薫風自南来「ソーちゃんとねぇ、来たっきりだよ」
「そうか」
「ミツイサン」
一緒に来てくれてありがとう。
※
夏の暑さが長引くようになって久しい。宮城は「こんなに暑いとソーちゃん帰ってくる気なくなっちゃうじゃん」と笑うのだ。
そんな茹だるような暑さの中、こいつら兄弟は生まれてきた。根っからの夏男ってわけだ。
「三井サンの方が夏っぽいよ、暑苦しいし」
「んだとぉ?じゃあおめぇは、すーぐじめじめすっから、梅雨男か」
「うっせ」
なんて、揶揄うけど。こいつが誰より熱い男なのは、オレがいちばん知っている。
「あの夏の話、は、オレが大丈夫になったらするよ」
いつかの日、宮城にそう言われた。だからオレは、宮城が大丈夫になるまでずっと待ってた。なんだかんだで大人になって、宮城はアメリカに行って帰ってきて、オレの隣にいる。
結局、オレはいまの時点でどこまで宮城のことを知っているのかわからん。沖縄生まれで、兄貴がいたことは知っている。宮城の言う、その夏に海から還ってこないことも。
でもそれだけ。宮城はいつ大丈夫になるのか。いや、ならなくてもいいのだ。大丈夫でも大丈夫じゃなくても、あいつの側にいるのはオレだから。
※
祭りにでも行くか、突拍子もなくオレが何かを言い出すことなんて日常茶飯事で、宮城も「ああ、いいすよ」なんて気の抜けた返事をしてきた。それだのに、こっちに来てから祭りに行ったことがない、なんて言うもんだから。
「おめぇほんとに友達いねぇんだな……安田とか誘ってくれなかったのかよ」
「まーじでうっせぇな。ちげぇよ、あえて行かなかったの!向こうの祭りと、毛色が違うもんでサァ」
「あ?」
「向こうで、ソーちゃんと行ったきり。エイサーもないし、なんかそんな気にならんかった。誕生日、だし」
「あ~……」
オレは、失敗した、と思った。それは、うかつに宮城の柔いところを引っ掻き回しちまったなっていう反省が3割程度、あとはしみったれた雰囲気を醸す宮城を見るとムズムズするのがほとんど。
「らしくねー」と、思ってしまうからだ。いつまでもビービー泣いてんじゃねぇぜ、って、思うし実際に言う。オレは毎回ソーちゃんに嫉妬して、何回も喧嘩してる。宮城の大事なもんだってわかってるけど、それはそれ、これはこれだ。
そういう繊細な部分があることを知っている。そういうところもひっくるめて好きだと思ってもなお、やっぱりこいつは夏みてぇな男であれと思うから。バカみたいに笑ってる方がいい。
「ふーん、じゃあ今度あっち行くときはオレも連れてけよ、祭り」
「祭りの時期にあっち帰るの嫌だよ、しかもあんたとでしょ?」
「いいから。約束な」
恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑ったから、まあいいかと思った。
とっぷりと日が暮れて、提灯の灯りが辺りを照らしている。この辺の盆祭りは慣れ親しんだ雰囲気がある。絶え間なく祭囃子の鳴る出店の通りをゆったりと歩きながら、カップのぬるいビールを啜った。オレらも大人になったな。
このまま適当に食いもん買って、海に下りて花火を見よう。そう決めて、暗がりで小指だけ繋いで、宮城と話すのはソーちゃんのこと。
「お前の話聞いてる限りだと、祭りでも無双してそうだな。ソーちゃんはよ」
「へへ、みんなで踊るんだよ。……ソーちゃん、カッコよかった」
「だろうな」
やっぱりどうしたってソーちゃんに敵わん、そういう問題じゃないのはわかっているが、妬けてくる。風を纏ったソーちゃんが、いつだって宮城の周りにいることを知っている。
オレがむすっとしたのを感じ取った宮城が「んふ、」と声を漏らすのを聞いた。オレが不機嫌になるのを、宮城は楽しんでいる節がある。
「オレのほっぺを撫でる手の感触も、オレを抱きしめた時の鎖骨の匂いも、もう朧気だけど」
それでいいんだって思う。きっとこの砂浜にだってソーちゃんはいるんだよ。歌うみたいに宮城が言った。
オレにやきもち焼かせようとしてんだってのはわかった、でも、それだけじゃあないのを察知した。
この宮城は、羽化した宮城だ。オレは咄嗟にそう思って、それはとても喜ばしいことであるはずなのに何故だか少し寂しいと思った。
寂しい?
ああ、わざわざ出向かなくたって、そっちからお出ましってか。
いま、オレの中にほんのちょっぴりだけこいつの兄貴がいる。
「風にも、海にも、砂浜にも。オレを見ててって、思うよ」
「……きっと、いるぜ。たぶん、光る」
「ん、ふふっ……あはは、光るの?ソーちゃん?」
「だってよ、」
いま、光ってんぜ。
※
「ソーちゃん見てるかなぁ、この花火も」
「見てる、なんなら特等席で」
「たしかに!」
空にいた方が花火は綺麗だよね、と、苺のかき氷を食べながら呑気に笑っている。
ちげぇんだよなぁ、特等席っつーんは、
「オレはここがいちばんだと思うけどな」
「恥ずかしいこと言ってんじゃねーよ」
オレも~って、言ってんのは内緒にしても罰当たんねぇだろ。
「なぁ、宮城」
「なにぃ~?」
「誕生日、おめでとうな。ソータさんも」
「あはは!ソータさんだって!ふふ、ありがと」
「そう呼べっていうんだもんよ、あと、おめでとうって」
「へぇ?ソーちゃんだと馴れ馴れしいって?」
「そう」
「ぶはは、ほんとおもれ~ひと、三井サン」
泡のなくなったビールを飲み干して、おっさんみたいに笑うのも、心底愛おしいと思うよ。
オレだけじゃなくてな?そう、お義兄様もそうおっしゃっております。
「リョータぁ、おめでとうなぁ」
「あんたもな」
「うっせーどぉ、ミツイサンのくせに」
「はは」
こうして、たまにオレの中で宮城をニコニコしながら眺める義兄は、穏やかな風と共に南の島からやってくるのだ。
宮城には、もう少し秘密にしておいてやろうと思う。