うたた寝ンデの昼下がりキダ「あっ?」
無い。
何が無いって? 資料が。今日これから行われる会議のために準備してきた資料が、オレの鞄の中に無いのである。朝、起床してからここに至るまでの自分の行動を辿っていくと思い当たる原因は一つ。
家に忘れてきた。
そのことに気付いたオレは慌ただしく立ち上がり、事務室で自分の業務をこなしているジムトレーナーに話しかける。
「レナ! 先方が来るのって何時だったっけか」
額に汗を浮かべるオレさまを一瞬不思議そうに眺めながらも、レナはすぐその問い掛けに返事をくれた。
「十五時と聞いています」
「ッあと三十分か……」
「どうかなさいました?」
ドタバタと外出の準備を始めるオレが流石に気になったのか、手元の作業を一旦中断したレナに笑いかける。
「会議に必要な資料家に忘れてきたから、ちょっと取りに行ってくるわ」
「い、今からですか?!」
「大丈夫! 間に合わせる!」
その後聞こえるレナの声を無視して事務室の窓を開け、ボールホルダーから一つのモンスターボールを選び空に投げる。そのまま窓枠に足を掛け飛び込めば、ボールから出てきたフライゴンがその背中でオレを受け止めてくれた。
「すまないレナ! 窓閉めといてくれ! 」
ボールの中で話を聞いていたのだろうフライゴンは、俺が指示を出す間もなく家のある方角へ向かっていく。
「サンキューフライゴン!全速力で頼むぜ」
フライゴンの首の下で組んだ指を解き、そのまま顎下を撫でてやれば、砂漠の精霊は「ふりゃぁ〜!」とゴキゲンな返事をして、いつにないスピードでナックルの空を駆けていった。
現在同棲している恋人であるダンデと、共に暮らす住まいを探していたときだ。「出勤で迷子になんないようにバトルタワーが見える場所が良いよな、シュート側のマンションで良いぜ」と気の遣えるオレさまはまあよく出来た彼氏であったが、こうも急いでいるとなると自宅が遠いのは痛手にしかならない。
バルコニーに到着し、フライゴンにお礼を言ってその背中から降りる。あの速度でさえ片道十分の道のりだ。さっさと資料を回収して戻らなければ。
「すまないフライゴン、急いで取ってくるからちょっと待っててくれ」
バルコニーのガラス戸の鍵は基本的に開けっ放しだ。理由は単純、オレもダンデもポケモンを移動手段に選ぶことが多いからである。
カラカラと軽快な音を立てるガラス戸を開けて、目の前の部屋、リビングに入ると、その中央に配置されたテーブルの上に件の探し物が見つかった。
「うわ、テーブルに置きっぱだった……」
何枚にも束ねてある資料に不足はないかと一枚一枚確認していると、左から大きな歓声の音が聞こえてきた。テレビの電源が入っているのかと、ふと顔を上げてその音を辿り目線を向ければ、そこにはソファ越しに覗くダンデの後頭部。
そういえばダンデは今日休みだと、昨夜ご飯を食べるときに話していたな。先程聞こえた歓声はダンデが再生していた試合の録画によるものだったらしい。休みの日でもポケモンバトルの研究とはアイツらしいが……
「ありゃ」
ぼんやり思考を巡らせながらダンデの後頭部を見つめていたら、その双葉はズルズルと右へ傾いていく。オレが帰ってきたことにも気付いていないようだし、もしかして、
「ありゃりゃ」
ソファの後ろからダンデの横顔を覗き込めば、その瞼がしっかり閉じられていることが確認出来た。 興味のない映画を見ているときに居眠りするのは何度か見たことはあるが、試合の録画を見ている最中の居眠りは初めてだ。今再生されているのはこの前開催した、毎年恒例ナックルジム主催のダブルバトルトーナメントで、この日ダンデはリーグ委員長として裏方の仕事をしており、まだ全ての試合を見れていないのだとソワソワしていたのを思い出す。 今までは自身も参加していた企画であったし、観戦も楽しみにしていた上で寝落ちるとは、相当日々の疲れが溜まっているのであろう。
ダンデの目の前のローテーブルには紅茶を飲み干したマグカップと、試合中気になった点、気付いた点を書き留めるための紙とペン、そして何度も一時停止、再生を繰り返すためのテレビのリモコンが無造作に置かれている。
「……」
しょうがない、優しい優しいキバナ様が、我が家の王様に安眠をプレゼントして上げようではないか。
まずはテレビの電源を落として睡眠の妨げになるような音を消してやる。そして紅茶の茶渋がマグカップにこびり付く前に回収し洗ってやる。最後に寝室からブランケットを持ってきて身体を包むようにかけてやれば、
「――よし」
昼下がり、気持ちよくお昼寝しているマイダーリンの完成だ。
カシャ
休日が被るときは何かと活動的なオレたちだ。普段は見ることのない貴重なダンデの昼寝姿を手元に残しておきたいと思うのは当然のことだろう。 落ちた瞼にかかる前髪。薄く開いた唇に、いつも元気な双葉も無駄な力を抜いて垂れ下がっている。
ああ、愛おしいな。
「フリャリャ〜?」
「!! ッそういや急いでるんだった!」
ダンデの寝顔につい夢中になっていたオレに、フライゴンがバルコニーから声をかけてくれてようやく我に返る。反射的に立ち上がりすぐバルコニーへ向かおうとするが、ダンデはやはり目を引くというか、なんというか、いっつもいっつも、引き寄せられてしまうんだよなぁ、オレさま。
ソファの背もたれに手をついて、ダンデの左のこめかみに一つ、キスを落とす。
愛しい愛しいオレの恋人、オマエのお陰で、オマエが呑気に昼寝できるこの世界が素晴らしいと、大袈裟でもなんでもなくオレは大手を振って喜ぶことができるんだぜ。
「それじゃあまた、行ってきます」
さあ、十五時まで残り十五分を切った頃、まじでごめん頼むフライゴン!!!