「なんと、世界はまた真っ白になってしまいました!」
ダクトの網が這う壁を背にして、藤丸立香は大きく手を広げながら、何なら楽しそうに見えるほどあっけらかんとそう言った。
着慣れないが何故かしっくり来る古来の衣服に袖を通しているエリセは、まるで化石のごとく顔面を固めた。
「ごめん、いや、なんで呼ばれたのかよくわからなかったけど、どういうこと!?」
確かにこの世界は人理修復が果たされて、宇津見エリセはその役目を終えたはずだった。泡沫の夢はそこで潰える予定だったのだ。白紙となったようだが。
その後から今に至る経緯をざっくりと教えられて、しばし逡巡のあと、彼女は澱んだ気持ちを吐き出すべく深い溜め息をついた。
「なんでキミが、よりにもよってキミが世界を壊すの」
ショートヘアを搔き乱して頭を抱えて眉間に皺を寄せる。がり、と皮膚に少しばかり爪が食い込んだ。
「今度は――壊さないといけないんだ」
嫌になるほどゆっくりと閉じられた瞼がまた開くのを、エリセはじっと見つめてしまう。知らない間に腹を据えた強固な視線が彼女を鋭く射抜いた。
「こんな状況でも、エリセはまた助けてくれる?」
カルデアでなら、どんな風に使われてもきっとただ純粋に救う側でいられるような自分を見透かされたような気がして、エリセはえづきそうになる。これからマスターがやっていくのは、やってきたのは、かつての自分がしてきたことの方に近い。
「……悪い人って、キミみたいな人のことを言うのかな」
マスターはエリセがモザイク市で何をしてきたかを知っている。また壊す側に回してしまうことを少なからず悔やんでいるのかもしれない、と少し呆れた。
「私はキミのサーヴァントなんだから、上手く使ってくれればそれでいい」
自分を道具と思う癖はなかなか治らない。
「有難う。もう一度、宜しくね」
差し出された手を握り返して、嬉し気なお礼の表情に目を丸くする。
諦念と寂寥感が隠し切れないままのちぐはぐな笑顔。閉じた箱庭を壊すことに対する重責。それでも世界を取り戻すために前を向こうとする意志。
どんなに傷つくことになっても繋がろうとしたいつかの過去と重ねて、おそらく最初で最後の己のマスターと目線を確実に噛み合わせる。
「キミは……ちゃんと、未来(せかい)を救う旅をしてる」
エリセにとって、眩しいくらいに藤丸立香は救うために戦っている人なのだ。ほんの少しでも肩にのしかかる重しが分け合えればいいと彼女は願った。
「最後まで、その旅路に付き合わせて」
――私はきっと、この世界の本当の彩を見ることはないけれど。
(いつかキミが、それを見て――)
心から良かったと笑う姿が見たいと、宇津見エリセは瞼をゆっくりと閉じるのだった。