休日プランニング「休みが欲しい」
そう言って男は書類まみれの机に突っ伏した。決して誰かに向けて放った言葉ではない。むしろ自分を慰めるための意味のない呟きだ。それを分かっているのだろう。返ってくるのは正面からカタカタとキーボードを叩く無機質な音のみ。
「休みが欲しい」
顔は机に突っ伏したままもう一度、男は呟いた。すると無機質な音は止み、代わりに返ってきたのは深いため息が一つ。
「モリアーティ、少し黙ってくれないか。気が散る」
「あぁ」
凛とした冷ややかな声にモリアーティが顔を上げれば苛立ちを含んだ、冷たさ二割増しの相方であるホームズの視線。しかし、どうやらそれ以上の会話をする気はないようで、子供のように駄々をこねるモリアーティを一瞥だけした後、すぐに視線を画面へと戻してしまう。その態度に文句を言おうと、口を開きかけたモリアーティだったが、ホームズとはまた別の背筋に悪寒が走る殺気を感じ取ったため、喉まで出かけた言葉はやむなく舌打ちへと変わることとなった。
最後に休みを取ったのはいつだったか。モリアーティはおぼろげな記憶を辿る。少なくともこの一ヶ月は働き詰めであることは確かだ。度重なる捜査がようやく一段落ついたかと思えば待っていたのは大量の報告書作成で現在に至る。机には積み上げられた書類の山、山、山。
「ねぇ、班長〜!さすがにこれ終わらせたら休み取ってもいいよネ」
「あぁ、もちろん構わん。」
「ヨシッ!」
「たった一ヶ月だろ?そんなに音を上げるほどのことかい?」
「うるせぇ、お前と違ってこっちは休みがなきゃ死んじゃうの」
べっ、と舌を出し身体を思いっきり伸ばすモリアーティにホームズは片眉を上げ分からないといった顔を見せる。年齢差、というのもあるが仕事こそが生きがいだと宣うこの相方とは一生分かり合うことはないだろうと思いながらモリアーティは天井を仰ぎポツリと呟きをこぼす。
「あ〜……温泉とか行きたい」
「露天風呂付きの部屋がいいな」
「なんでお前が口出ししてくるんだヨ」
「おや、まさかとは思うが一人で行く気じゃないだろう?」
くすり、と目を細め首を傾げながら笑うホームズはさながら主人をからって遊ぶ猫のよう。可愛くもあり、憎たらしくもあり。モリアーティは小さくため息をついた。ただし、少しだけ口元を緩ませて。
「やっぱり食事は豪華な方がいいよネ〜」
「うん、悪くない」
「せっかくならその土地の名物とか食べたいし」
「それは構わないが、食べきれる量にしてくれ」
「あとはそうだネェ……」
ゴホン。会話を遮る咳払いにホームズとモリアーティの二人は目を合わせる。口より先に手を動かせという上司からの無言の圧力。もちろん、逆らえるはずもなく。ホームズのキミのせいだ、という非難めいた眼差しにモリアーティはニヤリと笑ってみせた。
静けさを取り戻した部屋には再びカタカタと無機質な音だけが響き渡る。しかし、そこにはどこか期待に胸を膨らませたような、そんな音が乗せられていた。