目が眩みそうな緑色だ。不思議な液体であると感じたのはその次で、ホンルはあんなもの厄介で嫌だと眉を寄せた。
便利だとしてもアレを使いたいか。己に問いかけて天を仰ぐ。直接注入するなんて、まず痛そうだ。注射を打つとは比べ物になりそうにない。ぶるぶると顔を振るう。
だけど――それで彼のさが背負う痛みを軽減できるのであれば。好奇心が沸き立つ。可能なら手を出してみたい。真逆の存在である崩壊アンプルは嫌だけれど。こくりと俯いて憂鬱を浮かべてしまう。
〈ホンル?〉
どうかしたかい、と傍らのダンテが問いかける。
〈眠い?〉
時刻は既に夜更け。眠れずにホンルはダンテの傍に居て、考え事に耽っていた。眠いかどうか聞かれたら、まだ睡魔は迫ってきていない。睫毛を伏せてホンルは「ん~」と唸る。疲れているので休みたい。だけど、眠れない。バクバクとうるさい心臓と、落ち着かない精神を宥めなければ、部屋に戻れない。
「……あ。そうだ、ダンテさん」
〈なんだい〉
「K社のアンプルって、N社の人格を被ったムルソーさんにも……ありましたよね?」
〈あっうん〉
ガチガチと動揺が鳴る。何かあるのかと首をかしげホンルは微笑んだ。
「……同じなんでしょうか」
〈さぁ……〉
「あはは、どうかしちゃいましたか? 僕はただ……あの再生アンプルがあれば、ダンテさんを苦しめずに済むかなって思っただけですよ」
音が止まる。時間すらも制止した気がして、不安感が芽生えてゆく。
静寂が侵食する。ホンルの吐息だけが現実に色をつけていた。微笑む彼の額には、じんわりと汗が浮かぶ。心が波を打つ。余計なことを言ってしまっただろうか。閉じ込めておけば良かっただろうか。ダンテは無言のままで動かない。
「…………ダンテ、さん?」
〈ごめん。ちょっと……〉
キュルキュルと聞きなれない機械音が響く。二人の間に出来た溝が奏でているようで、不愉快だなとホンルは目を細めた。
〈純粋だなって、思っちゃった〉
「……?」
〈ホンルは優しい子だね〉
ダンテの顔色や表情は伺えない。伝わる言葉の温度も分からない。褒めているのか馬鹿にしているのか。少なくとも前者だろう。ホンルの頬がやんわりと桃色に染まる。
〈私は気にしてなんかないよ。前線で戦ってくれるのは皆だから。あのアンプルなんて使わなくたって良いと思うんだ〉
便利かもしれないけど、と付け加えて彼はおどけてみせた。両手をフラフラ振ってアピールしている。まるで何かを隠すように。
ホンルはというと、なにも言えなかった。
隠し事なんてどうでもいい。嬉しかったし悲しくなった。彼の言葉を反芻する。気にしてなんかない。――囚人全員の痛みを一身で受けておいて、気にしてなんかない?
瞬きをして返事をしようと試みる。生温い吐息が漏れてゆく。ぐずぐずに崩れる心を握り潰して、言葉を紡ごうとしても液体が流れるだけ。じんわりと目頭が熱を帯びる。
「……ぅっ…………」
〈!?!? ホンル!?〉
「…………なさ、い、ごめ、んっな……さ、い。変なこと、言って、しまって……」
ありがとうと言い出せない。なんで感謝を伝えられないのだろう。ダンテの優しさに甘えている気がして嫌なのに。自分自身に呆れる程、不思議と涙が溢れてしまう。
「そ、う……です、よね。忘れて、くださっ……ください、ね?」
震える手の上に、ダンテの両手が被せられた。手袋に落ちる雫は小雨になり、やがて彼の服を濡らしていった。