フルーツを食べる三リョ(三本)〈半分より、上等な〉
【苺・大人、同棲】
最上の愛とは例えるならば、てっぺんに輝く赤いそれ、なのではなかろうか。
「あげる」
とくべつだかんね、と、行儀悪くフォークに突き刺したままのそれをスンとした顔で差し出してくるのは、こいつの照れ隠しの一種。傍から見たら、不機嫌なのかな、とか、いやいや寄越されても、とか思われるだろうその顔を、オレが愛おしく思うようになって何年経っただろう。この顔が照れている顔だと気付いた日から数えたら、もう両手でも足りない年月だ。
それだけの日々を宮城と過ごし、今年もまた一つ歳をとった。宮城の隣で。
「三井サン、今年のケーキは何にしますか」
日頃、オレのことを名前で呼ぶことを覚えたこいつが、誕生日のときだけは「三井サン」と呼ぶ。あの頃と同じだけの質量でもってしてオレを呼び敬語を使う。
オレはそれを戒めだと思うときもプレイの一環だと思うときもあったが、真相はいまだ知れずにいる。こいつからしたら、何か意味のある儀式なんだろう。
「チョコもタルトも美味かったな」
「一通り食べ尽くした感ありますね」
「原点回帰すっか」
「いちごのショートケーキっすね、美味いとこ予約しときます」
というやりとりを経て、いざ当日オレの前に鎮座ましましているのがこちら、有名パティシエだか何だかの受注限定バチクソ高いケーキ様だ。大人になって、こういうことに金をかけられるようになってから、宮城はオレへの投資が凄まじい。もう何度も家族会議はしたのだが、改める気がなさそうなので好きにさせることにした。
毎年きちんと、オレの誕生日でもこいつの誕生日でも関係なく等分されたケーキたちは、オレたちのいまを表しているようで微笑ましかった。何だって半分にして、一緒に生きていこうぜ、みたいな気分になるのだ。半分のプレートをはにかみながら齧る宮城が好きだと思った。
そんな半分のうちから、一等地にいる特別を、恥ずかしそうに、でも有無を言わさず押し付けてくる。フォークに齧りついた勢いのまま抱きしめた、オレよりも幾分か柔らかい筋肉の温みが愛おしかった。
オレの中で、次の宮城の誕生日にも同じようにショートケーキを頼むことが確定した。そしてきょうのこいつのように、特別だからな、と言いながら、自分のケーキのてっぺんの、その真っ赤な苺を食わすのだ。
それが愛だと思ったから。
*****
〈緑色の宝石は口実〉
【メロン・高3高2、両片思い】
「ひーくん、メロン好きなお友達いない?」
夕飯後、珍しくリビングでテレビを見るでもなくボケっとしていたオレに母が問う。なんでも、メロンをたくさん頂いたので、消費を手伝ってほしいとのことだ。キッチンカウンターには、メロンの箱がひとつふたつみっつ……なんでこんなにあるんだ。
「ね、のりちゃんとか連れてきたらいいじゃない」
「いやマジで言ってんの?」
母はこれでいて肝の座ったところがあるというか、コンビニ前でたむろしてたのを徳男もろとも家にご招待し料理を振る舞ってのけた経歴がある。母にとっては徳男らだって「ツッパリのお友達」認識なのだ。恐れ入ります。その節はご迷惑をおかけしました。
オレは勝手に某奇妙な冒険3部の主人公の母親ってこんな感じなのかな、と思っている。
「あんたジョータローってたまじゃねーでしょ」
いけしゃあしゃあと宣ったのは、メロン好きな友達、もといメロンだのなんだのそういうフルーツの類は美味そうに食っていたなという合宿時の記憶を元に連れ込んだ後輩、である宮城。
母に言われ、それじゃあ、と連れてきたのはこの一悶着もフタ悶着もあった後輩だ。母は、主に宮城の方を心配しつつ出掛けていった。宮城が「いい先輩してくれてます」と笑ったからか、泣きそうになりながら家を出ていった。なんだってんだ。
「でも、ほんとによかったんすか、オレ家に呼んで。お母さん泣いてた……ってめっちゃすげぇ、なにこれ」
「いつもより多く届いたんだとよ。切っといてくれたから、ほれ、食え」
「アッス、いただきます」
さっきまでの遠慮はどこへやら、切り出されたメロンの山を崩すようにして大量に食い出した宮城はとても幸せそうな顔をしている。
「たしかにお母さんはジョータロー母っぽいすね、あんたはともかく」だの「つーかこんな高級フルーツ毎度毎度食ってんすか、ブルジョワめ」だの生意気な口を叩いてくる。遠慮のない宮城を見て、やはり誘ってよかったと思ったのだ。
誰だって見たいだろ、好きなやつの嬉しい顔はよ。母にだって知られていない(はず)のこの恋心は、まあ、いつかは言えたらいいと思っている。
「おいしかった、お母さんにお礼言っといてね」
「おう」
「あの、」
「なんだよ」
帰り際、いいから持ってけと貸した月バスの束の入った紙袋をふらふらと揺らしながら、玄関先で宮城が言った。オレは近場まで送っていく気満々でつっかけに足を通している。
「ね、また呼んでくれる?」
「あ?……おう、もちろん」
「へへ、やった」
「あー、なんだ、メロンじゃなくてもいいか」
「ふはは、うん、なんでも、なにもなくてもいいよ。けど、」
次もオレだけがいいな。なんて。
なんなんだよ、こいつは。オレをどうしたいんだ、こいつは。
「じゃ、ごちそうさまでした」と言いながら足早に玄関を出ていった、宮城の背が見える。
ああ早く、追いかけて、引き止めて、抱きしめなければ。きっとメロンじゃなくたってよかった、何だったとしてもこいつはここに来たはずだ。それはなぜか。
「宮城ィ!!」
近所迷惑なほど声を張り上げて、ビクッと止まった背を捕まえに、オレは駆け出すのだった。
*****
〈神聖な愛、または貞節〉
【パッションフルーツ・付き合ってる、プロ軸】
真っ青な海、輝くビーチ、いかにもな南国フルーツたち。めっちゃ沖縄だな、と毎度のことながら思う。めんそーれ、ハイサイ。
宮城が家族全員で沖縄に帰るというので、今回ドライバーを買って出たのが始まりだった。オレが宮城と、宮城の故郷に行きたかったから。まあ実のところ何度かついてっているのだが、家族水入らずのところに割り込んだのは、他でもない宮城がいいよと言ったからだ。
三井サン、オレらの足になってね。と可愛く言われてしまっては、断れないし断る気もなかった。お前がいいなら、オレは何でもいいんだよ。
――
「さあ、それでは皆さん、ご一緒に」
「せーのっ」
「「「ソーちゃんただいま~~~!!」」」
「かえってきた~~~」
「めっちゃ暑いね!」
「日差しすごいわぁ」
恐れ多くも音頭をとらせていただきまして、宮城の掛け声とともにデカい「ただいま」の声が、どこまでも青く広大な海に響いた。よく晴れた、空の高い日だった。
「そろそろか、宮城家ご一行様、ホテル向かいますよ~」
「「「はーい」」」
今回宮城が奮発してとったホテルは、少し行ったところに、オレたちにおあつらえ向きのバスケコートがあった。プロデューサー宮城に抜かりはないようだ。
チェックインもそこそこに、さっそく宮城がボールを取り出してオレを誘う。アンナも混ざって、ふたりしてオレのスリーを見たがるので、下手な試合より緊張したのはここだけの話。
「好きなやつと、その家族の前だ、いいカッコしたいだろうが」
「はは、もう取り繕うの無理だってば」
「なかよしだね」「ね」なんてクスクスされていたのも、オレにとっては喜ばしいことである。
もうすぐご飯だよ、そろそろ戻ろう。宮城の母ちゃんが呼ぶ声がする。その声に反応したかのように、オレらの間を風が通り抜けた。
ふっと表情が緩んだ宮城に、オレは胸がぎゅっと苦しくなって、ボールを取り落としたまま抱きしめてしまった。宮城は一瞬固まって、親の前で何すんだバカ、と頭をはたいてきた。悪かった。
「な~、これどうやって食べんだ??」
「半分に割って、黄色いゼリーみたいなとこ食べるんだよ」
飯時に、臙脂色の果物が出てきた。まんまかよ、と思ったが、どうやら割って食べるらしい。パッションフルーツというのだと、宮城が教えてくれた。メニューには、ご丁寧にもこの果物の説明が載っている。
「なんかいろいろ書いてある。果物言葉は神聖な愛、貞節……キリストの?なに?」
「あ~、なるほど。passionってそういうことか」
「すごいな、分かるのか。賢いなぁ、みあぎ」
「うっせ」
「リョーちゃん照れてる」
神聖な愛、なんつーのはオレらには似合わないけど、きっとこいつの中にはそれっぽいものがあるのだろうと思った。オレをここまで連れてきてくれたのは、きっとそういう類の何かがあるからだ。そしてその家族にも。
貞節ってのは、うん、お前にピッタリだな。派手な見た目してんのも似てる、こんなにバチバチなのに、オレだけなんだもんよ。そら興奮するだろ。なんて思っていたのが口から漏れていたらしい、思いっきり肩パンを食らい、畳に倒れ伏した。
――
じゃれ合う息子と、その伴侶を見つめた。とても穏やかな食事の場だった。
私には、すべては知り得ないけれど。すべてを許せはしないだろうけれど。どれだけ理不尽に殴られたって、身を裂かれる思いで裏切られたって、きっと。
心中を見抜いたかのようにアンナが言う。
「あーんなに綺麗なの、見せられちゃあ、ねぇ?」
「んー?ふふふ。そうなのよねぇ」
これもある種の、愛なのね。