(何も、言うな)
たった一つ、吐き出してしまいたい言葉を飲み込んで、エリセはにかっと口角を上げる。頬は微かな赤みを帯びて、笑みに可愛げを足している。そして真っ直ぐで透明な視線が立香を貫いて、話す隙すら与えないほど捉えて離さない。
その瞳は瞬く星のごとく眩く輝いて、立香の脳裏に鮮烈な印象を焼き付けた。合わせてぎゅっと強く両手を握られて、堰を切ったようにエリセは感謝を述べる。
「有難うっ、私のマスター! さよなら!」
知らず一筋、彼女の頬を伝った涙がマスターの手首をぱたりと濡らした。終わらせることに対しては慣れているはずなのに、対象が変わるとこんなにも難しいことなのか、とエリセは心の中で苦笑する。
サーヴァントを殺し続けた経験があるからこそ、エリセは胸に秘めた想いの行く先を失くしていた。碌でもないその感情を、生身の人間に渡すべきではないことを知っている。好きだからこそ、愛しいと思ってしまうからこそ、目の前の相手にそれを告げることは許されない。
(初めてちゃんと好きになるのが、キミで良かった)
きちんと口にすれば考えて応えてくれるだろう優しい人に、重荷を背負わせるのはエリセの意思にそぐわなかった。ただそれだけの、身勝手な話である自覚も彼女にはあった。
全部終わってようやく”これから”が待つ者に、”この先”がないサーヴァントは必要がない。
(だから、できれば、もう呼ばないで)
――この未練は、昏い冥土の底へ持っていくものだから。
そんな淡く穏やかな恋の痛みを抱えて、彼女は救われた世界から静かに消え去った。
驚いてエリセ、とすぐさま声をかけても返事は返ってこなかった。
「……綺麗、だったな」
自分よりも年下の、マスター経験のある女の子。数秒前までそこにいたはずの人物は、空気に溶けてもう姿形もない。別れを名残惜しみ、噛み締めるように立香は瞼をゆっくりと閉じた。
未だに鮮やかに映る少女に思い馳せれば、不思議とじんわり胸が苦しさを覚える。彗星のように消えていった彼女は、立香の心にその煌めきの残滓を残していくのだった。
(イメージソング:抜錨/ナナホシ管弦楽団)