吸血鬼は太陽に恋をする 普段は夜行性だ、実際にそうだがそう言わないと誤魔化せない。
今日も外で流星隊のレッスンがあったけど、陽が当たらないように逃げ回ってたらアレが付き纏ってきて……。
「はぁ……思い出しただけで鬱だ……」
実際の太陽では無いはずなのに、守沢先輩は名乗り口上の通り『真っ赤に燃える生命の太陽』だ。
明日もレッスンはあるし、俺の家に守沢先輩は迎えに来る。 朝が弱い俺に逃げることは不可能、ずっと一緒にいる羽目になる。
せめて、俺の正体だけはバレないように振る舞わないと。
「んん……ふぁ〜……うっ、うん……?」
なんとか登校に間に合いそうな時間に起きられた。
でも……何か違和感がある、どうして今は10月なのにこんなに暑く感じるんだろう……。
「おはよう!高峯!!今日はちゃんと起きてて偉いな!!」
「う…うわぁぁぁぁぁぁぁああ!?!?」
「どうしたんだ高峯!?何か怖いことでもあったのか!?」
「いや、あんたが俺の部屋にいることが怖いんスけど!?」
最近の守沢先輩は何故か俺の家族と仲良くなってるからか、普通に家に上がってくるし……俺の味方はどこなんだろう……。
「はぁ……鬱だ死にたい……、あと、あんたが居ると準備しづらいんで外出てもらえます?」
「なっ……!?もしかして何かやましい事でもあるのか高峯!」
「ああもう……!!何も無いから!はやくどけ……!」
「……朝から頭が痛くなってきた、全部アレのせい……」
俺は少し落ち着いた後、パジャマから制服に着替え、軽く朝食を摂ってから用意されてある鞄を持って外に出た。
今日は運良く曇りだから日向に当たることはない。
「よぉし!手を繋いで登校しよう!」
「うわ……暑苦しい……ていうか待ってたんですか、周りに見られたらどうすんの……」
「仲が良いのは良いことだと思うが……あと、俺は高峯のことをいつまでも待つぞ!」
「はいはい……あんたはそういう人でしたね」
そうだった……どんなに天気が悪くても守沢先輩が暑苦しいから変わらない……。
諦めて手を繋がれることにしよう、せめて自分の手が灰になりませんように。
でも、なんでだろう、暑苦しいはずなのに今日の守沢先輩の手からは温かさを感じた。 心地が良い。
(何考えてるんだ俺……)
「はぁぁぁぁぁぁぁ……」
「翠くん今日はどうしたんスか?ため息はいつものことな気がするッスけど」
教室についた矢先、俺は大きく溜息をついていた。 運悪く、それをクラスメイトの鉄虎くんに聞かれてしまっていた。
「鉄虎くん……実は今日も守沢先輩が家に迎えに来てさぁ……何故か家族と仲良くなってるし……」
「……前々から思ってたけど、翠くんって隊長のこと好きッスよね?」
「いやいや!?文脈おかしくない!?」
何言ってるのって何回言っても鉄虎くんは俺のことをからかってくる。 でも、今日の守沢先輩の手は温かかった。
美味しそうとか思ってしまった。
今日は朝から可笑しい、何を考えてるんだ俺は……。
「いつも翠くんは口を開くと守沢先輩って言ってるからてっきり好きなのかと思っちゃうッスよ」
「分かったから……もう控えるから……」
「じゃあ、そろそろレッスンだろうし一緒にAV室に向かうッスか?」
「もうそんな時間……?面倒くさいけど行くしか無いんだよね……」
俺は鉄虎くんと一緒にAV室に向かった。 その時に二人で話した内容は覚えてない。 でも、一つ分かったことは、俺は守沢先輩が好きだということ。
***
「おや?みどり、てとら〜はやかったですね?」
「あれ…深海先輩だけですか?」
「ちあきはもうすぐもどってくるとおもいます、しのぶはてとらたちと『いっしょ』にいるとおもいました」
深海先輩の喋り方は相変わらず独特だし頭に入りづらいけど、ゆるくて癒やされる。 噴水とかで水浴びしてたり気付いたらびしょ濡れになってるあたり、深海先輩もこのスチャラカ集団の一員なんだなと思ってしまう。
「忍くんは多分ッスけど、衣更先輩と一緒に生徒会の手伝いをしてると思うッス」
「そうなんですね、こどもたちはかんばっててえらいです〜いいこいいこ♪」
唐突に深海先輩から頭を撫でられ鉄虎くんが困惑している真っ只中、あの真っ赤な太陽がやってきた。
「おお!皆揃って……ないな!仙石がまだ帰って来ていないか……」
「あ……守沢先輩何してたんですか?理由によっては血吸いますけど?」
やばい、口が滑ってしまった。 慌てて言い訳を探すが余計に怪しく見られてしまいそう。 終わったと思ったら先輩が一言。
「高峯!それはハロウィンジョークだな!?お父さんは高峯がユーモア溢れる子に育ってとても嬉しいです!」
「あんたは俺の父親じゃないって何回言えばいいんだよ……」
笑いながらボケをかまされたけど、あぁ……そうか、ハロウィンの時期だから冗談として受け取ってくれるのか。 一時凌ぎではあるものの助かった。
……もし冗談ではないことを見せたら先輩は軽蔑するだろうか。 吸血鬼はヒーローではない、全くの別物だ。 それに、守沢先輩はおばけが大の苦手……だと思う。 ここ最近はずっと何かに怯えているし、夏に怪談話を流星隊でやった時、一部始終耳を塞いでたからきっとそう。 吸血鬼も世間一般で見ればおばけだもんな……目の前に姿を現してすらくれなくなるかも。
そうやって一人で鬱になっているとさっきまで生徒会の仕事を手伝っていた忍くんが「遅れてしまい申し訳ないでござる……!」と謝りながらAV室に入ってきたので5人で迫り来るハロウィンパーティの内容を話し合ってレッスンをした。
かれこれしているとあっという間に時が過ぎていった。 もう日が暮れ、守沢先輩以外の三人は用事があるからと先に家に帰ってしまった。
今しか無い、と唇を震わせながら俺は守沢先輩に声をかけた。
「守沢先輩……!今日、もし暇ならうち寄りませんか、ほら……あの、うち八百屋だしフライドポテトとか……用意出来ますけど」
明日は土曜日、どうにか先輩をうちに泊めるところまで持ち込みたい。 けど、まずは来てくれるかだ。不安なまま5秒ほど無言の空気が流れていたら先輩の口が微かに開いた。
「う〜む……、少し申し訳無い気持ちはあるが、今日のところは厚意に素直に甘えるとしよう!」
正直来てくれるとは思っていなかったから内心驚いている。鉄虎くんのせいで自覚をせざるを得なくなった気持ちと、自分が抱えてる秘密をどのタイミングで打ち明けよう。
「あ……ありがとうございます」
「実は俺も高峯に打ち明けなければならないことがあってな……だから、機会を設けてくれて助かった!」
「えっ……」
守沢先輩が秘密にしている事ってなんだろう。あれかな、最近気に入ってる枕のゆるキャラぴろろんのクリアファイルを机にぶつかった拍子に落として踏んづけたこと……?正直あれは許してないけど、そんなことを秘密にする……?多分しない。
じゃあ何だろう……。
「そんな考えなくても後でちゃんと言うぞ?だからまずは高峯の家に行こうじゃないか!」
「分かったから手繋ぐの辞めろ……!」
危機感がないのかこの人は……。 そんなことを思いながら少し急ぎ足で俺の家に向かった。
「そういえば思ったんだが」
「なんですか?守沢先輩」
商店街に入った途端に先輩が俺に問いかけてきた。やばい、いくら先輩でも俺の行動を不審と思ったのかな……。 そうヒヤヒヤしていると予想外の言葉が飛んできた。
「折角、高峯の家にお邪魔するならご挨拶として何か買っていったほうが良かったのではないか?」
「は?いや、なんで?」
「なんで……と言われてもな?高峯の親御さんにいつもお世話になっていることくらい伝えてもいいだろう?」
「別に、俺から先輩をうちに誘ってんだからあんたは大人しくおもてなしされてください……」
本当に何を言い出したかと思った、お世話になってるって……。 どうせ俺は後輩で先輩は先輩、それだけなのに。
「ほら、着きましたよ……ただいま〜……」
「お母さんお邪魔します!高峯がいつもお世話になっています!」
「ああもう……、今日守沢先輩うちに泊めて良い……?えっ、あぁ……うん、分かった」
どうやら、両親は今夜は家を空けるらしい。つまり、俺は先輩と二人きりになってしまう。 好都合ではあるけどこのタイミングかあ……と落ち込むとあの明るい声が割り込んできた。
「高峯!そろそろお腹が空いてしまったからご飯を作ろう!俺は何を手伝えばいいだろうか!」
「いや……あんたは疲れてるだろうし休んでてください、簡単なものだし俺一人で作れるんで」
「そうか……?困ったらいつでも俺を頼ってもいいんだぞ?なんてったって今日はお前だけのヒーローなんだからな!」
「……考えときます」
俺だけのヒーロー……ってことは何でもしてくれるのかな……。 って……今はそんなこと考えるだけ無駄だ、あの人はそういう知識はからっきしだろうし、純粋に願いに疑問で返して来そう。 そしたら、気まずくなるのは俺だから。
気持ちを切り替えて俺は晩御飯の支度を始めた。フライドポテトを作るなら和食は合わない、と思いハンバーグを作ることにする。 そうするとリビングから夢ノ咲流星隊歌が聴こえてくる。恐らく先輩が鼻歌を歌ってるけど、こっちまで聴こえるなんて普段どれだけ声がでかいんだか……。
「ふぅ……、ソースも作り終えたし後は焼くだけかな」
小声でそう呟くと「高峯!もうすぐ出来上がるのか?」とまるで尻尾でも振ってるように見えるくらい元気にこっちに向かってきた。
「うわっ……!?聞こえてたんですか」
「特に何も聞こえてはいないが、待ち切れなくて思わずな!側で見ててもいいだろうか?」
大人しく待ってれば良いのに……、まぁ、見るだけなら別に良いかな……。
「邪魔はしないでくださいよ」
「ありがとう!俺は可愛い彼女にお弁当を作ってもらうのが夢だが、こういう風に手料理を振る舞ってくれるのも嬉しいものだな!」
「はぁ……?俺は男だし……」
「うむ……そうだな、分かっている、すまん」
守沢先輩、急に落ち込んでどうしたんだろう。 俺が女だったら喜んでくれてたのかな。
「なんかすみません……ハンバーグ焼いちゃいますね」
「いや……気にしないでくれ、俺の方こそ悪かった……」
取り敢えず仲直りは出来たけど暗い空気感の中ハンバーグとフライドポテトが完成した。 このまま自分の気持ちとかを打ち明けなければいけないなんて鬱だ……なんて思ってたけど、
「おお……!とても美味しそうだな!何から食べるか迷ってしまうぞ!!」
そうだ……この人こういう人だった。落ち込んでても無理に演じるような人だった……。 こっちも落ち込んでることが分かってるから気遣われてんのかな。
「そうやって迷ってたら冷めるんで、さっさと食べてください」
「むぅ、高峯の手料理を食べられると思わなくて気分が上がっていたのに」
「じゃあ、俺がお弁当毎日作りましょうか?出来るか分からないけど」
出来ないことを言ってしまった……。 だって毎回起こしに来るのは先輩だから俺が先に起きて毎日先輩のお弁当作るなんて無理だ。
「うーん……ただの後輩に毎日作らせてしまうのは……」
最初に着目したのは俺に作ってもらうことに大してだった。やっぱり俺のこと”ただの後輩“としか思ってなかったんだ、守沢先輩。 それが分かった途端なんだか全て嫌になって、壊したくなった。
「……守沢先輩ごめんなさい」
「高峯なぜ急に謝るんだ……って!?!?」
「あぁ……本当に美味しそう……」
「何を言ってるんだ高峯……?晩御飯なら今食べてるじゃないか……!」
「何って、守沢先輩が美味しそうだなって」
「余計に分からないぞ……?」
まぁ……それもそうか。 守沢先輩は人間だから、人間の血を吸わないと生きていけない俺とは違う。 でも、今はそんなことどうでもいい。 そこにあるのにずっとお預けにされてたんだから早く味わいたい……。
好きな人の血ってどんな味なんだろう。
「ま……待ってくれ!高峯……」
「は?」
「俺のことをどうしたいのかよく分からんが、俺もお前も言わなければならないことを言っていないだろう……?」
「えぇ……あんた、俺がこんな事してるのに分からないの……?」
今は椅子に座っている先輩を後ろから抱きしめて首筋を指でそっとなぞっている。普通こんな事する相手居るわけないし、いくら先輩でも少しは違和感を抱くはず……。
「変だとは思うが……、それで高峯の機嫌が直るのなら俺は拒むつもりはない」
「あー……もう、俺はこの秘密を言ったら先輩に嫌われると思ったから、嫌われる前に全部終わらせようと思ったのに」
「ん……?ど、どういうことなんだそれは……?」
「あんたってそういうとこ、ありますよね……全部終わらせてくれない……」
「じゃあ、今全部言いますよ……、俺は吸血鬼で俺はあんたが好きなんです」
「……」
「だから、あんたの血美味しそうだなって、後……あんたと永遠に側にいられたらなって」
「吸血鬼って肉眼でも見えるものなんだな……というか実在したんだな……?」
絶対俺の意図を分かってる上で話を逸らそうとしてる……。 それならこっちだって。
「ほら、俺は言ったんで次は守沢先輩ですよ」
「いくらなんでも無理矢理ではないか…!?」
「言わないならマジで血吸いますよ」
「すまん!!悪かった!俺が悪かったから……!!」
先輩があまりにも涙目で謝ってくるから余計に意地悪したくなるけど、可哀想だからやめてあげた。
「それで……俺の言いたかったことはだな……?その……」
「……」
「……」
肝心なところで先輩の言葉が止まった。 覚悟できてないのに言わせようとしたことが申し訳なくなってきた。
「先輩……」「本当は」
「?」
「本当は……俺だって高峯のこと好きなんだ」
「は……だって、さっきは俺のことただの後輩だって……!」
「諦めていたんだ、高峯のような人が俺を好きになるわけがないと」
なんで諦めんの、ずっと伝わってなかったの? 言葉でも言えなかったし、態度も確かに攻撃的だったかもしれないけど。 それでも鉄虎くんとかには気付かれてたし……なんで伝わらなかったんだろう。
考えれば考える度何もわからない、わかりたくなんかない。
「最初は、後輩として仲間として愛していた、ただそれだけだったはずなんだ。 なのに、高峯の家に迎えに行って朝からお前に会えることが凄く嬉しくてな」
「ずっとこんな幸せな日々が続けば、などと心のなかで願ってしまっていたんだ」
「ねぇ……話を戻すようで悪いんスけど、俺のことに関しては怖いとか思わないの?」
「……正直実感も湧かないからな、それに高峯がどんな姿でもお前のままでいてくれると信じている」
本当にこの人は、俺のことを見た目だけじゃなくて中身を知っても軽蔑しないでくれるんだ。 それがわかっただけで俺ももう少し生きていける希望が見えた気がした。
「でも……吸血鬼がなにかくらい知ってるなら俺の今までの言動、理解できますよね……?」
「……?……あぁ、まだなんとなく、ではあるがな」
「そうだと思ったんで分かりやすく言います。 先輩のこと好きなのは本当です、それと同時に俺が生きていくには人間の摂る食事だけじゃ足りないんですよ」
分かってしまったからか先輩凄く震えてる、死ぬと思ってるのかな、死ぬリスクを抱えながらスタントをやって怪我ばかりしてる先輩が……?
それでも俺は言わないといけないんだけど。
「だから、俺と同じになりましょうよ。 同じがあると嬉しいんでしょう?」
「……は……とい……か……?」
「何も聞き取れなかったんだけど……もう一回お願いします」
「……それは……ずっと一緒にいられるのか……?」
急に瞳から光を失った先輩が弱々しく放った言葉は、絶望の中から唯一可能性のある希望を手探りで見つけようとしてる、逃げようとしてるように思えた。安心させてあげないと……。
「居られますよ。 ずっと、幸せにします」
「それなら……俺はお前に全て委ねるとしよう、どうなるのか分からないのは、少し怖いことでもあるけどな」
「ありがとうございます、実際、俺も初めてなんで加減が分かりませんけど」
だからこそ、大切で好きなこの人を下手に扱う事はできない。 そっと牙を剥いて、先輩ネクタイを緩めてシャツをずらす。 先輩は怖いのか目を力強く瞑っている。
「力抜いてください、一瞬で終わらすんで」
そう言って俺は牙で先輩の首筋を刺す。 俺はこれ以上背が伸びても困るし、何より死なれたくないから必要最低限の血だけ吸って、同じ吸血鬼にするために吸った場所に俺の血を少量与えていく。 守沢先輩は気を失ってるみたい。 多分目が覚める頃には先輩も、俺と同じになってる。 ずっと先輩と一緒にいられる。
なのに、少し嫌な予感がした。 その瞬間。
「ん……、んん……あ……ここは……?」
「守沢先輩、起きたんですね。 どうですか?何か変なことは無いですか……」
「……お前は誰なんだ……?」
「え……」
先輩は目が覚めたと同時に俺に関する記憶が全て消えていた。 そんな……、ずっと一緒にいられると思ってたのに、その喜びだけに浸かって先輩に起こり得るデメリットなんて二の次だった。
守沢先輩だった別のものはもう、姿こそはそれなのに前の面影を残してすらいなかった。