オートクチュールの海辺にて「そう、マスター、そういうことなのね」
心が壊れてしまったのだと、理解するのには数秒とかからず。被っていた帽子を手に取って掻き抱いた。
美しい夕陽を眼前に臨む。夜の帳がもうすぐ訪れようとしている。
「力を貸したいと願ったあなたが、望むのなら」
愛し子の結末には手を出せなかったけれど、今目の前で泣くマスターの手は取れる。その額にベーゼを一度。ぽろぽろ溢れていた涙が止まって、その潤んだ目がマリーを見据えた。
「わたしには、慰めの言葉はきっと言えないわ。けれど、他でもないマスターが望むなら、わたしは」
だって彼女は、まだ生きている。既に終わってしまった息子とは違って、確かにここに存在する人。
「世界を見捨てたあなたを誰が罵っても、わたしだけは、」
あなたと共に、眠りましょう。
ただし連れて行くのは、その感情だけ。
「一人で死ぬのは、初めてね――」
上手く首を斬れるかしら、震える指には気づかないふりをしてマリーは静かに目を閉じた。
喉の渇きで立香は目が醒めた。
いや、起きられるはずがないのだ。死んだはずなのだ。全て終わらせたはずなのだ。
「いない……」
隣で倒れていたはずのマリーは、欠片でさえ残っていなかった。
「なん、っで、なんで、ずるい、ひどい、なんで!」
叫んだって彼女は帰ってこないのだ。仄暗い、那由多の闇の中から立香の全てを連れ去ってしまった。心中できないまま、一人取り残された彼女は空っぽの胃から呪詛を吐き続ける。
一人で死ぬ勇気がないことを見透かされた。死ぬことは怖くて、でも死にたい。
ああ、でも、彼女が待っているのなら、この死体の山の先は百合の花で舗装されているかもしれない。それは全て、造花の海だろうけれど。
「地獄で待っていて、私の王妃様」
ああきっと、私が眠る墓標には、彼女はいないだろうけれど。隈に埋もれて濁った瞳が、煌びやかな泡沫の星を飲み込んだ。