってもらえる当てがあったとは初耳だな』
    『ぼ、僕だって良い関係を築いている男性の一人や二人くらい……っ』
     アルハイゼンが緩く首を傾げて言うと、カーヴェは噛み付くように言い返した。
    『それは興味深い。学生時代の後輩風情がしゃしゃり出てくる事態になるまで静観を決め込んでいるとは、君の未来の配偶者はよほど思慮深い人物のようだ。ぜひ一度話をしてみたい』
    『うっ、うるさいな! 今はいないよ、そんな相手!』
    『今は?』
    『〜〜ッ、あーはいはい、いませんよ! 過去にも現在にも僕にそんな相手はいない! 〝元〟だろうと、恋人なんてものがいたらこんな可愛くない後輩よりそっちを先に頼っているさ!』
    『そうか』
     フッと小さく息を吐く。彼女に特定の相手がいないことは予想の範囲内だが、現在のみならず過去にも存在しないと知れたことは僥倖だった。
    『おい君、今笑わなかったか⁉︎ 僕がいい歳して彼氏いない歴=年齢なことがそんなにおかしいってのか⁉︎』
    『君の物寂しい恋愛遍歴にエンターテイメント性を見出すほど俺は娯楽に飢えていないよ』
    『な……ッ! 君はどうしてそう、いちいち言葉選びが最悪なんだ!』

     延々と続く栓無い応酬から、緩やかに意識がフェードアウトしていく。
     カーヴェの噛み付くような反論は徐々に薄れ——やがて、縋り付くように必死な声音へとすり替わっていった。

    「——イゼン、目が覚めたのか……⁉︎ アルハイゼン!」
     重い瞼を開くと、そこにあったのは鮮烈な金と赤だった。焦点が合っていなくても分かるそれは〝彼女〟の色。何度か瞬きをすれば、やはり目の前にいるのはカーヴェであった。
     周囲の景色からして、今いるのはビマリスタンの病室らしい。どうやらアルハイゼンは何らかの事態によりここへ運び込まれ、ベッドに寝かされていたようだ。
     そんな自分を、カーヴェは心配そうな顔で見下ろしている。
    「……カー、ヴェ……?」
    「っ、ああ、よかった……目が覚めたんだな」
     目を開いたアルハイゼンを見て、カーヴェは笑みを溢す。しかし安堵する彼女とは対照的に、アルハイゼンはその姿に違和感を覚えていた。
     さっき脳内で反芻していた記憶の中で、カーヴェは伸びっぱなしなのを誤魔化すように髪を一本の三つ編みにして纏めていた。けれど今は段をつけてカットされ、編み込んだサイドにターコイズブルーの羽飾りを指している。艶を損なっていた髪質も黄金の輝きを湛えており、手入れが行き届いているのが一目で分かる。
     記憶との相違は髪だけではない。青白く見えるほどだった顔色がすっかり明るくなり、ふっくらとした頬は薄紅に色づいて、目元の隈も消えている。相変わらず華奢ではあるものの、痛々しいほどに肉が落ちていた肢体も女性らしい丸みを取り戻していた。
     教令院一と謳われた美しさはやつれた様子でもなお健在だったが、健康的になった今は美貌がいっそう冴えていた。
     別人のように、というほど劇的な変わりようではないけれど、一日や二日で起こる変化ではないだろう。髪型はともかく、体型等がここまで急激に改善するとは考えにくい。
    「俺は長いこと眠っていたのか?」
    「いや、ほんの数時間ほどだよ」
     カーヴェはアルハイゼンの推測をあっさりと否定する。しかし彼女は、アルハイゼンが自宅に招いた夜から長い期間を経ているとしか思えぬ姿をしている。
     記憶の齟齬や違和感に思考を巡らそうとした瞬間、衝撃がアルハイゼンを襲った。
    「でもよかった、君がちゃんと目覚めて!」
     アルハイゼンは、自分が今何をされているのか理解するのに約三秒の時間を要した。現状把握にかかる時間として、頭の回転が人並み外れているアルハイゼンにしては破格の長さである。それだけ今の状況は——カーヴェに抱き締められ、彼女の豊かな胸元に顔を埋めているという事実は、アルハイゼンの思考に甚大な影響をもたらしたのだ。
     むにゅうぅん、と。
     アルハイゼンの顔面に乗った乳房が、カーヴェの腕に抱き寄せられるのと共に顔の上で潰れ、その柔軟性と質量を知らしめてくる。それも衣服に遮られることなく、すべすべと滑らかでしっとりとした肌に直接触れているのだ。もちろんカーヴェは服を着ているが、着用しているのは胸元が鳩尾近くまで大胆に開いたブラウスなので、胸の谷間はほぼ完全に露出しているのである。
     片方だけでもアルハイゼンの顔を覆えるほどの体積を誇るたわわな膨らみを、頬で、鼻先で、そして唇で強制的に味わわされる。この事態は動揺を誘うのに十分だった。
     率直に言うと、アルハイゼンはカーヴェに懸想している。未だ実らない恋心は彼女と出会った当初から募り続け、片思い歴はそろそろ自身の人生の半分を超える。
     困窮していたカーヴェを酒場から連れ帰ったのは彼女の才能や知性、人間性に興味を引かれているからだけれど、恋愛感情が少しも影響していないかと問われれば否定するつもりも無い。そこに区別を付ける必要は無いし、付けられるものでもないと思っている。
     アルハイゼンを機械か人外のように心の機微が希薄と思っている人間は多いが、表に出さないだけでそれなりに人間らしい面も持ち合わせている。少なくとも、想い慕う女性の乳房を顔に押し付けられれば平常心を欠く程度の人情は有していた。
     筋骨隆々とした自身の肉体には存在しない、脂肪特有の柔らかさ。女性の象徴たるそれは、多くの男が無条件に惹かれてしまう魅力を持っている。教令院の気狂い書記官とて例外ではない。他の女性ならともかく、相手が想い人とあっては何も感じずにはいられなかった。
     柔らかい。あたたかい。つめたい。重い。甘い。いい匂いがする。
     五感がもたらす情報が、猛烈な勢いで脳を駆け巡る。心臓の鼓動が早くなって、呼吸が乱れ——と、束の間の幸福を堪能できるのはここまでだった。わずか数秒で、アルハイゼンは自身が置かれている危機に気付く。
     ——息が出来ない。
     きめ細やかな肌ととろけるような肉の柔らかさは至上の心地よさを生み出すが、その暴力的なまでの質量を惜しげもなく使って圧迫されれば、鼻と口を一分の隙間も無く塞がれてしまう。アビスの魔術師が生み出す水球に閉じ込められたかの如く、呼吸するすべを完全に封じられていた。
    「……ッ……!」
    「外傷は無いからすぐに目覚めるだろうとは聞いていたけど……君に何かあったらと思うと気が気じゃなかったよ……」
     何とか酸素を取り込もうとするが、アルハイゼンが苦しんでいることにカーヴェはまったく気付かない。彼女の細い腕はアルハイゼンの頭部を抱き込み、すりすりと頬擦りまでしてくる。長年片思いを拗らせている男としては夢のような状況だが、悲しいかな今はそれどころではない。
     相変わらずほんの少しだって息が吸えないし、ついでに目も見えない。力いっぱいホールドされた首も痛い。
     普段ならカーヴェの力などものともしないアルハイゼンだが、今の今まで気を失っていたためか、身体が上手く動かなかった。あまつさえ男の欲望はこの状況にあっても正直で、魅惑の柔肉で顔をむにゅむにゅと揉まれるとどうしても心拍数が上がってしまう。比例して生命の危機も加速する。
     大きすぎる乳房は物理的な凶器にさえなり得るという知識を、アルハイゼンは薄れる意識の中で獲得していた。
    「……おーい、カーヴェ。それくらいにしておかないと、せっかく目を覚ましたのにまた気を失うんじゃないか……?」
    「え? ……うわぁッ! ご、ごめん!」
     あどけない声に忠告され、カーヴェはようやく腕の中のアルハイゼンが顔色を失いつつあることに気付いた。バッと手を離されたことで背がベッドに着き、正常な気道を取り戻す。
     アルハイゼンの命を救った声の主は、ふよふよと浮遊しながら病室に入ってきた。白い少女型の飛行生命体に続き、金髪の少女が共に入室する。
    「目覚めたんだね、アルハイゼン。あなたが意識を失うまでのことは覚えてる?」
    「ああ……」
     金髪の少女——旅人に問われ、アルハイゼンは鷹揚に頷いた。

     パイモンと旅人の姿を見て思い出した。
     彼女達は最近新しく発見された遺跡の調査に当たっており、そこから出土した箱型のギミックをアルハイゼンの元へ持ち込んだのだ。それは旅人の腕で抱えられる程度の大きさで、箱の表面には古代の文字が刻まれていた。
    『この文字を解読すれば開くことが出来ると思うんだ』
    『きっと中にはお宝が詰まってるに違いないぞ!』
     彼女達の言葉を聞き、アルハイゼンは解読を引き受けた。パイモンが期待しているような金目の物には一切関心が無かったが、発見されたばかりの古代の遺物には興味を引かれる。ちょうど暇だったところなので、執務室にて軽く解読作業に取り掛かった。
     箱を開ける方法を見つけるのはそう難しくなく、大した時間はかからなかった。しかしこれまで数多くの遺跡を訪れ、様々な文献を読み漁ってきた経験から、アルハイゼンは何やら不穏な予感を覚えた。
     これは軽々に開けたら何かが起きる。慎重になるべき物品だと感じ、作業の手を途中で止めた。
    (家に持ち帰ってカーヴェにも見せてみるか……)
     箱から手を離し、長考を始めたアルハイゼンを見て、パイモンは焦れたように言葉を発した。
    『なあ、これの解読ってそんなに難しいのか? お前でも無理そうか?』
    『解読もギミックの解除も既に終わっている。しかし──』
    『おお! だったら早速開けてみようぜ!』
    『あっ、こらパイモン!』
     旅人が叱責するより早く、パイモンは机上の箱型ギミックに近寄った。発見した際には旅人がどう頑張っても開けられなかったにも関わらず、小さな指の先がチョンと触れただけで蓋部分が呆気なく外れてしまう。
     カタリと音を立てたと同時にアルハイゼンは素早く動き、箱を出来るだけ遠方に放り投げた。しかし咄嗟の対処も、被害を完全に食い止めるには至らなかった。
    『くッ……!』
    『うわぁぁぁぁッ⁉︎』
     開かれた箱の中から目を開けていられないほどの眩い閃光が放たれ、室内のすべてが一瞬真っ白に塗り潰される。
     アルハイゼンの記憶は、そこで途切れた。

    「——それで箱がいきなり光ったと思ったら、アルハイゼンが意識を失ったんだ」
    「ごめんなアルハイゼン……! お、オイラが……オイラが先走ったばっかりに……っ」
    「私も……あんな物を持ち込んだせいで……」
     大きな瞳いっぱいに涙を溜めたパイモンと肩を落とす旅人を前に、アルハイゼンは坦々と言い放つ。
    「安全配慮を怠った俺の落ち度でもある。君達が気に病むことではない。そんなことより、例の箱型ギミックをもう一度見せてくれ」
    「そんなことって……」
     己の行動を猛省していたパイモンも、あまりにいつも通りなアルハイゼンの態度に唖然と口を開く。
    「君達の謝罪を聞いていても事態は好転しない」
     それより先に、この事態を招いた原因を調べるべきだ。あのギミックの効果が人を気絶させて終わりとは考えにくい。既に発動しているが気付いていないか、あるいはこれから発現する効果があると見て間違いない。これ以上何かが起こる前に、早急に究明しなくては。
    「あの箱の文字なら僕が解読したよ」
     三人のやり取りを見ていたカーヴェが口を開いた。
    「箱が光を放った後、気付いたら蓋が閉じていたんだ」
     旅人がそう語る。
     閉じた蓋は再びビクともしなくなり、それまで何も書かれていなかった部分に新しい文言が浮かび上がっていたらしい。
    「それを解読したらあの箱の効果は大体把握できた」
     箱に刻まれた文字は過去に文献で目にしたことがある既知のものだった。あの程度ならカーヴェにも解読は可能だろう。
    「あの箱は開いた者の記憶を奪い、中に封じ込める効果があるようだ。そして条件を達成しない限り、取り戻せないらしい」
    「記憶を? しかし、俺の記憶に異常は感じられないが」
     先程は目覚めたばかりで状況が把握しきれていなかったが、アルハイゼンは意識を失う直前までのことをはっきりと覚えている。ここ最近の記憶にも抜けは無く、昨日仕事で却下した申請の棄却理由まで思い出せる。
    「すべてを忘れるわけじゃないんだ。あの箱が欲するのは特定の記憶のようで……」
     そう言うと、カーヴェはアルハイゼンの瞳をじっと見つめた。わずかに視線を逸らし、躊躇う素振りを見せてから切り出す。
    「アルハイゼン。君は僕に関する記憶の一部を失っているんじゃないか?」
    「君の……?」
     言われてみれば、確かに心当たりがある。
     夢で見たカーヴェは、耳にアーカーシャ端末を付けていた。しかしアーカーシャの運用はだいぶ前に廃止されている。つまり、あの会話は最近のものではないということ。だが、あれ以降に彼女と接した記憶はいくら脳を掘り起こしても出てこない。
     この記憶の齟齬が発生している原因が、カーヴェに纏わる記憶だけが失われているせいと考えれば、確かに辻褄は合う。
    「……ああ。たしかに俺は君に関しての記憶を失っているようだ」
     それもすべてを忘れているわけではなく、教令院で共に過ごした日々のことは鮮明に覚えている。カーヴェと同居を始めた直後から現在までの記憶だけが消えているのだ。
     そこに確かにあるはずの記憶が自分の頭の中から失われているという不可解な感覚。得も言われぬ不快感に、アルハイゼンは顔を顰めた。
    「封じ込められた記憶を取り戻す方法も、もう分かってるんだ」
    「えっ、そうなのか?」
     パイモンと旅人が同時にカーヴェへ目を向ける。解読がそこまで進んでいたことを彼女らも聞き及んではいなかったようだ。
     カーヴェは表情を強張らせ、潜めた声で言う。
    「……〝布を解き、花に水をやり、香を重ねよ〟」
    「……!」
     アルハイゼンが瞠目したことに旅人たちは気付かない。
    「なんだそれ? 花とか香りとか……園芸でもしろってのか?」
    「……それは俺と君で、ということか?」
     パイモンが疑問符を浮かべる一方、アルハイゼンは苦々しげな低音でカーヴェに訊ねた。
    「ああ。そうだろうな」
     カーヴェは長い睫毛を伏せ、感情が窺い難い表情で頷いた。
    「なんだ? お前たちは意味が分かってるのか?」
     意味不明な言葉の羅列を正しく理解しているらしい二人にパイモンが問い掛けるが、アルハイゼンは答えを返すことなく一笑に付した。
    「試す価値すら感じないな。払う代償と得られるものがまるで釣り合っていない」
    「おい、結局どういうことなんだよ[#「」は縦中横] お前の記憶を取り戻す方法が分かったんじゃないのか?」
    「ああ。だがそんな必要は無い」
    「ええ⁉︎」
     空中に浮遊しているパイモンはその場で更に飛び上がり、大袈裟な仕草で驚いた。
    「俺は確かに、ここ数年間のカーヴェに関する記憶を失っている。しかし、そんなことは俺の生活に何の支障も及ぼさない。わざわざ労力を割いて取り戻すメリットは無いだろう」
    「そ、そんな……」
    「カーヴェはいいの?」
     狼狽えるパイモンの横で旅人はカーヴェへ視線を向けた。普段のカーヴェなら『また君は人情味の欠片も無いことを!』とか『偉大な先輩との記憶が必要無いとはどういう了見だ⁉︎』などと言ってプンプン怒りそうなものだが、彼女は意外にも静かに表情を固くしたままだった。
    「……それについては後で二人で話し合うよ」
    「馬鹿馬鹿しい。話すことなど何も無い」
     取り付く島も無い態度のアルハイゼンに対し、カーヴェはそれ以上食ってかかることもしなかった。
     放っておけば延々と舌戦を続ける彼らのいつにない様子を旅人は不審に思ったが、口出しは控えておくことにした。この二人に過度な介入は不要だと考えたのだ。

     程なくして医師がやって来て、話は打ち切りとなった。簡単な検査を受けた結果、カーヴェのことを忘れている以外に記憶に問題は無く、肉体的な異常も無いと診断される。念の為、一晩入院して経過を見ることも提案されたが、アルハイゼンは帰宅することを選んだ。

          ***

     自宅に入ると、病室で目覚めてからカーヴェを見た時のような違和感を覚えた。
     家の中の景色は今朝出勤した時のままだ。当然、家具や日用品等の一つ一つに見覚えがある。それなのに、初めて見たようにも思える物がいくつもあった。
     二つ並んだ弦楽器。二人分の茶器。自分では購入しないであろう瑞々しい果物。
     一人暮らしをしていた頃と比べて全体的に物が増えているが、ゴチャついた感じはしない。常に見栄えを気にしながら生活の場を整える人間が住んでいる家、という印象だ。
     カーヴェと暮らし始めてもう長いという話を疑っていたわけではなかったが、その記憶がまったく無い以上、心のどこかで腑に落ちていない部分があった。しかしこの光景を目の当たりにすれば、納得するほか無い。
     ここはアルハイゼンとカーヴェの家なのだ。
    「とりあえず食事にしよう。腹は空いてるだろう?」
     いつの間にかマントを脱いでいたカーヴェが、髪を高く結いながら話し掛けてくる。
    「ああ……食事はいつも君が用意を?」
    「仕事が立て込んでる時は外食や出来合いの物で済ませることもあるけど、家で食べる時は基本的に僕が作っているよ。あと掃除とか洗濯とか、家の雑事は大体僕が請け負ってる」
     そういった役割分担についてもアルハイゼンは忘れてしまっていたが、そのような取り決めに至った経緯は想像がつく。きっと過去の自分は、一方的に施されることに罪悪感を覚えるカーヴェに仕事を割り振ることで心理的負担を減らそうとしたのだろう。彼女の性格からして、そうでもしないと最低限の衣食住を保障することさえ受け入れてくれないだろうから。
    「座ってていいぞ」
     キッチンへ向かうカーヴェの後をなんとなくついていくと、そう言って苦笑された。しかし無視して一緒に移動する。
     玄関やリビング同様、キッチンにも様々な変化が見られた。
     塩や砂糖にコショウ、それとスメールで最もポピュラーなミックススパイスぐらいしか置いていなかった棚にはいくつもの瓶が並び、調味料の種類が元の何倍にも増えている。調理台の前の壁にはいつの間にかナイフスタンドが作り付けられており、大小様々な包丁が並んでいた。
     キッチンの中を見回している間に、カーヴェはシンプルな燕脂色のエプロンを身に付ける。既に何を作るかは決まっているようで、迷う事なく食材を取り出して調理にかかった。アルハイゼンはそれを後ろから見学することにした。
     家の雑務をほとんど引き受けているというだけあって手際が良く、カーヴェは数品を同時進行で作っていく。長年の想い人が自分の為に料理を作っている姿というのは、悪くない眺めだった。
    「そこで暇してるなら食器を出してくれないか?」
     木べらを片手にくるりと振り向いて言われ、食器棚を開く。そこには形も大きさも色合いも多種多様な食器が仕舞われていた。
    「これも君が買ったのか」
    「え、うん……」
     なんとなく口にした言葉に対するカーヴェの返答は、些か歯切れが悪いものだった。大方、過去のアルハイゼンに『皿など料理が乗りさえすれば事足りるというのにこんなに種類を揃える必要があるのか』などと苦言を呈されでもしたのだろう。それにたぶん、これを購入したモラの出所は……
    「……まあ、お金を払ったのは君だけど」
     とカーヴェが小声で続けたことで、アルハイゼンの予想は肯定された。
    「しかしこれは必要な出費なんだぞ?」
     アルハイゼンの視線をどう思ったのか、カーヴェは訊いてもいない持論を早口で並べ始める。
    「充実した食卓というのはただ美味しい料理があればいいわけじゃないんだ。どれほど優れた建築であろうと〝家〟というものが建物だけでは完成しないのと同じことさ。内装に調和した家具や調度品が引き立てることで価値が高まる。料理だって、相応しい皿に乗せてやらなければ真価は発揮しない。あらゆる料理に合わせることが出来るよう、色んな食器を用意しておくべきだろう?」
    「そうか。俺はそうは思わないが」
    「うっ……君ねぇ……」
     熱が入った語りをあっさりと否定すれば、じとりと半眼を向けられた。『料理とは、味はもちろん見た目も重要』というのがカーヴェの持論なら『料理の価値は何より味』というのがアルハイゼンの考えだ。
    「食事という行為に伴う快楽は、美味を味わうことにある。著しく食欲を損なうような見た目は論外だが、追求すべきは何をおいても味だ。皿など、器としての役割を果たせればそれで十分だろう」
    「しかし君、そもそも食事の第一目的は栄養摂取だろう? けれど君だって栄養が摂れさえすれば味はどうでもいいとは考えていない。それは食欲を満たす以上の意義を食事に求めている証拠だ」
    「食欲を満たす以上の意義を食事に求めているのだから見た目にもこだわって然るべきと? 理論の飛躍だな」
    「料理の味を良くしようという努力は、生活をより良くしようという創意工夫じゃないか。創意工夫こそが人間を人間たらしめ、栄養摂取という単なる生命活動をも文化へと昇華させる。真に豊かな食生活を目指すための研鑽が味という点のみに終始しないのは当然だと思うがね」
     些細なきっかけから論じ始めたが、料理に何を求めるかは結局各々の価値観による。どちらかに決めなくてはいけないものではない。だが、こうして彼女と話していること自体に意味を感じている自分がいる。
     ただカーヴェと話をしているだけで楽しい。
     それは久しく味わうことが無かった、懐かしい感覚だった。
    「それはあくまで君個人が——」
     言葉を返そうとした時、目の前に小皿を突き出された。皿には赤みがかった深い茶色のソースが少量乗っている。
    「ほら、味見」
     どこか挑戦的な表情のカーヴェと小皿を見比べてから差し出されたそれを受け取り、人差し指の先ですくって舐める。
     ハチミツがベースとなった味わいは、甘みがやや強い。だが塩気とのバランスが取れているのでクド過ぎず、ハッラの実を使った香辛料が利いているようで、爽やかなスパイスの香りが食欲をそそる。肉料理によく合いそうな良い味だった。
    「どうだ、君好みの味だろう?」
    「……うん、美味しいよ」
     頷くと、カーヴェはにんまりと勝ち誇った笑みを浮かべた。
    「単に優れた料理を作るなら、レシピ通りにすればいい。料理は科学だからね。論文に書かれた実験手順をなぞるように作業すれば確実に再現できる。だが〝美味しい料理〟を作るにはそれだけじゃ足りない」
     小鍋の中のソースを木べらでくるくると混ぜていたカーヴェは、小鍋とその隣のフライパンを指し示し、アルハイゼンに問い掛ける。
    「これ、僕が旅人に教えてもらったレシピなんだけど覚えてるか?」
     小鍋ではとろみのある茶色いソースが煮詰められ、フライパンではこんがりと焼き目を付けられた獣肉とニンジンが芳しい香りを放っている。
     仕上がる直前らしい今日のメインは、材料と手順からして『ニンジンとお肉のハニーソテー』と推測する。モンドではポピュラーな料理として紹介されているのを、各国の食文化についての本で読んだ記憶がある。
     しかし、カーヴェに作ってもらった覚えは無い。
    「いや……」
     こんな料理を食べたことがあるような気もするが、それもまた定かではなかった。脳の一部に霧が掛かったような状態は、本当に気分が悪い。
     アルハイゼンの返答は、カーヴェの予想通りだったようだ。
    「最初レシピ通りに作ったら、君には『ソースの味が甘すぎる』って不評でさ」
     アルハイゼンの声真似のようなものをしてから、カーヴェは唇を突き出した。
    「でもせっかく教えてもらったのにそれで終わったら嫌だから、改良を加えることにしたんだ。ハチミツを減らして、香辛料を加えたりして……そしたら君が気に入って、僕たちの家では定番料理になったんだ」
     たしかに、甘さも香辛料の利かせ方もアルハイゼンの好みだった。外国のレシピをそのまま再現しただけでは、これほど口に合いはしないはずだ。
    「真に豊かな食は、皿の上に乗る物だけを見ていては成立しない。食卓全体を俯瞰する視点が必要不可欠だ」
     ——一緒に食卓を囲む人の好みも含めて、ね。
     そう言ってカーヴェは片目を瞑った。
     食べる人間のことを考える思いやりに、時には既存のレシピに手を加えることも辞さない柔軟性。普遍的な美味にこだわるだけでは見えない部分も食事の満足度を上げるのに重要な要素であり、食器に気を配るのもそんな心配りの一環である。彼女はそう言いたいのだろう。
     反論のしどころはまだあったけれど、それよりもアルハイゼンの関心を引いたのは、カーヴェが自分の味覚を完全に把握しているという点だった。
     きっと彼女がこの家に住んでから今までの間に幾度となく、同じ物を食べ、感想を言い合い、それぞれの嗜好を擦り合わせてきたのだ。共に食卓を囲むことが特別なイベントではなく日常となるほどの日々が、確かにそこに存在していた。
    (僕たちの家、か……)
     先ほどのカーヴェの言葉を頭の中で繰り返すと、胸がチクリと痛んだ。
     カーヴェを連れ帰った日、借りてきた猫のようだった彼女が、今やこの家を〝アルハイゼンの家〟ではなく〝自分たちの家〟と言えるようになっている。その変化はアルハイゼンにとって僥倖であるが、だからこそ何一つ思い出せないことが口惜しい。彼女の心が融けていく日々は、アルハイゼンにとって掛け替えのない宝であったはずなのに。
     記憶を取り戻したくないと言えば嘘になる。だが、その為の条件を思えば……
    「ほら、肉が焼きすぎになっちゃうぞ! 早く皿を出してくれ」
     思いのほか長く話し込んでしまったことに気付き、焦ったカーヴェがアルハイゼンをせっつく。アルハイゼンは思考の陰りを一旦振り払い、食器棚に向き直った。
    「どれを出せばいいんだ?」
    「君が今日の料理に合うと思うものを選んでくれ」
     具体的ではない指示に、アルハイゼンは眉根を寄せる。視線を棚の上で何往復かさせてから、青い大皿を取り出した。
    「これでいいか」
    「うん、君にしては良いチョイスだ」
     皿を受け取りながら、カーヴェはにっこりと笑った。スメールでも随一の美的センスを有する大建築士様のお眼鏡に適ったようだ。
    「ベースの青色と緑の模様がニンジンとソースの色に映えそうだ。よしよし」
     言いながら軽く伸び上がって手を伸ばし、自分よりずっと高い位置にあるアルハイゼンの頭をわしゃわしゃと撫でた。
     …………。
     ………………。
     ……………………?
    「…………リビングに行っている」
    「うん? じゃあついでにカトラリーを持って行ってくれるか」
    「わかった」
     食器棚の隅にあったカトラリーケースを手に、リビングへ向かう。足取りはどこかふわふわと不安定な砂原を歩くようだったが、料理の仕上げに掛かっているカーヴェには知る由もない。
     カウチソファーに腰を下ろし、何をするでもなく脚を組む。
     頭に残る感触が、懊悩さえ吹き飛ばしてアルハイゼンの思考を占拠していた。
    (………………何故撫でた?)
     成人女性が成人男性を賞賛するのに頭を撫でるのは一般的な行いなのか、大人同士が相手を褒めるため頭を撫でているところは見たことがないが自分が知らないだけで親しい間柄なら普通なのか、行き場がなく蟠りつつも妙に高揚したこの感情はどう処理するのが適切なのか——
     賢者でさえ恐れた頭脳も、好きな人の『頭なでなで』で機能が大幅にダウンする。これが十年以上片思いを拗らせている男の悲しい性であった。
     その後も、カーヴェの一挙手一投足に思考を乱されながら時間は流れていった。

          ***

     夜も更け、アルハイゼンは自室にて旅人から預かった例の箱を改めて観察していた。
     カーヴェが言った通りの文言が浮かんでいる表面を指でなぞりながら、自分が置かれている状況を整理する。
     想定していたよりも、家の中で過ごした記憶が少ない。それだけアルハイゼンのプライベートとカーヴェは切っても切れない関係にあるということだろう。だが、思い出せずとも生活に支障は無いという見通しも間違っていなさそうだ。カーヴェが管理している日用品や片付けを任せている物の場所が分からないことはままありそうだが、そんなものは都度彼女に訊ねれば済む。
     箱をベッドサイドのチェストに置き、昨夜寝る前に読んでいた本を開いた。カーヴェが関わらない記憶はやはり鮮明であり、恙なく昨夜の続きから読書を再開できる。
     気分転換も兼ね、書の記述に意識を没頭させようとしたところ、扉をノックする音が響いた。
    「入っていいか?」
    「……ああ」
     扉越しに聞こえたカーヴェの声に、返答を迷ったもののやや遅れて了承する。
     妙齢の女性が夜間に男の自室を訪れるのは如何なものかと思うけれど、それを言うなら恋人でもない男の家に住んでいる時点で常識も何もあったものではない。
     扉を開けると、寝巻き姿のカーヴェが立っていた。彼女が夜に自宅で過ごす服装を見るのは記憶の限りではこれが初めてだが、目にした感想は一言で表すなら『目の毒』だった。
     カーヴェが纏うネグリジェはゆったりとしたデザインではあったが、柔らかい生地がゆるいドレープを描き、起伏の大きなボディーラインを隠せてはいない。むしろ、細く括れたウエスト、胸元や腰つきの女性らしさを強調している。
     デコルテが随分と広く開いているのは、夜間でもあまり気温が下がらないスメールにおいて防寒の面では問題なさそうであるものの、紳士として振る舞わなくてはならない男にとっては非常に不都合だった。
    「えっと……今何してた?」
     彼女の真正面に立つと、自然に上目遣いで見上げられる形となる。
     風呂に入って化粧を落としたカーヴェは、普段よりいくらか幼く見えた。アイシャドウやリップは色味が強めな物を選び、隙なく装う彼女はいかにも有能な女という雰囲気を纏っているが、すっぴんの状態では可愛らしさが勝る。くっきりとアイラインを引いた目元は伶俐な印象だけれど、自然体なら大きな吊り目がちの瞳は猫を連想させる。
     アルハイゼンはカーヴェからさりげなく視線を逸らし、片手に持った本を見せた。
    「見ての通り読書だ」
    「君って奴は呆れるほどいつも通りだな。記憶喪失になったっていうのに……」
     カーヴェは嘆息しながらスタスタと許可も求めずに入室してくる。あまつさえベッドに腰を下ろすものだから、呆気に取られて制止のタイミングを逃した。
     ……あまりにも無防備すぎる。
     想いを寄せる女性が自分の部屋のベッドにいるというシチュエーションも、これほど普通の態度で来られては喜ぶ気持ちにもなれない。まったく意識されていない証左なのではという考えが過り、嬉しいどころか、むしろ男としての自信を欠きそうになる。
     アルハイゼンはとりあえず扉を閉め、そこへ背中を預けて立った。
    「そういえば、昼間はごめんな」
    「何のことだ」
     カーヴェが申し訳なさそうな顔で言うが、何に対しての謝罪なのか咄嗟に思い当たらない。
    「君のこと窒息させそうになって」
    「ああ……」
     理解して頷く。カーヴェが言っているのは、アルハイゼンがビマリスタンで目覚めてすぐ彼女の乳房に顔面を圧迫され、危うく絞め落とされそうになったことについてだろう。
    「君が謝る必要は無い」
     ここ数年で最も死を近く感じるほどの苦しさを味わわされたが、そんなことは別にどうでもいい。というか、せっかく忘れていたのだから思い出させないでほしかった。色々な意味で。
    「普段から君には『いい加減自分の乳房の大きさを把握しろ』と言われてるんだけど、気持ちが昂るとつい……」
     カーヴェは人差し指同士を突き合わせながら呟く。聞き捨てならない言葉に、アルハイゼンは表情には出さず愕然とした。自分は普段からあんなことをされているのか。
    「それで、君の要件は? わざわざこんな時間に、そんな話をするために男の部屋を訪れたわけではないだろう」
     話題を変えたかったのと、あまりこの部屋に長居してほしくないのとで、アルハイゼンは話の本題を促した。するとカーヴェは表情を引き締め、チェストの上へ目を向ける。
    「あの箱のことなんだけど……」
     やはりその話か。
     アルハイゼンは一瞬だけ苦々しく顔を強張らせた。旅人に『後で二人で話し合う』と言っていた割に帰宅してからは不自然なほどあの箱への言及が無かったので、妙だと思っていた。アルハイゼンとしてはそのままこの件を有耶無耶にしてくれた方が都合が良かったのだけれど、そうもいかないか。
    「君も新たに浮かび上がった文言を解読したんだろう?」
    「…………」
     カーヴェの言葉に答えることなく、アルハイゼンは無表情のまま押し黙る。寝室の中に、しばし沈黙が流れた。
     待っていても埒が開かないと悟り、カーヴェは続ける。
    「あの箱に封じ込められるのは、箱を開けた者の『最愛の人を愛した記憶』……」
     解読して得られた情報を開示され、アルハイゼンの鼓動が早くなる。
     箱を開けた者が失うのは、最愛の人の記憶。アルハイゼンが忘れているのはカーヴェのこと。
     その二つを照らし合わせれば、一つの事実が容易に導き出せる。
     つまり——
    「君、僕のことが好きだろ」
     疑問形ではない口調は、言い逃れを許してくれそうもなかった。アルハイゼンは眉間に皺を寄せ、目を閉じて細く長い息を吐く。
     アルハイゼンがカーヴェを想っていることを知られてしまったかもしれないと予想はしていたが、やはりそうだった。
     いくらカーヴェのアルハイゼンに対する警戒心が希薄とは言え、自分に気がある男の家に安心して住み続けられはしまい。だから彼女を家に連れて来た時から、この想いは秘めておこうと決めていた。
     なのに……こんなつまらないことで計画が狂うなど、思ってもみなかった。
     ギリリと奥歯を噛み締めるアルハイゼンに、カーヴェは畳み掛ける。
    「『布を解き、花に水をやり、香を重ねろ』……君なら意味は分かるよな」
     神々の逸話を描いた文書は現代の娯楽小説めいたセンセーショナルな展開のものもあり、意外に世俗的な描写も含まれる。そして古代の神々には色を好む者も多い。
     カーヴェが口にした表現は特定の場面——濡れ場に頻出する定型文だ。
    「……ああ」
     言葉も返したくないほどうんざりとしていたが、アルハイゼンは重々しく頷いた。要するに『記憶を取り戻したくば愛する人とセックスをしろ』ということだ。
     フンと鼻で笑う。カーヴェと同じ屋根の下で過ごした数年間が、簡単に捨てていい記憶だとは言い難い。しかし、己の記憶を取り戻したいからなどという利己的な目的で彼女を抱くことが許されるか? そんなもの、考えるまでもない。
     幸いにも、アルハイゼンはカーヴェに関する記憶すべてを失ったわけではない。彼女との出会いも、彼女が自分にとってどれほど大切な存在なのかも、アルハイゼンは覚えている。それだけ分かっていれば十分だ。
    「俺の考えは昼間述べた通りだ。これに関しては議論の余地など無い。忘れている記憶のせいでしばらくは同居人の君に迷惑をかけることもあるだろうが、それ以外に君が——」
    「アルハイゼン」
     遮るように名を呼び、カーヴェがベッドから立ち上がった。自身と部屋の扉とでアルハイゼンを挟む位置まで歩み寄ってくる。
    「しようよ」
     真っ直ぐな目を向けて告げられた一言に、アルハイゼンはグッと拳を握り締めた。その場で天を仰いで神に赦しを乞いたい気分だ。
    「……君こそ意味が分かっていないんじゃないか」
     胃の腑が煮えるような苦悩を押し殺して絞り出した声は、疲弊しきったように掠れていた。けれどカーヴェはアルハイゼンの気も知らず、毅然と言い放つ。
    「分かってるからここに来たんだ」
     アルハイゼンの口から半ば無意識に鋭い舌打ちが出る。威嚇するような眼光でキツく睨むが、カーヴェは怯まない。それどころか更に距離を詰め、ほぼ真下から見上げてくる。彼女の身体で一番周囲の大きい部分がアルハイゼンの鳩尾よりやや下の位置に当たり、息を呑んだ。
    「記憶を取り戻す条件を聞いた時、また君が下らない自己犠牲精神を発揮するのではないかと危惧したが、案の定だったか」
     動揺を悟られぬよう平静を装い、わざとらしく溜息を吐く。
    「カーヴェ、よく聞け。君が身体を張る必要など無いんだ。俺の僅かばかりの記憶と女性の貞操が等価とはとても思えない。俺が君に好意を抱いていたとしても、それはあくまで俺の事情であり、君が身を差し出す理由にはならないだろう」
     聞き分けの悪い子供を窘めるように、はっきりと明瞭な口調で言い聞かせる。
    「でも、アルハイゼン……僕は……」
     言い縋りながら、カーヴェがもたれ掛かってくる。ふくよかな膨らみが男の硬い身体との間でふにゅりと潰れ、その感触に心臓がドクリと跳ねた。
     甘い匂い。柔らかい肉。抱き締めれば腕の中にすっぽりと収まってしまうであろう華奢な身体。一つ一つが〝女〟を感じさせる。
     つい視線を下げてしまったのが更に悪かった。寝巻きの広く開いた襟ぐりから真っ白な素肌が覗き、アルハイゼンの身体に押し潰された二つの膨らみがこんもりと丸く盛り上がっている。
    「…………っ」
     強固な理性で抑え付けるも、鎮まりきらない情動に歯噛みする。
     本音を言えば、抱きたい。アルハイゼンとて人並みの肉欲を持ち合わせた男子であり、思春期から一途に想い続けている女性に劣情を覚えないわけがない。
     だが、こんな状況で彼女に手を出すなどあってはならない。
     今よりずっと純粋に物を考えていた時分より、カーヴェはアルハイゼンにとって聖域のようなものだった。その美しい心根と優れた才能は、ただそこにあるべきと捉えている。時に苦悩し、挫折を味わうことがあろうとも、他者のつまらない利益や思惑の為に浪費されていいものではない。
     カーヴェの純潔が自己犠牲で散らされるなど、ましてアルハイゼン自身がそのような蛮行を強いるなど、断じて許せるものか。
     むしろ、奉仕精神で貞操を捧げようとされることに吐き気がするほど腹が立つ。
    「絆されやすい君のことだ、生意気な後輩が自分を憎からず思っていると知って同情したんだろう? 想い人の記憶を失うなどという悲劇は、君の敏感な良心を大いに刺激するだろうだからな」
     カーヴェの強迫観念じみた使命感は、生まれ持った善性と悪く作用して彼女を自己犠牲へと駆り立てる。刹那主義な生き方も基本的には静観するけれど、他ならぬ自分だけは施しを受ける対象になりたくない。
    「だが生憎俺は君の助けなど借りるつもりは無い。慈善活動がしたいなら他所でやれ」
     誰彼構わず慈愛を振り撒き、輝く星として虚勢を張るカーヴェが〝あの夜〟唯一自分にだけ弱みを晒してくれたことは、アルハイゼンに確かな喜びをもたらした。
     差し出された肉体に食らい付けば、カーヴェの〝初めての男〟になれる。だがそれと同時に、彼女の価値と栄光を貪る〝その他大勢〟に埋没することになる。それだけは御免だ。
    「君との付き合いは長い。そのうちのたった数年の記憶が戻らなかったところで不都合は無いだろう」
    「ある!」
     懇々と諭すアルハイゼンに、カーヴェは強い口調で反論した。
    「今の君に無かったとしても、僕にはあるんだ」
     頑なな意志が宿った眼差しを向けられ、アルハイゼンは困惑した。一度言い出したら聞かない性格だと承知していたが、抱く抱かないなんてセンシティブな事柄をこれほどまで強要してくるような人間だっただろうか。
     けれど、アルハイゼンとてここで折れるわけにはいかない。
    「……いやはや、君には驚かされるよ。スメールが誇る大建築士様の慈愛は俺のような凡夫には理解が及ばないと敬服していたが、よもや性奉仕までがその範疇とは」
    「な……⁉︎」
     肩を竦めながらわざと嘲るように言うと、カーヴェは目を見開いた。
    「いくらなんでも言い方が悪すぎるだろう! 人をまるで売女みたいに……ッ」
    「そんなことは言っていないさ。だが、赤の他人から見ればどうだろうな?」
     アルハイゼンはスッと目を眇めてカーヴェを見下ろす。軽蔑さえ感じさせる冷たい視線を向けて。
    「己の身さえ顧みない高潔さは尊敬に値するが、精神の高潔さを釣り書きに記入することは出来ない。君に残るのは、恋人でもない男と寝るふしだらな女に成り下がったという事実だけだ。財産を失い、住居を失い、更には傷物にされて……それこそ『お嫁に行けなくなってしまう』んじゃないか?」
     立板に水の勢いで、つらつらと皮肉を並べ立てる。無神経な物言いに腹を立てて去ってくれればいいと思った。
    「君に結婚願望が欠片でもあるのなら、これ以上己の価値を下げぬよう努めるべきだ」
     そう締め括り、カーヴェの反応を待つ。
     次のカーヴェの台詞は『君が僕を好きだなんて何かの間違いだったようだな! 古代文字の解読なんて慣れないことをしたものだから、とんでもない誤訳をしてしまったよ』辺りだろう。激怒してしばらくアルハイゼンと口を利かなくなるかもしれない。そうなってくれれば重畳だ。御し難い恋情を不用意に突き回されるくらいなら、臍を曲げられる方がずっといい。
     ——しかし、いつだってアルハイゼンの予想を裏切って来るのがカーヴェという女なので。
     カーヴェは怒るどころか、ムッとしていた顔を余裕のある笑みに変えた。アルハイゼンをやり込める材料が思い付いたように、悠然とした表情のまま言い放つ。
    「君はいくつか大きな思い違いをしているよ」
    「ほう。俺の見解の何が間違っていると?」
    「まず、君は僕の貞操の価値を随分と高く見積もってくれているようだが、そんなものは既に失われている」
    「……は?」
    「僕はとっくの昔に処女喪失してるってことだよ」
     ピシリ、と思考が止まった。耳の中で木霊する単語の意味を一つずつ拾い、そのたび胸がドクンドクンと嫌な音を立てる。
    「君の記憶の空白期間に、僕には恋人が出来たんだ。キスもエッチなことも、その男性と全部経験した。僕たちは真剣に愛し合ってるんだ」
     カーヴェが発する一言一句が、矢継ぎ早に降り注ぐ連撃のように凄まじい衝撃を浴びせかける。
     舌が乾き、喉が痺れる。彼女が何を言っているのか理解できない。言葉の意味はどうしようもなく分かってしまうのに、脳が理解を拒否している。
    「結婚も……まだプロポーズはされてないけど、そろそろじゃないかなと思ってる」
     はにかむ顔が可憐に、容赦なくアルハイゼンの心を抉った。〝恋人〟のことを語るカーヴェは、これまで見てきたどんな彼女よりも可愛くて。どれだけ理解を拒否しようと、否が応でも思い知らされる——カーヴェがその男のことを心から愛しているのだと。
     アルハイゼンにとって最も大切なのは、カーヴェが己の理想を追って自由に生きられることだ。彼女が幸せなら必ずしも自分のものである必要はないとさえ思っていた。
     だが現実はどうだ。せっかくカーヴェが添い遂げる相手を——家族になりたい人を見つけられたというのに、自分はこれほど苦しくなっている。彼女の幸せを祝福してやる気には到底なれない。
     どうする? どうすればいい?
     身体だけでもモノにしてしまう? 彼女もそう申し出ている。いや、身体だけ手に入れてどうなる。不貞行為をさせればカーヴェは男に捨てられるかもしれない? いや、そんな望みも無いだろう。相手の男は自らの肉体を差し出すことさえ厭わないカーヴェの行き過ぎた慈愛を許容しており、こんなことで捨てられはしないという自信があるから彼女はアルハイゼンにあんなことを持ちかけたのだ。
     それに、仮にカーヴェが恋人に振られて独り身になったとしても、次はアルハイゼンのものになるかと言えば否だろう。男に捨てられた隙に付け込めば手に入るくらいだったら、他人に盗られる前にモノにしている。
     ああ、カーヴェが他の男の手に渡ろうとしている時、自分は一体何をしていたのだ? アルハイゼンは決して消極的な男ではない。指を咥えて見ていたわけではなかろうに。
     それなら……ああそうか。
     交際を申し込む順番も関係なく。彼女の心を掴む為にどんな計略を巡らそうとも甲斐は無く。どうやったってアルハイゼンはカーヴェに選ばれることは無かった。
     ……そういうことなのか。
    「それで僕の恋人の名前なんだけど、実は……って、ひゃ⁉︎」
     得意げに片目を瞑ったカーヴェは、チラリとアルハイゼンに視線を向けると同時に悲鳴じみた声を上げた。
    「き、君とんでもない顔色をしてるぞ⁉︎ 大丈夫か⁉︎」
     ギョッとした顔のまま、アルハイゼンの腕を引いて揺する。
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    😍🙏🙏🙏💖💖💖💖💖🙏💯💖👏💖💖💖💖😭🙏💒💒💒💒💒💒💒💒💖💒💒💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💗😭💗💗💗💗☺☺☺☺💖💖🙏🙏🙏🙏
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    ru_alkv

    PROGRESS※🏛が先天性女体化です。
    エロシーンの手前まで書いたので進捗載せます。この後めちゃくちゃセックスします。
    記憶喪失で童貞に戻った🌱×恋人と充実した性生活を送っている🏛♀という設定です。

    ※ネタバレ
    🏛♀が他の男と付き合ってるような事を言って🌱の脳を破壊しますが、🏛♀の恋人は🌱です。この二人は過去現在未来ずっとお互い以外と交際も性行為も致しません。
    秘境から持ち帰られた怪しい箱の効果で🌱が🏛♀の記憶を失う話『どうしてこんなことに…』
     カーヴェはこめかみに指先を添え、よろりと上体を傾けながら呟く。寝台としても使える大きなカウチソファーの隅に、彼女は浅く腰掛けていた。その傍らには、小ぶりな旅行鞄が置かれている。
     今や住処を持たぬ身であるにも関わらず、カーヴェの持ち物はそれほど多くなかった。仕事道具や貴重品など、どこかに預けている分もあるのだろうが、生活必需品と衣類だけだとしても手荷物の量は随分と心許ない。
    『肩肘張らずくつろぐといい。君は今日からここで生活するのだから』
    『くつろぐと言ったって……』
     アルハイゼンが無愛想に勧めるも、カーヴェは華奢な身体を縮こませるばかりだった。
     眉間に皺を寄せる彼女の耳元で、大振りな耳飾りが揺れる。酒場からずっと胸に抱えるように持っていた鞄は床に下ろしたものの、未だ身に纏った装飾の一つさえ外そうとしない。アーカーシャ端末も着けたままだ。
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